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勇者以上魔王以上 ~Another Parallel World~  作者: コロコロ
勇者と出会う
5/7

『奴らはこの村から西へ向かいました。あそこには鉱物が採掘され尽くされてそのまま放置された、古い炭鉱があります。連中がアジトとして利用するなら、恐らくそこでしょう。どうかお気をつけて……』




 村長から指示された場所へ向かって約3㎞の距離。アルスは目的地へ近づくと、素早く近くにある草むらに身を低くして隠す。そして、気配を殺しつつ、そっと顔を出して洞窟を見やった。

 崖のように切り立った場所に、ぽっかりと口を開いているかのような穴が、岩肌に開いていた。そして、その入り口の両脇を陣取る形で、薄汚れた鎧を着た粗暴な印象の男達が、それぞれ槍と斧を手にして立っていた。


「はぁ~あ。暇だなぁ……」


 入り口を警備している盗賊の一人が、欠伸まじりに呟く。それに呼応し、斧を持った男が頷いた。


「だよなぁ。さっさと夜になってくんねぇかなぁ」

「つってもよぉ、ようやく昼になった頃だぜ今? 頭も何考えてんだかなぁ」

「全くだ。村から奪った食い物や女たちをすぐに味わわないで、夜になってから祝勝会って名目でやっと解放されんだろ? 面倒くせぇよなぁ」

「そうそう。お預けくらった気分だぜ。さらってきた女どもなんか、すぐにヤっちまえばいいってのによぉ?」

「まぁ、我慢した分、ヤった時の気持ちよさは半端ねぇっていうのも否定できねぇけどな」

「そりゃまぁ、言えてるな。ていうか、それ言うのやめろよ。俺昨日から女抱いてねぇからどうにかなっちまいそうなのによ」

「俺だって同じだよ。あ~あ、早く抱きてぇ」


 繰り広げられる、下卑た男達の欲望に塗れた会話。それを間近で聞いているアルスは、激しい嫌悪感に襲われる。


(欲望をぶつけるしか能のない獣が……)


 だが、一つわかったことがある。二人が言っていることが本当なら、恐らくまだ女性たちは無事なのだろう。うまくいけば、最悪の事態は避けれそうだ。


「さて、それじゃあ……」


 アルスは、一呼吸整え、草むらから立ち上がった。そして堂々と洞窟へ歩み寄る。


「……あん?」


 ボーっとしていた見張りの男が、自然な動作で歩み寄ってくるアルスを見て、眉をしかめたが、すぐに茫然とする。

 中性的な顔立ちのアルスのその立ち振る舞いは、動き一つ一つが美しく見える。整った顔立ちと雰囲気が相まって、この場には似つかわしくない、ある種のギャップが生まれていた。

 見惚れていた男達は、すぐそばまで歩み寄ってきたアルスに気付いて正気に戻り、慌てて得物を構えて威嚇する。


「おい、止まれ!」


 武器を向けられ、アルスは立ち止まる。武器の切っ先を眼前に突きつけられて尚、アルスは無言を保っていた。


「どこの誰かは知らねぇけどよ、ここは立ち入り禁止だ」

「ガキはとっとと回れ右して帰れ。邪魔だ」

「…………」


 威嚇され、それでも尚、真っ直ぐ男達見て視線を外そうとしないアルス。怯える素振りすら見せないアルスに、男達は業を煮やした。


「おい、聞いてんのか! さもねぇとぶっ殺」




 ―――シュンッ




「してや……え」


 言いかけた男の視界は、宙を回った。最期に見たのは、頭部を失った首元から血を噴き出して膝を着く死体……もとい、自分の体だった。


「て、テメ」


 突然の事態に狼狽える槍を持つ男に、アルスは容赦なく剣を振るう。木製の柄の槍は半ばから両断され、そして傷だらけとはいえど、鎧としての役割を果たすはずだった革製の鎧も斜めにばっさりと割られ、その肉体を守ることもできずに役目を終える。一拍遅れ、肩から腰まで切り裂かれた男は、叫ぶ暇すら与えられずに仰向けに倒れ、絶命した。


「……フン」


 アルスは剣を振るい、血を払い飛ばす。見張りを一瞬で屠ったアルスは、死体に興味を失ったかのように視線を外し、暗い洞窟へと足を踏み入れた。





 その背後。アルスの背中を見つめる影がいるとも知らずに。





*  *  *





「ガッハハハハハ!! 思った以上に大収穫だったなぁ!」

「ですねぇ! まさかあんな寂れた村に、たんまりと食糧があるとは思いやせんでしたぜ!」

「しかも女は殆どが上玉! こりゃぁ楽しんだ後も奴隷として売り払ったら大儲けできやすぜ!」


 炭鉱の奥。壁にかけられた数本のたいまつを照明としている一際広い部屋に、何十人もいる柄の悪い男達が、二つ並んだ長テーブルに腰かけ、手に木製ジョッキを掲げて上機嫌に笑っていた。

 そして部屋の奥まった場所に陣取る、一際目立つ服を着込んだ男。両目にX字型の切り傷をつけた、角刈りの髪をした男は、周囲にいるどの男よりも大柄で、引き締まった筋肉をしていた。背もたれつきの装飾が施された椅子に座り、その手には他の盗賊団員が持つ木製ジョッキではなく、どこからか奪い取った金属製のジョッキを掲げている。


「けどよ頭ぁ! 夜まで女抱いたらいけねぇってのはさすがにつれぇぜ!」

「そうだ! 俺もう下半身が疼いてしょうがねぇよ!」


 頭と呼ばれた大柄の男は、手下の男達に言われてフンと鼻を鳴らした。


「バカ野郎、わかっちゃいねぇなぁテメェら。楽しむったって大事な商品だぜ? しっかり吟味してからでも遅かねぇだろう?」

「で、でもよぉ……」

「安心しやがれ、何も抱くななんて言っちゃいねぇ。我慢しろって言ってんだ。我慢した分、抱いた時の気持ちよさはオメェら皆知ってんだろ?」


 ニヤっと笑う頭に、盗賊達は下品な笑い声を上げた。


「ちげぇねぇ! 寧ろ俺ぁ楽しみは後に取っとく主義だからな!」

「へへ、夜が待ちきれねぇぜ!」

「ギャハハハハ! なぁに、時間なんてあっという間だぜ! 夜は村の連中が献上した食い物と女で、祝勝会と行こうや!」

「まったまたぁ。献上なんて上手いこと言いやがるぜ頭は!」


 再び男達の下卑た笑い声が、部屋だけでなく、炭鉱中に大きく響き渡った。





「残念だけど、あなた達に夜が訪れることはないよ」





「……あん?」


 場違いなまでに、澄んだ声が聞こえて笑い声が止まる。


そこから数瞬後、部屋の出入り口である扉の中央から、血に塗れた刃が突き出された。


「なっ!?」


 誰かが驚き、戸惑う声を上げる。その直後、扉が横へ開く……ことはなく、蝶番が破壊されて、ゆっくりと部屋の中へ倒れ込んできた。

 ズシンと砂埃をたてながら倒れ込んだのは、扉に張り付けられたかのように密着した状態で事切れている、小柄な男。顔は驚愕で歪み、腹からは大量の血液が溢れ出ている。


 それを踏み越える形で、声の主がゆっくりとその全貌を露わにした。


 白銀の胸当てと手甲をたいまつの炎で煌めかせ、サラリとした緑髪を揺らす人物。その手に持った、汚れを毛嫌いするかの如く、血に汚れていない神々しい光を放つ剣。

 その人……アルス・フィートは、澄んだ緑の瞳を真っ直ぐ、盗賊団を束ねる頭の男を見据えた。


「……なんだテメェは」


 突然の闖入者に、頭は鼻を鳴らしてから眉を歪める。周囲の男達は、慌てて武器を構えた。


「ボク? ……ボクは」


 スッと、手に持った聖剣を持ち上げ、その切っ先を頭へと向けた。




「通りすがりの……勇者だよ」




 小さく笑い、名乗る。それを聞いて、盗賊達の間にどよめきが走る。


「ゆ、勇者!?」

「何でこんなところに……!?」

「おいおい、聞いてねぇよ……!」


 混乱する盗賊達。だが、頭はゆっくりと息を吸うと、


「狼狽えんじゃねえ野郎ども!!」


 叫び、空気を震わせた。頭の怒鳴り声に狼狽えていた男達は、平静を取り戻す。


「相手が勇者だろうが、この人数だ。囲んで袋叩きにしちまえばいい! ふん縛っちまえばこっちもんだ!!」


 頭の怒声に、盗賊達は完全に余裕を取り戻し、ニヤニヤ笑いながらアルスを取り囲んだ。


(……チッ)


 混乱してる隙をついて殲滅するつもりだったが、そうもいかなくなった。思った以上に、あの頭は盗賊を束ねるカリスマ性があるらしい。


 最も、やることには変わりはない。


「……言っておく」


 聖剣を両手で持ち、正眼に構える。周辺に展開する盗賊達を睥睨し、アルスは言う。




「ボクは……悪人には優しくないから」




「うおおおおおおおおおお!!」


 言った瞬間、アルスの手近にいた盗賊が叫びながら手斧を振りかぶって襲い掛かる。それを半歩横へ移動するだけで避け、すれ違い様に胴体を斬り割る。

 それを合図にするかのように、盗賊達は一斉に襲い掛かってきた。

 正面から来る敵の顔面を割り、同時に背後から迫りくる斧による横薙ぎの攻撃を姿勢を低くして避ける。そのまま体を半回転させ、勢いをそのままにして剣を振るい、斧を持った敵に両腕を斬り飛ばした。持ち主を失った斧は、斬り飛ばされた衝撃で宙を舞う。そして落下地点にいた不運な盗賊は、脳天から首にかけて斧の刃に割られ、絶命した。

 腕を斬り飛ばされて泣き叫ぶ男を突き殺し、アルスはさらに迫る男達を迎え撃つ。右から来る敵は首を刎ね飛ばし、左から来る敵の心臓を突き殺し、最後に正面から来る敵の股間を蹴りあげて怯ませてから頸動脈を切り裂いた。


「う、うわあああああああああ!!」


 血を見て恐慌状態に陥った一人の盗賊が、剣を振り上げてアルスに迫る。アルスは剣が振り下ろされる寸前、その剣目掛けて剣を振り上げる。ろくに手入れもされていない鉄製の剣が、勇者が持つ聖剣に敵うはずもない。呆気なく叩き折られ、茫然とする敵の首をアルスは掴み、へし折った。


「所詮数だけの存在か……他愛ないね」


 冷酷に言い放ち、構えらしい構えを取らずに立つアルス。その足元には、幾人もの盗賊の死体が横たわっている。

 一瞬にして仲間達を殺してみせたアルスに恐れをなし、動こうにも動けない盗賊達。その間、頭はいまだ椅子に座っており、余裕を見せている。


「ほぉ? さすが勇者様だ。その腕、どうも本物らしい」


 ニタニタと笑い、アルスを挑発する。アルスはそれに対し、特にリアクションを起こさないまま、切っ先を頭へ向けた。


「諦めろ。あなた達に勝ち目はない。村から奪った資源と女子供を解放しろ」

「はっ! やっぱ勇者様は村の連中に依頼されて来たか! そんなこったろうと思ったぜ!」


 どこまでも余裕の表情を消さない頭の声は、アルスの神経を逆なでさせた。


「……いい加減にしろ。お前達がどれだけ束になっても、ボクには勝てない」

「だろうなぁ……確かに、アンタの腕は本物だよ」


 頭は小さく笑い、アルスを見る。



 ふと、アルスの背筋に悪寒が走った。



「っ!」




 ―――ヒュッ!




 咄嗟に首を傾けると、アルスの頬を何かが掠めた。

その何かの正体は、地面に突き刺さる一本の矢。そして振り返って見上げると、高い天井を支える梁の上から、盗賊の一人が弓を手にしているのが見て取れた。


「不意打ちか……けど、残念だったね。少し遅かったようだよ?」


 右頬に赤い線が入ったが、このような怪我は、アルスにとって痛みのうちに入らない。余裕を崩さず、頭に言った。

 不意打ちを避けられ、打つ手を失くした頭は、





醜悪なまでに顔を笑顔で歪めていた。





「掠ったな?」

「何?」





 その瞬間だった。





「っ!? あっぐ……!?」


 途端、視界が揺らぐ。掠めた頬から熱が発せられると同時、アルスの全身に、電流を流されたような痺れが走った。

 全身の神経を侵すように広がる痺れは、突然の事態に対処できないアルスの手から聖剣を取り落させた。


「っ……! な、何を、した……!」


 突然の体の異常に、アルスは痺れて体の自由が利かない中、どうにかして顔を上げて苦悶に歪んだ顔のまま頭を睨む。対し、頭は笑顔を消さないまま、大口を開けて笑った。


「ギャハハハハハハッ!! さすがの勇者様も、パラライニードルの毒には抗えなかったようで!!」

「……っ!!」


 パラライニードルと聞き、アルスは悔しさに歯を食いしばる。

 この世界の南に広がる、広大な砂漠大陸。そこに住まう、一匹の小型サソリ。それがパラライニードル。

 白い甲殻に覆われ、尾に鋭い針を持つそのサソリは、獲物を見つけるとこっそり後ろへ周り、尾の毒針を突き刺す。刺された獲物は逃げようとするも、その毒の即効性から、逃げることも叶わずに、全身の神経を毒に侵されてしまい、パラライニードルの餌となってしまう。

 それは、相手が昆虫だけでなく、哺乳類も、大型の魔物でさえ痺れて動けなくなると言われている。

 それはつまり、人間にも効果は抜群であることを示していた。


(クソッ! 完全に油断した……! こんな物を隠し持っていたなんて!)


 意地でも聖剣を拾い上げようとするも、痺れは足の神経すらをも侵し、思わず膝を着く羽目になった。もはや今のアルスには、体全体を震わせる以外の行動をすることができない。


「おやおや、勇者様ともあろう方が、私達のような下賤な者どもに膝を着いておられるぞぉ?」

「いやぁいい眺めだなぁ!」

「クゥッ……!」


 盗賊達から湧き上がる笑い声。形勢逆転したことにより、仲間をやられたことによる恐怖は拭われ、余裕を取り戻した男達に対し、アルスは全身の痺れと格闘するかのようにもがく。


「よーしオメェら、勇者様の体抑えとけ!」

「へい!」

「なっ……!」


 頭が手下達に命じと、すかさず左右から二人の男がアルスの腕を掴み、拘束する。


「頭ぁ。何するつもりで?」


拘束している男の一人が、頭に向かって問いかける。頭はその問いに答えず、椅子から立ち上がり、歩き出す。


「へへ、なぁに。すぐわかる」


 言って、頭はアルスへ歩み寄る。頭が進んだ先から、盗賊達が左右に移動し、さながらモーゼの如く道を作っていく。


「なぁ、勇者様。俺のやり方がわかったろ?」

「…………」


 答えず、ただ頭を睨むアルス。頭はゆったりとした動作で近寄り、やがてアルスの眼前まで来た。


「ご覧のとおりよ。俺は勝つためなら手段を選ばねえ」


 しゃがみこみ、アルスに顔を近づける。ニタリとした笑顔で、アルスの澄んだ緑色の眼を覗き込んだ。


「まぁ過去にいろいろあってな。昔は城に仕えていた兵士だったんだが……まぁんなことはどうだっていい」


 笑い、アルスの顎を掴み、引き寄せた。臭い息を吹き付けられ、嫌悪で顔を背けようとするも、痺れで力が入らないのと、傷だらけで節くれだった手で強引に向きなおされた。


「そんでまぁこうやって色々と悪さしまくってなぁ。物も奪ってきたし、女だって数えきれない程抱いてきたわけさ。そのおかげかな? 一つ特技を身に着けたわけよ」

「……何が言いたい」


 長々と無駄話をする頭に、せめてもの反抗にと、アルスは強気な口調で聞き返す。それが愉快でたまらないとばかりに、頭はさらに笑みを深くした。


「へへへ、つまるところだなぁ……臭いでわかるんだよ」

「臭い……?」

「ああ。今まで俺は数多くの女を食ってきたが……わかるようになっちまったわけさ」


 一泊置き、アルスの耳元に口を寄せた。




「初物の女かってことがなぁ?」

「っ!」




 囁かれ、アルスの体は硬直した。傍で話を聞いていた男の一人が、声を上げる。


「マジかよ!? 勇者は女だってよ!!」

「しかも初物だ! こりゃすげぇな!!」


 下卑た歓声が上がる中、頭は笑い声を上げた。


「ガハハハハ! おいオメェら! 勇者様の鎧を外せ!! おっと、ベルトは切るなよ! 売り物にならなくなっちまうからなぁ!」

(ち、チクショウ……!)


 盗賊達の手が伸びる中、アルスは自分に降りかかるであろう不幸を想像し、震えた。



 忘れかけていた、恐怖によって。





*  *  *





 同時刻、炭鉱のとある区画。

 盗賊達の手によって改造され、鉄格子が設けられたその部屋。部屋には、小さな丸テーブルに置かれたランプに照らされながら、椅子に座って欠伸をかます盗賊の男。

 鉄格子の内側は光が届かず、暗闇が広がっている……が、中から数人の啜り泣く声が聞こえてくる。


「あ~あ……暇だなぁ」


 背もたれに体重を乗せながら、鉄格子を見やる。

 暗闇の中に薄らと映るのは、何十人もの女性と子供の姿。奥行きのある牢屋の中で、鎖に繋がれた状態で、半ばすし詰め状態で押し込められていた。

 村から浚ってきた女子供達だった。最初の頃は泣き喚いたりしていたが、時間が経つにつれてそんな体力もなくなってきて、やがて恐怖から啜り泣くくらいしかできなくなっていった。


「……しっかし、頭もケチだなぁ。夜まで待てとか、俺はそこまで辛抱強くねぇってのに……」


 言って、手元にあった酒瓶を手に取り、ビンのまま一気に呷る。

 頭の命により、どの女性も誰も『味見』をしていなかった。夜まで溜めに溜め、精神がイカれない程度までヤる。それが頭のやり方だった。

 だが、男はそんなの我慢するのが苦痛だった。女たちを見張るこの仕事が、それに拍車をかける。目の前にうまそうな肉があるのに、お預けくらった犬のようだ。


「はぁ……早く夜になんねぇかなぁ」


 ため息をつき、椅子を揺らしながら呟く。なんとなしにしばらくそうしていたが、ふと動きを止めた。


「……ていうか、見つからなかったら別にいいんじゃねぇか?」


 何も律儀に守る必要はなく、誰にも見られなければ、自身が先に『味見』してもいいんじゃないだろうか。そう思い、男は部屋の唯一の出入り口である扉に目をやる。内開きの扉で、物を置けば動かなくなるだろう。

 そう思うや否や、手早く動く。まず、扉の脇に置いてあった、備蓄庫からあぶれた、乾物系の食糧が入った木箱を扉の前まで押し出す。結構な重量があったが、少しすれば扉を塞ぐ形で、木箱がそこに鎮座することになった。


「へへ、これで大丈夫……さてっと」


 チャリンと金属同士がぶつかる音をたてながら、懐から鍵束を取り出す。テーブルの上のランプを手に取ってから、鍵のうちの一つを、牢獄の鍵穴に差して回した。

 軋む音をたて、鉄格子の一部が開く。それを見た囚われた女性たちの数人から、恐怖から小さい悲鳴が聞こえてきた。

 それを無視し、男はランプをかざして女性達を見回す。若い村娘や妙齢の人妻、幼い子供……男にとって、まさに目の前にいるのは人間ではなく、極上の肉そのものだった。


「よし」


 やがてそのうちの一人に目を止め、男はその女性の前まで行く。見咎められた若い女性は、一瞬何のことかわからなかったが、すぐに何をされるか気が付き、恐怖した。


「い、いや……!」


 恐怖に顔を歪め、座り込んだまま後ろへ下がる。それより先に、男がすぐそばまで来るのが早かった。


「へへっ、わりぃなぁお嬢ちゃん。俺もう我慢できなくなっちまったよ……!」

「ヒッ……!」


 男は慄く女性を押し倒し、自身も覆いかぶさる。ランプを脇に置き、恐怖のあまりに抵抗らしい抵抗もできない女性の服を強引に肌蹴ようと、服のボタンに手をかけた。




 ―――チョンチョン




 そして今まさに女性に手をかけようとしたその時、男の肩を誰かが叩いた。


「あん!?」


 お楽しみの邪魔をされ男は猛然と振り返る。そこにいたのは、他の女性でも、ましてや仲間でもなく、





 樽。





「……へ?」


 素っ頓狂な声を上げる男。次の瞬間、樽の蓋が勢いよく持ち上がったかと思うと、男の意識は衝撃と同時にブラックアウトした。





*  *  *





 場所は戻り、アルスが危機に陥っている大部屋。鎧を剥がされ、上半身を覆う鎖帷子とレギンスだけとなったアルスに、男の一人が口笛を吹いた。


「ひゅぅ、こりゃ驚いた。勇者様は随分と貧層なスタイルをしているなぁ」

「こりゃ鎧着てなかろうが女なんてバレやしないんじゃねぇかなぁ!」


 ちげぇねぇ! という声がし、男達は爆笑する。言われたアルスは、何気にコンプレックスだった体型を口にされ、羞恥と屈辱で頬が赤く染まる。


「だ……黙れ……!」

「おっと、悪ぃが黙るのはアンタだ」


 頭が言った途端、アルスの口を何かが塞ぐ。


「ムグッ!?」

「手荒な真似して悪いけどよぉ。舌噛み切られたら色々と困るんでな」


 頭の後ろで何かが結ばれるような感覚。猿轡をされたと気付くのに、若干の時間を要した。


「さぁて、じゃあお前ら、しっかり抑えとけよ? 毒が効いてるとはいえど勇者だ。用心するに越したこたぁねぇからな」

「へい!」


 しっかりと腕を抑えられたアルスは、ギッと頭を睨みつける。だが、それ以上は何もできず、ただ何をされるか待つことしかできなかった。


「ム、グ……!」

「さぁて、勇者様ならわかってるだろう? 相手が女とわかって拘束してからとなったら、することは一つだ」


 言って、頭はアルスの太ももをレギンス越しに撫で上げた。


「っ」


 伝わる感触に、アルスの背筋が粟立つ。嫌悪感と、恐怖によって、ビクリと震えた。


「俺は我慢するのが好きでな。我慢すればチャンスは巡り、我慢すればするほどその分気持ちのいいことが山ほどあるんだよ」


 ニヤつく笑顔を隠そうともせず、アルスに語りかける。


「でもまぁ、我慢すんのは相手を見てから決めるってのが俺のポリシーでな。相手が勇者ってんなら、早いうちに意思を奪っておかねぇとなぁ?」

「フグ……!」

「ヘヘ……おい野郎ども! これから勇者様で祝勝会の前座としゃれ込むから、よーく見とけよ!!」


 頭の宣言に、男達のテンションはヒートアップした。喜ぶ男達と対照的に、アルスの心は絶望で満たされる。


(こんな、ところで……!)


 弱小と侮っていた敵に、これから屈辱を味わわされる。その屈辱に耐えきれずに、舌を噛み切ることすらできない。

 不甲斐なさに、泣きそうになる。だが、それでも最後の意地とばかりに、決して涙を流そうとしない。

 やがて、アルスの全てをねじ伏せる宴が始まろうとしている。アルスにできることは、ただそれに耐え忍ぶだけ。


 助け? そんなものはない。何故なら、アルスは勇者であるからだった。


 勇者だから、一人でも絶対大丈夫。勇者だから、一人でもかならず成功する。


 そう信じて疑わないこの世界は、アルスを助ける人間を寄越そうともしなかった。


 それをアルスは、誰よりもわかっているからこそ……絶対に助けは来ないと確信していた。





 だからこそ、アルスは―――。





「か、頭!! 頭ぁぁぁぁっ!!!」


 部屋に駆け込んできた男によって、アルスの思考は中断される。同時に、いざこれから行おうとしていた行為も中断され、不機嫌さを全身に滲み出した頭は、声の主へ顔を向けた。


「うるせぇ! これからって時になんだ!!」


 その気持ちは、部屋にいる人間全員の総意だった。一斉に睨まれた男は、しかしそんなことを気にする余裕すらないかのように捲し立てる。


「た、大変だ! 女達が!!

「あぁ!? 女達がどうした!!」


 切羽詰まったように叫ぶ男に、頭がイライラしながら先を促した。


「女達が!! 牢屋から逃げ出し」




 ―――ズゴォン!




「ハボォッ!?」


 言いかけた男を遮って、背後から飛び出したるは大型の樽。男は背中から強打され、顔から硬い地面に叩き付けられて気絶した。


「な、なんだぁ!?」


 頭も、盗賊達も、アルスさえも、何が起こったのかわからずに呆気にとられる。飛び込んできた樽という名の乱入者に、一同は意味もわからずに硬直した。

 そして、男を突き飛ばした樽は、部屋の中央に聳え立つように動きを止める。


「な、何だこの樽!?」

「どっから……!?」


 盗賊達がどよめく中、樽が小さく揺れた。




「フッフッフ……なんだかんだと言われたら、答えてあげるが世の定め……」




 そんな言葉が出てきた。樽から。


 そうしてから、樽の蓋が持ち上げられようと




 ガタッ。




「……およ?」




 ガタッ、ガタッ。




「…………」

「…………」

「…………」


 樽の蓋が何度か揺れるも、蓋が外れない。変な空気が流れ始め、誰も何も喋ろうとしなかった。


「…………ふん!!」




 ―――バギャァ!!




 結局開かなかったから業を煮やして樽そのもの破壊された。そんな樽の中から現れたのは、一人の青年。その青年は、仁王立ちの状態から、右手親指を自身に向け、叫んだ。




「俺だ!!」

『誰だ』




 黒い髪に、この世界では見られないような服装。不思議な形をした耳当てのような物体を首に下げ、左右の腰に差された二振りの剣。




 異界の迷い子、荒木龍二と、相棒の剣エルフィアンが堂々と名乗り(?)を上げた。




内容はともかく、書いてて一番テンション上がった話。テンションあがりすぎて愛犬のつぶらな瞳が痛いのが印象的でした。

あと、こういう女性がひどい目に合う話っていうのは個人的には好きじゃないのですが、鬱フラグブレイカーというジャンルが好きな私に隙はない。



因みにアルスのセリフの一つに『くっ殺せ!』入れようか真剣に悩んだのは秘密です。

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