第六話 要塞攻略
前話よりさらに短いです。
竜神リュウガの宣告からちょうど一か月。
王都前の野原には三万もの軍が整列していた。
この三万という数は守備兵を除きリンドブルム竜王国においてほぼ最大兵力。
これを失うことはそのまま竜王国の軍事が壊滅することを意味していた。
国を賭しての乾坤一擲の数。
それを前にしたリュウガは満足げに頬を緩めていた。
「さすがアーシアとリュミスだ」
これだけの数を揃えられた二人をリュウガは褒める。
準備期間一か月という中で最大兵数を動員したアーシアの手腕とそれらの統制を可能としたリュミスの能力。
この二つが上手くかみ合ったからこそ眼前の光景が実現した。
「ご苦労だったアーシア、後は安心してサクヤと共に城で待っていろ」
「おほめ頂き光栄です殿下」
リュウガのわきに控えていたアーシアは頭を下げる。
「リュミスも同じく。ただ、お前にはもうひと働きしてもらう」
「心得ております」
リュウガの言葉にリュミスは従う。
実際リュウガは一戦を交えて終わりにしない。
ノーズガン帝国を滅ぼし、その領土を支配下に納める目的があった。
そうしないと期限に間に合わない。
リュウガのいた世界への転移が行えるのは四、五年前後。
それまでの間にこの世界を統一しなければドラグナイツの誓いを破ってしまうことになる。
リュウガがこの世界に来てからはや三か月。
なのにまだ一国も落としていないというのは遅かった。
「行くぞ」
リュウガは踵を返す。
このまま整列された軍を眺め続けても何かが変わるわけがない。
軍は戦ってこそ軍。
その役目を果たしに行くためリュウガはリュミスを伴って出陣した。
この世界の基本的な装備として、歩兵は槍を持ち将は剣を持つ。
防備として鎖帷子や鎧を着こむのだが、リュウガは一風変わった格好をしていた。
すなわち通常の槍を二本つなぎ合わせた長さの大剣を両手に持ち、重歩兵が装着するような分厚い鎧を纏い、その上に赤いマントを羽織る姿形。
背丈が二メートルを越え、竜の羽と尻尾をはやしたリュウガの姿は見る者全ての感情を掻き立てずにいられなかった。
その姿で先頭を歩くリュウガ。
あまりの重さ故馬に乗ることはできない。
リュウガの体力はどうなっているのだろうか。
その装備で二昼夜歩いたにも拘らず、リュウガは顔色どころか息一つ乱れなかった。
「こ、これが竜神……」
「この底なしの体力」
「敵に回さなくて本当に良かった」
と、将兵からそんな呟きが漏れている。
「……」
リュウガはそんな感嘆を背に、沈黙を守り続けていた。
「明日には戦場に着く」
大本営。
リュミスが開口一番そう告げる。
「敵は籠城戦を選択する。この城は要塞として永く我々の進行を阻んできた」
ベスラ要塞。
それはバグサス王国による侵略を阻止する目的で造られた砦。
砦としては最大規模を誇り、それゆえ落とすのは相当苦労することが予想される。
--一般常識ならば。
「対応は簡単だ、まず俺一人が突っ込んで城壁の弓兵を片付ける。その後攻城部隊を展開し、扉を破る。その繰り返しでいこう」
リュウガの皮膚は通常の剣や矢を通さず、魔法も効かない。
絶対無敵ならば単騎で突っ込ませた方が合理的だった。
「リュミスは全軍の指揮を頼む。人間の用兵は同じ人間がやった方が良いだろう」
竜族の用兵ならリュウガも心得はあるが、それを人間に適合させるというのは酷なこと。
生命力も高く、固い竜族は粗末に扱ってもそうそう死なないのだから。
「定石としては包囲網を敷き、持久戦に持ち込むのが常なのだが」
リュミスのそんな反論も。
「その隙に本国に攻め入られたら目も当てられない。今のリンドブルム竜王国は裸同然とはいかなくとも薄皮一枚着込んだ程度だからな」
最大兵力を動員したため本国の守りはかつてないほど希薄。
一か月以上国を空けるのは避けたかった。
「早ければ明日の夕刻にはベスラ城砦が陥落している」
リュウガは地図を指でなぞりながら。
「一週間、その間にノーズガン帝国を攻め滅ぼすぞ」
明後日に要塞を発ち、五日後に帝都に到達。
二日あればリュウガは都を落とせる自信があった。
「まあ、目下の課題はベスラ要塞」
先走りすぎた気を抑えるためリュウガは語気を緩める。
「前述の通り、俺は敵をかく乱する。リュミスの役目は烏合の衆と化した敵兵を相手に如何に犠牲少なく対処するかに傾注してくれ」
世界統一のことを考えると兵力の消耗は避けたい。
リュウガの頭の中ではすでに世界統一への道のりが出来上がっているようだった。
ここからは総司令官リュミスの見た通りのことを記す。
戦闘の開始は早朝。
日が昇ると同時にリュウガが突進することで始まる。
ベスラ要塞は煉瓦と魔法耐性のあるミスリルで築かれた、壁の高さは十メートルを越える巨壁。
未だ突破されたことのない難攻不落の障害としてバグサス王国からの侵攻を防いでいた代物。
だが、それは一体の竜人によって破られる。
空を飛べる竜人--リュウガは放たれる矢の嵐を受けきって城壁に到達。
両手に携えた二本の大剣を扱い、城壁の上にいた敵兵をあっという間になぎ倒していった。
ある程度片付けた頃に攻城部隊が到着、リュウガの働きによって難なく壁を無力化させる。
開け放たれた城門。
その先に転がっていたのは無数の敵兵の死骸と血の海、そして腕を組んで待ち構えたリュウガだったと伝令兵は伝えてきた。
リュウガを先頭にして兵は進む。
リュウガの突撃は何物にも阻めない。
後続の兵は狼狽えている敵兵に槍を突き刺すだけなので損害は皆無。
扉があればリュウガは手近にある石柱を振り回して破壊。
上にいる弓兵に対しては空を飛んで近づき、せん滅する。
その破竹の勢いに敵司令官は抵抗を諦め、白旗を挙げたという。
「終わったぞ」
敵兵の血で染め上げられた鎧を大剣を外し、従者であるミースから手拭いをもらったリュウガは首を振る。
単なる一動作だが、兵は緊張する。
それも当然、前線にいた兵はリュウガの活躍を間近で見ていた。
竜神? 軍神? いや、破壊神。
敵に何もさせず、蹂躙していく様は尊敬と畏怖を呼び起こし、一種の信仰に似た崇拝をリュウガに抱いていた。
「う、うむ。報告は聞いている」
総指揮官である自分が動揺するのは不味い。
そう考えたリュミスは平静を装って頷く。
「後は戦後処理だけだ。こういった実務は我々に任せてもらおう」
リュミスの提案に対し、リュウガに異存はない。
「速度を意識しろよ」
大切なのは進軍速度。
軍における功罪は帝国を落としてからで十分。
「やるべきことは兵数と食料の確認、他は全部終わってからだ」
明日にはここを発ち、帝都へ駒を進めたいリュウガ。
「善処しよう」
そんなリュウガの希望に対し、リュミスは胸に手を当てて敬礼した。
今週は予定が重なり、時間が取れませんでした。
申し訳ありません。