序章 リュウガ登場
「貴様が俺を呼んだのか」
場所はバグサス王国の宮殿、謁見の間。
王はもちろん、国の重鎮そして文官と武官が勢揃いしている中、中央で腕組みをしている者--リュウガ=ドラグナイツが傲然と言い放った。
「答えることを許す。その玉座にふんぞり返った貴様、答えろ」
いみじくもこの国の王を指図するどころか貴様呼ばわり。
「こいつ、何様だ!」
「畏れ多くも陛下に向かって!」
口々に喚き立てる集団。
リュウガを捕えようと直立していた近衛兵が動き出そうとする、が。
「俺は貴様らに答えることを許した覚えはないぞ?」
低い声でそう唸った瞬間、リュウガの体から尋常ではない覇気が放たれる。
「が!?」
「い、息が……」
まるで巨人が上から押してくるような感触に大部分の者が気絶して倒れる。
辛うじて意識を繋ぎ止めたものもその場に留まるのが精一杯で何もできそうになかった。
「もう一度聞く、何故俺を呼んだ?」
リュウガが同じ質問を繰り返す。
「下らん理由であってみろ? この場にいる全員焼き殺すからな?」
リュウガの右手から火球が出現する。
魔法に詳しいものが見たら卒倒するであろう威力と込められた魔力量。
もしこの火球を解放すれば確実にこの城は跡片もなく灰となった。
「ま、待った待った待ってくれ」
魔法を少しかじっていた国王は血相を変えて立ち上がる。
「お願いじゃ、その火球を消してくれ。それがある限りわしは落ち着くことができん」
ギロチンの刃が頭上にある状況で平静を保てる者は少ないだろう。
残念なことに、バグサス王国の国王はその少数に入っていなかった。
「ふん」
不機嫌そうに鼻を鳴らしたリュウガは火球を消す。
「消したぞ。さあ、答えろ」
「その前にそなたの名を聞いて構わないか?」
「はっ、なぜ俺が貴様に名乗らなければならん?」
リュウガは鼻で笑う。
「貴様は俺を名乗らせるほど何かをしたわけではないだろう?」
名乗ってほしければ力を見せろと。
一国の王に対して不遜極まりないが、それを許してしまう何かがリュウガにあった。
「……我が国--バグサス王国とノーズガン王国はバースフィア大陸西方の覇者を決めんと争っておる。しかし、なまじ国力が均一なため一進一退を繰り返す膠着状態に陥っておる」
「続けろ」
「わしはその状況に終止符を打ちたい。憎き仇敵を吸収して西方領域に覇を唱え、中央大陸に進出、ゆくゆくは大陸の覇者になりたいのじゃ」
「で、そのために俺を呼んだと?」
「うむ、ゆえに禁術とされてきた異世界の者を召喚する魔法によってそなたを呼んだわけじゃ」
「なるほど、世界を欲しいがゆえに俺を呼んだと。そういうわけだな?」
「その通りじゃ。異界人よ、わがバグサス王国のためにその力を使ってくれまいか?」
「下らん、断る」
一秒すら間がない即答。
国王の目が丸くなる。
「……不審に感じていたがなぜ自由意思がある? 伝承によると召喚された者は逆らえないはずじゃが?」
「はっ、あんな子供だましの魔法にかかり続ける俺ではない。即刻解呪したわ」
驚くべきことにリュウガは召喚契約を一方的に破棄したらしい。
悪魔ですら出来ない所業をリュウガは平然と行っていた。
「では、もしかして……」
王の顔が蒼くなる。
今のリュウガは首輪の取れた猛犬と同じ。
誰にも制御できない。
「貴様、一応聞くが俺を元の世界に戻すことはできるのか?」
「……」
国王は答えない。
その沈黙が出来ないと表している。
「まさか元の世界に戻せるあてもないのにこの俺を呼んだのか」
リュウガの目が細める。
たったそれだけの動作で場の空気がさらに重くなる。
「分かった、もういい」
一つ頷いたリュウガは先ほど消した火球を出現させる。
しかも以前より大きな代物。
こんなものを解放したらどうなるのか。
考えるだけで恐ろしい。
「ま、まて! 待つんじゃ!」
取り乱し、血相を変えた国王が立ち上がる。
「そんなものを解放したらどうなる!? この城だけではなく、王都全てが灰燼に帰すぞ!」
「ああ、そうだな」
何当たり前のことを言ってるんだとリュウガは嗤う。
嗤いながら続ける。
「でもな、この俺を下らん理由で呼び、しかも元の世界に戻れなくしたんだ。それぐらいの責は負うべきだろう……だが」
リュウガは一拍置く。
「この中に俺を呼び出すことを知らなかった者もいる。俺としては極力無関係な者を巻き込みたくない。だから選択肢を設けよう」
リュウガはじろりと周囲を見渡して。
「この俺を召喚した儀式を知っていた者と行った者を連れて来い、そいつらの命で償ってもらう。断っておくがもし庇ってみろ。そのことが露見した日がこの城と街の終わりだ」
「……全てわしの独断でやった」
長い沈黙の後、王が口火を切る。
「召喚方法も、儀式も全てわし一人が行った。我が臣下は何も知らない、無関係じゃ」
異世界からの召喚など全て一人で行えるわけがない。
子供でも分かる嘘を王がつく。
その心は。
「部下のために命を捧げるか……素晴らしい心意気だ」
リュウガは一転し、満足そうな表情を作る。
「俺の名はリュウガ=ドラグナイツ。貴殿の名は?」
「メドス=コルトンだ」
「メドス=コルトン。その心に免じて貴殿一人の命で勘弁してやろう」
「助かる」
メドスは覚悟を決めたようだ、ぐっとリュウガを見据える。
「ミラン! シャロン! 手出しは無用!」
メドスを守るために動こうとした近衛兵を一喝する。
「これはわし一人の過ちゆえ! 良いか! 何人たりともリュウガへの報復を許さぬ! それが王として最後の命令じゃ!」
「言いたいことは言ったか?」
「……確認じゃが、本当に我が臣下に手を出さないんじゃろうな?」
「安心しろ。俺は竜族を統べる一族ドラグナイツの名字を持つ者だ。ドラグナイツの名においてメドス=コルトンの臣下の命は保障すると誓おう」
真摯な響きの籠ったリュウガの誓い。
それを聞いたメドスは安心したのか体の力が抜けた。
「では、さらばだ」
リュウガは小指の先ほどの火球を生成、王に向かって飛ばす。
ふらふらと心もとない軌道を描きながらメドスに向かい、それが胸辺りに触れた瞬間巨大な火球へと膨張する。
そして巻き起こる爆風と熱線に誰もが目を背ける。
風が収まった時には、メドスの姿は玉座ごと消え去っていた。
「さて、俺はもう行くか」
リュウガはバルコニーへと向かう。
どうやらそこから背に生えた翼を使ってこの城から出るようだ。
が、それに納得しない者がいる。
消失した玉座の右席。
軍服を纏った金髪碧眼の女性が燃えるような目でリュウガの背を睨みつけていた。
「この無法者! ただで済むと思っているのか⁉」
長身の女性は吠える。
「いみじくも我が父を亡き者にしたお前が生きることを許されると思っているのか⁉」
国王を父と呼ぶわけだから必然的に彼女は王女か。
なるほど、軍服に身を包みながらも高貴さを失わないのは気高き王族そのものだ。
「っ、止めなさいリュミス!」
「そうよ、リュミス姉さま。相手が悪すぎるわ」
そしてその王女を止める二つの声。
どうやら三人姉妹以上だとみて構わない。
「……」
後方でそんな一悶着が起こっているにも拘らずリュウガの歩く速度は変わらない。
一瞥すらしないのは、すでにリュウガは残った臣下のことは頭にない。
ただ、道端に転がっている石と同程度の認識だった。
「こちらを向け、無法者!」
どうでも良い存在に思われたと悟ったリュミスは抜刀してリュウガに向かう。
リュミスは何が何でもリュウガに振り向かせたいようだ。
リュウガの動きは緩慢なのでものの数秒で二人の距離を詰める。
そのまま斬りかかるかと思いきや。
「――止めとけ」
たった一言。
背を向けたままのリュウガはその一言でその場全体を支配し、リュミスは一歩も動けなくなった。
「貴様はメドスによって救われた命、無駄にするでない」
リュミスは泣く。
憎い敵が目の前にいるのに体が動かない。
己の体なのに己の体でない感覚にリュミスは泣くことしか出来なかった。
「では、さらばだ。断っておくが先に逝ったメドス殿に会いたいのなら俺を探すが良い。貴様らを見逃すのはこの一回だけ。だからすぐに送り届けてやろう」
そう言い残したリュウガは背にしまってあった羽根を大きく広げる。
そして軽い靴音を残したリュウガはあっという間に見えなくなった、
バグサス王国領のセルト村。
その村は隣国ノーズガン王国との国境が近い。
敵国が目と鼻の先にあるというのは村としてどうかと思うが、ノーズガン王国とバグサス王国とは良好かつすぐ近くに砦もあるので村人は安心していた――数日前までは。
「きゃああああああ!!」
若い村娘が叫び声を上げて逃げ惑う。
彼女だけではない、他の村人も似たようなもの。
何故ならセルト村は襲われているから。
バグサス王国の王が崩御し、後継者決めで揉めている状態だと知ったノーズガン王国はすぐさま同盟を破棄。
軍隊を送り込んでバグサス王国領の蹂躙を始めた。
セルト村もその対象の一つ。
炎を矢が吹き荒れる中、村人達は必死に安全地帯を求めて逃げ惑っていた。
セルト村から少し離れた森。
一際大きな木の元にて鳥の止まり木状態と化している男がいた。
断っておくがこの男は死んでおらず、ちゃんと生きている。
鳥だけでなく、リスやイノシシ、果ては魔物までも男の傍に付き従っているところを見ると動物たちに好かれているようだった。
実際、その者の姿は奇妙である。
身長が二メートル近くあるのは良い。
背に翼を生やしている種族も実在している。
当然、尻尾がある種族も。
だが、鳥人のような優雅な翼でなく、ドラゴンの羽のような荒々しいデザインの翼と、大人一人を巻き殺してしまいそうな長く太い尻尾を持っていた。
「騒がしいな」
昼寝を邪魔されたリュウガは低い声を出して体を起こす。
その瞬間鳥たちが一斉に羽ばたいたがリュウガは知らん顔だった。
「どうやらあちらの方からか」
リュウガの視線の先にあるのは襲われているセルト村。
「……消すか」
一番手っ取り早いのは王都を消失させるほどの威力を持つ火球をセルト村に投げつけること。
それが最も簡単な方法だがリュウガはある事実に気付いて止める。
「何の罪もない者を巻き添えにするわけにはいかんな」
リュウガの中の価値基準の一つ。
それは無関係な者は極力巻き込まないことである。
「ああ、くそ。詰まってばかりなのに」
リュウガは非常に不機嫌である。
その理由はリュウガのいた世界に戻るのに早くとも数年の年月が必要なことを知ったから。
「星の位置が悪すぎる」
リュウガは憎々しげに青い空を見上げる。
空間と空間を繋ぐ位相魔術の触媒は星の位置が基本。
ある世界に行く場合、出来るだけこの世界の星の位置と合致させた方が成功しやすい。
そしてリュウガは夜に星の位置を確認し、その星の位置が何時彼のいた世界の星の位置に合致するか計算したところ、三年から五年という結果を弾き出してしまった。
何でも自分の思い通りにしてきたリュウガだが星の位置ばかりはどうにもならない。
数少ない挫折に遭ったリュウガは今の今まで不貞寝をしていた。
何もしなくとも腹は減るがそこは森の動物たちの手助け。
動物たちはリュウガが飢えないよう水や食べ物を用意し、汚れた彼の体を清めていたのでずっとそのままでいれた。
「煩いな」
リュウガは頭をかく。
彼の耳に入るのは喧騒と鉄と鉄が打ち合う音、そして悲鳴。
特に最後の悲鳴がリュウガの癪に障る。
「静かにしろ」
リュウガの覇気がどんどん高まる。
その覇気に呼応して周辺の木々がパンッと音を立てて割れ始める。
パン、パパパン、パパパパパパパン!
小気味よい音が続けざまに起き、そして割れる木々が少なくなって一瞬の静寂が出来た瞬間。
『だまれ!!』
人間の声とは思えない、まるで竜が吠えたかのような咆哮がリュウガの口から飛び出した。
そして静まり返る周辺。
先ほどまでの騒がしさはどこにいったのか、今一番煩いのは風に揺らされた枝葉の擦れる音だった。
「ふん」
静かになったのを確認したリュウガは再び横になる。
リュウガ自身、何時までこうしているかは分からない。
ただ、答えが出るまでは動こうにも動けなかった。
と、これで終わりかと思いきやすぐに喧騒が戻ってくる。
あの一喝では時間稼ぎ程度にしかならなかったらしい。
「俺の警告を無視するとはいい度胸だな」
リュウガは先ほどの激情が嘘のように平坦な表情。
外に出さない分底知れぬ恐怖を感じさせる。
「待ってろ、後悔させてやる」
そしてリュウガは大地を蹴って空中に飛び、翼で風を受けて渦中の村に向かった。
ノーズガン王国第百部隊副隊長――ギリア=コミデスは何が何だかわからなかった。
自分達は国の命令を受けてケルン村を襲撃、町民全員を皆殺しにしている時のこと。
最期から一歩手前までは上手くいっていた。
抵抗する村人はその場で殺し、降伏した村人は中央に集めてまとめて処刑。
後は村全体を焦土にすれば任務完了だった。
なのに何故だ? 何故こんなことに?
突然森の方角から身の毛のよだつ咆哮が響き、そして人の形をした何かが姿を現した。
背に生えた翼と尻尾から亜人の一種だと思われる。
しかし、あんな亜人などいたか?
ただ立っているだけでその場を支配する威圧感。
生まれながらの覇王。
逆らうことは許されない。
ギリアは渾身の力を込めても跪くことを拒否するだけで精一杯だった。
「何をしている?」
村の広場に降り立ったリュウガはじろりと周囲を睥睨する。
そこには十数人の武装した者がいたが、立っているのはわずか二、三人。
残りはリュウガの覇気に充てられてその場で平伏していた。
「貴様らのやることはこの俺の平穏を崩すだけの理由があるのか?」
静かな声だが、それは全員の耳朶を打つ。
「これ以上騒ぐことは俺が許さん」
リュウガは立っている中でもっとも豪華な鎧を着ている兵士に向けて言い放つ。
「これはドラグナイツに誓った宣誓だ。従わないのであれば死を与えよう」
ドラグナイツと口にした瞬間、リュウガの覇気が一層濃くなる。
どうやらリュウガにとってドラグナイツという名字は一種のスイッチになっているらしい。
「今なら命を助けてやろう。早く去るが良い」
リュウガは右腕を左から横薙ぎに振った。
その瞬間ギリアを始めとした兵士の体が自由になる。
リュウガは覇気を解いたらしい。
大多数の兵士は一刻も早くこのリュウガから逃れたい。
勝てる未来が想像できず、何をやっても負ける未来しか浮かばない。
しかし、己は兵士でありその進行先は上官が決めていた。
「断る! 誰かもしらん貴様に従う理由などない!」
この隊の隊長――立っていた者でなく平伏していた者の中からそんな威勢の良い声が上がる。
「俺の命令に従わないのか?」
リュウガは命令を出した隊長を見据える。
「断っておくが俺はドラグナイツの名を出した。つまり貴様らが泣いて命乞いをしようが許さんし逃げ出しても地の果てまで追いかけて殺す……これが最後の警告だ。ドラグナイツの名において剣を捨て。この場を去れ!」
リュウガの体から覇気が湧き出ていく。
余りのリュウガの大きさに誰もが覚悟をする、もし今逃げ出さなければ命はないと。
「た、隊長……」
兵士の一人が思わずか細い声で指示を乞うた。
そして全員の注目を集めている顔面蒼白な隊長はようやく口を開いて。
「全員! わしが逃げ出すまで時間を稼げ!」
と、卑劣な命令を下した。
その驚きの内容にリュウガと隊長以外の目が点になる。
「……まあ、別に構わんさ」
リュウガは隊長の思惑を想像してみる。
この場で全員退却したらどうなるか。
任務放棄と敵前逃亡の罪に問われて降格は必至、下手すれば殺される。
かといってリュウガに立ち向かうのは論外。
半数ぐらい死なせる手もありだが、それで処分を免れない保証はない。
それに生き残った部下が自分の上に立つ未来など絶対に御免。
だったら全員殺してしまおうと。
部隊が全滅すれば戦闘継続が不可能として抒情酌量の余地があるかもしれない。
「ほ、ほんとだな。本当にわしを狙わんな?」
隊長が震える声で尋ねる。
「ああ、貴様は俺に剣を向けていない。ドラグナイツの誓いの範囲外だ」
ドラグナイツの誓いはあくまでリュウガに剣を向ける者のみ向けられる。
命令を下した者は対象外だった。
「ひ、ひいいい……」
そして隊長は脱兎の如く逃げ出す。
その潔い逃げぶりにリュウガはしばらくそれを見ていた。
「さて、と」
リュウガは視線を元に戻す。
目の動きだけで緊張が走り、残された兵士達は一様に恐怖する。
「残った貴様らはどうする? 逃げるか? それとも死ぬか?」
本音を言えば兵士達も命が惜しく、この場から逃げ出したい。
しかし、それをすれば命令違反として厳しい罰が下ってしまう。
前門にリュウガ、後門に命令違反。
どちらを選んでも死ぬ選択に兵士達は知らず涙を流した。
このまま絶望的な戦いが始まると思いきや、鋭い声が上がる。
「副隊長の名において命ずる。総員退却!」
それはリュウガの覇気を受けてもなお立っていた者だった。
副隊長は険しい目つきでリュウガを睨み、張りのある声を出す。
「竜の化け物! 殺すなら私一人を殺せ! それを以て他の兵士達を見逃してはくれまいか?」
「俺に剣を向けない限りはな。そして殺す側の俺が言うのも何だが、貴様も剣を捨てれば見逃すぞ?」
それがドラグナイツの誓いだ。
リュウガのその申し出に副隊長は首を振って。
「誰かが責任を取らなければならない。ここで私が死ななければあの隊長は全責任を私か兵士達になすりつけるだろう。隊長は屑だ、自分は常に安全圏にいなければ何も出来ない臆病者だ」
「無能な隊長の保身のために自らの命を散らすか……不遇な人生だったな」
「その言葉には賛同できない」
副隊長は首を振って。
「部下の命を守れ、強敵である貴殿と戦える……これ以上の誉れはあろうか?」
抜いた剣を高々と掲げた後、その切っ先をリュウガに向けた。
「……そうか」
剣を向けた以上、リュウガは副隊長を生かす余地はない。
金剛石すら砕くリュウガの両手が鳴る。
「我が名は誉れあるノーズガン王国第百部隊副隊長――ギリア=コミデス! 王国のために、そして部下のためにいざ! 勝負!」
決死の気迫を込めた副隊長――ギリアはリュウガに斬りかかる。
己が全てを賭けたその剣は通常ならば岩すら斬るだろう。
しかし。
「なっ?」
岩より硬い竜の皮を持つリュウガにぶつかった瞬間、当たった箇所から折れてしまった。
「っく!」
咄嗟にギリアは体を退こうとするが。
「言い残したいことはあるか?」
それより先にリュウガの手がギリアの首を捉えた。
もはや挽回の余地はない。
そう悟ったギリアは笑って。
「ノーズガン王国……ばんざい!」
そう叫んだ瞬間ギリアの体は、青銅の鎧すら焼き尽くす炎に包まれた。
「さて? 他はどうする?」
黒焦げになった地面を一瞥したリュウガは問う。
「ギリア=コミデスは貴様らに逃げろと命令した。従うか? それとも否か?」
その言葉が引き金になった。
「う、うわああああああ!」
兵士達はタガが外れたように後ろを向き、一目散にこの場を後にする。
その光景を見、そしてギリアだった消し炭を見たリュウガは一言。
「出来ればお前だけを生かしたかった」
リュウガは強者を好む。
己の命を投げ出して部下を救ったギリアにリュウガはそっと哀悼の念を送った。
戦闘が終わった後リュウガは周りを見やる。
そこには自らが屠った兵士の他に巻き込まれた村人の姿があった。
その死体の傍に駆けよって泣き叫んでいる者。
健気な村人達が嘆いているのを見たリュウガは気まぐれを起こした。
「この中の有力者は誰か?」
「は、はい。私が村長です」
リュウガの問いかけにおどおどしながら五十代の壮年が出てくる。
恰幅の良い村長だが、襲撃の件のためやつれてみえた。
「村長、村人の死体をここに集めてくれ」
「何をするのですか?」
「生き返らせる。ドラグナイツの名に誓って死んだ村人全員を蘇らせよう」
事もなげにリュウガは言い放つ。
「俺はいずれ竜族を統べ、数多の種族を統べる魔王となるべき存在だ。人間の一人や二人蘇らせなくてどうする?」
竜族や魔王云々はともかく、生き返らせるだけの力は持っていると言いたかったのだろう。
「は、はあ」
信じられないとばかりに村長はポカンとしている。
「証拠を見せよう」
リュウガは手近にあった村人の死体の前に跪き、何やら印を唱える。
すると死体の周辺に魔法陣が出現し、それが光輝いた瞬間、死体だった村人の目が開いた。
「お父さん!」
その村人の娘であろう人物が駆け寄って抱き締める。
その光景に皆が呆然としている中、リュウガが立ち上がって一喝する。
「何をボーっとしている! さっさと死体を持ってこい! 時間が経てば蘇る者も蘇らなくなるぞ!」
その言葉に村人達は弾かれた様に動き出し、リュウガの前に殺された村人の死体を運び始めた。
「ガゼル!」
「あれ? 母さん? 僕は死んだはずじゃ?」
最後に残った村人が体を起こし、彼に抱き付く母親らしき婦人。
「これで全部だな」
全てを生き返らせたリュウガは座って胡坐をかく。
膨大な魔力を持つリュウガもこれだけの数十人の村人を蘇らせるのは骨だった。
途中で止めたくなったが、ドラグナイツの名を出した以上、最後までやり遂げなければならなかった。
「ありがとうございます」
村長が礼を述べる。
死者蘇生という奇跡の業を信じられないのか大分上ずった声だ。
「ただの気まぐれだ、礼など要らん」
気にするなと言わんばかりにリュウガは手を振る。
「日が暮れるな」
蘇生に集中して気付かなかったがすでに夕日が沈みかけ。
この分だとすぐに暗くなるだろう。
「俺は森に帰る」
リュウガは立ち上がる。
そして、広場に集まっている村人全員に向かって。
「聞け! 俺はあの森にいる。ゆえにその森の中で騒ぎを起こす真似は許さんからな!」
狩りや山菜取りは別に構わない。
だが、森を荒らし過ぎるのは許容できなかった。
「では、さらばだ」
村人達が頷いたのを確認したリュウガは羽根を広げて飛び立つ。
竜人の移動速度は早く、あっという間に見えなくなった。
そしてまた数日後。
元の場所に戻ったリュウガは動物たちと共にいるかと思いきや、意外なことに女性の姿もあった。
しかも凄い美人。
まあ、それも当然だろう。
何せその女性は村一番の美女とされる村長の娘。
長くつややかに栗色の髪の毛に柔和な笑みを浮かべる女性。
この女性のそばにいると時間の流れが速くなったかと錯覚するほど穏やかな性格をしていた。
「リュウガ様、しっぽのお手入れが終わりました」
「ご苦労、ミース」
布を器用に使ってしっぽの汚れを取り除いたミース。
「さすが人間だ、丁寧にやってくれる」
「ありがとうございます」
リュウガの褒め言葉にミースは顔を赤くした。
断わっておくがミースはリュウガに連れ去られたわけではない。
彼女の意思でリュウガの傍に来ていた。
「なんでもします、とにかくお傍に置いてください」
夜が明け、早朝の森にリュウガの名前を呼ぶ声が響く。
その声に聞き覚えがあったリュウガは森の動物を使わしてその人物を呼んだところ、現れたのがミース。
リュウガの姿を見るなり跪き、前述の言葉を述べたのだった。
断わっても良かったが、やはり動物の体だと体の手入れが雑になる。
人間ならその両手を使って清潔に保てるだろうと判断したリュウガはミースを傍に置くことにした。
ここへの道のりは人間だと毎日来れないのでミースはリュウガの周辺で寝泊まりしている。
さすがにリュウガと同じく野ざらしは酷なので簡単な住まいを作ったが快適さは村より劣る。
すぐに逃げ出すだろうと踏んでいたリュウガだったが、意外にもミースは弱気な顔を一切見せず、むしろ嬉々としていた。
不便はないかリュウガが尋ねるとミースは微笑みながら。
「不便以上に安心感があります。リュウガ様のお傍なら命の危機にさらされることはありません。こうして生を噛み締める以上の幸福があるでしょうか?」
敵国の兵隊に村を襲われ、殺されかけただけにその言葉には重みがあった。
「僭越ですが一言よろしいでしょうか?」
「うん?」
「リュウガ様が頻繁に仰るドラグナイツの誓いとは一体何でございましょうか?」
ドラグナイツの誓い。
これまでの言動から察するに特別な意思があることは間違いない。
どうしてそこまで己の名字に自信を持つのかミースは知りたかった。
「俺の名はリュウガ=ドラグナイツ。誇り高き竜族を統べる至高の一族だ」
リザードマンからドラゴンまで数多の竜族を従える竜人。
その中の最上位に君臨するのがドラグナイツ一族。
「いわばドラグナイツは竜王の代名詞。王の名に誓う以上、必ず成し遂げなければならない」
王や神に嘘偽りがあってはならない。
しかもリュウガは率先して守らなければならない立場。
例えその先に待っているのが死だとしても、竜王の一族として誓いを破る姿は見せられなかった。
「ミース、これでいいか?」
「はい、リュウガ様。卑賤な私の浅薄な質問に答えてくださりありがとうございました」
「……」
謙遜という域を超え、卑屈になってはいないか?
リュウガはミースの心構えを聞こうと口を開いたその時、遠くのほうから団体の足音が聞こえた。
しかも洗練された歩き方から屈強で訓練を受けた男だと推測する。
「ふむ……」
リュウガは考える。
無視してもいいが、暇つぶしには丁度良いと考えたリュウガは近くにいた動物を案内人として遣わした。
そして待つことしばらく。
銀色に光る鎧に磨かれた楯を持った一団がリュウガの前に現れた。
「お初にお目にかかる。リュウガ=ドラグナイツ殿」
団長らしき男が一歩進み出て前口上を述べる。
「私はバグサス王国からの使者--ミシェル=ロンギルトと申す。我が国の第一王女サクヤ様がドラグナイツ殿との会見を希望されておる。どうか神妙にご同行願いたい」
「ふむ……」
ミシェルの申し出をリュウガは口の中で転がす。
リュウガはバグサス王国の国王をこの手で殺めている。
通常に考えれば報復目的だろう。
「聞くがもし俺が断ったら王女にどう報告するつもりだ?」
「断りの報告はしません」
ミシェルが僅かに声を上ずらせて。
「何故なら我らにはドラグナイツ殿と同行する選択肢しかないからです。もし叶わなければここが我らの墓場です」
「……」
ミシェルだけではない、部下全員が覚悟を決めた目。
ミシェルの言うことは本当だろう、決死の覚悟でリュウガのもとに赴いている。
「--面白い、気に入った」
リュウガは笑う。
命を賭けてまで成し遂げようとする人物は好きだ。
「会いに行ってやろう」
ミシェル達の心意気に感服したリュウガは受諾し、彼らとともにバグサス王国の王都へ向かった。