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3 宰相邸ご自慢のハーブ園

カーツィア邸には、広大な敷地内にハーブ園がある。

屋敷の西側にあり、太陽の光が燦々と降り注ぎ植物が育つには丁度いい場所。

私は真っ直ぐお父様の書斎ではなく、まずそこへと向かった。

勿論、現実逃避ではなく、少しでもお父様の怒りを減らすために。

何をするためかと言えば、ここで摘んだ花や草をお茶にして、お父様の機嫌を取るため。

小道具としての演出。そう、下心丸出しだ。


幸いな事に、ここは帝国一の植物園と呼ばれていた。

それぐらいにここは多岐に渡り、様々な種類の植物が生息しているため、ハーブティーの材料にも困らない。

尤もこれは、お母様の趣味。

ヌーメルンという山岳地方の田舎育ちのため、都会の喧噪が苦手なお母様にお父様が敷地の一部を畑にしてプレゼント。その結果が、これ。とても個人が作ったようには思えない出来になり、今では城よりたびたび薬学者が訪れるようになるまでに。


もういっその事、お抱えに! とお母様に対してスカウトがかかるが、お父様の許可が降りず。

結局離れを建てそこで調合・加工。その後、城勤めの薬師へと譲渡している。


――ここにいるだけでも、とても心が落ち着くわ。


ハーブ園の中を踊る風のお蔭で、スパイシーな香りや菓子のような甘い香りなどが絶妙に混じり合い、精神を落ち着かせるような調合になっていた。まるで私専用に誂えられたアロマオイルの様。お父様専用の鎮静作用のある匂いがあればいいのに。

まぁ、さすがにそこまで万能なハーブはないか。


「これで少しは機嫌が良くなると良いけれども。リラックス効果のあるやつって、なんだったかしら……?」

そんな事をぼんやりと考えながらラベンダー畑を通り過ぎ、その先にある黒煉瓦で作られた花壇へと足を進めて行く。そこには、ハーブティーをブレンドするには、一般的なハーブの群れがあるのだが、その敷地内に妙なものがあるのに気づき私は足を止め、顔を顰めた。

「何これ」

小首を傾げて、瞳に映るその妙な光景に対して疑問を感じてしまう。

目当てのハーブが植えられている場所へと向かえば、何故か地面に細長い棒がつき刺さっていたのだ。

その先端付近には、黄色い布が括り付けられ、風にたなびいている。

一体これはなんなのだろうか?

もしかして希少価値でもある植物かと、屈み込んでよくよく観察してみれば、いたって普通のその辺りで見るような品種ばかり。


「えーと、ヨモギにミツバか……普通ね」

屈みこんで観察してみるが、その理由を知る事は出来なかった。

「あっ、スザンもあるわ。丁度いい。これにしましょう」

ちょうどこの辺りでお茶として利用されるスザンという植物があった。

細長い茎がいくつも分かれ、その先端にレモン色の鈴蘭のような小さな花を幾つも付けている。

通常は白だが、これは品種が違うのだろう。黄色だ。

この花弁はミルクのような匂いを醸しだし、人の心をリラックスさせてくれる効果がある。

薬草としても用いることもでき、乾燥させ粉末にすると胃痛に効果があるという。


そのためこれを栽培している人は多々。どの家庭でも植えていると言っても過言ではない。

しかも冬にも強く、私が住んでいる大陸では一年草や家庭草とも呼ばれている。

黄色い布きれのことを気にする事無く、私はさっそくスザンを始めハーブティーにする材料を次から次に手で摘んでいく。

柔らかい茎のため、簡単に指で折る事が出来る。これも、スザンが広がった理由の一つだ。

幸いな事にこの黒煉瓦の領域にはお茶にするのに適しているものが多いためか、腕に下げていた籠がいっぱいになるのには時間がかからず。

そのため用事もすぐに終了。満足気にその場から立ち去ろうとしたら、「サアラちゃん?」という、春の陽だまりのような暖かな口調で名を呼ばれてしまう。

それに私は弾かれたように顔を上げ、それが発せられた左手奥へと視線を向け声の主を確認する。

聞き慣れた声音。それはやはり私が頭に描いていた人物の物だった。


薔薇のアーチの下。そこにどんな花にも負けずに輝く女性の姿が。

彼女は、一瞬だけ目を大きく見開いていたが、やがて目じりを下げて微笑んだ。

夕日を凝縮させたような髪を結い上げ、ベージュのワンピース姿に身を纏っている女性。

彼女の腕には、私と同じように籠が下がっていた。小動物を思わせる大きな瞳に、丸めの鼻。唇はそこに咲き誇る薔薇のように鮮やか。若かりし頃、天空の薬姫と呼ばれた美しさは未だに健在だ。


「お母様っ!」

「サアラちゃん、どうしてここに? フォーゲル君……お父様とのお約束があったはずよね……? 彼ったら、頭でお湯でも沸かしそうな勢いで怒りを溜めているわよ」

「すみません。私、猫の楽園に用事がありまして……予定時刻よりも時間程過ぎてしまったのです」

「まぁ! 現実逃避しに?」

「えぇ……」

「サアラちゃん、駄目よ。先延ばしにすると、もっと嫌になるのだから。どうせ逃げてもお父様のお説教があるのは変わりないの。なら、早めの方がいいと思わない? 約束の時間を過ぎて余計怒られるよりは。それに遅れるなら、連絡を入れなきゃ。ね?」

と、時の経過がお母様だけ違うのか? と思ってしまうぐらいに、ゆるやかなリズムでそう口にしているのに、何故か背後からは重圧を感じる。

お母様は時間に関しては口うるさい。

時は金なりという異国の言葉のように、時間というものは相手にとっても自分にとっても尊い。そう考えているから。


――きっと時間厳守を忘れたから、怒っていらっしゃるんだわ。


目の前の人は微笑んでいるのに、どんどんとこちらを恐怖感が蝕んでいく。

恐らく、目が笑ってないからだろう。感情をむき出しにしている人間より、私はお母様のように表に出さない人間の方が扱いにくい。

それに苦手だ。そのため私は深く頭を下げ、完全降伏。すぐさま白旗を掲げた。


「……はい。以後気を付けます。すみませんでした」

「謝るのは私ではなく、お父様によ。それよりもサアラちゃん、それは何かしら? ハーブの研究でもするの? それなら、色々と教えるけど……」

「いえ。これは……お父様の御機嫌取りをと思いまして……ハーブティーを」

「あら、素敵ね。きっとそれを呑んだらお父様は静かになるわ」

「本当ですか?」

「えぇ、永遠に」

「……は?」

その発言に私は体が強張った。





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