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32 破壊の魔女VS混沌の魔女

「ふふっ」

彼女は嘲笑うと、そっと檻へと触れる。

ただそれだけなのに真っ白い光の粒子となり消えていった。白魔法で打ち消したか。

しかも詠唱無し。予想出来ていたけど、こうも簡単に術式を解かれるとは……

「折角に綺麗な顔が歪んでいるわよ? 命乞いなら聞いてあげてもいいけど?」

「冗談でしょ」

私はそう告げると口角を上げた。

そして右手を高く掲げ指を鳴らす。

するとこの場を支配していた混沌の魔女の魔力がかき消され、新しい魔力に浸食されていく。

空気が禍々しく歪み、重力が変化したかのように凄まじい圧力に体を痛めつけられていく。

心臓や肺も視えない手で握り締めつけられているように重く息苦しい。

そのため添えるように持っていた杖だったが、体重をかけ体を支える道具と化している。

あまりの辛さに、叶うならば逃げ出したい。

このままでは、体も心もこの陰湿な魔力に全て食われてしまいそうだ。


「貴方、何をしたの?」

さっと変わった混沌の魔女の表情を見て、私は小気味よく笑った。

「女神の結界。あれをただちょっと一時的に遮断しただけよ。壊すには難しく複雑な形式だったから」

――しかし凄まじい魔力だわ。

私は気合いを入れ、足腰に力を込めた。

女神詣の時に置いてきたあの陶器の猫。

あの中身は魔術符と魔力を込めた石が詰め込まれている。私が合図を送ると発動するように仕組んだ。

さすがに壊すという方法は、あまりに恐ろしくてやらなかった。だって、さすがにあそこまで細かい魔術を修復するのは不可能。私に出来ることは、一定時間遮断すること。それが限界。


「正気?」

「えぇ、勿論よ。勝算がなければこんな所にわざわざ来ないわ」

私の魔力では限界がある。だったら、他の魔力を使えばいいと考えた。

しかも混沌の森は穢れ地。強力な魔力が封じられた場所なので都合がいい。ただ、自分の器よりも巨大なそれは負担がかかるし、扱い切れない。でも――


私は親指へと視線を向ける。

そこにはお父様より頂いた、カーツィア家の宝である指輪が輝いていた。

これは魔力を吸収し持ち主の力を補強するアイテムなので、これを使えば問題ない。 

結界を一時的に遮断し、その禍々しい魔力をこの指輪で調整し攻撃する。

そうすればあの混沌の魔女の魔力を簡単に超える事が出来る。

ただそれは体の負担が大きい。だから、一撃で決めなければ。


「貴方、やっぱり面白いわね。こんな狂った方法使うなんて」

そう告げた彼女の瞳は、笑っておらず鋭い。

混沌の魔女は笑みを消し手を地面へと翳せば、ぐにゃりと土が波打ち、杖がそこから生えるように少しずつ表れた。今まで杖や詠唱は弱い者と言っていた彼女だったのに。

さすがにこの場を支配している禍々しい魔力には、警戒しているのだろう。


「白銀の女神よ」

「闇夜に散らばる無数の星よ」

「我の視界を閉ざす者を打ち砕き、滅せ!」

「矢となり我の敵を射抜き、駆逐せよ!」

交互に繰り返すように双方詠唱を紡ぎながら、私は杖を彼女目掛けて振り上げた。

すると指輪の嵌めている親指に熱が篭り痛みが走る。

まるで火で炙った鋼鉄の糸を親指に巻かれ締め付けられているかのよう。

このまま切断されるんじゃないかという不安が頭を過ぎるが、そもそも混沌の魔女との戦いで怪我もせずに済むなんて思っていない。


「指輪よ、お願い力を貸して。すべてを終わらせるために」

願いを込め、どんどんと魔力を杖へと終結させる。その時だった。一匹の蝶が私の目の前を優雅に飛んでいったのは。


「……え?」

ふと顔を上げ、私は言葉を失った。それは無数の青い蝶が、ひらひらと私と混沌の魔女の周辺をぐるりと囲むように飛び回っていたのだ。その数は数百、いや数千だろうか。 

やがてそれらは、巣へ戻る鳥のように群れになり、指輪に導かれどんどんとそこへ吸い込まれていく。

どうやらそれらは、魔力が具現化されたものらしい。それに比例するように、杖に込められている魔力がどんどんと上昇してきている。どうなるかわからないが、これが最初で最後だ。


「――世界樹の理」

「――黒曜石の剣」

双方ともスペルに魔力の全てを注ぎながら叫んだ。

そのほぼ同時の詠唱の終わりに、放たれた黒と白の光の塊。それがぶつかり押し合い、やがて爆発音を立て地響きを奏でる。

生じた爆風に体が飛ばされそうになるが、杖を地面に挿してなんとか態勢を整え、私はまだ残っている魔力を使い更に攻撃をし続ける。前方はおろかまわりが見えない。

まるで自分という者が存在しないみたいだ。

ただ、己の荒い呼吸音と鼓動だけがこれが現実だと伝えてくれている。


それはかなりの時間続いたように感じた。数秒なのか数分なのか、それとも数時間なのかは不明だが。

やがて黒い光が白き光を侵食し、食いつくしていき、世界は誰にも染められてない闇色に。かと思えば、何か大きなものが倒れる音が耳に届き、霧が晴れるかのように引いていく黒い光。

そのお蔭で、やっと周りの視界は開かれていく。


――終わったの……?


自分の荒い呼吸音だけが響き渡る。

ぐらぐらと揺れる視界の中で、確認できたのは地に伏せっている混沌の魔女の姿。

それを捉え、私は全身の力が抜け落ち同じように倒れ込む。


――駄目。もう、魔力が……


どうやら巨大な魔力に体と精神が限界のようだ。でも、なんとかこれで終わった。

そう思い目を閉じかけた時だった。視界にとらえて風景となっていた彼女が動いたのは。

最初は少し指先が動いただけと思ったのに、今度は肘を使い、上半身を起こそうとしている様子だった。

本来ならば、再度とどめの詠唱を……となるべきところだが、今の私にはもう魔力が残っていない。

そのため、どこか第三者視点で視ているかのようだ。


朦朧とする意識と指先一つ動く事ができない体。それらが、もうどう足掻いても無駄な事だと無言で告げているのだろう。

ゆらゆらと陽炎のように近づいてくる彼女。その右手には、何か光る物が握られている。


――あぁ、ナイフか。


変に冷静な自分がそれを観察していた。

瞼を開いているのもそろそろ限界。もう終わりにしよう。疲れた。

全てを放棄したくなり、私が瞼を閉じようとした瞬間、「止めろ!」という怒号のような声が後方から耳へ飛んできた。




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