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G  作者: こむぎ
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 小さい頃地球は真ん丸と知り何故南半球の人は地球から落ちないのか、と不思議に思った事があった。

宇宙から見れば上も下も無く、地球上の物は何でも地球の引力によって地球に引きつけられているので落ちない。地球から離れないのだと知った。

あたしの視界に広がる風景は全て地面に引きつけられている。酸素、海、街、心遣い。それぞれが乱れないように生活を淡々と送っているのだ。引力によって。

・・不思議。

質量の大小によって引き合う力の大きさは変わるが、二つ物体には必ず引き合う力が発生するんだもんね。

磁石でなくても引き合うのだからとても不思議。



クラスメートの篠崎君が1枚の古地図を見せてくれた。

生徒達の帰ったがらんとした教室は夏色の夕日で染まっていた。

錆びた欠片を集めたような古地図はひどく優しい夢のようで、

あたしは人生で初めての目眩を覚えた。


小学校4年1学期の終業式の朝、あたしはいつものようにクラスメートにいじめられていた。教室に入るとあたしの机が教壇の隣りにあった。

皆の冷たい視線を避けながら、机を引きずり元の位置へもどす。戻す途中でデリカシーの欠片もない担任教師が入ってくる。

デリカシーの欠片もない担任が言う「おい、土屋。何やってんだ?」

あたしは顔を上げられずにうつむいたまま「すっすっすっすいません。」そこここで失笑がこだまする。

あたしは物心ついたときから吃音に悩まされ続けている。

顔が火照り、なのに血の気が引いてゆく。それでも何とか机を戻し、着席した。空気が濁る。こんな事、日常茶飯事だ。

いつからだろう、あたしは心を働かせることを葬った。

窓側の席とも暫しお別れか。ま、でも明日から夏休みが始まる、当分ここへ通わなくていいんだ。何て事をグラウンドを見ながら何気なしに考えていた。デリカシーの欠片もない担任は、夏休みの連絡票の説明をしている。誰も聞いちゃいない。皆、明日からの予定に胸を躍らしている。

あたしは何の為に学校へ通っているのだろう。失笑される為?皆はあたしを道化師にしたいのか。いや、もうくだらない事を考えるのはよそう。あたしは明日から自由の身なんだ。

ホームルームも終わり、荷物を全て持って帰らなくてはいけない為、教室後ろのロッカーへ行くと、大量のゴミがあたしのロッカーに捨てられていた。体操着やらと入り交じってあったので分別するのにかなり手間取ってしまう。体操着を丸めランドセルに押し込もうとした時、一枚の紙切れが体操着に挟まっていることに気付いた。キレイに四つ折りされた紙切れだった。静かに広げてみると、それは手紙だった。

『土屋さんへ 話があるので夕方まで教室で待っていてほしい。 篠崎 』


・・篠崎クン?話?えっ?驚いたあたしの鼓動はみるみるうちにスピードを増していった。あたしは何故か慌ててその手紙をスカートのポケットに入れた。

篠崎クンがどうしてあたしに話があるのだろう。篠崎クンとは殆ど口を聞いた事がない。他のクラスメートとも元々喋らないあたしだけど、篠崎クンは皆と何かが違う。人をいじめたりする様なタイプではなく、近寄り難い雰囲気の人間だ。転校してきて半年そこそこだからなのか、どこか冷たく淋しそうでもある。怖そうでもある。そんな篠崎クンがあたしに何の用があるというのだろう。


あたしはランドセルを机の上に起き、席に座った。グラウンドに立つ銀杏の葉の小さな揺れを見つめながら、あたし自身も期待と不安に揺れていた。

ふと、思った。篠崎クンの指す夕方とは何時だろう。3時?4時?5時?今現在は正午。後どれくらい待てばいいのだろう。そんな事よりあたしは初めて他人から貰った手紙にドキドキしていた。窓からの景色、全てに意味があるように思え何処へでも飛べそうな予感さえしていた。

気付けば夕方4時半を回っていた。まだ篠崎クンの姿は見えない。やはりただのイタズラか?でも篠崎クンはそんな下らない事をする様なタイプではないし。

あたしは待った。ひたすら待ち続けた。お尻が痛くなり何度か席を立った。教室の端から端まで何歩あるか数えたりした。

お腹は空かなかった。朝御飯も大して食べていなかったが空腹は感じなかった。

誰も居ない何もない教室は全てが眠っているようで太陽だけが少し眩しかった。小さな声で少し歌ってみた。出来るだけ小さく歌った。

その時、廊下から足音が聞こえた。自分の世界にまみれていたので吃驚して一瞬、背筋が凍った。

足音が止まる。篠崎クンはあたしのすぐそばに居た。7時5分前だった。

「あ、遅くなってごめん。」早口で篠崎クンは謝った。

「ちょっと用が長引いて・・。」

「うん。そっそれで、なっ何?」

篠崎クンは急いでやってきたらしく、静かに呼吸を整えてる。あたしは唾を飲んだ。予想以上にゴクリと大きな音が響き渡り、思わず息を止めた。

しばらく沈黙が続いた。どれくらい続いたのだろう。あたしの心臓は真夏にも関わらずほぼ硬直状態で芯が冷えきっているようだった。陽に焼け果てたグラウンドの砂を背に寝そべりたかった。


「僕の伯父さんは政府の人なんだ、そしてお父さんは考古学者なんだ。」篠崎クンは言った。

「伯父さんとお父さんの内緒の話を聞いちゃったんだ。」篠崎クンは続ける。

「お父さんの研究論文にイギリス政府の都合の悪いことがあって、奈良にあるなにかの証拠をイギリス政府より先に見つけないとお父さんの命が狙われる可能性があったんだ。」篠崎クンは冷静に淡々と語っている。あたしは鳩が豆鉄砲を喰らった状態だ。

「で、その証拠を見つける為の地図を日本政府に渡したんだけど、お父さんはキーワードを教えなかった。イギリス政府もそれを解ってなくて、結局どちらも見つけられなかったんだ。」

篠崎クンの口調がとてもキレイな標準語なので、あたしは聞き惚れてしまった。去年初めて聴いたカーペンターズの歌声のようだった。酷くキレイで儚さをも感じた。

話の内容はあまり飲み込めなかった、と言うより理解し難かった。映画のようなストーリーだ。何だって?政府?証拠?イギリスってどこだっけ?

篠崎クンはランドセルから何かを取り出しながら続ける。

「この間、お父さんが僕に打ち明けてくれたんだよ、イギリスも日本も大人達は大切な何かを見失っているって。宝物とは自由な心なんだって。」

「もう危険はなくなったから、お前が探せってコレを貰ったんだ。」

と言いながら篠崎クンは、琥珀色の古地図をあたしに差し出した。





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