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⑦風呂目 お遊びは終わり

 「昼からパチンコに一緒に行って、そしたら止まらなくなってよ。知ってるかあの台のプレミア演出はパチンコ台が真っ二つに割れてその間からアニメのヒロインの等身大フィギュアが出てくるんだぞ! えっ? そんなことどうでもいい? アルミス? ああ、そんで、換金所に行った後で店内をウロウロしてアルミスちゃんを探してたんだけど見つからなかったんだよ」


 風呂場に響くのは父さんの声が一つだけ。

 閉店時間になった松の湯の男湯で父さんにアルミスがどこへ行ったのかを聞いた俺だったが返ってきたのは曖昧な返答だった。


 「いい気なもんだぜ父さん。こっちは上須賀の刺客が攻めてきて大変だったっていうのにさ。しかもその刺客がもうそれはそれは変人で……巨大で……」

 「でも有馬はデーモンちゃんに強化されて戦えたんだろ? いいじゃないか。知ってるんだぞ、あれが相当気持ちいいこと」

 「そりゃあ、そうだけど」


 なんだよ。父さんも気付いていたのかよ、魔法の力か何か知らないけど、異世界から来たエルフアルミスや獣耳のデーモンに強化されたときの快感や爽快感を。実際、気持ちよかったのは事実だ。普段の生活からは得られない感覚に陥った俺は目の前にいるのが両手から破壊光線を出すサイボーグメイドだろうと勝てそうな気がしていた。スポーツ選手でいうところのアドレナリンが異常分泌をおこしていた、とでもいうか。


 「なんていうか、依存してしまうよなあの感覚は」

 「依存とか言うなよ、イメージが悪い」

 「だったらあの感覚に名前付けようか、そうだな……賢者タイム、とかどう!?」

 「もっと悪いわ!」

 「じゃあなんだよ」


 賢者タイムとか知ってるやつから聞いたら最悪だろ。目の前に上須賀の刺客が現れて……「よし! アルミス、デーモン! 風呂に入ってこい! スーパー賢者タイムだぁ!」……ないないないないない、ダメ絶対。


 「親子なのに友達同士のような会話。憧れますね」


 いきなりの第三者の声にビクッとなって、同じリアクションをとる父さんと俺。


 「誰だ!」

 「おやおや驚かせてしまいましたね。松野道後さん」


 シャクシャク、とシャンプーを泡立てて髪を洗う体つきのいい男性が鏡に向かっていつのまにか座っていた。気配、そんなもに気付くことができなかった。いや、そんなレベルではない、確かについさっきまで風呂場には俺と父さんしかいなかったはず。

 どこから湧いて出た? 上須賀鳩春。


 「え? 誰だおまえ?」


 シャンプーの泡のせいで父さんはまだ気づいていないようだ。


 「ショックですね。これでもテレビ出演は結構引き受けて知名度はあげているつもりなんですけどね」


 バシャァ! カコン。

 上須賀が湯を桶で頭からかぶり泡を洗い落とした。


 「あっ! 俺をボコボコにしやがったやろう! てめぇ! よくこの銭湯にぬけぬけと入浴しに来やがったな!」

 「安心してください。私自身こんな立派で歴史ある銭湯を潰そうとしている身です。その罪悪感からしっかり入浴料の百倍の金額を支払って入浴しています。番台に置いておきました」

 「い、一万……よ、よし。今日は特別だぞ」


 悲しいよ、悲しいよ父さん。その金額で黒人ボクサーにボッコボコにされたことを水に流す気なのかよ。

 それにしてもこいつ、何しに来たんだよ。


 「とは言うものの私もただ汗を流しに来たということではありません」

 「違うのか?」

 「あたりまえだろ父さん」

 「勘がいいですねご子息の有馬君。さすが我が社の幹部を追い払っただけのことはあります。今日はそのことで来ました」


 ゆっくり浴槽に近づいてきた上須賀は静かに湯につかり始めた。夕方の惨劇を知ってここに来たのかよ。なんていうか、学校の先生に怒られる前の気持ちだ。


 「手荒な真似をしたことは謝ります。しかしビジネスが絡んでくると私は見境が無くなる癖があるんです。今日のは事を焦ってしまった結果です。ですのでもう一度あなた方松の湯の方々にチャンスを与えようと思います」


 上須賀はそう言うとどこから取り出したのか一枚の紙を湯船に浮かべた。何かと思えばベルベル商店街の土地売買の契約書だ。プカプカ浮かんだ契約書はお湯をしっかり含んでインクがぼやけ始めていた。


 「今日から三日間私たち上須賀コーポレーションが全力でベルベル商店街を襲います。簡単に言えば今日のように武力で襲撃しますので守ってみてください」


 ふーっ、と天井に目を向けてリラックスしながらとんでもないことを上須賀は言い放った。


 「しゅ、襲撃? どういう意味だよ! おまえ!」

 「言い方を変えれば戦争ですよ道後さん」


 戦争だと? こいつイカれてる。今日のような惨劇を繰り返す気でいるのか? そんなことしたら警察沙汰じゃ済まないぞ。言動とは裏腹に上須賀は旅行先の風呂を満喫する客のように湯船で肩や腕をもみはじめた。

ジロっと俺は上須賀をにらみつけた。


 「おや? なんですか有馬さん。安心してください。もちろんあなた方が私の会社員にケガを負わせても何の罪にも問われませんから。ただあなたたちの命の保証はしませんがね」

 「待てよ! そんなことしたらおまえらだって立派な犯罪者じゃねーか!」

 「落ち着け有馬。俺たちには賢者タイムがあるじゃないか」

 「だからその呼び方やめろ!」

 「そちらもとっておきがあるみたいじゃないですか。今日タイラーとネメを追い払ったように腕っぷしが強いようですし。……さて、私は長風呂が苦手ですので、烏の行水ですがそろそろ出ます。もしも戦争をするのが怖くなったらすぐに我が社に電話をください。その場合松の湯とベルベル商店街を放棄して逃げてくださいね。では」


 湯船から立ち上がると前も隠さず堂々と上須賀は風呂場を後にした。

 再び親子二人きりになった風呂場で父さんは俺の顔を覗き込んだ。


 「な、なんだよ父さん」

 「いや、ビビって顔真っ青になってるんじゃないかと思ってな」

 「そっくりそのまま今の質問を返すよ」


 顔を覗き込まなくてもわかるほど父さんは震えていた。熱い湯に浸かっているにもかかわらず、まるで真冬にコートも羽織らずに外にいるぐらいに。


 「バッカ! だ、誰がふるるるるるえて! るんだよ!」

 「あんただよ」

 「どうするよ有馬! 今すぐに電話かけようぜ!」

 「とにかく上須賀が話したことを爺ちゃんたちに話そう」


 よし! と立ち上がる頼りない父さんは一目散に脱衣所に突っ走っていき、途中で豪快にすっころんだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 「魔王が軍勢を引き連れてやってくる、で解釈はオッケーよね?」


 上須賀が急に風呂場に来襲してから約十分後、脱衣所にデーモンと爺ちゃんが招集されて緊急ミーティングが執り行われていた。議題は戦うか降伏か、である。


 「ファンタジー的に言うとそれで正解でいいと思う。本当に魔王みたいなやつだから」

 「親父! すぐに電話するべきだ! あいつ目がマジだったぜ? しかも殺す気でいるに決まってるし、こんな銭湯売り払っちまおうぜ!」

 「いや、わしは降伏はしない。最後の一兵になっても戦う」

 「なんでだよ! なにをそんなに意地になってるんだよ!」

 「レトと約束したからの」


 いつもなら「ドラ息子が!」と怒る場面なのに爺ちゃんは静かに、そして真のとおった声で全員に言い聞かせるように言った。


 「レト……私たちと同じようにジェムでこちらに来たというエルフですね」

 「はるか昔に出会って、あの日消えた今日までわしは自分が夢を見ていたと言い聞かせていたんじゃ。しかしお前さんたちがここに来たことでそれは夢ではなく現実になった。ならば再びレトが目の前に現れることも信じて待っていられる。頼む……デーモンとやら、この老いぼれにもう一度生きる希望を持たせてくれんかの」


 脱衣所のお気に入りのマッサージチェアに座りながら爺ちゃんはデーモンに頭を下げた。


 「わかりましたアタミさん。目的は私も同じです。このお風呂屋さんを守るために戦いましょう」

 「親父がそこまで言うなら……息子よおまえはどうする?」

 「いきなり息子って呼ばれると反応しずらいんだけどな……デーモンの強化魔法って肉体的にも丈夫になるのか? その、例えば刃物で刺されても大丈夫だとか」

 「大丈夫よ? 刃物どころか城の備え付け大砲でも死なないと思うわよ。っていうかアリマ自身が今日体験したでしょ? 力が湧き上がってくる感覚があったと思うけど、もうやりたいほうだいできるわけよ。だからアタミさんのために死ぬ気で戦いなさい」

 「鬼かおまえは。ま、名前がデーモンだからしょうがないか」


 刹那、地獄の大鎌が俺の首をなでた。時間にして一秒も経っていない。


 「気をつけなさいアリマ。ここは脱衣所でさっきあなたとドウグさんが入浴してすぐだからお風呂場の湯気が十分にこの脱衣所に蔓延しているわけ。強化魔法どころかこのお風呂屋さんを一瞬で消し飛ばす魔法も使えるのよ」

 「本当にすいませんでした。でもあなたがこの銭湯を消し飛ばしたら元も子もないと思います」

 「それもそうね」


 瞬時に大鎌が消えて俺は安心する。


 「おいおい、誰も家にいないと思ったらみんなで仲良くお風呂かよ」


 話がまとまりつつあるころに金髪のエルフが帰宅した。


 「アルミス! あんたどこ行ってたのよ!」

 「どこって……ちょっと異世界を探索してたんだよ」


 金髪をボサボサと手で掻きながらめんどくさそうにアルミスは呟いた。


 「おお、アルミスちゃん。パチンコに夢中になっちまっててほったらかしにしちまったな。悪かった」

 「いや、いい。あたしも勝手に飛び出したからな。それで仲良く何話してたんだ?」

 「魔王が軍勢を率いてこの商店街に攻め込んでくるのよアルミス。私たちの出番よ」

 「魔王だと? ジェムを使って来るのか?」

 「違う違う、今朝来たやつのことよ。ここを潰そうとしてる……えーと……なんだっけ?」

 「上須賀コーポレーションだ」

 「ああ、あいつらか。おとなしく立ち退きの期限まで待ってくれねーのかよ」

 「話がだいぶ変わってきたんだよ。明日から三日間、この松の湯の陥落を阻止すれば立ち退きの話しは無くなる」


 俺の言葉を聞いたアルミスはキョトンとあっけにとられた顔をしてから小刻みに震え始めた。怖いのか? 違う、なぜなら彼女の表情は高揚感に支配されているように見えるから、つまりものすごく嬉しそうだ。


 「お……」

 「お?」

 「おもしれーじゃねーか! これだよ! あたしはこういう刺激を求めてジェムを使ったんだよ! ガロでのつまんねー生活、借金取りには追われるし、博打は負けるし、唯一酒だけがうまいだけの世界……それが今から戦争が始まるだとっ! おい! 聞いたか借金取りのデーモンさんよ!」


 バシバシとデーモンの肩を叩きながら初めて見るアルミスの満面の笑み。戦争主義者というかただ単にどんちゃん騒ぎが好きな中年のオッサンみたいだ。おそらくゲームとかは無双系が好きなんだろうな。


 「痛い! 痛いわよ! 叩かないで! 言っておくけどあんたは暴れられないわよ? 私たちは裏方。このお風呂から三人を強化するの」

 「何言ってんだよデーモンさん。そんなのおまえ一人で上等だって」

 「三人はきついわよ!」

 「おまえほどの魔力根源を持ってるやつをあたしは見たことないんだけどな」

 「しょ、しょうがないわね! あんたも暴れてらっしゃい」

 「やった」


 軽すぎるだろデーモンさん。


 「それでは電話は無しとするが、いいかのみんな」 


 全員がコクリと頷く。なぜだろう、こんなにも統率力があったのか? 思うにそれをさせたのは爺ちゃんだ。アルミスは自分の暴れたいっていう感情と楽しみで賛同した感じだけど、父さんとデーモンをその気にさせたのは爺ちゃんのレトというエルフへの耐え難い強い気持ちが老人、オッサン、獣耳、エルフ(若干オッサン)、そして俺をまとめあげたのだろう。

 爺ちゃんの軍師としての器が開花した。大げさだけどそんな感じだ。


 「よし……三日じゃ! 七十二時間この松の湯を守り切れば二人は元の世界へ帰れる! そしてわしたち親子はこの銭湯を守れる! やるぞ! 皆の者ぉ!」

 「うぉおおおおおお!」


 一同が鬨の声をあげたのと同時ぐらいで、外から花火では説明がつかないほどの爆音が響いてきた。


 まさしくそれは開戦の合図と言ってもいい。


 「なんじゃ! 何がおこったんじゃ!」

 「デーモン! 風呂に入って外を見渡して状況を確認しろ!」

 「わかってるわよクソエルフ! 指図しないでよ!」


 急いで服を脱ぎ始めたデーモン。おお! そのままだ! って思っていた俺はブンブンと首を振った。俺はバカかよ、こんなにみんな真剣に緊急事態をテキパキ処置しているにもかかわらず下心を持ち込んで……反省反省。


 「うっひょうっ! デーモンちゃんの生着がえだ!」


 俺の必死の邪念を追い払った時間を返せ、松野道後さんよ。

父さんは鼻の下を思いっきり伸ばしながらデーモンをガン見していた。


 「こ、こんな時に! 仲間の中に敵がいたわ!」

 「このウルトラドラ息子がぁ! 恥を知れぇ!」


 爺ちゃんは杖をクルクルと槍使いのように回して父さんをしばき倒した。三撃ほど受けた父さんは「悔いはない……」とか言いながら膝から崩れ落ちた。

 戦闘が始まる前に仲間の一人が戦線を離脱した。

 その茶番劇を確認してから俺と爺ちゃんも一時脱衣所を後にする。服を着たまま風呂場に行けばいいと思ったが、どうも湯気だけでは魔力を最大限発揮できないとアルミスが今朝の経験を生かしてアドバイスした。俺たちを強化するには肩まで湯につかって魔力を送る。問題点は戦闘が長引くとデーモンがのぼせ上ってしまう、という一般人にも分かりやすい欠点だ。


 「爺さん、アリマ、入ってこい、デーモンが状況を確認するぞ」


 脱衣所の扉が開いて下駄箱に背を持たれて座っていた爺ちゃんと俺はのびきっている父さんをマヌケな姿のまま置き去りにして再び脱衣所に入った。

 中に入るとバスタオルを巻いたデーモンが床にペタンと座っていた。


 「端的に言うと魔王が来ました。敵の数は六人、その中に今朝のタイラーという大男がいます。全員緑色の服で統率されていてこちらをかなり警戒しながら向かってきています。手元には黒くて硬いものを所持しているように見えました。おそらくこちらの世界で人を殺すのに十分な殺傷能力のある飛び道具だと思いますが心当たりありますか?」


 俺と爺ちゃんの顔がほぼ同時に真っ青になっていく。


 「有馬ぁ! 警察に電話じゃ! いや、まず消防じゃ!」

 「わかった!」


 戦争ごっこは終わりだ。銃を相手に戦うなんてごめんしてくれ。


 『プルルル……プルルル……百十一九番です。火事ですか、救急ですか』

 「か、火事です、いや戦争です!」

 『落ち着てください。住所を教えてください』

 「ベルベル商店街です!」

 『ベルベル商店街……ああ、大丈夫ですよ』

 「はい? 何が大丈夫なんですか!」

 『そちらは上須賀コーポレーション様の取り壊し作業が行われていますので一部火の元が見受けられるかもしれませんが安全に十分配慮されておりますのでご安心ください。お近くに住んでらっしゃるんですか?』

 「近くっていうかその取り壊される商店街の中に住んでます! 早く消化にきてください!」

 『ですが立ち退きは完了したとの報告を受けておりまして、そこら一帯の住民の立ち退きも本日完了しておりま――プ―、プ―、プ―……』


 生命線がプツンときれるように通話が遮断された。消防があの対応ということは警察にかけても同じだったのかもしれない。普通に考えればわかることだ。建物を爆破したり銃を持った武装集団を派遣してくること、よく考えれば昼間の巨大ロボはどう説明するんだ。超巨大企業上須賀コーポレーション、金を使えば社員全員で豪遊できるほどのところだ、お偉いさん方も買収されたのかな。税金返せバカ野郎。

 かくして、この松の湯に閉じ込められたってわけだ。籠城ってやつかな。


 「どうした有馬! 消防は?」

 「だめだったよ爺ちゃん。電話の回線が途中で切られたかも」

 「大丈夫だって! 安心しろアリマ! このアルミス様がいるんだからな!」


 こんなに生き生きしたアルミスを見たのは初めてだったけど、今の事態を打破するのには説得力のない言葉なんだよな。


「アリマ、筆と紙はある?」


 筆は無いが油性マジックを差し出した。手にしたデーモンは首を傾げたので使い方を教えてやった。

 紙に大きく商店街全体の略図を描き出したデーモン。まるで外を見てきたかのように描き出していく。昼間に教えていない道までもがその略図に描かれていくので本当に魔法が使えるんだと今更ながら再確認した。


 「えっと、松の湯がここね、それで敵がいるのがこの反対側の十字路。そこの建物に今も潜伏してるわ。それで爆発があったのが一番遠いここ」

 「豆吉のとこがやられたのかの……しかしなぜやつらは一目散にここを襲わんのじゃろうか」

 「おそらく昼間追い払ったこちらの武力を警戒してのことでしょう」

 「よし、敵の場所はわかった! とっとと片づけてしまおうぜ!」

 「こちらから仕掛けるのか?」

 「あたりまえだろうアリマ? こういうのは先手必勝だ。デーモン! 魔力支援よろしくな!」

 「こんな時だけ調子がいいわねあんたは」


 颯爽と銭湯を出ていこうとするアルミスはピタッと止まりこちらを振り向いた。


 「あ? アリマ何をしてんだよ。早く来いよ」

 「来い? 待て待て、無理だろ。やつらは武装してんだぞ? 昼間のやつとはわけが違う。悪いけど今回は単独でお願いしたいんですけど」

 「大丈夫だって言ってるだろ。強化してもらえばどんな武器も死なないって」

 「銃だぞ? 撃ち抜かれたら終わりだろ」

 「砲弾でも大丈夫なんだから余裕だって。それにアリマがいないとここら一帯の地理が分かんねーんだよ」

 「か、勘弁してくれ。爺ちゃん助けて!」

 「孫を頼むぞアルミスちゃん」

 「おうよ! 爺さん」

 「嘘だろぉぉぉぉぉ!」


 まさかの即答に俺の戦場行きが決定してしまった。十五年と少し生きてきたが銃を所持した相手と戦闘など繰り広げたことのない俺はすぐにでもこの場から逃げ出したくなったけど、外に出ればやつらがいることを思い出して、否応なしに戦場へ行くしかなかった。

 信じるしかない……強化魔法の無敵さを。




 「おい! ひっつきすぎだろ! 歩きずらい!」

 「そんなこと言ったって……相手は銃持ってるんだぞ? アルミスの世界ではそんな物騒なもの無いと思うけどな、生身の人間なんか一発当たれば瞬殺だぞ。なんと言われようが俺はおまえを離さない」


 住人達が立ち退いた商店街は漆黒の闇に堕ちていた。かろうじて電信柱の照明があたりを不気味に照らしている。やめてくれよ……逆に怖くなるんだよそういうの。


 「離れたくないって、聞こえかたはいいんだけどよ、尻をそんなに後ろに突き出しながら言われても全然胸がときめかないぞ。それに強化されたくせにガッチガチの防具まで具現化してもらったんだから死にはしねーよ」


 あまりに俺が敵の潜伏地に乗り込むのをぐずったのでデーモンが気をきかせてくれて鎧と盾を装備させてくれた。さながら西洋の甲冑を身にまとった俺は城内に飾られている鎧のモニュメントのようだ。


 「どんなに守られていても怖いものは怖いの! 逆になんでアルミスは怖くないんだよ。たぶんエルフでもこの世界の銃に撃ち抜かれたら確実に致命傷だぞ」

 「いいじゃないか。ただ毎日を飯食って寝て起きて過ごしてく退屈よりはよっぽど刺激がある。あたしはそんな平穏をぶち壊してくれることを願ってジェムを使ったんだからな」

 「……借金じゃなかったのか?」

 「黙れよ! ったく、せっかく格好良くこっちの世界に来た理由を訂正したかったのに」


 電信柱のかすかな灯りのおかげでアルミスの頬が赤くなったことに気付けた。こんな一面もあるんだ、と場違いな思いを抱いていた。


 「それで敵のいる店は――」


 一発の銃声とともにアルミスは問いかけをやめた。

 それは放たれた弾丸が彼女を捉えたことを意味していた。咄嗟に俺はしがみついていたアルミスから離れた。

 撃たれた、アルミスはその場に力なく崩れ落ちてしまった。


 「あ、あああああああああ!」


 目の前で起きた出来事が現実と思えなかった俺は敵が近くにいることなんておかまいなしに悲鳴をあげた。


 「標的の一人を射殺。もう一人は生け捕りにしろ」


 心無い冷たい声が聞こえてきた。怖い、怖い、怖い……嫌だ!

 冷静になれというのが無理な話で、俺はその場を逃げ出そうとした、が足首を誰かに握られた。温かい手のひらに。


 「怖がらせちまったな……アリマ。銃ってのは中々びっくりしたよ。いままで受けてきたどんな攻撃魔法よりも発動が速い。だが」


 彼女はゆらりと立ち上がった。例えが悪いがそれはゲームのゾンビのように不死身を連想さえるようなものだった。

 しかし普段は敵キャラのゾンビだが、今はどんなお助けキャラよりも頼もしくて心強い。


 「馬鹿な……ライフルだぞ? おい! 心臓を撃ち抜いたんだろうな!」

 「間違いないはずだ! 化け物か?」


 さっきまで恐怖の代名詞だったやつらが今ではかわいそうに見えてきた。形勢逆転、俺の味方はライフルでも死なない最強のエルフ。

 目が慣れてきたせいか敵は商店街に連なる店の屋根の上に複数人いることが確認できた。


 「これか……こんなもん当てられたら痛いし驚くはずだ……この世界は魔法こそないけどとんでもないものが存在するんだな。昼間のパチンコと酒には感心したがこれはだめだ」


 自分の左胸に撃ち込まれた弾丸を取り出したアルミスは不機嫌な口調で呟いた。


「アリマはその盾で身を守ってろよ……てめぇらぁっ! 先に仕掛けたのはそっちだからな!」


 俺が頷いたのと同時に空高くまでアルミスはハイジャンプ。飛翔した。

 瞬時に店の屋根に降り立ち武装した敵を一人ぶん殴った。


 「構うな! ゼロ距離から撃ち込めぇっ!」


 おそらく朝食時を襲撃したタイラーと思われる声が暗闇の商店街に響いた。

 その声を皮切りに容赦なくアルミスに無数の弾丸が撃ち込まれていく。が、バリアのようなものを張っているのか彼女の一メートルほど前で火花のように綺麗に発火しているだけだった。


 「効かない効かない効かない効かなーい! 別の武器持ってきな!」


 普通、ファンタジー世界のエルフの戦闘の際のイメージは魔法で相手を攻撃したり弓で矢を放つなどが一般的で可憐でもある。だけど俺の知っている最強エルフは百八十度違う。完全に格闘術で戦うアルミスは半ズボンが破れるのではないだろうかと思わせるほどのハイキックや松の湯特性ティーシャツがはちきれるほどの拳を繰り出している。

 ロールプレイングでいえば確実にマジックポイントゼロの肉弾戦要因だ。


 「おらっ! おらぁっ! おまえら武道の心得はあるのか? その武器に頼りすぎなんじゃねーの? って、あと一人かよ」


 アルミスの無双劇場に見入ってしまっていた俺は敵が朝のタイラーらしき人物だけなことに気付いた。タイラーは後ずさりをしていることがバレバレなぐらいきょどっていた。


 「クソっ! 買収班が壊滅だと……このままでは……」

 「さ、おまえはそれを捨ててかかってこい。あたしの本職は武道だ」


 挑発するように手のひらを上に向けて指をクイクイっと指しだすアルミス。その姿は正真正銘の武闘家のようだ。


 「調子に乗るなよクソアマがぁ! ……ぐっ! がぁっ?! な……なんだ? 体が熱い……一体どうなって――」


 突如、タイラーが自分の胸を抱えながらその場に膝をついた。まるで持病を悪化させた病人のようにそのまま動かなくなった。


「ア、アルミス? どうしたんだ? 死に追いやる魔法でも使ったのか?」

「あたしはそんなもん唱えた覚え無いぞ。自分から勝手に苦しみ始めたんだ」


 明かりでかすかに見えているアルミスの表情から嘘をついているようには見えない。タイラーは本当に持病でもあったのだろうか。だとしたら無理を承知で松の湯襲撃の任務を受けたのか? なんて男だ。


 「しかし、こいつらどうする? ここに置き去りにしとくか?」

 「物騒すぎるだろ。敵を置き去りなんて。そうだな、なにか物体を強制送還するような魔法はないのか?」

 「あるにはある。だが強化されているだけの今のあたしには荷が重いな。呑気に風呂に浸かってるデーモンにやってもらうか」


 そしてアルミスが倒れているタイラーに背を向けた、その時――、


 「うぼぁぁぁぁぁぁぁああああああぁぁぁぁっ!」


 断末魔のような叫び声をあげたのは倒れ込んだままのタイラーだった。そしてその場に今しがたアルミスがやったようにユラリとゾンビのように立ち上がった。

 叫び声が耳に入ってきたときは思わずビクついてしまったが今更そんなことで俺を驚かせても結果は変わらない。最強の武闘派エルフに返り討ちにされるのが目に見えているからだ。


 「まーた、驚かせやがって。サプライズが好きなやつだな。大声あげたところでおまえの負けは決まってるんだよ!」


 でも、俺の考えは浅はかで過信しすぎていたらしい。

 タイラーは人間とは思えない俊敏さで左右の建物に飛び移りアルミスを翻弄し始めた。


 「おいおい……こいつこんな動きできたのかよ」

 「おいっ! アリマ避けろっ!」

 「えっ?」


 遅すぎた。俺は背中を鋭利な物で刺されたらしい。冷たい物体が甲冑を簡単に貫いてズブリと俺の背中を深く侵入してくる。


 「痛っっっっってぇぇぇ!」


 俺はその場に前のめりに倒れて転げまわった。銃だけじゃなく刃物まで持ってやがったのかよ! 痛さを怒りに変えてやつの姿を睨み付けた、けど、またもそれは一瞬のうちに恐怖に変わった。

 俺の背中を貫いたのはナイフや包丁などではなかった。目測だが男の爪は一メートルほどの強大なものに肥大化していた。


 「ごがぁ……ぐるぁぁぁぁぁ!」


 気を失いそうな激痛の中、俺は恐る恐るタイラーの容姿を確認する。目から血を流し、爪だけではなく両腕がバランス悪く肥大化し、人間とは思えない姿に変貌していた。一言でいえば化け物だ。

 そして間もなくとどめの一撃がくる。高く振り上げた拳が俺の頭部めがけて降り注がれようとしていた。

 間一髪のところでアルミスが間に入り一撃を身代わりになり受けた。赤と白のレンガの地面はゴバっと音をたてて沈下し、重い攻撃を物語っていた。


「ア、アルミス……逃げろ」

「はん? 冗談じゃないぜアリマ! こんなおもしろそうな相手は元の世界に帰ってもお目にかかれない! 悪いがこの獲物はもらってく!」


 心配を装って声をかけたが余計だった。アルミスはむしろこの戦いを楽しんでいた。言動からも解釈できたが一番はその表情にあった。

 ご満悦の表情、そして一撃、二撃、化け物に対して反撃していく様は爽快な動きをするスポーツ選手のように見える。

 その姿を静観していた俺はいつのまにかタイラーが攻撃を繰り出さずに一方的に受け身なっていることに気付く。戦意喪失、サンドバックになっているにもかかわらず攻撃の手を緩めないアルミスの姿は無益な殺生をする悪役のようだ。強化されているからなのか、デーモンが松の湯から治癒魔法でも使用したのか分からないが背中の傷がいつのまにか完治していた。俺はいてもたってもいられずに止めに入った。


 「な、なんだよっ! こんな時に!」


 目の前のサンドバックに夢中なエルフを後ろから羽交い絞めするのは困難なことではなかった。


 「もうやめろよ。この化け物はもう俺たちに危害を加えないだろ? ボコボコじゃないか」

 「止めんなよ! アリマが襲われてたからやってんだろうが!」

 「違う! 今のアルミスはただの自慰行為をしてるだけじゃないか!」

 「自慰? オナニーしてる風に見えるのかよこれが!」


 こんな時だが女の口からオナニーなんて言葉が聞こえてくるのは中々興奮するものだ。しかしそんな場合じゃない。

 明らかにアルミスは自分に酔っている。酒ではない。相手を殴る、蹴るなどの暴力行為そのものにだ。

 そう言いあっていると、化け物はフラっと卒倒してしまった。

 そして化け物は自ら青い炎のようなものを発火させ、瞬時に消え失せてしまった。文字通りその場で焼失したのだ。


 「なんだよ今の……やつはどうなったんだ?! 死んだのか?!」

 「…………」


 目の前の出来事にただ一驚し、問いかけたがアルミスは黙ったままで、


 「あたしはおまえを助けただけなのに……」


 悲痛な言葉を残して彼女は松の湯とは反対方向に歩き出した。


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