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24 ツンデレな猫王子からのプレゼント

「はい、お嬢さんどうぞ」

「ありがとう」

私はカウンター越しに店主より紙袋を受け取った。

その紐状の取手には、猫柄のリボンがちょこんとつけられていて可愛い。

ただちょっとだけ予想外に紙袋が重く力を抜いていた腕が荷物を持った時に、がぐっと下がった。

小さいから軽いと思ったのに。

どうやら陶器で出来ているためか、数が多くなるとそれなりになるようだ。


「一緒の使い魔の猫ちゃんが可愛いから、おまけにクッキー一袋プレゼント」

店主は温和な笑みを浮かべるとカウンターから出てきて、猫王子の前に屈み込んで透明な袋に包まれたそれを差し出してくれた。

猫型に切り抜かれたクッキーに、チョコやアーモンドでデコレーションされている。

それに対して猫王子は一瞬びくりと体を大きく揺れ動かすと、視線を泳がせながら私の右足に隠れてしまう。それを見詰めながら私はつい噴き出してしまった。まるで人見知りの子供みたい。


「ありがとう」

さすがに店名や内装から気づいていたが、やはり猫が好きなのだろう。

「さぁ、猫王子もお礼を」

「……ありがとう」

「どういたしまして」

お礼を言って、私達は店を出た。

すっかり闇色に染まっていた外は、体に纏わりつく空気がほんの少しだけ、肌寒い。

酒場から流れてくるのか、風が何やら貪りたくなる肉の焼ける匂いを孕んでいるらしく、食欲をそそってくる。今夜は肉にしよう。夕食。


「さぁ、そろそろ戻りましょう。そして夕食にしましょうね」

と言いながら足を踏み出せば、猫王子が「あのさ……」と遠慮しがちに声をかけてきた。

そのため振り返ると、俯き加減で何やら指先をいじりながら体をくねらせている。かと思えば、彼が急に顔を上げてしまったため、私と視線がぶつかった。


何か覚悟でも決めたのか、ぎゅっと両手で握りこぶしをつくり、彼は口を開いた。

一体急にどうしたというのだろうか?

もしかして、何か欲しいものでも?

そうだとしたら、私は全財産を使って買って与える。貢まくる。そんな事は先読みの姫であるお姉様でなくても、誰でも予想が可能な世界。


「俺、ちょっと用事があるから先に戻れ」

「え? おねだりじゃないの?」

「は?」

「いえ、なんでもないわ。でも、それはちょっと出来ないかも。この間の奇襲を忘れたわけではないでしょ?」

あんな人混みの中で、白昼堂々と混沌の魔女は現れた。

それに、第一王子であるストリッド様の姿も確認されている。

そんな状況で一人になんて出来ない。だからなるべく一緒の方がいい。

先日のように混沌の魔女が現れる可能性が無きにしも非ず。

不安から自然と柳眉が中央へと寄ってしまうのは止められない。


「大丈夫だ。すぐそこの店だから。ちょっとで済むし」

青い瞳は真っ直ぐこちらを見据え、何か強固な意志のようなものも感じる。

そのため私は肩を竦めた。きっと言っても聞かないだろうし。それに、気分転換も必要だろう。ただやはり、ちょっとだけ後髪を引かれる思いはあるけど。


――念のために使い魔に後を追わせましょう。


「わかったわ」

「本当か!?」

「えぇ。でも、気をつけてね」

そう告げると私は手を振り、先に戻るために人混みへと交じりあうように溶けていき風景と化した。







薄めの板を十何枚と張り合わせた簡素な造りの扉を開け、私は宿屋より借りている部屋へと足を踏み入れた。

廊下より漏れる明かりしかないため、薄らぼんやりとした室内。

そのため、私は指を鳴らして魔法を発動し、扉付近にあるランプへと光を灯した。

広がる視界に映し出されたのは、素朴な室内の風景。


私は真っ直ぐ奥にある窓際の寝具の元へ。寝具とクローゼット以外何もない空間のため、障害物を越えずにほんの十数歩だけで辿り着く。

いつもならば、私と猫王子用に寝具が二つある部屋を用意するのだが、観光地のため宿が混んでいるせいか、今回はすべて埋まってしまっていた。

運よく一部屋空いていたのがここ。

そのため、必然的に猫王子と同じ寝具で眠れるという私には美味しい展開。

今日は絶対に抱きしめて眠ろう。あのもふもふな王子様を。


「あぁ、楽しみだわ!」

今から心が踊ってしょうがない。そのため少し落ち着かせようと、私は寝具に腰を下ろし、そのまま上半身を横たえさせる。するとやたら大げさなスプリングの軋む音が静寂に溶け込む。

いつもは身の沈む寝具で体を休めているけど、これは体が真っ直ぐ。

純白のリネンのごわついた質感と堅い感覚が頬に触れ、私は無性にあの可愛い王子が恋しくなった。  

猫王子は柔らかくて温かいから。


「なんだか、長いようで短いものね。そろそろお別れなんて……」

混沌の森はもう目と鼻の先。そのため旅もいよいよ終盤だ。

港町では混沌の魔女に圧倒的な力の差を見せつけられた。

あのまま彼女が引いてくれなければ、私は無様に猫王子を失っていたかもしれない。

器が違いすぎる。例えるならば、魔力が湖と海ぐらいの差がある。

普通に戦っても、こちらが先に底をついて倒れるだろう。


魔力を失うと、人が死に至る場合もある。

そのため全力で空になるまで使用するなんてことは、あらざること。

自己防衛機能が働き、最低限必要な分は温存させておくはず。

では、その魔力の回復方法は? それは、いたってシンプル。ただ寝るだけ。

けれども緊急時にはそんな余裕はなく、魔力回復薬なんて便利な物もある。

魔法を使用する頻度が高い魔術師はそれを必ず常備。


私も常にローブの胸ポケットへと仕舞っている。

一度も使用した事が無かったけど、これから先の混沌の魔女との戦いできっとこれが重要になるだろう。

魔法具であるあのカーツイア家の指輪と、女神像の結界を使用するにあたって――


「上手くいくかしら? ……なんて考え駄目よね。何がなんでも成功なせないと」

ぽつりと漏らした弱音。それが室内に広がった時だった。

壁を隔てた廊下に、リズミカルな足音が響き渡ったのは。

もしかしたら、猫王子かもしれない。

それは私の部屋の前でぴたりと止まり、確信に変わっていく。

体を起き上がらせれば、ちょうどタイミング良く扉が開き、正面にその人物の姿を現した。

ゆらゆらと床に揺れる、尖がった二つの耳と小さな体。


「今、戻った」

やはり猫王子だった。

こちらを軽く一瞥するとすぐに背を向け、ほんの少しだけ背伸びをして扉を締める。

「お帰りなさい」

私は彼に対して、すかさず両手を広げた。

勿論、この可愛い生き物が顔を輝かせて私の胸に飛び込んで来てくれる。

……なんて夢のような事を思ってはいない。でも、一応やってみるだけやってみたのだ。


「楽しかった?」

その質問に答えることなく彼はブーツの音を鳴らしながら、こちらに真っ直ぐやって来た。

そして、「ん」と言いながら何かを差し出してきた。

それはクリーム色の小さな巾着。堅い布で出来ているせいか、皺になっている。


「これやる」

「え?」

差し出されたそれをすぐに素直に受け取れずに、私は失礼にもそれを食い入るように見つめてしまう。

だって誕生日でもなければ、何かの祝祭日でもない。

プレゼントを貰う理由が全く思い当たらないのだ。

ましてや、自分が好かれているとは思ってもいない。

一緒に寝てくれないし、お風呂にも入ってくれない。着替えも別々だし。


「どうしてこれを……?」

つい、小首を傾げながら尋ねてしまう。

それに対して猫王子は、「別に違うからな!」と急に上ずった声を出し始めてしまった。

しかも、結構なボリュームのため、耳の奥で反響。そのため、私はすっかり困惑。


「何が違うの?」

「勘違いするなよ!」

猫王子はそれに答えず、手にしていた巾着を投げつけるように私の胸に押し付けてくる。

それを両手で添えるように受け取った。


「マントの礼だ! 別に、お前に似合いそうな物を探したんじゃない。適当に見繕ってきたんだ。貰いっぱなしだと王子として不甲斐ないからな」

と言いながらこちらに背を向けると、ドスンドスンとまるで熊が歩くかのように、乱暴に足音を鳴らし再び扉の方へと向かってしまう。

さすがにそれには狼狽しながらも、彼へと声をかけた。


「何処に行くの?」

「風に当たって来るに決まっているだろうが!」

まるで八つ当たりしている子供のように、不機嫌そうに投げつけられた声。

それがまた私を当惑させる原因の一つとして増えてしまう。

どうやらまだあの猫王子の事を理解出来ていないようだ。


「反抗期かしら?」

バタンと扉がしまったのを確認し、小首を傾げながら貰ったそれを開け、掌に中身を流すようにそれを落とす。すると、現れたのは光り輝く物体だった。

それは髪飾り。銀の土台に樹皮で作られた薔薇が添えられている。


「もしかして、さっき花が好きって言ったから……?」

それならそうと言ってくれればいいのに。

どうやらあの王子は素直じゃないようだ。

くすりと笑みをこぼしながら立ち上がると、私はそれを髪につけ、お礼を言うために彼の跡を追うべく寝具から腰を上げた。






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