天才弁護人、お猿のまさる
この短編は「oga」さまより頂いたお題をもとに創作したものです。
黒猫のミーヤはひげを垂らしていた。まさるはそんな彼女を前にぽりぽりと尻を掻く。品はないが、クセなのでしょうがない。
鼠を引っ掻き、傷害の現行犯として裁判に懸けられた猫の弁護。それがまさるの今年初の仕事だった。
「まさる先生」ミーヤが細い声で鳴く。
「先生だなんてよしてくだせぇ。あなたみたいな美しいお嬢さんに言われると尻が赤くなる」
「では、まさるさん。その、報酬の話なのですが、わたし、手持ちがほとんどなくて」
「あっしも慈善家ではないので、タダでは請け負いませんぜ」
「はい…お金はなんとかご用意しますので」
まさるがミーヤの話を遮るように、手をかざした。
「なんとかってことぁ、いまのところアテがねぇってことですね?」
「はい…おっしゃる通りです」ミーヤが益々猫背になる。
「身体で払ってもらうしかないね」
「そんなっ!」ミーヤの柔らかな毛が逆立つ。
「嫌ならお帰りくだせぇ。だけど、干支一味を傷つけた猫を弁護しようなんて度胸のあるやつぁ、あっし以外はいねぇと思うけどな」
ミーヤは黙りこんだ。しばらくの後、絞り出すようにこういった。
「わかりました。すべてお任せします」
被害者の鼠はこれ見よがしに包帯を巻いていた。滔々と身ぶり手振りを交えて、いかに猫のミーヤが自分に対して冷酷無比であったかを語る。
「そもそも、猫の一族はネチネチしててよくない!そりぁ干支を決める会議のはじまる時間を間違って伝えたのは反省してるさ。でもそれを何時までも親の仇みたいに根にもって。今回だってそうさ、俺はそこのメスに…失礼、お嬢に干支会議のこととか、その他諸々を詫びたんだぜ。それなのに逆上して、ズバッと!…おお、痛ぇ、痛ぇ」
鼠がうずくまる。付添の牛がわざとらしく駆け寄り、労る。
傍聴席からも同情するような囁きが漏れ聞こえる。
まさるはガリガリと尻を掻いていた。とんだ茶番だぜ。あの大人しい娘ッ子が爪を立てるなんて、どれほど挑発したかわかりゃあしない。逆に侮辱罪で訴えられるくらいだろう。
さて、反撃と行くか。
「鼠の旦那、ご高説どうも。確かに猫一族は後ろ向き面があるわな、その点は同意するぜ。しかしだな、過去のことをウンタラ言うなら、旦那、あんたこそ、ちと口が過ぎたんじゃあねぇかい?」
鼠がびんびんとひげを逆立てて歯を剥き出す。
「なんだと?!言ったろう。俺は詫びたんだ。例えば、そう!すこし前にぺ、ぺす…」
「ペストかい?」
「そう、そいつだ!そいつが流行った時にも、猫の一族にえらい迷惑をかけちまったから、わざわざ頭まで下げてそこのお嬢に詫び入れたんだ」
ペストが流行したとき、猫が大量に殺されたのは周知の事実だった。特に黒猫は黒魔術の象徴として惨殺され、その他の猫も塔の上から叩き落とされるなどして大量に殺された。
実際にペストの菌を広めていたのは鼠だったのだが…。
キーキーとわめきたてる鼠に、まさるはひらひらと手を振った。
「詫びるっては、猫が苦しんで死んでいく様を克明に描写して伝えることを言うのかい?特に、加害者は黒猫だ。同族がむごい目にあった過去をわざわざ掘り返して聞かされるのは想像に絶すると思うがね」
鼠が細い目でキッとまさるを睨む。
まさるは肩をひょいとすくめ、さらに続ける。
「あと、旦那、あんたさらに詫びに聴いていけと音楽を披露したそうだね」
「あぁ。それのどこが悪い。友好の証さ」
「音楽はいいんだがね、三新は、センスがいいとは言えねぇな、特に猫に聴かせるには」
三新には猫の革が使われている。
「仲間が殺された過去を掘り返され、あげくに同族の革が使われている楽器を目の前で披露される。ここまでされて耐えろってほうが厳しいとあっしは思うがね」
まさるは裁判長に向き合った。
「もちろん、いかなる理由でも暴力は正当化されない。しかし、辛い過去を、尊厳を踏みにじられたものに目を向けないで何を正義と呼ぶんだ。罪には罰を。猫のお嬢さんは確かに鼠の旦那を傷つけた。しかし、旦那はお嬢さんの心を切り裂いたんだ。その叫びに耳をかさず、結果だけを見て、それを引き起こした原因を見過ごすと言うなら、正義は死んだと言わざるを得ないね」
静まり返る法廷でまさるは、ミーヤに向き直った。
「辛いとは思うが、ここは法廷だ。公平な裁きを行うために、お嬢さんの証言が必要だ」
うなだれていたミーヤは顔をあげ、大きくまさるにうなずいた。
「お話しします。あのとき何があったのかを。なぜ私が暴力に訴えしまったのかを。その上で、公平な裁きをお願いします」
数日後、はれて無罪放免となったミーヤがまさるのもとを訪れた。
「ありがとうございました」
「仕事を果たしたまでさね」
「それで、報酬の件ですが…」いい淀む。「まさるさんのお好きに」
まさるは広げていた雑誌を閉じた。
「ではお手を拝借」
そう言うと、ひょいとミーヤの手をとり肉球をぷにっと触った。
「なるほど、確かにこりゃあ良いもんだ。いや、どーも、これで満足できたよ」
目を丸くするミーヤにまさるはこう言った。
「いっぺん肉球ってやつを体験してみたくてね。さあ!お嬢さん、もう行きな。過去を忘れちゃいけねぇが、未来ってやつはどんなものより価値があるんだからさ」




