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4 毒草っ!?

基本的には猫以外にテンションが著しく低いが、私とて喜怒哀楽ぐらいある。

なので、まるでさもたいした事じゃないとばかりにさらりと口を開いたお母様。

それに対して私はというと、先ほどの発言が自分の幻聴かと思えて仕方がない。


「毒なの。それ全てね」

――空気の様に発言が軽い。軽すぎる!

だが、それが重要な事だというのは、先ほどまで私捉えていた瞳。

それが鋭利な刃物のように研ぎ澄まされているため瞬時に理解出来た。


「……冗談ではないようですね」

「真実よ。どうやら、すべてここの花壇で採ったようね。ここだけ黒煉瓦で囲まれているのに気付かなかったのかしら?」

「いえ。知っています。ですが、特に珍しいハーブではないようでしたし」

「そうね。たしかに珍しくはない毒草よ。だから色分けを行い旗で印をつけているの」

「毒ですかっ!?」

「植物は毒にも薬にもなる。そう教えたわよね? ふふっ、サアラちゃんはまだまだ勉強不足のようね。ここにあるのは、全て間違えてしまう類似品ばかり。安心して。太陽光の下でも毒ガスを放出しないし、分泌液も問題ないから触れても水ぶくれ等の炎症も起こさない種類。ただ、口に入れると問題になるけれども」

「ちょっと待って下さい」

たしかに呑んだらお父様は静かになる。違う意味で――


「お母様! そんなヤバいものを庭に植えないで下さい」

「だって毒にも薬にもなるのが植物だもの仕方ないわ。城への納品もあるし」

「困ります! 危うくお父様に飲ませる所だったじゃないですか!」

「彼は飲まないと思うわよ? 野生の感が働くのか、痺れ薬が入ったお菓子も食べなかったもの」

「……食べさせようとなさったのですか?」

「昔ね。喧嘩した時に。それに昔から鼻が利くらしくて、毒物等の暗殺も全て勘で回避しているわ。そういう野性的な所も素敵よね」

「さすが鉄翼の宰相」

頬を染め乙女のようにはにかんでいるお母様と違い、私はすっかり感心。


「それに、ここは王都一の種類を誇っているのよ。サアラちゃんも鍵を使って入ったでしょ?」

「はい」

確かに、ここの合鍵は私も所持しているし、それを使用した。

「そもそも家族以外は立ち入る事が出来ないの。それにここの使用人達には、市販のハーブ以外許可していない。だからメイドへお茶を入れるようにお願いしたとしても、即座に却下される。だから問題はないの。でも、これは家だからよ。だからちゃんと観察してね」

「はい」

「また子供の頃のように山に連れて行って実践するのが一番なんだけれども……お父様の許可が下りないのよね……どこか遠くに彼が視察に行くのを待つしかないかしら?」

顎に手を添え、小首を傾げるお母様。

それを見て私は、自分の籠に入っているハーブを眺めた。

やはりどれも類似品かどうかの判別なんて出来ない。

きっと優秀なお兄様なら即答出来るかもしれないけれども。


――だってスザンなんて匂いも同じだったし。


訝しげに凝視しすぎたのか、お母様が「ふふっ」と笑い声を零した。

「スザンは香りも同じでしょ?」

「えぇ」

「完全に色が違うのはわかる?」

「えぇ。スザンは白い。でもこれは黄色です。それ以外は匂いも同じですわ」

「えぇ。これはスザンでも品種が違うの。グレスザン。ゲルセミシンという有毒成分により、呼吸器系や中枢神経を刺激してしまう。濃度によっては死亡してしまうぐらいの毒性なの。間違えてお茶にして呑んでしまう人もいるわ。だから区別がつかないのは、サアラちゃんだけではない。もしこれを呑んでしまったら、すぐにミャールという花で解毒すること」

「ミャール?」

「そう。猫の掌のような花をつけている植物よ。さぁ、こちらへいらっしゃい」

そう言いながらお母様は私を促す。

それに従い後へと続けば、バジルやオレガノのような料理に入っている身近なハーブの花壇や、見たこともないような形をしている植物の群れを数種類越え、一番奥の塀。

その前にある小屋へと辿り着いた。

軒下には紐で括られたハーブや花が吊るされている。


扉を開け中へと入ると、乾燥させた花や葉が入っている瓶が壁にぎっしりと並べられているのが視界に入った。それらには全てラベルが貼られ、その名前と収穫時期が書かれている。

それから中央に置かれているテーブルには、乳鉢や蒸留器などが。


ここはハーブの備蓄庫。

元々個人的趣味でのガーデニング程度のものだったけれども、ここ数年の間にその種類の豊富さと、お母様の知識目当てに薬師達がこぞってやってくるまでに。

ここでは王宮の薬草園に無い様な種類も多く栽培されているため、何種類かここで乾燥・調合し城へと卸している。


「えーと、たしかこの辺りに……あぁ、あったわ」

お母様は本棚に収納されている数冊の書籍やノート類から一冊だけ抜き取る。

灰色の背表紙で所々色が変色しているため、大きな時の経過を感じてしまう。

それをお母様はぱらぱらと捲り、とあるページで指を止めた。

どうやら目当てのページがあったらしい。そこを開き、私へと差し出してくれた。


「これは……」

そこには親指の爪ぐらいの大きさの花を実らせた植物の押し花が張られていた。

花弁はたしかに猫の肉球のようにまん丸。

葉はギザギザとのこぎりのようで、ぱっと見て野草と思えるぐらいにこじんまりとした地味な印象を受ける。

開いている箇所にはこれを収取・作成した日付と場所、それから効能などが細かく書き込まれているのだが、文字が走り書きというか荒く子供っぽい丸い。


「もしかしてこれ、お母様が?」

「えぇ、そうよ。ふふっ、懐かしいわ。私がサアラぐらいの時に作ったの」

「……さすがお母様」

どうりで城から薬師のスカウトがいらっしゃるレベルだ。

さすがはヌーメルンの薬姫の名は伊達じゃない。

その娘の私はというと、いかに猫と戯れるかしか考えていないのに。この違いは……


「グレスザンの毒には、これが一番即効性のあるの。ただ、なかなか見つからず希少価値が高いのよ。出来れば山を散策して収穫したいのだけれども……お父様がなかなか許可してくれないの。もう若くないのだから、行くなって。酷いと思わない?」

「お父様は心配なんですよ。お母様は一度山に入るとなかなか戻らないですし。それに危険です」

「私、山で育ったも同然だから平気なのにね」

お母様は緑豊かな山岳地帯の出身。

生まれた時から周りに自然が溢れかえり、植物が生活の中に根付いている地域。

そのため植物に対して詳細な知識を所持している。

私達も子供の頃、お父様の目を盗んで山に連れていかれ、数日過ごさせられた事がある。

その時にいろいろと教えて貰った。山での過ごし方を。


「懐かしいわ……」

哀愁を含む声音。お母様はそう呟くと、振り返って後ろの壁を見詰めた。

そこに掛けられていたのは、故郷ヌーメルンの風景画だった。

深い緑の山々を背景に、小麦畑に囲まれた領主館が描かれている。その周りには牛が。

「お母様、帰りたいですか……?」

寂しさを含んだその瞳に、私はついそう尋ねてしまう。


「そうね。でも、私はフォーゲル君と人生を共にするって決めているから。あの自然溢れる生活よりも、大切な人の傍にいたいって思ったのよ。時期にサアラもわかるわ」

「そうでしょうか。私は猫以外と生活するのを考えられませんが」

「ふふっ。何か夢中になれる事があるのは素晴らしいことよ。それは誇るべきこと。でもね、他の事にも目をむけてみてね。例えば恋愛。サアラちゃんにもきっと出来るわ。自分の大切な生活を捨てでても一緒にいたい。そう思える人が」

「私に?」

「えぇ」

「だから気をつけなさい。そして知識を増やす事。いずれ必要とする時が来るかもしれないから。特にサアラちゃんは黒猫の爪のお仕事をしているし」

「……はい」

「それから、あまりお父様を怒らせちゃ駄目よ。ちゃんと心から謝罪する事」

「します」

「では、書斎に行きなさい。あぁ、そうだわ。後で美味しいハーブティーを持って行くわね。ちゃんとお父様がリラックスできるブレンドを」

「ありがとうございます。お母様が来て下さるのならば心強いです」

私はそう告げると、顔を上げ右手を振り返った。開け放たれた扉から見えるのは、生い茂るハーブの群れ。その先にはまるで巨大な要塞のように頑丈な建物であるカーツィア邸。   

その二階の中央。

このハーブ園が綺麗に全域見下ろせる場所。

そこがお父様の書斎。

元々一階の奧にあったけれども、お母様との婚姻によりそこへと移された。

お母様が大半を過ごすここを見下ろせる最高の所へ。

一日の大半をそこでハーブの手入れをしている、お母様をこっそりと窺うために――







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