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22 五つの女神像の結界

混沌の森。そこはアレヌ国の西部にある、リギル、ラペヌ、ノープス、ツル、デバランという五つの村に周囲を囲まれている広大な森の事を指す。

神話の時代よりそこは『穢れ地』と呼ばれる魔力の強力な場所だった。

そのため森には見たこともないような生物が現れ、人間を襲い災いをもたらしていた。


その禍根は永久に残される。

誰もがそう絶望しながらもその膨大な魔力に為す術が無いまま、恐怖を背にして過ごす日々。

けれども突如としてその生活に光が差し込む出来事が起こる。

それが三百年前の『光の女神の結界』。


当時の最高位魔術師・リストルの手により五つの女神像を媒介とした結界が張られ、魔力の渦を押さえる事に成功。さすがはランク九。

最大値十まで存在すると言われている魔力ランクだが、リストルを超える者は今も昔も確認されていない。きっと彼以上に魔力に関して天賦の才能を持つ人物は現れないだろう。

そのためこの結界が再び綻び始めたら、一転また穢れ地へと戻ってしまう。

だから悪しき者に結界を壊されないように、警備も強固。


五つ村へ立ち入るためには、村の境界線に沿うように、囲まれた聳え立つ煉瓦壁を進まなければならない。

出入り口は門になっており、検問が施されている。そのため、すごく混む。

――……という説明を辻馬車内で伺ったけれども、まさかこんなに混雑するとは思ってもいなかった。


目の前にあるリギル村への出入り口のアーチ状の門。

そこには左右に槍を持った兵が二人ずつ配置されている。

そしてその煉瓦壁の上には、晴天の空の下、双眼鏡を手にした騎士服姿もちらほらと。

そこへ吸い込まれるように、五十人ぐらいの行列が二列ずつ続いていた。それがものすごく遅緩。


「もう少しなんだけどなぁ」

きっと検査に手間取っているのだろう。

ここでは身分証明のため通行証が必須。その上、身体及び魔力検査が実施。

五つ村は差しあたって珍しくも無いいたって長閑な村だ。

けれどもそこは、とある場所のおかげでアレヌ国で尤も有名な観光地となっている。


それは混沌の森。

いや、正確には結界を守ってくれている女神像か。

それらは全て五つ村に各一体ずつ、混沌の森を向き設けられているのだが、それらを全て巡ると魔術師の加護を受けられるという謂われがある。

女神詣というものだ。

忌まわしいであろうそこも、そんなプラスに働く面を持っているからなんとも複雑怪奇。


そんな事をぼんやりと考えていると、

「しかし、人が多いな。さっぱり進んでないんだが」

という猫王子の言葉が耳に届いてきた。

どうやらアリの散歩のように進まない列に機嫌が段々と悪くなってきたのか、言葉に若干苛立ちを含んでいるようだ。

視線をそちらへと向ければ、彼はその憤りをぶつけるように右足で何度も地面を蹴っている。

折角の可愛らしい顔立ちなのに、むすっとしたまま列を睨んでいるのが勿体ない。

まぁ、それも可愛いけど。


「観光地だもの、仕方がないわ」

私は屈み込んでそんな苛立ちを吸い取るかのように、彼の頭を梳くように撫でる。

地面へと照り返しのせいか、じんわりと足もとから熱気が漂ってきた。

「皆、女神の結界を見にやって来ているのよ。なんでも、五つの結界全てを回る事が出来たら、御加護があるとかなんとか。だから、私達も回りましょうね」

「はぁ!? 寄り道している場合か!」

「楽しみ」

「聞けよ!」

「私、初めてなの。女神詣」

「だから、聞けって……あ、やっぱりいいや。うん、お前ってそういう奴だもんな……」

と、諦めを含んだ声音を漏らし、大きく肩を落とす猫王子。

私はそんな彼に笑いを零しつつ、お姉様の予言をもう一度思い返していた。

黄金の使者は、恐らく猫王子だろう。

コンクェストの神・コア。あの黄金の猫に守られ、包まれているフィテス。

そしてその予言通りならば、彼は毒杯を煽る事になる。その前になんとか、偽りの姫を止めなければ。


――しかし、一体誰なのかしら? もしかして漆黒の魔女と共に混沌の森に? それに、魔女の反応も気がかりだわ。コンクェストの神に反応したし。それに赤髪。あれも気にかかるのよね……


「このまま門を越え、リギルに向かうんだったよな?」

「えぇ。今日はそこで休みましょう。翌日から女神詣しましょうね」

「はぁ!? 本気だったのか」

「えぇ。宿を取ったら、お供え物を買いましょうね。せっかくここまで来たのだもの」

「……あのさ、頼んでおいてなんだけど、お前ってやる気とかあるのか?」

「勿論。縁結び祈願は外せないわ」

「……あぁ、うん。聞いた俺が馬鹿だった」

ぽつりと呆れた声を漏らした猫王子の声。

それを聞き、今度は彼の喉元を撫でる。ふわりとした綿毛のようで柔らかい。

何度もこの旅を通じて覚えた感触。それとお別れするのも、あとわずか。


「くっ、猫の弱点……」

それに気持ちよさそうに目を細め、そう呟く彼が愛しい。

知らなくていい。こんなに可愛い猫王子に真実なんて。きっと彼は知ってしまったら反対するに決まっている。一度は私達から離れようとしたぐらいだ。

これから私がやろうとしている事は、一か八かの大博打。

五つ村にある女神像の結界。それから、我がカーツィア家の指輪である蝶の空。

それら二つを上手く使う事が出来れば、勝算はある。

私は空を見上げて、祈った。皆が幸せな結末になりますようにと――





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