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④風呂め 爺ちゃんの青春

 今から五十五年前、一人のエルフの女性がこの銭湯に迷い込んだらしい。当時、青年だった跡取り息子はどこから来たかわからないエルフを優しくもてなしたという。時が経つにつれて青年はいつしか恋心を抱くようになり、ついに青年はこの世界で一緒に生きていこうと告げることを決意する。


 「じゃがの、レトは突然姿を消したんじゃ。いつものように風呂に入ってくると言ってから二度と風呂場から出てこんだわい」


 よれよれの白いランニングシャツを着た爺ちゃんは青春物語を語りだしたと思ったら、妙にしんみりし始めた。


 「おじいさんの言っているレトっていうエルフに聞き覚えはありませんが……きっとその人も私たちと同じ世界から来たんでしょう。そして、ジェム時計の砂が戻り切ったのを境に元の世界に戻ったんでしょうね」


 デーモンが自分の砂時計を取り出しながら言った。


 「私以外にもこの世界に興味をもってやってきたエルフがいたのか……なんか気が合いそうだなそのエルフ」

 「あんたみたいな不良で無職などうしようもないやつじゃないと思うわよアルミス」

 「ああん!? もう一度言ってみろ魔族! 消し飛ばすぞ!」


 この二人ときたら……すぐにけんかになるんだな……仲がいいというかなんというか。


 「親父が言うことが本当なら、お嬢さんたち二人も違う世界からやってきたのかい?」

 「そういうことになりますね。私たちは竜炎三百十五年のガロ王国からやってきました。私が獣人族のデーモンでこっちのエルフがアルミスです。あ、ちなみにアルミスは私が働いている金貸し屋で多額の貸金を返済できずにこの世界に逃げ込んできたわけで、それを私は追ってこの世界に転がり込んだというわけです」

 「やめろよ。まるで私が犯罪者みたいじゃねーか」

 「いや、あんた罪人だから」

 「言わせておけば……てめぇデーモン! 火の玉をその口にねじこんでやる!」


 アルミスは右の手のひらを上に向けた。まるで手のひらにエネルギー弾を創るようなそぶりをみせて停止した。


 「……れ? 出ねえ……」

 「あれぇ? どうしたのアルミス? 威勢がよかったわりには何も出てないけど?」

 「おかしいぞ。こんな初級魔法も出せないぐらい力が消費しきってるはずないんだが……なんでだ?」


 首を傾けるアルミスは何度も手を震わせて何かを出そうとしていたが待てども待てども、何もそこには現れなかった。


 「しかし、非常に残念じゃ、またあの世界とつながっておると確認できたというのに……もう二度とこんなことは無くなってしまうのかの」


 二人が一戦交えようとしている後ろで爺ちゃんがボソッと呟いた。


 「おじいさん、それはどういうことですか?」

 「獣みたいなお嬢さん……デーモンといったか。デーモンちゃん、この銭湯はついさっき取り壊しが決まったんじゃよ」

 「取り壊し!? な、なんでですか? 借金? 経営破綻?」

 「まあ、物好きな人間がおってのぉ、ここら一帯を生活が豊かになるように作り変えるそうじゃ」

 「爺さん! その取り壊しっていつなんだ!?」

 「一週間後だそうじゃ」


 あんなに険悪なムードだったアルミスとデーモンは顔を見合わせた、途端にお互い真っ青になっていく。


 「ま……まあ、でも取り壊しが決まっても二週間ぐらいはこのままだろ?」

 「どうかのう、遅くても一週間後にはコンクリートを流し込むんじゃないかの」

 「コンクリート?」

 「完全に地面をふさぐことじゃ」

 「「嘘だろ!」」


これまた二人は声をハモらせて仲良く怒鳴った。


 「かかかかか、帰れないじゃねーかよ! どうすんだよ!」

 「へへへへへ、へっ! アルミスよかったじゃない、こっちの世界に来たかったんでしょ? あなた永久にこの世界にいれるわよ! それも骨を鎮めるまでね」

 「冗談じゃねえ! こっちの世界に私好みの酒があんのか? 絶対ねーだろ、ギャンブルもできない……生きてる意味が見当たらねぇよ!」


 どこのニートが嘆いてるのかわからんな。ファンタジー世界のエルフの発言とは誰も思わないだろうな。


 「じゃあ、なんでジェム使ったのよバカ! あんたのせいであたしまで帰れなくなるかもしれないのよ!」

 「それは……おまえがすぐに駆けつけてくれると思ったからほんの気分転換と暇つぶしがてらジェムを使ったんだよ」

 「アルミス……ば、バッカじゃないの!」


 バカはおまえだろデーモンさん。この状況で何をツンデレのテンプレしてんだよ。わかる人にはいいけどさ、ほれ見ろ、爺ちゃんなんか「こいつら頭が弱い子たちなのかの?」みたいなかわいそうな目を向けてるぞ。


 「それでどうするんだお嬢ちゃんたち。この銭湯が埋め立てられたらあんたらの世界には帰れないんだろ?」

 「帰れませんね……たぶん、浴槽の真下がゲートの役割をしていたので」

 「よし! それならおじさんにとっておきの解決方法がある! まずこの商店街の離れにあるテナントを借りる。そこでスナックを経営するんだよ。そうすれば客とお酒を飲んで適当に話し相手になっときさえずればお金がガポガポ稼げるぞ! それでまたこの銭湯の土地を買うんだ! どうだ? そっちのアルミスってお嬢ちゃんはお酒強そうだしな! ゲヘヘ」

 「こんのドラ息子がぁ!」

 「くぬっふ!」


 ゲス顔のままで父さんは爺ちゃんに正拳突きをくらわされた。


 「困っているまだ若いお嬢さんたちになんて道をすすめるんじゃバカたれ! 体を壊したらどう責任を取る! それでも親か。しかし、この銭湯、商店街が完全に無くなってしまうのも時間の問題。困ったのう。じゃが、たとえこの銭湯が無くなっても同じ場所に赴けば関係なく帰れたりはしないのかの?」

 「だと、いいんですけど、おそらく運よくゲートの場所一帯だけが平地になったとしても地形や条件が大幅に変わることに変わりはないので戻れなくなる確率は他界ですおじいさま」

 「よし、ここを消そうとしてるやつらを逆に消してやろうぜ」

 「あんたねぇ、考えが物騒すぎるのよ」

 「いや、それだ! それだよアルミスちゃん! なあ親父! あいつら上須賀コーポレーションのやつらにいいようにされていいのか? ここは男らしく守り抜こうじゃないか! この銭湯を、この商店街を!」


 なぜか父さんの目がいつになく輝いている。


 「それは……しかしもう契約書を交わしてしもうたしのぉ」

 「そんなもん私の魔法でボワッと燃やしてやるよ」

 「おお、心強いなアルミスちゃん!」

 「ひっかかるのぉ」

 「なにがだよ親父」

 「おまえじゃ道後、そんなやる気をおまえがみせることが気味悪いんじゃ」

 「な! 自分の息子を疑うのか? 親父! 見損なったぜ」

 「ああ、たぶん私のテレパシーだな。さっきオッサンにもしもこの銭湯をジェムの砂が戻るまで守りきったら一緒に素っ裸で風呂に入ってやるって約束したんだ。そしたら」

 「こんのぉスーパードラ息子が!」

 「スパシーバっ!」


 二発目の正拳突きが炸裂した。


 「なんて安い男なの」

 「まったくじゃ! デーモンといったかの、本当に魔法が使えるんじゃの」

 「ああ、だが今のテレパシー……」

 「どうしたのよアルミス。黙り込んで、何その反応。らしくないわね」

 「魔力の消耗が半端ないんだよ。魔力根源を大幅に維持できる私でさえさっきのテレパシーごときの魔法でこれだ。おまえも実際にやってみろ」

 「どれだけ自信家なのよ。いいわ、私があなたより優れてると証明するいい機会ね」


 デーモンは半信半疑で何かを唱え始めた。青白い淡い光がデーモンを包み込んで……「シュワン!」


 さっき見た地獄の大鎌が目の前に現れた。


 「へへん! どうよ。 って! あ、あれ?」


 ドヤ顔をしたのもつかの間、マジシャンの手品のように地獄の大鎌は現れて二秒ほどで消え去ってしまった。


 「ほ、本当にレトと一緒の世界から来たんじゃな、レトも昔、わしの前で同じように大きな武器を出したんじゃよ」


 あたふたしているデーモンをよそに爺ちゃんは懐かしい思い出を思い出して興奮気味にデーモンに近づいた。


 「そ、そうなんですか。な、なによ! その顔!」

 「よかったじゃないか。あたしより魔力が高いことを証明できて」

 「やかましいわよ!」


 顔を赤らめてデーモンが怒声を放つ。


 「それより魔法はそんな物騒なものしか使えんのか? 例えば相手の心を支配したりする魔法とか使えんのかの」


 いやいや、爺ちゃん、そっちのほうが明らかに物騒だと思うぞ。


 「使えないこともありませんけどかなり魔力を消耗しますね。それに悔しいけどアルミスの言うことが正しいですから、現状、使うのは難しいです」

 「それはおまえだからだろ。それに今日はあっちから来たばっかりで消耗しきってるだけだ。酒飲んで寝たら回復する」

 「そうか、ならそれで上須賀のやつらの商店街買収の件を無くしてくれんかの」

 「親父! じゃあ、上須賀のやつらと戦うんだな!」

 「平和的に講和にもっていこうと言うとるんじゃわしは」


 おろろ、俺は会話を聞くだけに徹していたが、なかなか話が急展開をむかえてることに心なしか不安になってきたぞ。


 「ちょっと待って、父さん、爺ちゃん、本気で言ってんのか?」

 「なんだ息子よ。おしっこちびった?」

 「漏らしてないわ! なんでそうなる! 俺が言ってんのは警察のお世話になるんじゃないかってことだよ! 契約書も交わした相手に盾突こうなんてやばいんじゃ」

 「有馬、おまえの冷静な考えは時にこの家の血筋じゃないんじゃないかと時々不安になるわい。このドラ息子みたいにアホじゃないからの。しかし有馬よ、たとえ法に違反しても守らなくてはいけないものがあるんじゃ。それは」

 「女の子の笑顔だろ親父」

 「こんのぉドラ息子がぁ!」

 「グリーン!」


 三度目の正拳突き。


 「大丈夫じゃ有馬。この子たちの魔法にかけてみよう。それにわしらの時代なんかストライキ運動は青春の一ページのようなものじゃったしな」

 「そんなもんなのか……」


 なんだか知らないが、俺たち松の湯は再び銭湯を守り抜くために立ち上がろうとしているらしい。



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