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11 守護神・コア

「いいわ。まず、最初に聞いてもいい? ここは何処?」

『ここは我の作りし世界。結界の中と思ってくれて構わない。ただし、今は王子の体に憑依しているため、力がまともに仕えぬ身。そのため、あまり長時間持たぬ。それにあの者に気づかれてしまうかもしれん』

「憑依?」

『あぁ。我は数千年前より王を守護している神。害ある魔から王を守るのが我の役割。まぁ、そこは話せば長くなるから、今は用件だけを伝えよう』

「私に用事があるの? いいわ。猫の願いならなるべく叶えてあげる」

『そうか良かった』

くしゃりと笑ったその顔に、安堵も見て取れ、なんだか心に残る。

それは何故かお母様と重なった。

子供の頃、私が森で迷子になった時にお母様が見つけて下さったのだけれども、あの時もこんな表情をしていたっけ。


『王子を守ってやってくれ。あれが襲われた時、我が庇ったのだが魔力干渉が起こってしまってあの格好に……あれではまともに戦えぬ。戻るまで頼む』

「えぇ構わないわ」

『それから哀れな偽りの姫。彼女を止めてくれ。これ以上の犠牲者は不要だ』

その言葉に、私はお姉様からの手紙がふと過ぎった。


――彼女が生み出した世界は幻影。暗闇に浮かぶ城すらも。それは真実ではないのだから、その辺りに転がっている石ころと同じ。黄金色に輝く使者が手中に持つ花香る毒杯。それには、未来と過去、それから今が注ぎ込まれているだろう。さぁ、破滅の魔女より、哀れな偽りの姫君に終焉を。

あの予言はもしかして、この事だったのだろうか?


黄金色に輝く使者。それは猫の王子。

では、哀れな偽りの姫君は――?


「ねぇ、その姫って誰?」

『それは……――』

黄金の猫が何か言いかけた時、激しい雷のような音が周辺に響き渡ってきた。

その結果、彼が口を閉ざす原因となりそれ以上真実は語られず。私は激しい頭痛と目眩に襲われてしまう。

『やはり気づかれたか。そろそろ限界だと思っておったが……とにかく、あいつを頼む』

そう忙しなく囁いた彼の言葉と温もりが消えた。かと思えば、私の意識もプツリと途切れてしまう。

「――おい! おい!」

「え?」

ばちっと目を開けると、頬をペシペシと叩かれていた。


次第にはっきりしていく視界と意識に現状をやっと理解。

綿毛のようなものと何やら弾力があるものが頬に当たっている。それはどうやら猫王子の手らしい。


「……ということは、この弾力の元は肉球かしら? ねぇ、触らせて」

「なんだ、元気じゃねーかっ!」

「元気よ。だってあんなに可愛い猫ちゃんと逢瀬中だったんだもの」

「はぁ?」

私としては思い出すだけでうっとりするような美しい猫。

目の前の王子も好みだが、あちらも素敵だ。なんだか、知的な感じで。


「どうやら貴方のその姿になった理由がわかったわ。魔力干渉らしいの。貴方の国で、金色の猫の神様っているかしら?」

「あぁ。代々国王を守護してくれているコアという神様だ」

「その猫ちゃんがさっき私を意識だけ連れていったの。そして大まかな話を少しだけ伺う事が出来た。その猫が教えてくれた話では混沌の魔女の攻撃魔法から貴方を守ったみたい。その時に猫ちゃんと混沌の魔女の魔力がぶつかり合い干渉を起こしてしまったそうよ。きっと貴方は魔力に弱いのね」

「あぁ、そうだ。俺は魔力が弱く殆ど使えないんだ。物を浮かせるという初歩も出来ない。しかし、コアって本当にいるのか……」

「えぇ。貴方を守るようにお願いされたわ。その件に関しては理解することが出来たの。

でも、問題は偽りの姫よ。彼女を探して止めなければならない」

「誰だよ、その偽りの姫って?」

「黄金の猫から訊いたの。それからお姉様の予言にも出て来たわ。二つを合わせると、それを阻止できるのは私みたい。けれども、一体それが誰なのか……」

その私の言葉に周りが息を飲んだのがわかった。

窓の外にいるお父様達も。どうやら私は何か大きな渦に巻き込まれているようだ。

あの黄金の猫のお願いならば、なるべく叶えてやりたい。

そして願わくば、もう一度モフモフしたい。ハグしたい。撫でまわしたい。


そんな煩悩にまみれた私は、少しでもその欲求を減らす様に私の膝の上に立っている猫王子へと手を伸ばすと、腕の中に閉じ込めた。

だが、それもすぐに終了。「辞めろ、離せ」という可愛らしい抗議の声でなく、野太い雄叫びのような声によって。


「サアラ! 猫どころの話ではないだろうが! リラからの手紙ってなんだ!? 聞いておらんぞ!」

今にも窓ガラスを割りそうなぐらいの音量。お父様は相当感情的になっているらしい。

割れてしまうわ……と心配になるぐらいに、窓がヤバい。

打ち付ける雨のように、握りこぶしで窓を叩きまくっている。

丁寧に毎朝撫でつけている前髪が、崩れ右目にかかってしまい、ちょっとしたホラーに。


「サアラちゃん。リラちゃんから予言届いたの?」

お隣のお母様は眉を下げこちらを見ていたが、私の頷きに空気を張らせた。

真冬の朝一番に感じる空気に近い。窓ガラス越しにでも、威力は十分だ。まだ暦の上では春なのに……


「申し訳ございません。ご報告が遅れました」

腰を折り深く謝罪すると、ローブのポケットからそれを取り出しお兄様へと渡した。

受け取った大きな手は皺くちゃのそれを器用に広げ、初摘みの茶葉で入れた紅茶の瞳で追っていく。

ぴくりと一度大きく動いた眉だったが、読み終わる頃には徐々にぐっと中寄せられていく。


「おい! セヴァ!」

「えぇ。たしかにリラの文字です。そして予言も」

「お姉様の予言は百パーセントの的中率ですわ。ですから、とにかく偽りの姫が誰なのかを調べなければ。それと、混沌の魔女も。依頼者の口を簡単に割るとは思いませんが」

あの猫ちゃんがはっきりと口にしたから本物なのだろう。

だとしたら、この中で最も魔力的に近いのは、ランク六を持つ私だけ。

相手はランク七の格上。そうなってくると、私としては勝敗が目に見えている。


「お父様。私の出国許可書及び、皇帝の承認を」

立ち上がると、お父様へと視線を向けた。

それを受ける鋭いお父様の瞳。でもそれには不安げな面も感じ取れる。

きっと、心配しているのだろう。


「――覚悟は出来ているか?」

「えぇ。この中で一番動けるのは私です」

「サアラ。僕も一緒に行くよ」

と、お兄様は立ち上がると私の肩に手を添えた。


「いいえ。お父様とお兄様には、偽りの姫君を調べて頂きたいのですわ。信頼できる方にお願いした方が集中できますし」

「サアラ……」

「それからルドルフ様は、ストリッド様の説得を。そして何か聞き出したら報告して下さい」

それに「はいっ!」と裏返りながらもルドルフ様が返事をしてくれた。

残りは……

ちらりと膝の上にいる王子を見れば、じっとこちらを見詰めている。


「本当にいいのか? 縁もゆかりもない俺のために」

「えぇ。あの猫ちゃんのお願いだから。猫の願い事は全て叶えてあげたいの。だから貴方の事はちゃんと守る。城の魔術師団長にお願いして、警護をして貰うから安心して」

私と同士のリンクス様ならば、必ずこの子を守り助けてくれるだろう。

好みが似ているから、きっとこの王子も――

ただ、加減が出来るかわからないけれども。

きっと溺愛すること間違いなし。それはもう、猫王子が嫌がるレベルは確実。


「俺もお前と一緒に行く」

「え? 駄目よ。そんな可愛い姿じゃ……危険よ」

正直守り切る自信がない。

混沌の魔女と交渉が決裂し戦いとなっても、自分の事で精一杯になってしまうからだ。

私としてはただの旅行なら「是非! 代金も私持ちで構わないわ」と言っているところだが、事情が違う……


「私じゃ、貴方を守り切る自信がないの」

「自分の身ぐらい自分で守れる」

「駄目よ」

「頼む! 俺、じっとなんてしていられないんだ」

必死に私の足元にしがみ付いて訴えてくるため、私の胸はぎゅっと締め付けられてしまう。

けれども、この子が傷つくのを目撃して私はきっと後悔するだろう。

それなら、ここで彼にはっきりと境界線を告げるべきだ。


「絶対に連れていかないわ」

そう断言すれば王子はむすっと明らかに機嫌がわかるぐらいに不機嫌オーラを醸し出す。

かと思えば、私の右手へと触れると、その小さいな手で包み込んだ。


「おねがいしますにゃ~」

小首を傾げ潤んだ瞳。そして語尾に「にゃ」

これが犯罪的に可愛い! 窓を開けて叫び出したいぐらいに可愛い! 

そう。咄嗟に頷いてしまうぐらいに。


「よし! 俺もいくぞ」

「くっ……卑怯よ」




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