13 ツンデレ属性?
「どうしたの?」
「はい。領主様より使いの者がお迎えに。夕食へご招待したいそうです」
「そうねぇ……」
どうやら私がこの町に滞在している事が知られてしまったようだ。
お忍びとはいえ、折角のお誘いを無碍には出来ない。
貴族同士の付き合いも多少は致し方ないだろう。
私は苦笑いを浮かべると、後ろを振り返り猫王子へと顔を向けた。
すると、椅子に座っている彼と視線がかち合う。
折角の愛らしい顔立ちをしているのに、私と瞳同士がぶつかった瞬間、ぐぐっと皺を寄せ不機嫌そうな表情を浮かべられてしまった。
「残念だわ。せっかく貴方と初めて過ごす二人だけの甘い時間なのに。まぁ、お楽しみは夜ね」
「おいーっ!」
「食事だけ良いかしら?」
「仕方ないだろ。それより、宿の方は大丈夫なのか? 飯の用意とか……」
「そうね」
私は頷くと、今度は視線を宿の主へと移す。
すると彼は穏やかな笑みを浮かべ、首を左右に振り言葉を発した。
「いえ、私どものご心配には及びません。すでに男爵様より、馬車が用意されております」
「そう。ありがとう。では、準備が出来次第下に向かうわ」
そんな返事を聞くと宿の主は深々と頭を下げすぐに退出した。
するとすぐに「サアラ」と私の名を呼ぶ猫王子の声が耳に届いたので、私は顔を輝かせ振り返って、跳ね飛ぶボールのように彼の元へと駆け足で向かった。
きっと私の周りには見えない花が咲きまくっている事だろう。
――初めてだ。名前、読んでくれたの!
そのため、私の感情は自分で操る事ができないまでになっていた。
天にも昇る気持ちとはこの事を言うのだろうか。恋。それ以外ないわ!
「お前、なんでそんなにテンション高いんだよ?」
と呆れる猫王子を私は抱き上げると、その漆黒の頬に何度も口づけを落としていく。
「ばっ、馬鹿! くっ、く、口づけは大事にしろって!」
「名前、初めて呼んでくれたわ。ありがとう。嬉しい。結婚しましょうね」
「はぁ!?」
「ここにも教会はあるわ」
「落ち着けって! 俺は正装にした方がいいか? と訊こうと思っただけなんだ」
「そうね、結婚はした方がいいわ」
「アホか!」
「……半分冗談よ。私は夜会以外、こんな恰好だから問題ないわ。それよりも、今のうちに渡しておこうかしら?」
食事だけと言っても、宿に戻ってからでは明日の準備等で忙しなくて仕方がなくなってしまうだろう。
そのため、ここでプレゼントを渡しておこうと思ったのだ。
私は猫王子を椅子へと降ろすと、窓横を過ぎ左壁奥へと向かう。
目当てはそこのクローゼットだ。
扉を開けて鞄を取り出すと、毛足の長いベージュ色の絨毯の上へ置く。
そして猫王子の方へ体を向けると、手招いてこちらへ呼ぶ。
それに対して「なんだよ?」とぶつぶつと呟きながらも素直に彼は従ってくれた。
そして私の元へやってくると、しゃがみ込んだ。
「はい、どうぞ」
私は鞄から取り出した包みを彼へと渡す。
けれども猫王子はなかなかそれを受け取らずに、口をぽかんと開け目を大きく見張っている。
その表情すらも私を魅了してやまない。
もし瞬間というものが切り取れるのならば、私はそれを一枚一枚丁寧にスクラップブックにしよう。
そうすれば、彼と別れた後も思い出に浸れる。
「これは……?」
「初めて迎える二人の夜でしょ? だから記念。昨晩貴方にベッドの中から追い出されて夜なべして作ったの」
「だから、誤解を招くような事を言うな! くそっ。お前、俺が猫だと思っているだろ。一応、姿はこんなんでも人間の男なんだぞ。そんな事ばっかり言っていると、元に戻ってから既成事実つくるからな」
とまくし立てるように言いながら、猫王子はそれを小さい手で開いていく。
段々と姿を現してきたのは、サファイア色の折り畳まれた布だった。
それをゆっくりと広げていくにつれ、瞳が極限まで大きく見開かれ、こちらを見上げた。
「ふふっ。驚いた?」
「あぁ……」
私のプレゼント。それは猫王子用のマント。
彼の目の色に合わせるように同色生地を使用。
一見すると無地だが、正面から注がれているオレンジの光が当たっている箇所には、幾何学的な文様が浮かび上がっていた。
「これ、本当にお前の手作りか?」
彼の手に握られているそれと私を見比べながら、疑心に満ち溢れた顔をしている。
無理もないだろう。私の印象に裁縫なんてきっと結びつかないはず。
「ギャップ萌えは起きたかしら?」
「アホか! ちょっとだけ関心しただけだ」
「まぁ、それはそれで嬉しいわね。作ったかいはあるわ。さらっと説明しておくと、このマントは防御アイテム。一見無地だけれども、透かしで魔法図が入っているわ。それらは全て攻撃魔法に関して一定の防御を持つ。貴方が猫の姿ならば、私は絶対に守る。私の可愛い猫の王子様」
「……お前、ちゃんと魔術師なんだな」
と、猫王子がぽつりと漏らした声。それを私は聞き逃すようなヘマはしなかった。すかさずそれを拾い口を開く。
押しても駄目なら引いてみろとよく聞くが、私はまだ押しが足りない。
更にアピールを強める必要がある。それにチャンスは全てこの手で掴んでおかなければ!
「お礼はキスでいいわ」
「おいっ! 下心全開だったのか!?」
「当然」
「おっ、お前な……っ!」
突拍子もない発言だったらしく、猫王子は裏返った声を上げたまま、これ以上ないくらいに頬を染め、体を震わせている。
どうやら私は調子に乗り過ぎて怒らせてしまったようだ。
肩を竦め、苦笑いを浮かべながら言葉を紡ぐ。
「ごめんなさい。無理よね。さぁ、行きましょう」
さすがに外で人を待たせているのに、これ以上時間を割く事は出来ない。
もう少し見ていたいという、欲求があるけれども。
それにこれ以上からかいすぎると嫌われてしまいそうだし。
引き際も大事と、私が膝に力を入れ立ち上がろうとした瞬間、「待て」という言葉と共に何か右肩に重みがかかった。そしてその後すぐに、頬に何かがかすれる感覚が。
「え?」
瞬きが可笑しい。目にゴミが入ったように何度も繰り返している。
どうやら自分は予想外の出来事に対して、あまり反応できずにいるようだ。
まさか、冗談で言ったのに……
「べ、別にお前に言われたからじゃないからな!」
ばしばしと前足を乗せていた私の肩を叩きながら、彼は潤んだ瞳で叫んだ。
かと思えば、すぐそっぽを向くと真っ直ぐ扉の方へと走り去ってしまう。
「……やだ。ツンデレ属性? ますます萌えるわ」
そんな私の呟きが、部屋で迷子になった。




