#10「提示」
〜霜月の10と7日・23時頃〜
「なんかあったら言えよ、か。」
狩矢は自宅の寝室で一人、そう呟いていた。
狩矢のこの世界においての家、というのは基本的には元の世界での家とあまり変わりはない。違いはと言えばその家の広さと、品物一つ一つの良さ、だろうか。まず構造としては、1階にリビングとキッチンと2階に通じる階段があり、2階には、階段と自室と寝室がある。ちなみに彼の自室にはベッド類が置いてなく別室にベッドが置いてある。これはロキが作った構造だが恐らく自分で家を作る、となったとしても同じような構造のものを作っていただろうと思う。というのも、彼は仕事(この場合は学業などが主だ)と休息はきっちり分け、やる時にはやるが、休む時には休むという考えの人間だ。だから、休むべき場所と仕事をすべき場所を別々に置く。その為寝室にはベッド以外のものは何一つ置かれていない。
青山が狩矢に言った一言。それは狩矢がこの異世界召喚についてきちんと見直すいいきっかけになった。
以前博士に言っていた事を考えればロキは何らかの罰を受けるのだろう。召喚時に諸々の配慮をしなかったことや総所得人口数がどうとかなどの理由から。
ロキが想定外の事をしてこの世界に何故かいるのが彼だ。そして本来ならば彼はこの世界にいるはずのない人間だ。であれば、今朝方狩矢に接触してきたあの男の言っていた言葉。つまり元の世界に戻るという提案。正直、その話を聞いた時二律相反する気持ちが狩矢の中にはあった。すなわち、戻るべきだという正当性に基づくものと戻りたくないという感情に基づくもの。前者については先に述べた通り、本来居ないはずの人間がいてはならないだろうと考えた結果だ。後者も断る際に言った通り、また山暮らしの貧乏生活に戻るのが嫌だと思ったからだ。
そしてその葛藤を経て再び最初の言葉へと意識を戻し
「流石に異世界人なんだよ、って言うわけにもいかないだろうからな。誰かに相談ってのは無理・・・・・・、いや。博士には相談できないこともないか?」
青山の優しさを無下にした。
〜霜月の10と8日・通学路〜
狩矢は火曜日の学校が1番面倒くさいと思っている。山登りで例えてみれば、月曜日は登り始め、火曜日は頂まで後少し、といったところで、水曜日は頂上、木曜日はかなり降りていて、金曜日で終わり、というイメージだ。登り始めるのは別に構わないが山が険しければ話は別だ。だから、狩矢個人としては凄く火曜日が1番面倒くさいと思っていて、1番嫌いである。
(まぁ、本当はもっと別の理由で嫌いなんだが。)
そうやってどうでもいいことばかり考えながら、登校をする。少し前まではそれを1人でずっとやって12年、登校してきた。してきた、のだが、
「今日も晴れだね、なおちゃん!」
今は違う。違った。狩矢が歩く傍らには1人の少女、赤井マユミがいる。そこが大きな違いで。だからこそ狩矢は
(1人じゃないってのはこんなにも心地がいいんだな。・・・・・・やっぱりあの世界には帰りたくないなぁ・・・・・・。)
と。そう思ってしまうのだった。
そして。人が心地よいと感じる時間こそこの世で最も早くに終わる時間である。
「ヘイ!そこのヴォーイ!ちょっといいかい?」
昨日に立て続き、狩やってに絡んでくる奴が多い世界である。狩矢は正直、この瞬間に火曜日がもっと嫌いになった。まぁ、この世界に狩矢を連れてきた元凶に気分の悪い朝に話しかけられれば、それも納得だろう。
そこに立っていたのは相変わらず黒いヨレヨレの服に身を包み紫の髪を伸ばしきった神様、ロキだった。
「・・・・・・ちょっとだけだぞ?ミーちゃん。すまんが、今日も先に行っててくれ。」
そして、ミーちゃん、赤井マユミは悲しげに目を伏せた後
「早く・・・・・・来てね。」
と、それだけ言ったのだった。
〜同日・昨日の空き地〜
「いーい感じにやれてるじゃないか。彼女と♪」
「ぶっ殺すぞテメェ。」
開口一言目がそれだった為思わずキツイ口調で言ってしまったが仕方ないだろう。ニヤニヤした顔でそんなこと言われれば誰であろうと、相手が例え、神様であろうともそういう口を叩いてしまうだろう。
場所は昨日と同じ空き地だった。狩矢と話をしようとするヤツは大体ここにくるのには何か理由があるのだろうか?と言っても、まだ2回しか統計がとれてないからなんとも言えないが。3回目、4回目とここに連れてきて話をされれば何かあるのか?と、疑うが2回だけなら偶然と言えるだろう。
「・・・・・・で?今回は何のようだ?」
結局、狩矢は彼女のことを気に入っているのだろう。早くしろ、と。催促の意味を込めて、簡潔に、話の核心に踏み込んできた。本当に本当の意味でウザい奴であればここで狩矢がどういう意図があって今の発言をしたのかということを察して、時間をかけるのだろうが、流石にそこまでロキはウザい奴ではなかったらしく、寧ろ意図を汲み取った故に、
「そっかそっかぁ。そんなに彼女のことを気に入ったのかぁ。そしたら早く解放してあげなきゃなぁー。」
訂正。やはりロキはウザい奴だったようだ。しかもウザさの方向性もレベルも違ったようだ。質が悪いものというものという意味ではどちらも対して差異はないが。
「・・・・・・だから早くしろって。」
狩矢の口調が自然とキツイものになっているのは本人にも自覚はあるのだろうか。そして、その原因は今のロキの煽りによるものなのか、それとも、先日の事件の元凶と知ってるからか。
「やれやれ。時間が許せば君ともう少し喋りたいんだけどなぁ。君は真面目に学校に通ってるらしいし、本題に入ろうか。」
ようやく、本題に入るらしい。それにしても狩矢ともう少し喋りたい、とは何故なのだろうか。まぁ、今はそんなこと考えるのではなく、ロキの話に全神経を集中して聞くべきだ。彼こそが先日の事件の元凶、であると共に狩矢をこの世界に呼び出した(強制)のも、また彼である。彼は基本的に意味の無いことは言わないはずだ。それに狩矢本人も正直、ロキとは話をゆっくりしたいと思っている。しかし、ミーちゃんがそれを許しいてくれないし、彼女の言葉に背く、という選択肢もまた狩矢の中にない以上、早く行かなきゃ、となるのである。
「前に君をここに連れてくる時、俺の部屋って嘘ついた時あったじゃん?その時にここの世界、alivioのことともう一つ、F、firstの事しか挙げなかっただろう?そのfirstが戦争をずっとし続けている、ということも言ったな?その戦争が少し厄介な事になってな。奴らが今作っている兵器、アレが完成して、かつ使ってしまえば、六世界全てが消える。原理は知らん。」
ここまで言ってロキは話を切った。そしてほんの数秒してから、続きを話さないロキのことを訝しんで
「それで終わりか?だとしたら、それを俺に離してどうしろってんだ?」
そう言った。言ったのだが、先程まで説明していた当の本人、ロキは「は?」と言った顔をして
「は?何言ってんの?今のはただの前振りだよ?今からが本題だ。」
恐らく重大な事なのだろう。そこで再度話を切った。自然、狩矢の佇まいをしっかりとしたものに変わり、先をまだかまだかと待ち構えた。その言葉を切ってから5秒もたった頃だろうか。ロキの口から言葉が零れ落ちてきた。
「狩矢直樹。君にはfirstの世界に行って戦争を止めてきてくれ。」
一瞬。何を言われたのか、理解が出来なかった。だが、それも一瞬のことでスグに意味が頭の中に浸透していき、そして狩矢も言葉を発した。
「とりあえず定番のセリフ、何故俺が?ってのを聞いてもいいか?」
「思った以上に冷静だよねキミって。いいよ別に。教えても。キミのことを呼んだ理由がそれだから、ってところかな?」
「他の神様ってのはそんな理由で突拍子もなく呼ばれた俺のことを納得するのか?」
そう。その世界来て現時点一番の謎と思えるのがそこだ。何故他の神様は狩矢に何のアクションも起こさず傍観の姿勢を取っているのか、ということである。実はロキ以外の神様とも接触したことはあるのだが、本人が気づいてなければノーカウントだ。
「納得は、するさ。お前がこの前頁をなんとかしたからな。それで奴らはお前を監視するだけに留まる。その為の頁、その為の犠牲だからな。」
「ッ!!テメッ!」
「そして」
狩矢は自身のせいで犠牲を出した、という風に言われたのが堪らなく嫌で声を張り上げたがロキの強めの一言によってかき消された。
「そして。それだけの犠牲を出してでもキミをここにとどまらせる理由と価値がある。」
ーーーーー。価値?こんな自分に?どういった価値があるのだろうか。
「理由と価値があるってんなら是非ともそれを聞かせてほしいね。言えよ。」
「話が進まないし、それはまた別の機会で、だ。自分で早くしろって言ったろ?だから俺は俺が今日ここに来た目的しか果たさねぇぞ?」
ロキの自由奔放ぶりには軽く殺意が湧いてくる。自分勝手に話を進めていくスタイル。まだ言えないことが多いからだからなのだろうか。それにしたってゲームでさえ最初でクリア条件ぐらい言うものだと思うのだが。まぁ、要所要所でちゃんとイベントが発生しているだけまだいいだろう。
「キミはfirstの世界に行って戦争を止めてきます。と言え。これは命令だ。拒否権はないし、もし拒否でもすれば奴らが喉から手が出る程欲している天然の軍事物質がalivioに腐るほど埋まってると言おうか?奴ら大軍率いてやってくるぞ?」
「俺が行くって言ってどうやって行くんだよ。あと俺が行っても止められる自信はねぇからな?」
「行き方については博士を頼れ。ロキに言われたってな。アイツなら多分俺の意図を汲み取れるはずだから。猶予は明明後日、3日後。21日だな。それまでにはfirstに行ってないと間に合わない。」
横暴だったが、癪だが、目の前にいる元凶は絶対に意味の無いことは言わない。そこにおいては絶対の信頼をおける。それがロキの利になるか、狩矢の利になるか。それは分からない。だが、それでも自分が少しでも憧れたアニメのヒーローみたいなことが出来るなら
「やって、やろうじゃねぇか。」
と、口に出す程度には思えるのだった。
〜霜月の20と1早朝・狩矢宅〜
そして。何もしないまま二日が過ぎた。寝室のベッドの上でゴロゴロしているとドアをノックする音が狩矢の家の中に響いた。出る気になれなかった。出たくなかった。しかし、逃げるわけにも行かない。時刻はまだ5時過ぎ。こんな朝早くに誰だ?と思いながらドアを開けた。
「暗い中すまないな。おはよう。」
空は真っ暗で太陽の光が1片も見えない中、そこには1人の男が立っていた。