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第四話 国内統一

 王都へと向かう前。

 道中にある小高い丘に二つの人影があった。

 一つはコーラン公爵。

 貴族として激動の人生を歩んできた者のみが持つ相貌をしている。

 もう一人は年若い少女。

 父と娘どころか孫ぐらい年齢が離れている。

 十代と思しきあどけなさと輝く赤毛、利発的な目と有能と誠実が合わさっている少女。

 ただ一点、赤髪から獣の耳と思わしきものが出ていなければ完全な美少女と評されただろう。

 しかし、彼女は人間に似て非なる種族、亜人。

 人間より優れた膂力と寿命を持つ少数一族である。

「シーラ、お前は本当に立派になった」

 コーランは王都を見据えながら言葉を紡ぐ。

「もし亜人が人と同じ待遇ならば、男ならばわしはお前に全てを任せて隠居しておった」

 バグサス王国のみならず、世界一般の常識として亜人の地位は低い。

 それは人間とよく似ているから。

 人と似た姿でありながら、強い存在であるがゆえに人から恐れられていた。

「コーラン様、そのようなことを仰らないで下さい」

 激情を抑えた声音でシーラはそう止めるが、コーランは首を振って。

「父でよい。もう数時間後にはわしは消えるのじゃ……バグサス王国と共にな」

 コーランはすでに覚悟している。

 十数日前に訪れた竜人リュウガ。

 異世界から来た事を証明するかのような、シーラ達亜人とは一線を画す存在感。

 あれを葬るには世界の全てを賭けないと無理だろう。

 少なくとも、一国でどうにかなる相手ではなかった。

「シーラ、ここに書状がある。これをリュウガ=ドラグナイツに渡せば悪いようにしないじゃろう」

 突如この国に現れた異世界からの来訪者。

 彼の性格上、才能あるシーラを邪険に扱うことはない。

「良いか、必ず直接渡すのじゃ。第三者、特にアーシアの目に留まればそなたのみならず生き残った者全員粛清するであろう」

 ただし、リュウガ以外はその限りでないので、その書状が彼の目に届かなければ意味がないのであった。

「父上、その申し出は受け入れられません」

 しかし、シーラは峻厳な面持ちで首を振る。

「もし私がこの場から離れ、父上たちが全滅するようなことがあれば残るは私一人。そのような状況で、何故今更寝返ることが出来ましょう。このシーラは亜人ゆえ大した力をお持ちしておりませんが、それでも冥府までお供させてください」

 シーラはいささかも目を離さずにそう訴える。

 その強い意志にコーランは目頭を潤ませる。

「そうではない、シーラ」

 コーランは感情を振り払うかのように首を振って続ける。

「お前を向こう側にいかせるのは家や国のためではない、この世界のためじゃ」

「世界ですか?」

 突如出てきた言葉に眉を上げるシーラにコーランは続ける。

「さよう。わしだけでなく、もしお前までいなくなれば、第三王女アーシアに逆らえる者はいなくなる。それだけは避けねばならぬ」

 コーランは第三王女アーシアに対して好印象を持っていない。

 その身分に似合わない野心と才能を持ったアーシア。

 これは誰にも話していないが、異世界から呼ぶ召喚の儀式を行うことを強く勧めたのは他ならぬアーシアであった。

 彼女の存在は必ず将来に災厄を齎す。

 そう危惧するがゆえにコーランはアーシアの暗殺まで考えていた。

「シーラ、お前が国の良心となれ。国のみならず世界を手に入れようと目論むアーシアの野望を押し止めるのはお前だけじゃ」

「父上……」

 コーランの血を吐く言葉にシーラは涙があふれる。

「幸運なことにリュウガ=ドラグナイツは是々非々の者。あの覇気に耐えうるものの諌言は、例え敵対していた者の言葉であろうと聞き入れてくれるじゃろう」

 この一か月のリュウガの言動を観察していればわかる。

 彼は基本的に公平、しかもドラグナイツの名を出した約束は違えることがない。

 リュウガの性格とシーラの信念。

 その二つだけが今のコーランの頼みの綱だった。

「世界を頼む」

 コーランは背を向けたまま、最後に。

「そして、そこでわしらの死にざまを見ておれ。そして、その死を決して無駄にするでないぞ」

 全てを託す。

 末端の兵を含めた一万以上の命をコーランはシーラに背負わせた。


 シーラは一部始終を見ていた。

 小高い丘の上で、コーラン達の最期を。

 そう言いかえれば格好いいが、実際は一方的な蹂躙である。

 弓矢や魔法も届かない位置から吹き荒れる火炎。

 人はまるで火に焼かれた羽虫のごとく消し飛んでいく。

 これは戦闘ではない。

『生きて帰れると思うなよ!』

 処刑である。

 近づくことすらできず死んでいく兵。

 竜となったリュウガが吐く炎が次々に命を奪っていく。

 その処刑に生の渇望がよみがえり、逃走する兵が現れるが、それらの兵も大地の炭と化していった。

「うっうっうっ……」

 その地獄をシーラは嗚咽を漏らす。

 とめどなく流れる涙を拭きとりもせず、その光景を目に焼き付ける。

 父であるコーラン公爵やタラール侯爵らは勇ましく号令をかけていると信じたいが、実際はもう消し炭と化している。

 何時死んだのか分からず、死体すら残っていない末路。

 そんな育ての親の死にシーラはただ泣くことしかできなかった。

「父上、その心は受け取りました」

 シーラは決意する。

 必ずやアーシアの思い通りにはさせないと。

 自らがリンドブルム竜王国の良心として暴走させまいと心に誓う。

 そして、叶うならば。

「リュウガ=ドラグナイツに死を」

 先に待っているであろう父に対し、リュウガの首を黄泉への土産とすることであった。


「それでは、これより建国式を行います」

 司会進行の者の涼やかな声で開始が宣言される。

 玉座に坐するは神であるリュウガ。

 彼は基本的に動かない。

 代わりに周りの者がリュウガの前に跪き、宣誓を行う。

 身長が二メートルあり、さらに羽と尻尾が生えているリュウガに合わせた特注の玉座。

 威圧感が出るよう作られているが、それは無用な小細工だったとアーシアは思い知る。

 金は何をしても金。

 たとえ粗末な椅子であろうともリュウガが座った瞬間王座となる。

 畏怖と尊敬を与えるのではなく、与えてしまうのが王。

 その意味では、リュウガはまさしく王の資格を持っていた。

 式次第は進行していく。

 サクヤを巫女、ミースが補佐。

「竜人様、全てを捧げます」

「私も同じく」

 サクヤとミースの役目は竜人となったリュウガの公私全ての管理。

 他にもリュウガから、この国の全てに勝る勅令を受け取り、発表することもある。

 リュミスは軍事全般を総括する大将軍。

「障害を打ち払う剣となることを誓う」

 リュミスが乗り気でないのは、まだ心のどこかでリュウガを信用しきれていないのだろう。

 ただ、リュミスは将の才能を持っているので大抵の敵はどうにかなる。

 これから信頼関係を築ければ良いのでリュウガもアーシアも特段気にしていなかった。

 そしてアーシアは竜王国の政治を取り仕切る宰相という位に就いた。

「非才な身ですが承った役目を存分に果たして見せましょう」

 これに関しては誰も異論を挟めない。

 と、いうよりこの地位を得たいがためにアーシアは自らの王国を滅ぼした。

 可憐な美貌に隠された底知れぬ野心と智謀、行動力。

 果たしてアーシアをこのリンドブルム竜王国で何をするつもりなのか。

 肉親であるリュミスさえもアーシアを複雑な表情で見守っていた。


 建国式が終わると始まるのがパレード。

 神となったリュウガを大衆に周知させるためである。

 屈強な兵士に囲まれ、煌びやかな山車に乗っているリュウガ。

 心なしかその表情は不服そうである。

「面倒くさいことをする。竜化した俺一人が回れば済む話だろう」

 巨大な体躯を持つ竜になり、都市を練り歩けば大衆に周知という目的は達成される。

 しかし、それにはアーシアが反対した。

「それだと神でなく化け物になってしまいます」

 支配に恐怖は必要だが、度が過ぎると逆効果になってしまう。

 ただでさえリュウガは反乱者を全員焼き殺したばかり。

 これ以上の悪評は望ましくない。

「栄光あるドラグナイツの名を血と恐怖の象徴まで堕としても良いのなら止めませんが」

 ドラグナイツの名を穢してしまうと忠告されては従う他ない。

 だからリュウガは憮然としながらもお芝居に付き合っていた。

 パレードも中盤。

 人垣が薄くなり、警備も緩くなる絶妙の頃合いに、ある者が人垣から抜け出してリュウガが乗っている山車に走ってくる。

「お願いがございます」

 その者はY字型の槍を掲げ、その先に一通の封筒が括り付けられてある。

「こら! 何をしている……ぐえ」

 当然警備の者が制止しようとするがその者は身体能力が高いのかあっという間に無力化させる。

 こうなると他の者も黙っていない。

「囲め! 囲め!」

 リュウガの乗っている山車を守っていた兵と警備していた兵が協力して包囲網を形成。

「止まれ! これ以上進めば斬る!」

 剣を抜いてそう威嚇してもその者は止まろうとしない。

「お願いがございます。この中身を見て下さい」

 変わらず同じことを繰り返すだけであった。

 そして始まる乱闘。

 一対多数、すぐに決着が着くかと思いきや、驚いたことにその者が翻弄していた。

 Y字型の槍を上に向けたまま、片手と足で互角に渡り合う。

 突如始まった乱闘に衆目が集まり、当然リュウガもそうだった。

「これはこれは……面白い」

 出来レースより遥かに見ごたえのある展開。

 先ほどの不機嫌はどこへやら、クツクツとのどを鳴らした。

「さあ、観念しろ!」

 いかにその者が巧者であっても人数の差は如何ともしがたい。

 時間とともに不利となり、ついには捕まってしまった。

「お願いがございます」

 しかし、その状況でも手紙を離さなかったのは天晴といえるだろう。

「待て」

 ひっ捕らえたその者を連れて行こうとしたとき、リュウガから声がかかる。

「貴様の名は?」

 リュウガは山車から降り、その者の前に立つ。

「シーラ=マーシャル。亡きコーランからの書状を託された者」

「ふむ」

 リュウガはその書状を受け取る。

 封を切って中身を見ることもできたが、それより先にリュウガはシーラが被っていたフードを外す。

 するとそこから鮮やかな赤髪が現れた。

「ほう」

 リュウガが感心したのは髪の色ではない。

「人に似て非なる者……亜人か」

 髪の毛の間から生えた動物のような耳を見たリュウガは笑う。

「人間ばかりだから少々見飽きていた。たまにはそれ以外も知りたかったところだ」

 リュウガのいた世界では完全なる人間の方が数が少なかった。

 例を挙げるなら全く環境や風習の違う国に行った旅行者というところか。

 見ず知らずだとしても親近感が湧く。

「この書状は預かる」

 リュウガはひらひらと手に持った封筒を揺らす。

「だからしばらく牢に入っておけ」

 面白かったのは面白かったが、それとこれとは別。

 己の都合でパレードを妨害し、兵に危害を加えた以上相応の罪を負ってもらう。

「シーラとやら、大変面白い余興だった」

 リュウガは大笑いしながら山車に戻った。


「……」

 暗い牢の中、シーラは居住まいを正して人を待つ。

 あの書状をリュウガに渡す目的は達した。

 コーラン公爵の言葉が正しければ、あれを見たリュウガはシーラを取り立ててくれるだろう。

 だが、シーラは楽観していない。

 コーラン公爵の形見であるシーラを引き入れることは、アーシアの邪魔が増えることを意味する。

 アーシアが発案し、実行したパレードをぶち壊したシーラ。

 目くじら立てているアーシアがリュウガに対し、極刑ないし厳罰を下すよう責め立てる場面が容易に想像できた。

 カツン。

 固い石畳に敷き詰められた牢獄に響く足音。

 シーラの鋭敏な感覚は単体でなく複数だと告げている。

「シーラ=マーシャルだな」

 兵士達はシーラが入っている牢の前に立ち、そう確認を取った。

「如何にも」

 隠す必要はないので素直に頷く。

「出ろ」

 言葉少なく述べた兵士は鍵を開けて退出を促す。

 通常なら一も二もなく飛びつく場面だが、シーラは視線を左右に揺らしただけで動こうとしなかった。

「一つ聞く、その意志は誰の者か?」

 懸念事項は、シーラを牢獄から出そうという者がリュウガでなくアーシアだった場合。

 シーラを秘密裏に処刑場へ連れて行き、果てさせる可能性があった。

 幸いなことにシーラの懸念は杞憂に終わる。

「竜神様の意向だ」

 リュウガが彼女に会いたいと希望された。

 これで当分の命の保証はされただろう。

 表情に出さず安堵するシーラだが、その後兵士から伝えられたアーシアからの伝言に目を見開く。

「アーシア様からの伝言だ『リュウガ様が興味を示した貴女を亡き者にした場合、私が無事で済むと思っているのかしら?』だ」

 アーシアはシーラの考えなど手に取るように分かっていたらしい。

「あの悪魔め」

 シーラは唸る。

 不意打ちを放って得意げになり、もう一発と放った攻撃に対して強烈なカウンターを合わせられた心境。

 なまじ気分が高揚していただけあり、一層ダメージが大きかった。

「まあ良い、最初に格の違いを知れて良かったと考えよう」

 相手との力量差を知らないまま戦うことがどれだけ危険か。

 少なくとも、心の読み合いではアーシアに軍配が上がる。

 そのことを知れて良かったと思おう。

「何をしている?」

 ブツブツと呟き、動こうとしないシーラに兵は詰問する。

「いや、何もない。従おう」

 意識を取り戻したシーラは立ち上がり、兵の後を歩く。

 シーラの周りを武装した兵が取り囲んでいた。


「跪かないのか?」

 開口一番、リュウガは傲然と言い放つ。

 この場にいるのは玉座に座ったリュウガとその眼前に立つシーラのみ。

 非公式ゆえ他は入れさせなかった。

「俺はこの国の神。いわば絶対者、少なくともこの国においては俺に逆らえる者はいないがな」

 建前を述べるリュウガに怒りの色はない。

 むしろシーラの抵抗を楽しんでいるように見える。

「ここで私が跪くのは不味いでしょう」

「ほう?」

 続けろとリュウガは先を促す。

「コーラン公爵から託された書状。内容を知っているなら尚更です」

「クツクツクツ、その通りだ。あの書状には面白いことが書いてあった。

 リュウガはその内容を反芻する。

「『古今東西、あらゆる名君の傍には常に不興を買うことを恐れず忠告する臣がいた。このシーラ=マーシャルはその臣となり得る資格があるでしょう』だったかな」

「然り」

 シーラは頷く。

「第三王女。いえ、今は宰相アーシアでしょうか。彼女は危険です、リュウガ様のドラグナイツという名前も単なる利用価値でしか過ぎないでしょう。断言できます、アーシアは必ずドラグナイツの名を守る名目でリュウガ様に死を強要するでしょう」

 そうでなくともアーシアが動かす便利な駒か。

 どちらにせよリュウガにとって面白くない展開である。

「私がいればそのような真似はさせませんリュウガ様の、そしてリンドブルム竜王国の良心としてアーシアの野望を止めて見せましょう」

「クツクツクツ、面白いことを言う。だがな、俺は口先だけの奴を信用せんぞ? 平和な場所で吠えるだけの偽善者より危険地帯に足を踏み入れる悪人を選ぶ」

 リュウガにとって判断基準は命を賭けるか否か。

 命を賭ける豪胆な者に殺されるならリュウガも納得がいった。

「ご心配なく、私は十分悪人です。何故なら私もリュウガ様の死も望んでいますから、当然アーシア亡き後で」

「クハハ、俺は殺すか。貴様は本当に面白い」

 リュウガは犬歯をむき出しにして笑った後、瞑目する。

 すると時間が経つごとにリュウガから濃密な覇気が溢れだしてきた。

「っ」

 知らず体が震えるシーラ。

 それを表に出さないよう掌に爪を立てて緊張を取り戻す。

「シーラ=マーシャル」

 地の底から這い出た魔王の如く怜悧な声。

 反射的にシーラは背筋を伸ばしてしまう。

「--跪け!」

 その瞬間、シーラの膝が折れる。

 竜人という生物的上位種からの命令。

 畏怖が、恐怖が、憧れが、それらすべての感情がないまぜになり、シーラの体の自由を奪おうとする。

 シーラはゆっくりと屈み、地に膝をつきそうになった。

「舐めないでください!」

 床に触れる瞬間、シーラはありったけの精神力を動員して体の自由を取り戻し、もとの立位に戻した。

「お前が初めてだ、シーラ」

 覇気が効かなかったシーラに対し、リュウガは嬉しそうに頷く。

「サクヤは言わずもがな、アーシアも無理。リュミスだけが見込みがある中でお前は耐えた。それは称賛に値する」

「お褒め頂き光栄です」

 切れ切れする息を隠しながら一礼。

「分かった、お前を俺直属の臣とする。シーラ=マーシャルの命令権は俺にあり、他の何物も、アーシアでさえその指図に従わなくて良い……それで良いか?」

「は、ご意見を取り入れて下さりありがとうございます」

 リュウガの言葉にシーラは再度深々と頭を下げた。

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