15 特別だからなっ!
魔力反応があったため、私達は食事を中断し屋敷の門付近へとやってきた。
すると想像通り、侵入者が捕まっていた。
「――……こんばんは。出来れば、お食事の後にして下さると宜しかったのに」
私は暗闇の中で一際黒くその陰を作っている物体へと声をかけた。
そして静かに手に持っているランプの明かりを近づけると、そこには地面にうつ伏せになっている男性二人が見受けられる。
彼等のすぐ後方には、私達が乗って来た馬車が。どうやらこれが狙いらしい。
「うっ……」
男達は喉が潰れてしまったかのような呻き声をあげ、こちらへ顔を歪めて睨んでいる。
まるで今にも私達を切り付けてきそうだが、彼らは身動きが出来ない。
それは先の見えない洞窟のような色をした豹に押し倒されているから。
牙を剥き出し、唸り声を上げている豹は、今にも男達の首元を噛みそうだ。
「ここで何をしていたのかしら。わずかに魔力の反応があったけれども。もしかして馬車に何か仕掛けたの?」
「……」
男達はその質問に口を閉ざす。それも全て予想済みだ。
簡単に口を割ったやつらなんて、見たことがない。それは忠誠心が高ければ高いほど比例する。
「まぁ、いいわ。男爵。この男達をお願い」
「はい。今、駐屯地に騎士を呼びに向かわせておりますので、それまで屋敷の地下牢に。構いませんか?」
「えぇ」
「では。おい」
男爵が手を翳すと、屋敷の騎士達が暗闇から現れ彼らを拘束。
それを見届けると、黒豹達は私の元へとやってきた。
「良い子ね。ちゃんと捕まえてくれて」
私はそう言いながら、すり寄ってきた黒豹達の頭を撫でる。
可愛い使い魔達は、それに嬉しそうに目を細めた。
「ありがとう。またね」
手を離すと、可愛い黒豹達の足元に魔方陣が現れた。かと思えば光の粒子上になり消えていく。
彼らは私の魔力の凝縮――使い魔・キシリとガラン。
魔術師と切っても切れない関係のそれは、魔力を持つ生きた生物と契約する者が主だが、己の魔力から人工生物を創り使役する者も少数だが存在している。
私は後者で、豹達は私の魔力が生み出した使い魔だ。
「それで? あの男達に見覚えはある?」
足元にいる彼へと視線を投げかければ、そこには片手で頭を抱えるように覆っている猫王子の姿があった。手の隙間からは痛みを殺しているような表情が見て取れる。
もしかしたら、この王子は疑いたくなかったのかもしれない。彼の兄を。
――以前は仲が良かったと言っていたものね。
その心も理解出来る。だが、優しさというのは時に隙を生むから危険だ。
「……まぁ、今はそれよりこちらね。さぁ、これを持っていて」
そう言って私はランプを猫王子へ渡すと、すぐ傍にあった馬車の裏をみるために屈みこんだ。
きっと彼らがその付近をうろついていたのだから、何かしらの理由があるはず。
すると、案の定何か貼り付けられているのを発見。それを取り外すと明かりに翳す。
キラキラと反射する金属と、刻まれた古代魔術文字。それらを見て、私は疲れた息を吐いた。
「魔法具とは、彼らも本気なのね」
魔法具。それは魔力の弱い者が魔術を最大限に仕えるようにと作った代物だ。
一般市民が手に入るような代物ではない。
魔術を通しやすい種類の貴金属や石を組み合わせ、強力な防御や攻撃魔法に匹敵するように作られている。元々は、古代遺跡で発見された場違いの遺物。
けれども近年の研究の結果、一部解析済の物は現代に応用されている。
そのため、まだ発見されてないオリジナルは価値も威力も高い。
「でも種類までは特定出来ないわ。ただ、これは古代の遺物ではなく、現代で作られた代物みたいね。取りあえず、発動させないように核を抜いておくわ」
合わさっている金属板の隙間に爪を挟むと左右に引く。
すると、中身が出て来た。それは真っ赤な石と緑色の布きれ。
あと白い紙に包まれた何か細かい黒と灰の中間色の粉が。
「火薬……? どうやら爆発系のようね」
馬車に付けたということはそういう事だろう。とにかく核と呼ばれる赤い発動を促す石を取ったので、これはもう作動はしない。
私はそれをローブのポケットから取り出した巾着へと入れた。
「騎士に渡さないのか?」
「オルソに送るわ」
「オルソ?」
「えぇ。私の弟。全寮制のアカデミーに通っているの。魔法具マニア」
もしかしたら何か手がかりがあるかもしれない。
それに、対混沌の魔女対策にちょっと欲しい魔法具があるため手紙を出しておきたい。
――……しかし。まさか、ここまで切羽詰まっているなんて。
私が深い嘆息を漏らした時だった。男爵に呼ばれたのは。
「サアラ様。念のため、本日はこちらに宿泊を。それから警護の者も」
険しい顔をした男爵の後ろには、二人の若い騎士の姿が。こちらに向かって仰々しく頭を垂れている。
一人で大丈夫なのだけれども、ここは素直にお願いした方がいいのかもしれない。
「そうね。お願いするわ。王宮騎士達に頼みもあるし。……あぁ、でも宿の方に連絡しなきゃ」
「それはこちらにお任せ下さい。では、部屋をご用意致します」
「まぁ、ありがとう。私と猫王子――フィテスは一つの寝具で構わないわ」
「畏まり……――」
「はぁっ!?」
男爵の声を覆う様に猫王子の声が響き渡る。
緊張感漂う空気だったのに、怒号がそれを吹っ飛ばした。
「貴方、はぁ!? が口癖? 可愛いけど」
「お前がツッコミ所満載のせいだ。いいか、部屋は別だ」
「どうしてそんなに嫌がるの?」
「そもそも、お前は警戒心が無さ過ぎる。俺は男だ!」
「ちゃんとわかっているわ。雄猫よね」
「今はな! 本当は男だ。人間の!」
「そうね。でも、今は貴方も言っている通り猫よ。だから私は貴方を守るの。あぁ、そうだったわ。食堂で言ったご褒美」
「俺、何も言ってないだろうが!」
「頂戴」
「うっ……」
それには言葉が詰まったらしく、たじろいでいる。
なんだかんだで私も結構疲れた。
いつもは転移魔法を使っているけれども、猫王子が同行しているのでこれ以上の魔力干渉が怖くて使えない。
従って、久しぶりの馬車移動。
しかも目立たないようにと、辻馬車だから余計。
お尻が痛い。だから癒しが欲しいのは本当だ。
「さぁ、頂けるかしら? 唇に」
「アホか! 頬だ。特別だからな!」
「えぇ、そうね。今回だけ」
私は頷いて微笑み屈みこめば、「嘘つき」という王子の呟きが漏れた。




