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雪だるまとウサギ

作者: 兎狸

 辺り一面の銀世界。あちこちに生えている木には重たそうな雪が積もっている。風が吹いて少しでも木を揺らせば、バサバサと雪が落ちてくる。僕は平らな雪の絨毯の上に小さい足跡を残して歩く。

 この時期は皆眠っている。仲良しなリスも力持ちのクマも、死んでしまったかのように寝ている。水辺に行けば白鳥はいるけど、あそこはとても寒いし、友達のキツネは面倒臭がって遊んでくれない。

 時々小さい人間も来る。だから僕は自慢の耳を揺らして彼らの前に躍り出る。すると無邪気な明るい声で「ウサギだ!」と指差してくる。やんちゃな子だと追いかけてくれるから、しばらくは追いかけっこして遊んでいる。

 ある日、小さい人間たちの帰って行った後。僕はいつも通り家に戻ろうとしていた。あの子たちの遊んでいた所を通り過ぎようとしたとき、見覚えのないものが堂々と立っていた。

 全体的に丸っこくて、僕とお揃いの赤の両目で、小枝の手をしたヘンなもの。近づいてみれば、それは僕より何倍も大きかった。


「珍しいのかい」


 それは突然声を出した。驚いて後ろへ飛び退くと、木に激突した。痛い、と言うよりも早く、頭の上から雪が落ちてきた。ははは、と柔らかい笑い声がする。僕がちっちゃな雪山から顔を出すと、それは僕を見ていた。


「大丈夫? 驚かせてごめんね」

「大丈夫じゃないよ……。ねぇ、誰なのあんた」


 雪山から抜け出して、彼の前へ飛び出す。後ろの足で立って彼を見上げ、こいつの匂いを嗅いでみる。でも何の匂いもしない。新しいクマだろうか。でも彼ほど大きくはないしなぁ……。


「雪だるまだよ。君は?」

「僕はウサギ」


 へぇ、と雪だるまが呟く。そして、僕と同じで君も真っ白なんだね、と優しく笑っている。大きいくせに穏やかでヘンテコな生き物だ。

 そもそも足もないのに彼はどこから来たのだろう。何か、大きなものが転がってきたような跡がこいつに向かって二本伸びている。……これがこいつの足跡なんだろうか。


「……ねぇ、どこから来たの?」

「空だよ」

「鳥みたいに飛んできたの?」

「いや、僕は飛べないよ。雲から落っこちてきた」


 僕は咄嗟に上を見た。優雅にのんびり流れる雲が頭の上、ずっと高いところで漂っている。あんな所から落ちてきたのか、痛くなかったのかな。

 ふと遠くでお母さんが僕を呼ぶ声が聞こえた。僕帰るね、と言おうとしたとき、彼は一体どこに変えるのか気になった。きっと家は雲の上なんだろう。でも、飛べないって話していたから、きっと帰れないんじゃないか。……僕の家、こいつが入ることできるかな。


「どこに帰るの?」

「ここにいるよ。暖かくなるまでは」

「じゃあ、明日もここにいるの?」


 僕がそう問うと、彼はきっとね、と答えてくれた。暖かくなるまでって、どのくらいだろう。リスたちが目を覚ます頃かな。

 またお母さんが僕を呼ぶ。僕は、じゃあまた明日、とだけ言い残して家のほうへ駆け出した。



 今日は細かい雪が降っている。僕は雪の上を跳ねて昨日の彼がいた場所に向かう。少し遠くでもぼんやりと影が見える。僕が彼を呼びながら駆け寄ると、彼は驚いたように小枝を揺らした。


「本当に来たんだ。大抵は翌日になったら僕のこと忘れるのに」

「だって約束したでしょ。雪の中でひとりぼっちはつまらないよ」

「……そうだね。毎日空を見ているのも飽きるしね。お喋り相手がいるのは嬉しいかもしれない」


 雪だるまは嬉しそうに笑っている。よかった、寂しがっていたのは僕だけじゃなかったんだ。キツネの奴め、「別にひとりでも寂しくはないだろ」なんて当然のことのように言っていたけど、僕だけヘンなわけじゃないんじゃん。

 安心していると、頭の上から、ねぇ、と声が掛けられた。僕が顔を上げると彼はじっとこちらを見ていた。好奇心に満ちた声で彼は続けた。


「ここはどういう所? 人はあんまり見ないね」

「うん、山の奥だからあまり来ないんだ。元気な小さい人間はよく来るけど」

「山の奥かぁ。だから静かなんだね」

「あんたのいた場所はにぎやかだったの?」

「そうだね、街にいたから。あっち見てもこっち見ても人ばっかだったよ。君みたいなウサギは一度も会えなかったなぁ」


 あっちこっちに人間がいることが想像しにくい。でもきっと、ここと比べものにならないくらいにぎやかなんだろう。いいな、一回そういう所に行ってみたい。一応、山の麓に小さな村はあるけども人はそんなに多くない。小さい人間たちが遊んでくれるから嫌いじゃないけど、ちょっとだけ寂しい。たぶん、雪だるまの街とは程遠いものなんだろうな。


「でも、こういう静かな所も好きだよ」

「来たことあるの?」

「ここじゃないと思うけど。もっと雪が降っていたかな」


 色んな所に行っているのだろうか、雪だるまは色んな場所の話をしてくれた。街も山奥も、僕は到底行けそうにもない場所の話がいっぱいだ。どこにでも好きに飛び回ることのできる彼が、ちょっとばかり羨ましく思えた。素直にいいなぁ、と言うと雪だるまは複雑そうに小さく唸った。何かイヤなんだろうか。


「色んな所に行くのは楽しいよ。でも少し悲しいかな」

「どうして?」

「すぐにお別れしないといけないだろう?」


 雪だるまは少し拗ねたような、悲しそうな声で言う。ついて行けるのなら僕も一緒に行くのに。そう言おうとしたけど、少し考えてやめた。昔、白鳥に似たようなことを言ったとき「君は羽がないもの、ついて来れないよ」と断れたことを思い出した。じゃあ、何て言ったらいいのだろう。


「そうだ、ウサギ。まだ答えてもらってないよ、ここがどんな所か」

「さっき言ったよ。山の奥だって」

「僕が聞きたいのは春や夏のことだよ」


 教えてよ、と赤い目をキラキラさせている。春や夏だって、皆が起きて遊んでくれること以外何もないのに。それでもとりあえず話してみた。この辺りは桜の山になること、少しすると雨が沢山降って、雨が上がったらとても暑くなること。ムシがいっぱい出て来て、彼らも遊んでくれること。ただの普通のことなのに、彼は嬉しそうだった。


「なんでそんなに嬉しそうなの?」

「話を聞いているだけで楽しいからね。僕はどんなに頑張っても春や夏に生きることはできないから、こうして話を聞いて想像するのが好きなんだ」

「そうなの?」


 そう問うと彼は一つ頷いた。そして、だからいっぱい教えてよ、と明るい声で言った。まだ何かあっただろうか。

 その日から毎日僕は春夏のことをあれこれ彼に話した。僕ばかりが喋って面白くないんじゃないか、と思って彼に聞いてみたけど、彼は聞いているのが好きらしい。僕は彼が時々してくれる旅の話を聞くのも好きなんだけど。

 彼と遊んで過ごしていたら、徐々に皆が起きてくる時が近くなってきた。でも、雪だるまは少しずつ小さくなってきていた。僕より随分大きかった彼は、僕と殆ど同じ背になっていた。


「どうしてそんなに小さくなってきたの?」

「暖かくなってきたからね。もうすぐ帰るよ」

「突然なんだね」

「今回は随分長く居た方だよ。この前は一日しか居られなかったし」


 そっか、と小さく返事をする。最初にも、暖かくなったら帰る、と話していたから覚悟していたけども、やっぱり寂しい。お別れがイヤで俯いていると彼はいつもの調子で話し掛けてきた。


「楽しかったねぇ。こんなに毎日遊んでくれたの、君が初めてだったよ」

「だってひとりはつまらないから」

「ありがとうね」


 雪だるまが一つ礼を言う。僕も、ありがと、と聞き取れるかわからないくらいの声で言った。こうやって話しているときですらも、彼は徐々に小さくなっている気がする。僕よりも小さくなってきている。


「……またね」

「うん、じゃあまたね」


 彼はとうとう消えてしまった、赤い実のような二つの目を薄い雪の上にぽつんと残していなくなってしまった。僕は彼が残して行ったそれを咥え、家へと歩き始めた。



 あの子に話してあげるために色んな場所を巡った。あの子はどうやら人の子が好きみたいだから、積極的に街へ行って、僕を作ってもらった。海の近くに降った時には間違って海の中へ行ってしまったが、それはそれでとても楽しかった。また話してあげよう。

 あの子の居る場所はもうそろそろ雪が降るらしい。じゃあそろそろ僕はあの子の所へ遊びに行こう。沢山の土産話を持って、ふわりと雲の上から飛び降りる。子供たちが小さな雪玉を作って転がしている。僕も混ぜてもらおう。

 子供たちは前のときと同じくらい大きな雪だるまを作って帰って行った。そのとき、一匹のウサギがぴょんぴょんと飛び跳ねているのが見えた。僕に目を向けると、ウサギはぴたりと足を止めた。そして僕の方へ駆けだすと、お揃いの赤い目で見上げてきた。


「本当に来てくれたんだね!」


 ウサギは嬉しそうに飛び跳ねてくれた。覚えていなかったらどうしようかと思っていたから、何だかとても嬉しい。ウサギは、お話いっぱい準備しておいたんだよ、と嬉々として話し出す。僕も土産話持ってきたよ、と言うと彼はとても嬉しそうだった。

 ひとりぼっち同士の冬はまた楽しく過ぎていきそうだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 温かくて読みやすく、情景がすぐに想像できる文章だと思いました。 ウサギさんも雪だるまも素朴で親しみの持てるキャラクターでかわいいです。 けれど雪だるまといえば春のお別れがつきものですよね。…
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