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③風呂め 夢のラブラブファンタジー崩壊

 

 「エルフってマジで耳がチョンチョンなんだな」


 脱衣した衣類を入れる籠を棚に戻しながら俺はアルミスに問いかけた。彼女はあいかわらずびしょ濡れのままで、視線を向けると目のやり場に困った。

 入浴中にエルフが現れて十数分、俺は素っ裸から半ズボンとティーシャツに着替え終わると脱衣所の後片付けをしながら異世界より来た謎の使者と一緒の空間にいる。


 「そうですね。エルフの外見の特徴としては耳で見分けがつきますね。あとは魔法力が他の種族に比べると遥かに高いです」


 びしょ濡れのエルフが自分の白いスカートのすそを両手で絞りながら応える。脱衣所の床に絞った水が散乱した。


 「おいおいおい! そこでそんなことするなよ! ちょっと待っててくれ、着替えを持ってくる……って、家に女ものの服なんて無かったっけか……」


 すでにばぁちゃんと母さんは他界していて、松の湯の経営は親子三代の男だけになっていた。それをふまえて、俺はアルミスに衣服をどうしようか悩んだ。このままの格好にしておくのも危険だ。父さんが目撃すれば理性を失って襲い掛かる恐れがある。なんといっても彼女はとびきりの美人だからだ。


 「すいません、後で床は拭いておきますね。私の衣服のことならお気になさらずに、後日この世界で買いそろえていきますから」

 「買いそろえる? こっちに住むのか?」

 「そのつもりですが? 何か問題があるのですか?」

 「問題っていうか……アルミスは異世界から来たんだよな。そっちの世界に戻らなくていいのか? 普通は異世界に迷い込んだら元の世界に必死に戻ろうとするのがセオリーだろう?」


 自分で言っておいて思うが何のセオリーだよ、それ。異世界もののアニメとかってそれが普通だと思っているからごく自然にアルミスの発言に疑問を抱いてしまったらしい。


 「あんな世界に戻るなんて絶対に嫌ですっ!」


 突然アルミスが大声で否定した。驚いた俺は回収していた空の牛乳瓶のケースを床に落としてしまった。


 「す、すいません……怒鳴ったりなんかして」

 「いや、いいよ。驚いたけど」


 会って数分だけど、喋り方や雰囲気や振る舞いからアルミスは向こうの世界でかなりいいところのお姫様かなにかじゃないだろうか。俺の勝手な妄想だが、きっと彼女は自分の意志でこっちの世界に転生してきたに違いない。王位争奪や権力争いに苦痛を感じた彼女は自分自身に魔法をかけてここに来た。だとしたら……俺は彼女と物語をつくっていきたい! こんな美少女とこれから熱いラブストーリーを演出していくと考えると……俺の人生は今日より勝ち組じゃないか! さよなら平凡で男臭い銭湯生活! こんにちは異世界より来た美少女エルフとのイチャラブ生活!


 「なあ、もしよかったら……話してくれないか。この世界に来た理由を」


 きまった。完全にかっこいいだろ、これ。

 俺は床に散らばった牛乳瓶を一つ一つ拾い、ケースに入れながら主人公気取りでアルミスに問いかけた。


 「わかりました……いつかは話さなければいけませんから……。私は向こうの世界、ガロ王国で姫でした。即位したのはほんの数日前でしたが……というのも、ガロ王国は勢力を拡大していた魔王軍の傘下となってしまったのです。先代の王や姫……私の父や母は魔王軍に降伏するときに自決し、私も後を追うつもりでしたが魔王の手下が部屋に押し入ってきて……残った私が唯一の後継者で名ばかりの姫になりました」


 涙目になりながらアルミスは悲しい過去を話してくれた。悪いことをしたのかもしれない。思い出したくもない引き出しを強引に開いてしまった俺は罪悪感に襲われた。


 「そう……だったのか。すまない、嫌な思いをさせた」

 「いえ、私は最低な姫です。傘下に落ちたガロ王国の衰退ぶりはひどいもので、民衆の男達はきつい労働をしいられ、若い女はひどい辱めをさせられ、それを姫の私は見るに堪えれなくなって、自分自身に魔法をかけてこの世界に逃げ込んだのです。ほんとに最低ですね」

 「違う。俺、正直そういうファンタジーな世界の事情とか知らないけどさ、比べものにならないかもしれないけど、俺も辛いこととかあったらそうやってどこかに逃げたくなるからさ。アルミス……姫の気持ち少しだけだけどわかる」


 自分の実の父親が黒人ボクサーにボッコボコにされたりとか悲しいよな。


 「励ましてくれてありがとう。そういえばまだ名を聞いていませんでしたね」

 「そうだったか、俺は松野有馬。有馬って呼んでくれ姫様」


 なかなか自分でも照れくさいほどアニメの主人公気取りの紹介の仕方だな俺。


「姫はよしてくださいよ、私はこの世界で生きていくときはただの人間……いえ、ただのエルフのアルミスで生きていくので」

 「そうかアルミス。でもこの世界にエルフはいないから普通にはどっちにしても生きていけないぞ」

 「そうでしたね」


 俺とアルミスはお互いを見て笑った。と、同時に俺はこの笑顔を守っていこうと決めた――その時。


 ガラララララッ!


 勢いよく浴場のガラス引き戸が開いて、びしょ濡れの黒髪ショートカットの女が肩で息をしながら現れた。その姿は死神を連想させるような黒のロングコート、雰囲気が怖い。


 「ガッペウル……ハァ、ハァ、ハァ……エンリコルザ、バレンクリリチャード!」


 黒髪の彼女は怒声のような声を出すと、アルミスを指さした。

 はっ! これは! アルミスと一緒の類の子だ! ってことは早くも二人目の異世界よりの使者! なんていう超展開だよ! しかもこの子もめちゃくちゃ美人だ!

 しかも……頭の上をひょこひょこ、と彼女の感情を表すようにモフモフした獣耳が揺れ動いている。か、彼女は……獣耳キャラじゃないかっ! うひょっ!


 「アルミス、この獣耳のかわいこちゃんは知り合いか? もしかしてあっちの世界のなんんちゃら王国の部下かなにかが王国の危機を知らせに、って! アルミス? おまえなにしてるんだっ!?」


 彼女が誰なのか説明してもらおうと視線を向けたが、アルミスは両掌を合わせてバスケットボールぐらいの大きさの火の玉を創り出し、フー……フー……っと、威嚇する野良犬のように黒髪の彼女を明らかに警戒していた、というか臨戦態勢に突入していた。


 「下がってくださいアリマ! あいつは魔王軍の使い魔です! きっと姫である私をガロ王国に連れ戻しに来た、もしくは私をここで抹殺するつもりです!」

 「なんだってぇ!? っていうかアルミス! こんなところでそんなものぶっ放すなよ! ここは歴史ある銭湯……あっ、でも無くなるのか」

 「フォレストス? ケネスジェイサリバン……ア、アンブレイラッ!」


 黒髪の美少女は何かを叫んだと思うと、自身の体を青く発光させ始めた。


 「ヤバい! ……じゃなかった、危険ですアリマ! 下がってください!」

 「お、おまえら! 銭湯で戦闘するんじゃねぇ!」


 この光は……アルミスが浴槽でつかったやつか……。浴槽の次は脱衣所が青い光に包まれた。そして数秒後、光が収まり、ゆっくり目を開けると、黒髪の彼女が視界に入ってきた。


 「ふぅ……さぁ……見つけたわよ、犯罪者アルミス。罪状はいろいろあるけどね……とりあえず、異世界転生の禁術をアカデミー長官の無許可で使用したってことで現行犯逮捕するわ」


 この世界の日本語で話し出した黒髪の美少女の一言一句聞き逃してないはずなのに、俺には何を言っているのか理解できなかった。

 ただ、アルミスの表情から血の気がスゥ……っと引いていたので、黒髪少女の発言が本当のことだと思う他ならなかった。


 「犯罪者アルミス? おまえなに言ってんだよ! アルミス姫はなぁ! ガロ王国がおまえら魔王軍の手に堕ちたことに耐え切れなくなってこの世界に光を求めて転生したんだよ! それなのに……」

 「ひ……姫? 魔王軍? ……ぷっ! あっははははははははっ!!!!」


 黒髪の少女は愉快にもほどがあるほど高らかに笑った。


 「なにがおかしいんだよ! こんなに姫を悲しませたうえに笑うだと? てめぇは……てめぇは人間じゃねぇ!」

 「いや、私人間じゃないし……それにそっちの偽お姫様はもう芝居にあきたみたいよ」

 「芝居? へっ! なにを言ってやがあああああああああああああああああああ? 姫様あああああああああああああ?」


 見ると、アルミス姫は、なんと、金銭を入れることで稼働する、ワインレッドのマッサージチェアに、肘をついて、足を組んで、座ってやがる……。


 「ひ、姫様……何をしてるんですか?」

 「火」

 「はい?」

 「……ちっ! 火を持って来いって言ってんだろ!」

 「は、はい! かしこまりました!」


 セバスチャンのごとく俺は俊敏な動きで番台に行き小物入れに手を伸ばす。そして百円ライターを握りしめるとすぐさまアルミスのもとに戻り献上した。

 しかし、アルミスはそのライターを受け取ろうとしなかった。


 「アルミス姫? 火ですよ? ……あっ、これはこっちの世界でここを……はい、これで火が出るので、で、何をするんですか?」

 「ばかやろう。火持って来いって言ったらタバコもセットで持ってくるもんだろ。教育がなってねーな、親の顔が見てみたいわボケ。早くこっちの世界のでいいからタバコ持って来い! ゲートがつながった先が風呂だったからポケットに入れてたのが全部おしゃかになったんだわ」


 どうやら獣耳の女の言っていることを信じるしかないらしい。明らかにアルミスの口調がお姫様からガラの悪いおっさん口調に変貌していた。


 「いや、タバコは持ってなくて……父さんに言わないと」

 「だったら親父に許可もらって持って来い! グダグダ言ってないでとっとと行け!」

 「ちょっとあんた! 異世界に来てまでそんな態度とってんじゃないわよ! それにあたしの話し聞いてんの? さ、とっとと帰るわよ」


 お姫様改め、女王様のアルミスにズンズンと近づいて獣耳の女は腰に手を当てた。


 「さあ! 立ちなさい罪人アルミス」

 「ヤダ」

 「そう……だったら、ここで死んでもらおうかしら」

 「やめとけ。おまえじゃ私に勝てない。それに、ちゃんとした理由があるから私はここを立たない。わかるか?」

 「あんたのその人を見透かした態度が昔っから気に食わないのよ! 罪人は罪人らしく罪を懺悔しながら死になさい! デスサイズ!」


 興奮気味に獣耳の女が言い放つと、死神の鎌というにふさわしい大鎌を手元に創り出し、アルミルの首元めがけてフルスイングした。

 その咄嗟の出来事に「危ない!」とか「逃げろ!」とか言えずにいた俺の目の前で、アルミスはマッサージチェアで足を組んだままいた、だけなのに獣耳女の動きはピタリと停止していた。


 「くっ……異世界へ来てかなり魔力を消耗しているのに……時間封じの魔法? ものすごくむかつくわね」

 「いやいや、結構疲れてるほうだ。本当はおまえを消し去ろうとしたかったけど、ここでそんな大技使っちまったら体がもたない。ありがたく思えデーモン」


 デーモン? この獣耳の女の名前か?


 「やっぱりおまえ魔王軍だろ! デーモンなんて名前からして確定じゃねーか!」

 「うっさいわね! この女に騙されてたくせして人の名前ディスってんじゃないわよ! クソガキ!」

 「だよな! アルミスとデーモンなら絶対私のほうが正義っぽいよな!」

 「共感してんじゃないわよクソエルフ! さっさとこの魔法解きなさいよ! ガロの牢獄にあんたをぶちこんでやるんだから!」


 ぐぎぎぎぎぎ、と歯茎に力を入れて必死に体を動かそうとしているデーモン。片手に大きな死神のような鎌、その姿を見てもう一度思う。おまえ魔王軍だろ。


 「わかったよ、ほら」

 「うわっ!」


 魔法をいきなり解いたせいなのだろうか。デーモンは体勢を崩して前のめりに倒れこんだ。


 「解くなら解くって言いなさいよ!」

 「いや、魔力が限界だったんだよ」

 「ったく……無駄な抵抗はやめて最初からそうやっておとなしくしてなさいよ」

 「抵抗じゃなくて、目の前でデスサイズ顔面めがけて降られたら抵抗するだろ。逆にしないやつを私は見てみたいね。そいつは相当のマゾだと思うけど」

 「屁理屈ばっかり言って……えっと、二週間ぐらいかしらね」


 デーモンはロングコートのポケットから小さな砂時計を出した。しかし、よく見ると赤くきれいな砂が下に落ちていくのではなく、下から上へ砂が上がっている。


 「それは?」

 「うん? ああ、これは世界線の時間ジェム計。異世界転生はさすがに高等魔法だからね、詠唱では使用が無理なのよ。だからその際に用いる魔法道具なんだけど、中に入ってるキラキラしたのがジェムをすり潰してもので、これが逆流しきって上に戻ればガロに帰れるってわけ。それまでの間、おとなしくしてなさいよアルミス」

 「はいはい、おまえにこの世界にいるって見つかった時点で平和な隠居生活は不可能で夢と消えたから罪をつぐなって帰るよ。あ~あ、そこのガキを騙してお嬢様みたいな生活して暮らす私の計画が丸つぶれだ」


 ガキって……あんなに美人でゲームだとだいたいが気高きエルフ、とかそういう設定が多いはずなのに、今俺の目の前にいるエルフはそんなこと一切思わせないほど銭湯常連のおっさん客とたいして変わらない。いや、むしろその美貌と発言のギャップがいいかもしれない。

 それにしてもアルミスは罪人なのに逮捕されると知ってからだいぶ態度が潔すぎやしないだろうか? 何か軽すぎるというか、牢獄にぶちこまれるやつの発言とは思えない。いったい彼女はどんな罪をあっちの世界で犯したんだ?


 「なあ、ちょっといいか? アルミスはそっちの世界でどんな罪を犯したんだ?」

 「王族を暗殺したんだ」

 「ちょ、なに物騒なこと言ってんのよ! こいつはね、ラクン食堂にツケでタダ飯を食らい続け、飲み屋街でタダ酒を飲み続け、挙句の果てに賭博で金を使い果たし……あたしの金融会社に金を借りに来たの。その総額が三百万ガロ」

 「なあ、昔からのよしみじゃないかデーモン。今回のことは見逃してくれよ。な? ちょっと異世界に来ただけじゃないか。探求心ってやつだよ」

 「なにが探求心よ。まったく、学校の魔法科を主席で卒業したくせに就職もせずに毎日ダラダラと金と酒に時間を費やして……落ちこぼれもいいところよね」


 あー、なるほど。あれだ、アルミスはよくある才能はあるのに道をそれてしまったやつだ。高校球児によくいる野球はうまいのに学校でタバコ吸ったりするやつだ。いるんだなファンタジー世界にもそういうやつが。

 そしてアルミスの罪はそこまで重くないな、これ。


 「おい! いつまで風呂入ってんだよ息子! 早く消灯し……」


 いきなりだった。

 親父が関係者以外立ち入り禁止と書かれたドアから脱衣所に入ってくるのは。

 そしてそのまま、視界にエルフと獣耳が入ったのか、言葉の途中でゼンマイの切れた人形のように固まってしまった。


 「あ、お邪魔してまーす。ミイラ男の真似ですか?」

 「ちょっと、なに普通にあいさつしてんのよ! ……どうも、怪しいものじゃないんでお気に慣らさずに」


 いやいや、どっちも不正解だろその反応。


 「息子……おまえは天才か? こんな美女が……しかも二人も……どこだ? どこのデリバリーだ?」

 「アホか! 呼んでないわ! ってか呼んだことないわ!」


 この親父も相当な変態だな。知ってたけど再確認したわ。親父はボコボコにされたばかりだったから、顔中に包帯をグルグル巻きにしていた。


 「初めましてお嬢さん達。この銭湯の総責任者でありカリスマ店長の松野道後です。今日は私の自慢の風呂に入浴されにきたのですか? でしたら私がお背中を流しましょう」


 俺が頭を抱えていると親父はいつのまにか二人の前まで瞬間移動していた。その軽快なフットワークをさっきの黒人ボクサーに見せつけろよ。


 「ミイラのオッサン。悪いけど私達はもうひとっ風呂あびてきたばかりなんだわ。だからとりあえず着替えでも持って来てくんないかな」

 「なるほど、もう入浴したのですね。なら松の湯特性ティーシャツに着替えを……おや? お嬢さん耳が大きくないか? それにそっちの彼女は猫耳……かな? 昭和のアイドルの真似かな?」


 気が付くのが遅いだろ。やばいな、なんて説明したらいいんだよ。自分の親に、風呂に入ってたらエルフが股の下から現れて、少ししてから獣耳の女が浴場から出てきた……なんて言っても信じないだろうしな。


 「ああ、これか。私はエルフでこっちのやつは獣人族。あんたたちオッサンが住んでる世界とは違うとこから来たんだ。なんか文句あるか」


 アルミスは、一日の終わりのホームルームで明日の連絡をする教師のようにさらっと言いやがった。しかもなぜか怒ってるし。

 さあ、親父……これにどう反応する?

 ふと親父を見ると、固まっていた。そして無情な表情を浮かべた四十五歳は少し考えてから、口を開いた。


 「俺は、かわいい女が好きだ! 大好きだ! たとえそれが日本人じゃなくても、アジアでも、南米でも、ヨーロッパでも! そして異世界から来たファンタジー乙女でも! そのすべてを受け入れて愛そうじゃないか!」


 なぜか親父は力強く大演説をし始めた。それはヒトラーのように説得力のある言葉だったが、マッサージチェアに座っているエルフ、デスサイズを持っている獣人族の目はかなり冷たい。真冬の雪原のようだ。


 「ま、まあ、どんな形にせよ……こっちの世界に受け入れてくれる人がいて良かったわ……ねえ! アルミス!」

 「いや、どう考えてもただの変態じゃねーかよ」


 この二人の反応は……恥ずかしい。自分の父親が言った言葉で明らかに引いてる、ドン引きだ。


 「~! ……~! ……ド……せい~!」


 場の空気が最悪にまで堕ちたころ、元家に続く廊下からうめき声に似たような怒声がひしひしと響いてきてるのを聴覚で感じ取った。この声は間違いない、ファンタジーやエルフ耳など無縁で全く無知の七十七歳、爺ちゃんだ。


 「やばい! 父さん! 爺ちゃんが来る! ど、どうすんだよ!」

 「落ち着け息子。大丈夫だ」

 「父さん……」


 そうだよな。何をあわてていたんだ俺は、この状況だってちゃんと話せばわかってくれる。ただ風呂に入っていたらエルフが登場して、そのあと獣耳の女が追加登場しただけじゃないか。何も悪いことはしていない。それに血がつながっている家族じゃないか。嘘をついて隠しても何も変わらない。


 「このドラ息子どもがぁ! 今、何時だと思っとる! 早く風呂場を……」


 さすが親子だな、と思った。勢いよく開けたドアから怒り狂った表情で怒声を飛ばした爺ちゃんはおそらく長い生涯で見たこともないエルフと獣耳を見てこれまたゼンマイの切れた人形のように固まってしまったのである。


 「親父! 聞いてくれよ! 有馬のやつ、風呂場にこんなかわいい女の子たちを強引に連れ込んだんだぜ!」


 おいいいいいいいいいいいいい!

 ちょっと待てや!!!!!

 クソ親父! いきなり裏切んのかよ! 外道すぎんだろ!

 こうなったら……爺ちゃんを説得(騙す)しか俺の生存を死守する方法は残ってねえ!


 「爺ちゃん! 違うんだ! これは、あれだ! 銭湯女子だよ銭湯女子! こういう古臭い……じゃなくて! 老舗感漂う銭湯に来ることが若い女性の間で流行ってて! そしてこの二人は外国人! だから間違って男湯の脱衣所に来ちゃったってわけ! ほら! 耳とか少し日本人とは違う外見だろ!」

 「なに言ってんだおまえ? 別に特別風呂が好きなわけじゃねーぞ。それに外国人じゃない。異世界人だ」


 こんのぉ! ウルトラバイオニック・ケーワイがぁ! 空気をよめクソエルフ! 誰のせいでこんなアドリブ考えたと思ってんだよ!


 「わ、わしは……」


 爺ちゃんが急に喋りだしたので俺は少しびくついてしまった。ド叱られること覚悟で俺は爺ちゃんを見た。が、視界に入ってきたのが予想外の光景に俺は度肝をぬかれることとなる。


 「夢でも見ているのかの……会いたかったぞレト……わしはこんなに老いぼれになってしもうたがの……」


 長い年月を生きて顔にできたしわというしわに滴が流れている。

 爺ちゃんは泣いていた。


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