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旅の果てに

 エリシアの家には、普通の家に比べて少し大きめの物置小屋がありました。そこはたくさんの物であふれていて、まるで博物館のようでした。

 エリシアは物置にいるのが好きでした。修理待ちのオルゴールや、飾る場所のない絵画に囲まれていると、自然と心が落ち着くのです。

 小屋の中央、小窓から差し込む陽光に照らされた暖かな場所が、彼女の定位置でした。目の前に、祖父が子供の頃からあるという大きな時計がたたずむ場所です。

 エリシアは物置にある全てのガラクタを愛していましたが、その中でもこの時計は一番のお気に入りでした。

 その時計の前に座ると、エリシアはいつも不思議な体験をしました。時計の前に座り、左右に揺れる振り子をただ眺めるだけでよいのです。しばらくすると、徐々に意識が朦朧(もうろう)としてきて、気づくと物置とは違う場所にいるのでした。

 貴族のお城の大広間や、大海原を走る木造船、小さな屋敷のリビングルーム、飛ばされる場所はいつも異なって、エリシアにはその場所に応じた役が与えられました。お城では貴族の娘、船では女海賊、屋敷では家族の一人娘といった具合に。

 最初こそ、それはひどく驚いて、不安で泣きわめいたりもしましたが、行く場所には必ずあの時計があって、これに触れれば物置小屋に帰ることができました。

 それを知ってからは、もう何も恐れるものことはありませんでした。元々好奇心旺盛なエリシアは、時計との旅が大好きになりました。

 とある一家の長女として、家族みんなで食事をしている時のことでした。父親の読む新聞を見て、彼女はそれが過去の物であることに気がつきました。


「どうして昔の新聞なんか読んでいるの?」


 エリシアがそう聞くと、父親は首をかしげて、手にしていたティーカップをソーサーに戻しました。


「何を言っているんだい? おかしな子だ。これは、今朝届いた新聞だよ」


 そう、彼女は過去を旅していたのです。その次も、そのまた次も、エリシアは過去の世界に運ばれました。それもどうやら、徐々に現代へと近づいているようなのです。

 エリシアは考えました。このまま旅を続けていけば、いつかは自分の暮らす現代へとたどり着くでしょう。では、その後はどうなるのか。時計は未来にも連れて行ってくれるのか。

 それからは、日に何度も物置小屋を訪れ、時間の許す限り旅行を楽しみました。心配した母親が、物置へ入ることを禁止するほどです。それでもエリシアは母の目を盗んで、物置小屋に入りびたりました。

 そうして、ついにその時がやってきました。昨晩の旅は、今から一年前でした。次はちょうど現代か、もしくは未来になるはずなのです。

 エリシアは両親が出かけた隙に、物置小屋へやってきて、いつものように時計の前に座りました。今回もやはり、しばらくすると意識は遠のいていきます。エリシアは抗うことなくまぶたを閉じて、振り子の誘いに全てをゆだねました。

 精神の旅は、暗闇の中、人肌の温度をした水中を、身一つで漂うような心地よさがあります。やがて、身体が水面に浮き上がるような感覚がしました。到着の合図です。

 エリシアが目を開くより先に、その小さな鼻を植物の香りがくすぐりました。どうやら屋外についたようです。これは、とても珍しいことでした。時計はたいてい屋内にあるものだからです。

 目を開くと、そこは薄暗い森の中でした。太陽の光をさえぎる葉が頭上をおおい、数メートル先ですら見通せないほど、木々が集まっています。

 目の前には、エリシアを時の旅に連れ出した時計がたたずんでいます。これは、いつもと変わりません。エリシアの意識が浮上するのは、必ず時計の前なのです。

 エリシアは時計の様子に違和感を持ちました。

 重厚な質感の木枠や不思議な字体で数字を記した文字盤、黄金色の振り子……。エリシアは最後に目をやった振り子を、まじまじと眺め、そしてようやく気がつきました。

 満月のような重りを下げた振り子は、ただ一直線に地面を指しており、まるで動く気配がないのです。

 そう、時計は、止まっているのでした。




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