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第七話 速さVS怪力

 ベリル要塞攻略後。

 その要塞のあちこちにて宴が行われていた。

 速度を意識しているというが、それを兵にまで適用するのは酷なこと。

 よって最低限の警備兵を除いた百人隊長以下の者はその任を解かれ、こうしてベリル要塞に蓄えられていた糧食と酒を盛大に使っていた。

 ただ、それは現場で動く者の話。

 補給部隊や参謀、将達は食事もそこそこに本日の戦闘結果の処理を行っていた。

 今後の進路、作戦、補給計画等を話し合っていた彼らの前に最も扱いを苦慮する懸案がある。

 それは捕虜の扱いについて。

 ベリル要塞は三万の兵を防ぎきるために周辺の地元兵すらかき集め、五万を結集させた。

 要塞陥落によって逃亡した兵もいるが、何しろ元の数が五万である。

 半数の二~三万の兵が逃げ遅れ、捕虜となった。

 千や二千ならともかく二万など初めて直面する膨大な数。

 その大量の捕虜をどう扱うべきか白熱した議論が行われていた。

「捕虜たちを連行し、次の戦場で捨て駒にするのです」

 シーラは冷静な口調で言葉を紡ぐ。

「いくらリュウガ様が強くとも広い戦場では限りがあります。防御力を高めるに捕虜を壁代わりにするのが効率的かと」

 反抗を防ぐため武器は持たせない。

 同じ国の出身だという肩書のみでノーズガン帝国の攻撃を受ける。

「彼ら捕虜が傷つき死んだところでこちらは何も痛みません」

 その非道な策をシーラは冷笑を浮かべて説明した。

「それは騎士道に反する!」

 テーブルに拳を打ち付けたリュミスは眼をむいて反論する。

「剣を持った敵ならともかく投降してきた者に対して何たる仕打ちか! しかも捕虜の大半はベリル要塞周辺の者だと聞く。だったら十分な糧食を持たせたうえで解放するのが正しい!」

 人道的観点から見ればリュミスの方法が優れている。

 理想なのはリュミスの言うような方法だろう、が。

「今は戦時中。この地を知る彼らがゲリラ化して我々を苦しめる懸念がありますね?」

 リュミス達は彼らの故国を滅ぼしに来た侵略者。

 侵略者を撃退出来るならばあらゆる手段が許されるのが普通である。

 シーラはリュウガを見ながら続ける。

「まあ、この要塞を陥落したことで満足し、引き上げるのならリュミス様の方法も間違いではありませんが」

「ノーズガン帝国を滅ぼすまで引き上げるつもりはない」

「と、いうことで難しいでしょう」

 リュウガの言葉にシーラはすまし顔で後を引き継いだ。

「っ」

 シーラの物言いにリュミスはおろか他の面々まで非難の色を見せる。

 亜人であるだけでなく、反乱軍の者なのにリュウガの直属臣に抜擢されたのが気に入らないのだろう。

 だが、それであってもシーラは意図的に己に非難を集めているように見える。

 会議を円滑に進めるため憎まれ役を買って出てるのはわかるがやりすぎだ。

 このままでは周囲が敵だらけになることはおろか、暗い夜道に刺されかねない。

 リュウガは己の覇気を耐えたシーラを手放すのは惜しいと感じていた。

「--その辺にしておけシーラ」

 だからこそリュウガは口を開く。

「お前は誰からも指図を受けない俺の直属臣。言い方を変えればお前が悪印象を受けると俺もその影響を受ける。一蓮托生であることを肝に銘じておけ」

「は、出過ぎた真似を失礼しました」

 リュウガの叱責にシーラは深く頭を下げ、これまでの非礼を皆に謝罪した。

「リュウガ様、伺いますが貴方ならどうされます?」

 シーラのターンはまだ終わってなかったようだ。

「ご覧頂いたとおり、我々は膠着状態。無為に時間が過ぎるこの状況を打破するために何か下知を賜れば幸いなのですが」

 もしかしてこの流れになることを予想してあんな真似を取ったのかもしれない。

 今、この時誰もがリュウガの意見を聞くことを是としていたのだから。

「ふむ、俺なら捕虜をどうするか--」

 リュウガは腕を組んで二、三度頭を揺らした後に答える。

「臨時の俺直属の兵とする。当然逃げたい者は解放する。自国民に剣を向けるのは腰が引けるだろうがそれに見合った地位を用意しよう」

 具体的にはノーズガン帝国の領土。

 貴族や王族が抱え込んでいる領土を分け与えよう。

 領土が要らなければ金品を授けよう。

 リュウガは例え敵国の者だろうが恩賞は公平に与えるつもりだった。

「--捕虜を臨時兵に加えますと、元からの兵たちが不満を持ちます」

 あまりにも突飛な解決法に全員黙り込む。

 そして最も先に口を開いたシーラがそう懸念すると。

「俺の直属兵の仕事は俺の後に続くことだ。不満なら捕虜より前に出ればよい」

 簡単な仕事だろ?

 と、リュウガは嗤う。

「それに、不満が出るのならそれを抑えるのがシーラの仕事だ。もしかして単に他を見下すために直属臣となったわけではないな?」

「リュウガ様といえど、その侮辱は聞き捨てなりません」

 静かな、それで深い怒りを感じさせるシーラの言葉。

「そうか、なら良い」

 その時リュウガはの顔に浮かんだ笑みはシーラの怒りをまるで口内で踊る小魚の感触を楽しむそれだった。


 会議は散会し、幹部は散っていく。

「シーラ、お前は残れ」

 シーラもその例に倣い、席を立ったところでリュウガからストップがかかった。

「は、承知しました」

 理由は聞かない。

 少しも懐疑的な態度を見せず、シーラは着席した。

「シーラ、お前があえて憎まれ役を買って出ているのはわかる」

 どうやらリュウガの要件は叱責でなく注意なようだ。

「場を円滑に進めるためには必要不可欠な存在だろう。しかし、そうやって己を殺し続けるのは見過ごせない」

「ご厚情ありがとうございますリュウガ様。しかし、建国して間もない今、この役は必須です。そして、必須な以上、適任は私です」

 亜人、敗軍の将、直属臣。

 これ以上ないほど疎まれる要素がある。

「それに、私はコーラン公爵に仕えていた際も同じことをやっていました。憎まれる相手が変わっただけでそれほど変化はありません」

 シーラはコーラン公爵のもとで汚れ役を担当していたらしい。

 不正義を行うのは正義を行うより心が重い。

 だからこそリュウガの覇気に耐えられたのだろう。

「……シーラ、お前が己よりも全体を意識しているのはよくわかった--だが」

 リュウガは命を賭す者を好む。

 ただ、その大前提となるのは命というのは唯一無二の代物であるということ。

 命を卑下し、粗末に扱う者が差し出す命に如何ほどの価値があろう?

「その願いは聞けん」

 そう思うが故リュウガは否定する。

「お前は己のことを卑しく矮小だと下に見ている……お前は自分が取るに足らないと考える物を主君に捧げるのか?」

「っ」

 その言葉は意外だったのだろう。

 シーラが言葉に詰まった。

「お前は立派だ。シーラほど優秀な者はそういない。ドラグナイツの名に懸けて誓おう」

 リュウガは改めてシーラを褒め称える。

「だからこそ、俺はシーラが軽蔑の対象になっている状況を黙認できない。ゆえに明日、出陣前にリュミスと模擬戦を行ってもらう」

「模擬試合ですか?」

「ああ、少しでも溝を埋めておこうと思ってな」

 百聞は一見に如かず。

 シーラを快く思わない者であろうが、彼女の武を見せれば少しは考え直す。

 以前多数の近衛騎士を翻弄し、リュウガに書状を渡したシーラ。

 その身の軽やかさは当然、剣の才能もあった。

「断わっておくがリュミス相手に手を抜こうと考えないことだ」

 対するリュミスも同国で匹敵する者は数人という天才。

 少しでも気を緩めれば次の瞬間には首が飛ぶ。

 殺すほどの勢いでやらないとお前が死ぬぞとリュウガは念を押した。


 翌朝。

 ベリル要塞内にある開けた場に兵士たちが所狭しと並んでいた。

 砦の上からはもちろん、城壁にも兵で埋まっている。

 彼らの目的は至って簡単、これから起こる一世一代の決闘を一目見ようと押し掛けたのだ。

 バグサス王国第二王女、武勇に優れ、姫騎士と名高いリュミス=バグサス。

 対するは投降した者ながら並みの騎士では相手にならない力を持つシーラ=マーシャル。

 皆の信頼を集め、栄光と称賛の道を歩むリュミスと己が信念のため軽蔑と屈辱の道を歩むシーラ。

 何から何まで対照的だが、武力という一点では双方ともに引けを取らない。

 その好カードに兵が沸き立つのは当然だった。

 先ほどの戦で圧倒的な強さを見せ、国の柱である竜神リュウガの前で行われる神前試合。

 彼が放つ威圧感もあってか下品なヤジはなかった。

「リュウガに感謝したらどうだ?」

 中央へ歩みを進める途中、リュミスは挑発する。

「野次や罵倒がなければ多少は楽に戦えるものを」

 心が折れそうなときに投げかけられる悪意ほど辛いものはない。

 その怖さを知っているリュミスの言葉。

「リュミス様こそリュウガ様に感謝すべきですね」

 リュミスの挑発をシーラは涼しい顔で。

「兵たちに余計なサービスをしなくてもよい。ただ勝利のために剣を振るえるのですから」

 名声が高まるにつれて勝ち方も重要な要素になってくる。

 リュミスほどになると卑怯な手段は使えず、王者として相応しい方法しか選べなくなった。

「ハッハッハ、言ってくれるな」

 リュミスは笑い飛ばす。

「知っていると思うが誤って殺しても無罪放免、その事実を忘れるなよ」

「ええ、もちろん」

 シーラはほとんど表情を変えず、淡々と返す。

「精々皆の士気が上がるような勝ちを献上します」

 暗にリュミスよりは強いと宣言するシーラ。

「ほう……言ってくれるな?」

 さすがのリュミスのその挑発は流せない。

「手加減して勝てるかどうか確かめてもらおうか」

 ガチャリ。

 と、リュミスの纏っている鎧が重い音を鳴らした。


 リュウガは二人をよく観察する。

 こうして向かい合うと双方の違いがよくわかる。

 まずリュミス。

 騎士が着る装飾具を全て身に着け、兵が乗っている馬ごと両断しそうな大剣を正眼に構える。

 女性であるリュミスが熟練騎士顔負けの装備なのは偏に彼女が持つ魔力ゆえ。

 自らの魔力で体内を活性、通常の二、三倍の力を発揮できる。

 身体能力を強化された今のリュミスは構えた大剣をまるで小枝のように扱えた。

 そんな重装備のリュミスとは対照的にシーラは至って軽装。

 胸や籠手に金属板を当てているだけであり、他の部分は布の服程度。

 シーラの武器はひじから指先ほどの長さのショートソードを二本。

 誰がどう見ても敏捷性を特化させていた。

「まあ、こうなるのは当然か」

 亜人であるシーラは身体能力が優れている反面魔力が人より劣る。

 力が劣るなら速さで勝負するのが自明の理。

「勝負所は技か。さて、惚れ惚れするような巧技を見せてくれよ?」

 リュウガは知らず犬歯をむき出しにしていた。


 リュミスは両足で踏ん張り、剣先をシーラに向けている。

 踵がついていることから後の先を取るつもりだろう。

「あれを崩すのは難しい」

 剣の腹が大人の胴体ほどある大きさに加え、彼女の纏っている鎧。

 隙など一切なく、よしんば付けたとしても鎧が邪魔をする。

 もしリュウガが人並みの力しか持っていなければ長期戦を覚悟しただろう。

「笑った?」

 リュウガの目に映ったのはシーラが微笑む姿。

 難攻不落の要塞の突破方法を知っている賢者のようである。

「随分と舐められたものですね」

 シーラは侮蔑を隠そうとしない。

「そんな両足を広げて踵をつけて……的にしてくださいと言っているようなものです」

 シーラは右手に持ったショートソードを半回転させて持ち方を変える。

「亜人は魔力量が少ないですがゼロじゃない……だからこんなこともできます」

 シーラはある魔力をショートソードに付与させて振り払う。

 付与した魔力--それは風。

 真空の刃がリュミスを襲った。

 完全に足を置いてきたためリュミスは避けられない、避けようともしない。

 剣すら動かさず、その姿勢のままシーラの放った風の刃を受ける。

 鎧と刃。

 ぶつかった音があたりに響き渡る。

 シーラは戦闘の心得がある。

 だから彼女の作り出した刃は鎧にいくらかの傷を作ると思いきや。

「無傷?」

 計算違いだったのだろう、余裕の笑みをひっこめるシーラ。

「っ、もう一度」

 舌打ちしたシーラはさらに風の刃を生み出す、しかも今回は十本。

 その十本全てが的中しようと結果は変わらず、ただシーラの魔力を消費しただけで終わった。

「ミスリルを混ぜ合わせた鎧ですか?」

 シーラは予想を口にする。

 ミスリルはそのままだと鉄よりも脆いが、その反面魔力伝導率が高い。

 魔力を込めれば込めるほど物理的にも魔力的にも固くなる性質があった。

「ご名答、シーラ」

 シーラは唇をまくり上げる。

「最高品質のミスリルに加え、私に元々備わっている膨大な魔力量……この私に傷をつけられるのは国内でもそうはいない」

「それはそれは頑丈な鎧であること」

 シーラは首を左右に振って凝りを解す。

「ですが、この動きについていけますか?」

「っ?」

 シーラの動きは離れているはずのリュウガでさえ残像のように映った。

 ならば近距離のリュミスはどうなるか。

 彼女がのけぞると同時に閃光がリュミス頭をかすめ、気が付けば兜が吹き飛ばされていた。

「驚くに値しません」

 シーラは何でもないと言わんばかりに両手を広げ。

「これが私、そして亜人の実力です。一対一になった時点でリュミス様人間の勝機は大きく減ったことをご自覚ください」

 無口なシーラにしては珍しい、あからさまな挑発だった。

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