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17 猫王子のやきもち

「どういう事ですか?」

「ほら、僕が君を抱き上げて運んだだろ?」

「すみません、記憶が……」

「あぁ、そうか。俗に言うお姫様抱っこというやつで、この宿まで運んだんだ。あれから様子が変なんだよ。きっと自分が人間ならっていろいろと思いめぐらせているのかも。まぁ、無理もない。何の前触れもなく、あんな可愛い姿になってしまったのだから」

「確かに。私としては戻って欲しくないけれども、彼は戻りたいんですよね」

「あぁ。それには同意する。もし戻れなかったら、僕が一生面倒をみよう」

その発言に、私は自然と柳眉に力が入り深まるっていく。

まるで恋人を横取りされるような気分。

だんだんと不快になっていき、首を大げさに左右に振り拒絶。

絶対に渡したくない。あんなに可愛い王子を。


「駄目です。それは私が――」

「いや。僕が! 見たかい? あの白い靴下に手袋! それにこの広大な海を思わせる瞳。しかも長毛! 是非もふりたいあの毛並! だから機嫌直してきてくれないか? 僕、堪能したいから」

「……あまりあの猫王子と仲良すると、私は嫉妬で狂いますよ?」

「サアラにそうされるぐらいに距離を縮めるよ。猫好き魔術師の名にかけて。だから頼むね」

「えぇ」

私は立ち上がると、足を進め左手にあるラベンダー色の扉へと向かった。

取手を引くと、丸テーブルと椅子が設置されている部屋へと出た。

テーブルの奥にある飾り壁の傍には暖炉があり、その隣には更にラベンダー色の扉が。


辺りを見回せば、もう一つ右手に扉を発見。

けれどもそれは、色も若草色で違う。それに一回り大きく感じる。

今までの扉はシンプルだったが、あれは細工もこだわりが見て取れる。

例えば金具一つにしても、外観重視なのか、蔓の文様が浮かぶように彫金が施されていた。

もしかしたら、ここは廊下へと通じる出入り口なのかもしれない。


――……ということは、残りね。


私は初めに見た扉へ向かうことに。

真っ直ぐ足を進め、テーブルセットの横を通り過ぎ、暖炉脇にある扉までたどり着く。

そしてそのまま正面にある扉をノックする。

規則的な音を三回鳴らしたが、無反応。

左手にある窓から聞こえる町の喧噪だけが、ただやたら大きく耳に届いてしょうがない。


「ねぇ……?」

普通は仕方ないと諦める所だが、私は問答無用で取手に手をかけると、こちら側にそれを引いた。

もしかしたら……という思いがあるからだ。

その希望が通ったのか、すっと羽の様に軽く扉が開き、中の様子が隙間から覗き込めてしまう。

どうやら鍵をかけていなかったらしい。

不用心。そんな言葉が浮かんだが、今はそれがありがたい。


「猫王子?」

正面の窓はカーテンが閉め切られ、闇の世界。零れるこちら側の明かりが、寝具に座っている猫王子を照らしている。

「……具合いいのか?」

ぽつりと漏れたその言葉。

それが室内に広がり、私の元までたどり着く。

弱々しいそれは、苛立ちも含まれているのか何処となく投げやりだ。


「えぇ。お蔭で」

「俺、何もしてない。あいつが全てやったんだ。サアラを運ぶのも宿の手配も全て」

「でも、貴方は心配してくれたわ」

私は中へと足を進めるとクローゼットを横切り、奥の壁に沿うように配置されている寝具まで進むと彼の隣へと腰を下ろす。猫王子はずっと床を見たまま。虚ろな瞳だ。


「……何か役に立ちたいんだ。良く知らない俺の為に、一生懸命やってくれているお前に」

「あるわ」

「なんだよ?」

「もふもふが恋しいの。だから、抱きしめさせて」

「いや、そういうのじゃなくてさ……」

「あら? 大切な事よ。これは貴方にしか出来ないもの」

「俺にしか?」

「そうよ。だからおいで」

私は体を猫王子の元へと向けると、腕を広げて彼を招いた。

すると今まで私を全く映さなかった彼の瞳に、やっと自分の姿が見える。

困惑に染め上げられているその表情に、私はたまらずに笑みがこぼれた。


「さぁ、早く」

「あのさ、俺は男として……うん。まぁ、いいや」

猫王子は寝具に立ち上がると足を進め、私の膝の上に腰を下ろした。

二足歩行が基本のため、他の猫とは違い人間のように足を投げ出して。

小さな子供が母親の膝の上に座るように、ちょこんとして可愛い。


「ふふっ。この感触。病みつきになりそう。あぁ、独り占めしたい。リンクス様には触れさせたくないわ」

右手を彼の腰元に回して抱きしめるようにしながら、左手でその艶のある毛を堪能。  


――なんて幸福な時なの!


「……なぁ。あの男、リンクスって言うのか?」

「えぇ」

毛並みを整えるようにして色々な所を撫でる。

いつもは嫌がるのに、今日は大人しく触れさせてくれていた。

あの気性が激しいのも魅力的だが、控えめでも可愛い。


「な、なっ、なかっ……その、仲よさそうだな」

「良いと言えばいいわね。お兄様のご友人ですもの。お付き合いも長いし」

「あれとはどういう関係だ? ああいうのがお前の好みなのか? 見る限り魔術師のようだが……」

「今日は随分と話を深く追求してくるのね」

もしかしたら、私に興味を持ってくれたのかもしれない。

「別に気になんてしてないからなっ!」

「そう」

どうやら気のせいだったらしい。自意識過剰すぎたか……


私はすぐに意識を切り替え、猫王子の肉球へ。

勿論、堪能するために。折角のチャンスだ。猫の楽園でも肉球を触らせてくれる子は滅諦にいないし。

ふにふにと何とも言えない弾力。猫王子は嫌がる事無く触らせてくれる。

ちらりとこちらを振り返ったブルーサファイアのような瞳。

それに何か言いたさが隠れていた。

けれども、彼から話をしてくれるだろうと、それに気づかない振り。だって声も聴きたいもの。


「おい」

「なに?」

「あれとは、どういう関係なんだ?」

「リンクス様のこと? さっき気にならないって言ってなかったかしら?」

「……俺は興味がないが、一応話の流れ的に聞いておいた方が、世間話としてありがちな事だと思っただけだ」

もしかして、猫だから猫好きがわかったのだろうか。

だから気になるのかも。

猫は猫好きに惹かれ、猫好きは猫に惹かれる。自然の摂理だ。

ただ、ちょっとだけ心がくすぶっている。私だけの猫王子なのにって……――







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