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「……うん、やっぱあれだな。インパクト前面に押し出そうとしたら失敗したな」
『そもそも樽から出てきて登場とか。どこぞのゴム人間か貴様は』
「しまった既出か。ていうかオメェ喋ってていいの?」
『やべ』
樽の欠片を周辺に散らかして、敵陣真っただ中でコントを広げる一人と一本。傍から見たら、樽から出てきた男が、どこからか聞こえる謎の声と、意味の分からないやりとりをしているという意味不明な展開。当然、周辺にいる男達はしばらく呆然とした。
「フ、フグ……!?(君は……!?)」
唯一、その存在を知っているアルスだけが、樽から出てきた龍二に目を見開いて驚愕する。それを見た龍二は、おお、と声を上げて手を振った。
「ようアルス。なんか変なことんなってんな。手ぇ貸そうか?」
「……!!」
この状況見て何脳天なこと言ってんの!? みたいなことを言おうとしたが、猿轡をされていて意思疎通ができない。
その間、いち早く正気に戻った頭が、突然現れた第三者に驚き、戸惑った。
「な、なんだテメェは!?」
「なんだテメェはってか!? そうです、私が、樽人間龍二です!!」
変なおじさんのノリで応える龍二。樽人間ってなんだ樽人間って。
「こ、この……ふざけやがって!」
「いや結構真面目。あ、そういやさ。なんか牢屋っぽいところでめっちゃたくさん女の人やガキんちょがいたから適当に逃がしちまったんだけど、よかったか?」
「はぁぁぁぁっ!?」
クイッと親指で部屋の外を差した龍二に、盗賊達に動揺が広がった。
「テメェ! なんてことしてくれやがる!!」
「いやぁなんてことっつってもよ。何でここにいんのか聞いてみたら半べそかいて『助けてください』っつーもんだからさぁ。なぁ? こう、俺の中にある良心的な何かが刺激された的な……まぁいいじゃん、過ぎたことだし」
「それはテメェが言うセリフじゃねぇだろ!!」
ごもっともである。
「この野郎、ふざけた事しやがって!!」
「生きて帰れると思うなよ!!」
怒り心頭、殺気を漲らせた盗賊達は、先ほどの宴会ムードを打消し、再び得物を構えて龍二を取り囲んだ。
「ングッ、ングーッ!」
猿轡をされ、両手を抑えられたアルスは、龍二に向かって必死に何かを叫ぶ。龍二はそれをチラリと見て、後頭部を掻いた。
「んー、まぁ何にせよだ」
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
盗賊の一人が、龍二に迫る。その手に持っているのは、少し錆の浮いた短剣。
「アチョ」
―――パッキーン
その短剣を右の手刀で手首ごとへし折った。
「ギャアアアアアアグベッ!?」
絶叫を上げる途中で腹を蹴り飛ばされ、数人巻き添えにして吹っ飛んだ。
「……さて」
その光景を目の当たりにし、浮き足立つ盗賊団。それを尻目に、龍二は両手をだらりと下げ、指を曲げたり手首を捻ったりして骨の音を鳴らした。
「とりあえず、そこにいるアルスを傷つけてくれてありがとう」
笑顔で礼を述べる龍二。だが、その額、両手には血管が浮き出ていた。
「これで心置きなく……」
そして、姿を消した。
「なっ、消え」
―――ボゴォンッ!!
「テメェらに地獄見せてやれるわ」
盗賊の一人の背後に回って殴り飛ばし、凄惨な笑顔で殺害宣言をかます。
ここから、龍二の龍二による龍二のための“宴会”が幕を開けた。
* * *
アルスは、自分が見ている光景が理解できなかった。
今まさに、盗賊の頭の慰み者にされそうになっていたところ、突然樽が現れて、その樽から朝のうちに森の出口で別れたはずの青年が現れ、またもや意味のわからない言動で周りを混乱させて、そして、
「ハイヤーーーーー!!」
―――ドカボコバキィッ!
「「「あぎゃあああああああああああ!?」」」
盗賊団に、一人で渡り合っていた。
今も一度に三人の男を跳び蹴りで吹き飛ばし、その後ろにいた数人の男達も巻き添えにしてまとめて倒している。それも、素手で。腰に下げた剣は飾りだと言わんばかりに、手と足だけで武器を持った盗賊団相手に、対等以上に戦っていた。
背後から迫ってきていた槍を持った男も、体を半回転させて余裕で避け、さらにその槍を引っ掴んで持ち主ごと持ち上げてそのまま思い切り床に叩き付けてうちのめしたり。
剣を振りかぶって襲い掛かってきた敵の剣を両手で刃を挟みこむように受け止めて強引に奪い取り、持ち替えてから剣の腹で男の頭を「メーン! メーン! メーーーン!!」と妙な掛け声と共に三連打。音からして相当な衝撃を受けた男はそのまま昏倒。
挙句の果てには部屋の左右に設置してあった長テーブルを、相当な重量があるにも関わらずに蹴り上げ、くるくる回転する長テーブル目掛けて足を引いたかと思うと、勢いよく蹴り飛ばした。長テーブルは男達にとって勢いよく迫ってくる壁となって吹き飛び、テーブルと岩の壁に挟まれて意識を飛ばす。
豪快。その一言に尽きる。一つの攻撃で数人を吹き飛ばし、一度避けたらかならずカウンターを食らわせる。さらにその一つ一つの行動に無駄がなく、他の男達も攻めあぐねており、勇気を振り絞って攻めたところで返り討ち。
さらに、青年に浮かぶその顔は余裕そのものだった。剣が頭上目掛けて振りかぶられたとしても、眼前に斧の刃が過ったとしても、槍が突き刺さるギリギリの瞬間でも、全く焦ることはない。全て予定調和であるかの如く、いなし、反撃し、そして吹き飛ばす。
その光景を見て、アルスは思う。
圧倒的。これほどこの光景にふさわしい言葉はないだろう。
それに対し、自分はどうだろうか。毒によって痺れて動けない体に、猿轡をされ言葉を発することもできない。さらには両腕を男二人に取り押さえられ、例え今痺れが抜けたとしてもどうすることもできず、こうしてただただ青年が戦っているのを眺めていることしかできない。
気分はさながら、捕らわれの姫を救いにきた主人公の如く……一瞬、そう思った時に脳裏からその光景を打ち消した。
自分は、そんな柄じゃない。そもそも、助けなど不要だし、助けなんて来るはずがない……そのはずだった。先ほどまでは。
なのに。
「アチャ!」
「ぐへっ!?」
「ハチャ!」
「がはっ!?」
「オチャ!」
「ぎゃあ!」
「リョクチャ!」
「ぐあぁっ!?」
「ウーロンチャ!」
「ぶはっ!?」
「ゴゴティー!」
「いやチャ消えてんじゃぎゃあああああ!?」
(何で……ボクなんかを……)
一方的な蹂躙を繰り広げる青年に、アルスはただただ、そう疑問を感じずにはいられなかった。
* * *
「ふっ!」
―――ドムッ
「げぶぁっ!」
力強い踏み込みと共に、背中からの体当たり。中国拳法の代表的な技の一つ、鉄山靠が男の体に炸裂。大きく吹き飛ばされた男は、壁におもしろいようにめり込んだ。
「いやぁ中国拳法を通信教育で習ってた甲斐があったぜ」
そんなもんを通信教育で習うな。
そんな感じで、だんだん楽しくなってきたのか、うきうきという擬音がつきそうな程に上機嫌な顔で戦う龍二。頬に血が付いていたり拳と足に血が付いていたりと色々とヤバいのにそこで上機嫌になるともう悪魔にしか見えない。現に数も残すところ僅かになってきた盗賊団も、そんな龍二を見てすっかり及び腰になってしまっている。中にはへたり込んで股間が濡れてる者もいた。
「じゃあこのまま一気に」
言いかけ、突然の殺気に龍二は即座に反応した。
―――ガギィンッ!
右腰に差したエルの柄を逆手で持って鞘から引き抜くと同時、背後から迫る鈍く光る両刃の剣がエルの刃にぶつかり、火花を上げた。
「よっと」
エルを振るい、襲撃者を弾き飛ばす。距離を離して、不意打ちをかましてきた相手を見据えた。
「チッ、仕留め損ねたか」
襲撃者は、盗賊団の頭。大柄な体に見合う長大な剣を手にし、歯をむき出しにして龍二を殺意でギラつく目で睨みつけた。
「おおっと、ここで真打登場っすか。さっすが迫力がちげぇな」
逆手に持っていたエルを回転させて順手に持ち替え、切っ先を頭に向ける。
盗賊団一番の実力者の頭と、並み居る男達を軽く薙ぎ倒した龍二がそれぞれ武器を手に取ったことにより、元々逃げ腰だった他の盗賊達は、さらに距離を離して巻き添えを食らわないようにした。
「やっちまえ頭ぁ!!」
「野郎をぶっ殺せえ!!」
だが、一番の実力者である頭の勝利を信じ、男達は野次を飛ばした。
「この野郎、どこまでもふざけた事言いやがって……おまけに俺らの夜の楽しみを奪いやがって……!」
「夜の楽しみ?」
怒れる頭の言葉に、龍二はきょとんとした顔をする。夜の楽しみと聞いて、龍二は真っ先にある物を思い浮かべた。
「……まぁ、確かに夜に食うラーメンはうまいからなぁ……わかるわかる」
うんうんと頷く龍二。バカだった。
「因みに俺は夜食のラーメンは何でも好きだが、特に好きなのはチャルメラだ」
誰もそんなこと聞いてない。
「……本気で殺されてぇらしいなテメェ……!」
「何故キレるし。ラーメンうめぇだろうが」
顔から腕まで血管を浮き上がらせて、獰猛なオオカミの如く犬歯を剥き出しにしてブチ切れた頭に、龍二は心底わからないとばかりに言い捨てた。
そして、何かがブツンと切れる音がした。気がした。
「コ ロ ス ! !」
雄叫びを上げ、剣を手に突撃をしてくる頭。龍二はそれを、エルを片手に迎え撃った。
「フンッ!!」
「ほっ!」
―――ガァンッ!!
鳴り響く金属音。剣と剣がぶつかり合い、衝撃が部屋中に響き渡る。少しの膠着の後、剣を振るって少し距離を離した頭は、再び剣を振りかぶって迫った。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
一撃、二撃、三撃。縦横無尽に振るわれる、豪快にして繊細な斬撃。対し、龍二は重いはずの一撃を、エルの刃の上を滑らせるようにして悉くをいなしていく。
どの攻撃も、急所を的確に狙った、掠めただけで致命傷になりかねない危険な攻撃。それに臆することなく、龍二は片手でエルを持ち、受け流し続ける。
「っらぁあ!!」
豪快な横薙ぎ。それを龍二は受け止めることはせず、その場から飛び上がって空中で一回転。空中宙返りの要領で薙ぎ払いを回避と同時に距離を離し、エルを再び構えた。
「うおおおおおおおおおっ!!」
「うわ、はえぇ」
が、頭は休憩もさせぬとばかりに再び迫る。大上段からの一撃をエルを横にして受け止め、つばぜり合いに持ち込んだ。
「ギイィィィィィィィィッ!!」
「……ふむ」
憤怒で顔を歪めて歯を剥き出しにして、龍二を押しつぶさんと全体重を乗せてくる頭。だが、龍二はそれを涼しい顔をして軽く耐える。
「野郎……! 細い剣の癖に折れやしねぇ……!」
「まぁな。俺の相棒だしっと!」
「ぐぇっ!」
軽く、といっても龍二にとって軽くであって、相手にとっては大槌で殴られたような衝撃が込められた蹴りを食らって強引に離される頭。エルをヒュンヒュンと回し、先ほどと同じエルを突き出すような構えを取り、その場から動かない龍二。
(こ、こいつ……!)
それを見て、頭は確信する。目の前の男は、真剣に戦ってなどいないということを。
(遊んで……やがる!)
一撃に重きを置いた戦い方をする頭と、それを揺れるような動きで全てを捌いていく龍二。さらには、先ほどの蹴りで痛感した、凄まじいまでの威力の蹴り。口の端から流れ出る血を拭い、頭は剣を構え直した。
(正攻法じゃ勝てねえ。こいつは……次元が違う!)
今まで国から派遣された騎士や兵士を相手取り、全てに勝利してきた。だが、そのいずれもの相手さえも、目の前に立つ男の実力には遠く及ばない。今は遊んでるような動きでこちらを挑発しているが、いつ本気で殺しにかかるか、わかったものじゃない。
(……だがまぁ、俺には奥の手がある)
だが、そんな相手に対し、何の対策も取っていない訳がない。先ほどの勇者のように。
チラリと視線をやると、梁の上で気配を殺しつつ、弓矢を番えている部下がいる。その矢の先には、龍二が剣を構えた状態で立っている。完全に気付いていない様子だった。
(当たれば即死、掠っただけでも麻痺毒で動けなくなる……その瞬間が、テメェの最後だ!)
勇者すらをも防げなかったこの策略。頭は勝利を確信していた。
「―――っ!! ――――っ!!」
唯一、頭の切り札を把握しているアルスが、龍二に警告を飛ばそうとする。だが、硬く結ばれた猿轡の前に、くぐもった声しか出なかった。
「何だ? 来ねぇの?」
エルを持ち、くいっくいっと振って挑発する龍二。だが、頭は悔しげな顔をし、内心ではほくそ笑んだまま、じりじりと距離を離す。先ほどまで野次を飛ばしていた周りの男達も、頭の予想以上の苦戦を目の当たりにして固唾を飲み、誰もが沈黙して静寂が部屋を包む。
その間、キリキリと小さな音をたてて、梁の上で弓を構える男。真っ直ぐ、確実に当てるために、全身系を研ぎ澄ませる。
「……よーし、来ないならおいちゃん突っ込んでっちゃうぞー」
足に力を込め、頭目掛けて飛びかかろうとした。
「今だ!!」
頭が叫び、そして梁の上から矢が放たれ
「とぅ!!」
る寸前に、体を捻った龍二が天井目掛けてエルを投げつけた。
「ぐあぁぁっ!?」
弓を両断され、エルの切っ先が男の腕の付け根部分に深く突き刺さる。驚き、痛みに呻く男は、そのまま頭から梁の上から落下。積み重なって気絶している他の盗賊仲間達の上に落ち、衝撃で気絶した。
「どんぴしゃ!」
グッ、と小さくガッツポーズを取る龍二。
龍二が背後の伏兵に気付いた理由。それはひとえに、弓を引き絞る音を聞いた以外に他ならない。
先ほどまで、周囲は盗賊達の野次が飛び交っていた。戦っている時も、気配を消すのがうまい伏兵に、さすがの龍二も気付かなかった。
気付いた時、周りの盗賊達は固唾を飲んで勝負の行方を見ていたおかげで、部屋一帯は静寂に包まれていた。しかも、激しく戦っている時ではなく、息を整えている間に弓を引かれた。
それでも、決して大きくはない、小さな音。龍二の耳は、それを聞き取った。
これが、吹き矢やクロスボウ、あるいは拳銃であれば、目の前にいる頭に集中していた龍二も気付かなかったかもしれない。
つまるところ、この切り札を使うにあたっての決定的なミス。それは、武器の選択を間違えたということだった。
「なっなっなぁっ……!?」
そんなことを考えもしなかった頭は、切り札である麻痺毒を封じられ、攻めるのを忘れて狼狽する。それを見逃すほど、龍二は甘くない
一足飛びで飛び込み、空いた右手を大きく後ろへ引いて、青い闘氣を込め、そして、
―――龍 閃 弾 ! !
十八番の技である龍閃弾を、その間抜け面に叩き込んだ。
無防備のまま殴られた為、禄な受け身も取れずに、自身が座っていた椅子の背もたれに背中から叩き付けられ、そして椅子ごと壁まで吹き飛ばされ、そして深くめり込んだ。壁の石の欠片と椅子の破片、そして頭の折れた歯、血液が舞い散る。
凄まじい打撃音と衝撃波によって、しばしその場の時間は停止したかのように全員硬直。少ししてから、殴り飛ばされたことで頭の手を離れて宙を舞っていた剣が落下し、金属質の音をたてた。
「……さてっと」
殴ったままの姿勢を直し、龍二はパタパタと服の埃を払う。そして、ぐるりと回りで呆気にとられている男達を見回して、ニヤリと笑った。
「まだやるか?」
その一言。たった一言で、盗賊団は戦意を完全に喪失させる。その証として、その場にいた意識のある盗賊全員が、武器を投げ捨てて激しく頷いた。
好き勝手に暴れ回り、欲望の限りのまま他者を蹂躙してきた盗賊団。その末路は、あまりにも呆気なく、誰の目から見ても哀れな物だった。
無理矢理感があると自分でも思ってたりします。
でも私の足らない脳みそではこれくらいの描写しか思いつかんとです。
悔しいです。
だ が 直 さ ぬ
あ、次で第一章完結です




