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5 怒らないから言えっていうのは大抵怒る

「遅くなり申し訳ございませんでした。少し用事がありまして。連絡の一つもすれば良かったのですが……」

執務机に座りながら腕を組んでいる男は、猛禽類を思い出すような鋭利な瞳で正面に佇む私を射抜いている。

中指に嵌めているスクエア型の指輪が太陽の光を受け、輝きを放っていた。

まるで水を凝縮したかのような色を持つそれは我がカーツィア家の宝。

先祖代々受け継がれているもので、次の持ち主は跡取りであるセヴァ。

……私のお兄様のものになる予定だ。


「何をしていた? 怒らぬから言え」

低く鉄のように硬質な声音は、威圧的でただ聞いてしまっただけでも背筋が伸びてしまうぐらいだ。

恐らくこれが慣れてしまっている家族でなければ、逃げ出す程だろう。

しかも今は常に不機嫌そうに端が下がった唇、刻まれた眉間の皺。

それらが更にぐぐっと深みを増し余計近づきがたくなっている。

彼こそ黒鷹の鉄翼と呼ばれ皇帝の右腕と名を馳せる宰相・フォーゲル。つまり、私のお父様だ。


「お顔が恐ろしいですわ。まるで数人この世から葬り去っているかのようです」

「これは元からだ。それよりも何処に居たのか、怒らぬからさっさと理由を言え。約束の時間を忘れたのか?」

「本当に怒りませんか?」

「あぁ」

「では……正直に申しますと猫の楽園にて癒されていました」

そうあっさりと白状してみれば、お父様の肩が戦慄き、バンッと執務机へと拳を振り下ろした。

その衝撃音は室内に響くぐらいだったため、あれ絶対に手が痛いだろうなぁと思っていたが、当の本人はそうでもないらしい。

相変わらずの地獄の使者というべき表情でこちらを睨んでいる。


「この大馬鹿者がっ!」

天より落ちし雷よりも強力な怒号が、空気を伝いこの身を直撃。

そのため私は条件反射的に身を竦めてしまう。

この世はなんて不条理なんだろうか。正直者が損するなんて。


「嘘つきなお父様。怒らないっておっしゃったくせに。私、十分反省しております」

「しているなら、もう少し申し訳なさそうな演技ぐらいしろ」

「私、猫は好きですが、猫被るのは苦手なんです」

「おい、誰が上手い事を言えと……もう、いい。そこに座れ」

お父様に諦めを含んだ嘆息を漏らしながら、顎で執務机の前にある応接セットへと指した。

どうやら座れという事らしく、私はそれに頷くと素直に従った。

席に着くということは長時間か。

やはりお母様の言う通りに、今度から嫌な事は早めに終了させておくのが最良だなぁ。

……なんて事をぼんやりと考えていたが、これ以上愚痴るとお父様に壁掛けの剣で切りつけられそうなのでやめた。


「して、話というのは見合いの件だ。残念ながら今の所、お前は良い縁に恵まれてない。闇雲に縁談を進めていくのも、お前のためにならぬ」

「えぇ」

「して、どういうのが好みなんだ?」

「ピンポイントで攻めるおつもりなのですね」

「当然だ。その方がお前も乗り気になるだろう。なるべく条件に合う人物をリストアップしてやるぞ」

「そうですわねぇ……」

顎に手を添え、しばし思案する。

瞳を閉じて自分と対話するように胸をときめかせる容姿を想像する。

瞳は……――それぞれ好みのパーツを組み合わせて理想を描き形にしていく。

パズルのピースをはめるように鮮明になっていく対象者。

その全体像が脳裏に鮮明に映し出され完成された。

まるでそこにいるかのようにありありとした姿が。

私はそれを伝えるべく、ゆっくりと口を開いた。


「そうですわねぇ。瞳は青い子が良いです。それから毛の色は黒。大きさは問いません」

「ほぅ。青い瞳で黒い髪か……それなら東の大陸が有力だな。他にはあるのか?」

「耳は垂れていてもいなくても問題はありません。尻尾は短くてもそうでなくても、どちらでも可ですわ」

「そうか。では……――って、待てぇい! サアラ。それはまさか!?」

「えぇ。猫ですわ」

「私は男の話をしているんだ!」

「だってお父様。私、猫以外あまり興味がありませんの」

そうきっぱりとはっきり言ってのければ、お父様は大げさにがくりと肩を落とした。


「お前は、猫と結婚するつもりか……どこまで猫好きなんだ……」

「落ち着いて下さいませ」

「お前が一々突っ込まずにはいられない事をいうからだ!」

「そうおっしゃっても、猫を嫌いになる事は出来ません。人間でしたら、猫好きな方がいいですわ。しかし、現状的には断られていますよね?」

「まぁ、それは猫好きよりも、破壊の魔女という異名の方が広がっているからな」

「先ほど施設でそう呼ばれている事を教えて頂きましたわ。申し訳ないのですが、何も壊さずに敵だけ倒せ。……なんていうのは、無理です。黒猫の爪としての職務が全うできなくなってしまいますわ」

「それは私もわかっている。この国の宰相として、お前が国に尽くしてくれていることは感謝している。父親としても民を守るお前を誇りに思う。でもな、どうして毎度ヴィルヘルム様の物ばかり破壊しているんだ? おかげでセヴァが愚痴聞きに付き合わされているぞ」

「え? もしかして破壊の魔女と言い出したのは、ヴィルヘルム様ですか?」

私は面食らって口をぽかんと開けてしまった。

正面からの現れた数年来の友人に手を振ってみたら、間違えていましたというぐらいに予想外の展開。

それこそ思うまい。

なぜなら、ヴィルヘルム様とはこの国の第一皇子。

普段は空気のように女性に対して軽いのに、いざ執務となればとても優秀で次期皇帝としても名高い。

そんな彼とは兄がご学友である事、元々家柄的に皇族と懇意にしている等の接点が多く必然的に顔見知り。そのため物心ついた頃から、彼とも旧知の仲だ。


「先月はワインを積んだ馬車。それから昨夜は皇子の新築別荘。しかも全壊」

「そんな古い話を持ち出されても。さすがに攻撃魔法を使って周辺に害を与えずになんて済みません。なるべく小範囲で行っていますが、何故かいつもあの方関係だけ大破してしまうんです。……と言いますか、犯罪者を追い込んだ先々に、ヴィルヘルム様関係があるのが不思議なんですよね。もしかしてむしろあの方が疫病神?」

「……そう言われればそうだな」

「それに私は皇帝の命を受け、破壊行動も許可されております。違いますか?」

「あぁ、そうだ」

「でしたら問題ありません」

「そうだな。皇子の件は放置しておこう。今の所、皇子以外からクレームは無いしな。取りあえず目先の事だ。見合いだ、見合い。では、とにかく相手を――」

お父様の言葉へ被るようにノック音が耳に届き、私はそちらに気を取られて視線を外してしまう。

体を少しだけ右へ捻り、そこにある扉へ。

どうやらお父様も同じだったらしい。

言葉を途中で止めてしまったらしく、室内は静寂が包んだ。


――もしかしたら、お母様? でもまだハーブティーを入れるには時間が……






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