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7 俺、いまは猫の姿だぞっ!?

――やっと見つけたわ! 私の王子様っ!


お父様ご自慢のアンティークの古時計やビスクドールが飾られている棚を風のように横切れば、私の恋を囃し立てるようにカタカタと音を鳴らしてしまっている。

「これは運命よ!」

と、私は腕を伸ばして、ソファの横から未来の旦那様を抱きしめ頬ずりをした。

あぁ、なんて美しいのだろうか。

左手の窓より日の光が注がれることで、彼の艶のある毛並がより魅力的に。

遠くから見ても可愛い。近づくと倍。


「まさに、理想の猫よ。猫王子だわ」

「なんだよ、この女っ!?」

こちらの様子を探っているのか、その青い瞳はゆらゆらと揺れ動いている。

「ああっ……っ。なんて理想通りなの。この見事な毛並み。それに海を思わせる瞳。しかも見てーっ! 手の先だけ真っ白。まるで手袋をはめているみたい。食べちゃいたいぐらい可愛い」

「やめろーっ! この変態女、離せ!」

どうやら未来の旦那様は恥かしがり屋のようだ。

そんな風に怒号を上げて叫ぶと、身をくねらせ暴れ出し始めてしまう。

きっと女性に免疫がないのかもしれない。見た目通りに純情なのだろう。

けれども、私とてやっと見つけた運命の相手だ逃がすはずがない。


「ルドルフ!」

私の彼に対する執念が伝わったのか、猫王子は私の胸で涙目になりながら悲鳴にも似た声を上げ、常にバタバタと動かしていた両手を私の横へとピンと伸ばしている。

その時になって初めて私は彼の隣に誰かいる事に気づく。


――……この人、誰?


そこには一人の青年がいた。

私は猫王子の隣に座っていた人物を不思議そうに観察する。

じろじろと審査するようなその粘着質な視線に相手は大きく体をビクつかせると、「申し訳ございません……」とぼそりと呟き身を縮こませてしまう。

だがすぐに猫王子の悲痛な叫びに、「はひっ」と、素っ頓狂な声を上げ両手を伸ばしおろおろと顔を左右に彷徨わせ、猫王子と私を見比べている。

その瞳は困惑で染め上げられている。

……はずだ。


ちょっと曖昧でわからないのは、ルドルフと呼ばれた彼の表情が窺えないから。

鼻の上までピジョンブラッドのような色をした前髪が伸ばされているため、その様子も容姿もピントがズレたかのように不透明なまま。

ただ一つだけ言えることは、彼が王宮薬師ということだけ。

足首まで覆われた白い外套は右肩で止められ、百薬の樹と呼ばれている大木が掘られた丸い金具で止められている。

これは薬士の正装。

百薬の樹と呼ばれる架空の万能植物のように、植物の力を使い人々を助けようという信念に基づいていることから、このレリーフが付けられる。これは全世界共通だ。


「貴方、誰?」

「あっ、申し遅れました。僕は、コンクェスト国第三王子ルドルフです。正式名は長いので省かせて頂きます。こちらは第二王子のフィテス。僕の異母兄であり次期国王です」

未来の義理弟は、外套で体型はある程度隠れているけれども小柄だし、長い前髪から覗いている鼻から下の顔立ちも女性のようだ。性別偽っていますと言っても不思議ではない。


「弟……あぁ、と言うことは私の義理の弟ね。よろしく」

「はぁ!? お前、なに言っているんだ!? 俺は猫だぞ!」

「それが良いわ。私、人間の男に興味がないから」

「マジか!」

「だから結婚しましょう」

「だからって意味わかんねぇし! こいつ怖ぇ……おい、ルドルフ! この頭に花が咲いた女をなんとかしろ」

「はっ、はいいいっ!」

ルドルフ様はその声音に震えあがり、「すみません、すみません、すみません」と何度も言いながらこちらに手を伸ばしてきた。


「兄上を……」

「嫌よ。この猫は私好みなの。だから私が世話するわ」

「離せって。俺は猫じゃねーし。さっきルドルフから紹介があっただろうが。俺はコンクェスト国第二王子のフィテスだ」

「そうね、猫の王子様だわ」

「違うーっ!」

「その姿で?」

「事情があるんだよ。大体、猫がしゃべるか?」

「……あ」

この時になって初めて気づいた。

たしかに、言葉を話している。

外見以外、いたって人間っぽいから気づかなかった。

下だけズボンを履き、上には紫色のマントだけを羽織っている。

そして腰にはレイピアが。

少なくても日常生活でこのような猫を見る機会は全くない。

しかもソファに座っていた姿は人間と同じ姿勢。


「……まぁ、細かい事はいいじゃない。可愛いし」

「いいのか!? つっこむ箇所いっぱいあるだろうが。まず猫が焼き菓子食っているのも問題だろう」

「あぁ、そうね。駄目よ。焼き菓子は。人間用だから糖分や塩分が多いの。長生きして貰わなきゃ。末永い夫婦生活を営みたいわ」

私は抱きしめていた彼をソファへと降ろし、ふかふかの手で握っている焼菓子を手に取ると、そのままテーブルの上にあった皿へと置いた。

ティーカップに入っている紅茶も減っていることから、こちらも呑んだのだろう。


――猫には負担が大きいわ。お水に変えて貰わなきゃ。


「人間の食べ物が美味しいのはわかるわ。でも、中にはイカのように中毒反応が出るものがあるから口にしては駄目よ」

「ちがーう! そうじゃないだろう。猫がソファに座っていたんだぞ? 人間のように二本足で!」

「あぁ、そうね。そんな事気にしないわ。愛があればべつにいいじゃない。それよりもまず、教会に行きましょう」

「なんでだよ!?」

「結婚するために決まっているじゃない。この国では、婚姻契約書にサインをして、それを教会に届け出しなければならないの。そこで祝福を受け、城に証明書届け出をするのよ」

「正気か? 初対面だぞ。しかも猫」

未来の旦那様は目を大きく見開きながら、まるでこの世の物ではない生物を目撃してしまったかのような表情をしている。


「恋というのは一瞬で落ちるもの。そうじゃない?」

「まぁ、言われてみれば……って、それとコレとは別だ。俺は猫だぞ。猫!」

「むしろ、それが良い。プラス評価よ」

と言いながら手を伸ばした瞬間、彼は「怖っ」と呟くと逆毛を立て後ろへと退いた。

その明らかなる拒絶反応に対し、私は項垂れてしまう。


――どうして……? こんなにも好きなのに! 愛しているのに!


もしかして、押しては駄目なら引いてみろという事か。

わからない。男心が全く理解出来ない。

思えば今まで他人にこんなに興味を持つ事はなかった。き

っとそのせいでスキルが足りなかったのだろう。

やむを得ない。この手は使いたくなかったが――





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