第一話 二度目の謁見
リュウガは再びバグサス王国の謁見の間に立っていた。
以前と違って敵意をむき出しにしていないのは、ここまでの同行を願い出たミシェルの心意気を買って。
もしここで粗相を犯せばミシェルにも責任が及ぶ。
それはリュウガの望むところではない。
が、当然例外もある。
リュウガが好むのは命を賭して何かを成し遂げんとする者。
逆に彼が厭うのは己の手を汚さず他人を弄ぶ者である。
「はてさて、眼前の人物はどうなのか?」
もしリュウガを呼びつけたのが後者であった場合、ミシェルに被害が及ぼうが関係ない。
相応の報いを受けてもらうつもりだった。
「「……」」
誰も何もしゃべらない。
前回と違うのはこの場には兵士や魔導士の数が多く、リュウガに敵意を抱いていること。
ほぼ全員が臨戦態勢をとり、もし命令が下れば躊躇なく攻撃してくることは明白だった。
「戦いをお望みか!」
両手を掲げたリュウガは声高らかに問う。
「俺は逃げも隠れもしない、遠慮なくかかってくるが良い。安心しろ、苦痛は感じないよう一瞬で終わらせてやる」
リュウガの言葉に三つの空気が生まれる。
すぐさま切りかかろうとする武闘派。
リュウガの言葉の真意を図ろうとする中立派。
そして彼の挑発に怖気づき、震え始めた慎重派である。
それら三つの空気がないまぜになり、化学反応を起こして結果がどうなるか分からない時。
「やめよ!」
リュウガの前方--玉座から鋭い一喝が轟いた。
「皆の者、剣を下ろせ! 此度ドラグナイツ殿は招かれた客人。無礼な態度は許さぬ」
艶やかな黒髪に底知れない威厳を感じさせる黒目。
その見事な黒と対比させるように皮膚は白磁のように白く滑らか。
その身にまとう煌びやかな振袖はまるで光のドレスのように思えた。
「臣下が失礼した。童の名はサクヤ=コルトン、メドス前王の娘じゃ」
「ふむ」
リュウガは眼前のサクヤについて考える。
彼女の雰囲気、そして着物は他と隔絶している。
まるで別の風習を持ってきたよう。
「ドラグナイツ殿のご想像の通り、童の母は遠い東の国の者じゃ」
なぜサクヤの母は遥か東から来た?
疑問は浮かぶがその詮索は後でよい。
サクヤとやらのルーツが分かっただけ良しとしよう。
「察しがよくて助かる」
リュウガの疑念が消えたのを確認したサクヤは話題を元に戻す。
「さて、我が国の前王はドラグナイツ殿によって殺された」
「そうだな、言い訳はしない」
衆人環視の前での処刑。
「報いを受けてもらった、それだけだ」
リュウガを勝手にこの異世界へ呼び、服従の魔法を使って世界を手に入れようとした前王。
死ぬには十分すぎる罪であるとリュウガは考えている。
「で、俺をどうする? 殺すか?」
国を挙げてリュウガを亡き者にしようとしても彼は一向に構わない。
ドラグナイツの名にかけて戦い抜くだけである。
「いや、そうではあるまい」
サクヤは首を振る。
「前王は様々な悪政を行っておった、癒着、汚職斡旋等様々。史上まれにみる暗愚だと国は見ている」
「……」
史上まれにみる暗愚が臣下を庇うだろうか?
リュウガは疑問に思ったが、サクヤの立場を鑑みて納得する。
内心はともかく国としてはそう前王を貶めておかなければサクヤがやり難いのだろう。
何も言わなくなった死人に全責任を被せるのは常套手段である。
「ゆえに国民に代わってお礼を申し上げる、ありがとう」
サクヤは頭を下げた。
名代とはいえ王の立場にあるサクヤが頭を下げるというのは非常に重い。
なぜそうまでしてリュウガを称えるのか。
「……俺に何を求めている?」
リュウガは警戒するように声音を低くする。
「俺を許すどころか称える始末、何をしようとしている?」
おおよその判断はつく。
しかし、それをサクヤの口から出るまで確証は持てない。
「……」
ここでサクヤは口をつぐむ。
これから先、言う言葉を口の中で反芻しているようだ。
針のさすような沈黙が下りてくる。
「童がリュウガに求めているもの、それは--」
つばを飲み込み、意を決したサクヤは緊張の面持ちで告げる。
「神になってくれ」
神。
サクヤの口から出てきた言葉。
「今、この瞬間からバグサス王国は終焉し、代わりにリュウガ=ドラグナイツ殿を神とした新しき国が誕生する」
サクヤのその宣言にはさすがのリュウガも閉口してしまった。
「……おいそれと返事できないな」
前回と違い、リュウガは言下に否定しない。
これだけの大事、保身や思い付きでの決断ではない。
リュウガの返答次第ではサクヤの首は当然、下手すれば王国を滅亡させかねない。
その心意気をリュウガはくみ取った。
「詳しい話を聞こう」
「さようか」
興味を示したリュウガにサクヤは安堵する。
少なくとも前王のように否定された挙句殺される事態は避けられた。
「説明は三女のアーシアが行う」
「こちらに」
サクヤの右わきに控えていた女性が立ち上がる。
ウェーブ状の薄青髪を背中にたらし、緑色の目は理知的な光を放っている。
見た目は十七か八、サクヤの見た目が二十後半だという事実を鑑みて至極当然かといったところか。
体の成長具合は年相応であるというのがリュウガの感想。
しかし……
「姉と父に全然似ていないな」
サクヤは黒目黒髪、前王は金髪碧眼。
サクヤの顔の彫りの深さは前王の面影が残っているが、アーシアには全く見えなかった。
「前王は好色家でした」
リュウガの疑問にアーシアがソプラノボイスで答える。
「ゆえに私達三姉妹全員が腹違いの子です」
にこりとアーシアが笑う。
その笑みに何の意味が隠されてるのか探ろうとしたリュウガだが、身内の問題に手を突っ込むのは野望だろうと考えて一歩下がった。
「初めまして、竜神様。部屋へとご案内いたしますのでご苦労願います」
アーシアはリュウガと二人きりで話すようだ。
特に断る理由もなかったので素直に従う。
が、ここで邪魔が入る。
「お待ちくだされ! ドラグナイツ殿!」
サクヤの左隣から恰幅の良い男が声を上げた。
「コーラン公爵、どうなさいました?」
アーシアは努めて平静を装って語り掛ける。
「竜神ドラグナイツ様の時間を頂いているのです。お待たせするのは良くありません」
アーシアは早めに切り上げたいようだ。
当然ながらそれを許すコーラン公爵ではない。
「姫方の思惑は私がご存知です! バグサス王国の王座は代々男が座るもの! それを認めたくないがゆえにこのような暴挙に出たのでしょう!」
どうやらバグサス王国はそのような慣習があるらしい。
まあ、リュウガのいた世界でも竜王の座に就くのはドラグナイツの一族のみだから特に思うことはなかった。
「ドラグナイツ殿、貴方は騙されております。姫方の謀略に惑わされることはありません。お望みならバグサス王国にそれなりの地位を用意しますのでどうかここはお引き取り下さい」
つまり今引けば当分の平穏は保証されるということか。
それはそれで魅力的だ。
元の世界に戻るには五年の月日が必要。
それまでの短期間ならどこか山奥にて籠っていれば問題ないだろう。
が、しかし。
「コーランとやら、それらの事情はアーシア姫から伺おう。部外者は余計な口をはさむな」
サクヤとアーシアは国を亡ぼす決断までしてリュウガを神として迎え入れると言った。
その決断までには相当な苦悩があっただろう。
それを汲み取らなければドラグナイツの名が廃る。
「しかし--」
「聞こえなかったのか? 黙れと言ったんだ?」
その言葉と同時にリュウガの体から溢れ始めた覇気にコーランは青ざめる。
「……ひい」
リュウガの視線に耐えきれなくなったコーランは悲鳴を上げ、蹲ってしまった。
「済まない、待たせたな」
そんなコーランにリュウガは背を向ける。
これ以上は時間の無駄だという風に。
「は、はい。ではこちらに」
リュウガの覇気に充てられてしまっただろう。
呆けていたアーシアはリュウガの声で我に返った。
「この部屋です」
アーシアは奥まった一室の前に立つ。
王宮の最も奥にあるその部屋は最高機密について語り合うのだろう。
その部屋の調度品は最高級の品質だった。
「入る前にアーシア姫」
「はい」
「大分疲れているだろう、俺はここで待っているから少し息を抜いてこい」
王国を譲り渡す決断に加え、リュウガの覇気に触れたアーシア。
その消耗具合は想像を絶するだろう。
「いえ、大丈夫です」
が、アーシアも王族。
疲労は一切見せない。
「命令だ。十分間中で待て」
だったら強制的に休ませるだけ。
「しかし」
「アーシア姫、同じことを言わせるつもりか?」
そう念を押されたら従う他ない。
「はい、申し訳ありません」
さすがは王族。
ドアを閉める直前まで静謐な様子を崩さなかった。
「なぜ竜神様に神になって頂きたいのかお話ししましょう」
席に着いて相対したリュウガにアーシアは微笑みかける。
その笑みは敵でないことをアピールしているのかとリュウガは考えた。
「竜神様は--」
「リュウガでよい」
「分かりました、リュウガ様の活躍はすでに聞き及んでおります。国境付近を荒らしまわっていた侵略者をたった一人で撃退し、その過程で亡くなった村人の蘇生。特に後者は前代未聞です。未だに半分以上は死者蘇生の事実を受け入れておりません」
「遺体の状態が良かったからな。だから専門外の俺でもできた」
「ご謙遜を。死者蘇生は一つの到達点、それをいとも簡単に成し遂げたリュウガ様は我らと違うのでしょう」
「まあ、種族からして違うよな」
人の姿形でありながら竜の力を宿した種族--竜人。
人間という種類で括り切れる存在ではない。
「が、種族という意味では亜人もそれに含まれるのでは?」
道中、獣耳や尻尾が生えた者もいたし、人間離れした美しさを持つ者もいた。
亜人という括りなら竜人もそれに含むことができる。
「ご冗談を、他の亜人達はリュウガ様のような圧倒的な力を持っておりません。括ろうと思えば括れますが、感情的に納得できません」
極論を言えばトカゲも竜族の一員。
種族的にはあっているが、トカゲと竜を同列に扱うなど無理である。
「バグサス王国の臣下は非常に揺れています。リュウガ様という強力な存在をどう扱っていいのかわからない、つまり恐怖しているのです」
「……剣を取るのなら何時でも相手になるぞ?」
恐怖を取り除くにはその恐怖を出している存在を排除すること。
安寧のためリュウガを討伐しようとするのなら受けて立つ自信があった。
「いいえ、私は別の方法を取ります」
アーシアはそう前置きし。
「リュウガ様と同化する道を選びます。恐怖の存在であるリュウガ様と共にあることを以て安寧を図りましょう」
これがリュウガ様を神に据える第一の理由です。
と、アーシアは蕩けそうな笑みを浮かべて歓迎した。
「それは面白い意見だ」
生物は超常的な存在に畏敬の念を持ち、崇拝する傾向がある。
リュウガ自身、代々の竜王そして魔王を輩出してきたドラグナイツの名に誇りを持ち、その名を汚さないよう努めていた。
「しかし、問題がある。人間から神と崇められることを俺は望んでいるのか?」
高校生が同じ高校生の集団を率いるのならともかく高校生が小学生の集団を率いてどうする?
自慢になるどころか恥にしかならない。
「それに、あのコーランとやらが言っていたようにそれなりの安全を保障してもらって山奥で過ごす道もある」
数年我慢すれば元の世界に戻れるのだから、わざわざ苦労する意味が見いだせない。
「まあ、理屈はこんなところ」
リュウガは両手を広げて笑みを作る。
リュウガが試すのはアーシアの心。
彼の目を見開かせるほどの回答をリュウガは期待していた。
「……確かにリュウガ様から見れば私達は矮小な存在でしょう。そしてそんな矮小な存在から崇拝されたところでリュウガ様と同じ次元にいる神々からすれば軽蔑の対象でしかありません」
しかし、とアーシアは続けて。
「リュウガ様を崇拝する矮小な存在が他の矮小な存在と国を調伏し、従えたらどうでしょう? この混沌とした世界に秩序を齎せばそれは神々から見ても瞠目に値することでは?」
「ほう」
アーシアの言葉にリュウガは唸る。
確かにそれならば面目が立つ。
高校生が小学生を倒しても何の自慢にもならないが、その高校生を尊敬する小学生が他の小学生の上に立てば高校生の名誉は守られる。
アーシアの言葉に熱が帯びる。
「それにリュウガ様は何時か元の世界に戻られますが、その際に異世界で寝て過ごしていたというより異世界一つを支配した方がリュウガ様のためになるでしょう。そしてそれ以上に、魔王になるために生まれてきたリュウガ様が格下の私達を従えるのはわけないと思います」
「アーシア姫は言葉が上手いな」
特に最後。
魔王という言葉にリュウガの野望が蠢く。
竜族だけでなく、あらゆる種族を従える魔王の資格をリュウガは持っていると考えていた。
「そこまで言われたら俺もやるしかあるまい」
リュウガは腕を組む。
「では?」
アーシア姫の目が輝く。
その期待に応えるようにリュウガは頷き。
「ドラグナイツの名に懸けて竜神と崇められることを許そう。そして新しい国の名はリンドブルム竜神国--この世界を統一する国家だ」
ドラグナイツの名に誓って神となり、異世界を統一する旨を口にした。