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大卒ニートになれなくて

作者: 南条ありか

高卒と大卒では、生涯賃金が9000万円違うといわれている。

この言葉は、高卒からしてみても、大卒からしてみても、けして心を軽くはさせない。

自分の仕事のビジョンに満足していて、学歴という名の肩書きがなくても、何の苦労もせずにバリバリ働いているという高卒には、まったくもって関係がない概念なのかもしれない。

大卒という肩書きのための4年を、勉強ではなく仕事といった面にて費やし、満足した結果であるのだから。時は金なり、といった言葉の良い例である。

 早稲田大学の中退生が言っていた、ある言葉。「もう学歴が必要ない、と思ったから大学を後悔なく辞めることができた。起業した会社の仕事に専念できる。」要は、最終学歴以上のものを、起業して見つけたのだろう。

自信があれば、学歴などといった肩書きがなくても誇れるものがある筈だ。

小説家も、女優も、音楽家も、大卒ではないからといって、生涯賃金に9000万円の差がつけられているとは到底思えない。

藁にもすがる思いで就職活動を始めた21歳の春、何も思い、何を考え、過ごしていただろう。

将来?安定?世間体?そんな先のことを考えるのが容易ではなく、学生という肩書きに甘んじて、退廃的な生活に酔っていても、なんの文句もつけられない時期だった。みんながみんなそうである、といったわけではないけれども、こういったパターンは少なくもないからだ。

明日のテストで単位を落として、留年するかもわからない状態で、一年後に社会人としてバリバリ働いている自分が想像出来るわけがない。

別に、社会人になることが義務であるわけではない。ただ、国民の三大義務とも言える、「勤労の義務」からは逃れられないというだけだ。健康な体を持て余しているこの限りは。

しかし周りを見ると、追いかける夢もないのにフリーターになることも、家事手伝いするの、と言って家にずっといるのも、違和感しかもたれないだろう。現状の日本型雇用慣行・制度がリセットされない限りは。

社会人になるということは、アルバイトではないのだ。

週5フル出勤の正社員。残業もあるのが普通と言われているのだから、フルタイムの8時間の別の時間が費やされてもおかしくはない。

ふるい落とされるまでは、馬車馬の如く働かなくてはならない。簡単に辞めてしまい待っているのは、親の叱咤や、友人からの軽蔑などといったもの以上に大きく存在する、「大卒なのにもったいない」といった世間の目でなのである。

高校を辞めようとしても中退せずに卒業し、大学をも卒業出来てしまった時点で、「大卒」といった目には見えない刻印が額に押されてしまったのだ。優等生にしろ、劣等生にしろ、そんな途中経過などは深く見られる由もなく、同じ名の刻印なのである。過程的な意味合いではなく、結果的な視点で見てみたらの、大まかともいえる刻印。

まあ甚だ、日本企業だけが大卒者すべて「エリート」として扱っているとも言われているけれど。といった、昔誰かから聞いた言葉を吐き出すよりも前に存在するのは、日本で生まれ育ったという事実なのだから致し方ない。

政治家になってこれらの問題を解決しよう!なんてエネルギーがある由もなく、ただひたすらに従うしかない。常人といった枠から外れないようにね。枠から外れた上で何かを見出そう、というエナジーも、才能も器量も、見つけることは難しいだろう。もう夢物語を抱き続けて、許されぬ年齢に達しつつあるからだ。

しかし、社会的に見た自身は、大学を出てまだ2年目の若者と思われているし、そうだとも思ってもいる。

その上で見つけられるスペックといえば「若い女」と「大卒」といった二つ限りだ。前者は、年をとることで完璧に失われる。後者は、永遠に残ってはくれるけれども、生活を保障してくれるためのものではない。すべて自分次第で、利用価値を見出していくのだ。

仕事のストレスで蕁麻疹が出て……と皮膚科に行って言われた「一番綺麗な時期なんだからちゃんと治さないと。」という言葉。プラスの意味合いできっと言ってくれたであろうことは、捻くれずに解釈しない限りは理解できる。

しかし、一番綺麗な時期だからって、仕事は何一つ楽にはならないのが当たり前だ。男女平等が掲げられた上で働いているのなら、尚更。むしろ、若いが故に足りていない一般知識や、一般常識、人生の経験値。これらは、嘲笑の対象になるか、諫められてしまう対象にしかならず、自分をけして守ってはくれない。

寛容な心の持ち主も、猛烈に忙しい仕事が絡んでくれば、心の余裕もなくなるだろう。そんな中でしてしまう失敗というものは、チームプレーを恐怖とも思いかねない最低の行為となってしまうのである。

「偏差値70越え大学出身のニート」と「偏差値30以下大学出身の大企業勤務」となれば、学歴として前者が称えられても、生き方としては後者の方が何倍も称えられるはずだ。

でもそれってなんだろう。いつでも、何かに気を抜いてはいけないのだろうか、標準水準以上を生きる、という選択肢を選び続ける限りは。もちろんそんなプライドを捨てて、自由に生きるという選択肢がないわけではない。もがいて、もがいて、もがき続けて自己選択して生きていくことが死ぬまで続いていくのだろう。

社会人二年目の私は、そんな取り留めもないことを考える機会が異様に多くなった。もう学生ではない証拠なんだよ、と言われてしまえば悲しい気もする。しかし、これが現実だ。

髪を、明るく染めた。ピアスを、数個増やした。何かが変わるような気がしたけど、そんなことで変わる由もない。こんなことを考えてしまう、他人本願な自分の性格には呆れるけど、気分転換にはなったのではないか。ただ目的もなく町を歩こう、村上龍の短編集でも読んで気晴らししよう、長編を読む気力はまだない。

「ねえ、お姉さん、風俗興味ないー?それとももうやってるー?俺が紹介する店、稼げるよー。」

声の主である、男の金髪頭は伸びきってプリンになっているし、シャツはよれよれだ。

スマホをいじりながら、明るい髪でピアスもたくさん開いてて、ミニスカートを履いていて、並に化粧もしていれば、そんな勧誘されても可笑しくないか、と悟った。ショーウインドウに映った自分を客観視し、はっとしたのだ。

男は、暗い顔している私の様子も無視で「稼げるからさー。」と肩を掴む。聞いてもいないのに「風俗じゃなくて、おっパブならさー時給5000円は出せるよー。」と。

とにかく声がキンキンうるさいし、だけど若い女の特権が胸出して時給5000円っていったいどうなんだろう、と青ざめる。

「ねえ、アドレスだけでも……。」と、男が言ったのと私が叫んだのは同時だった。

「私は風俗嬢じゃねえんだよ!」

男の手を振り払い、早足でラーメン屋に向かう。一人でラーメン屋に入ったら入ったで「女で一人ラーメンなんて」といった目で見られるのだろうか。

もう、なんかどうでもいい。ラーメン屋にいる人々は、仕事の人々と違って、おそらく二度と顔すら合わせないだろうからー……。

満腹になり、中枢神経が満たされた私は、静かにドラッグストアに向かった。黒染め剤を二つ買い、駅のトイレで付けていたピアスを全部とって捨てた。

これからも人生は続いていくだろう。先のことを考えるのが苦手な私にも、明日が来ることくらいは理解できる。

髪を黒くして、ピアスを閉じよう。仕事云々の方が大切でも、見た目だけだとしても損はしたくない。

一般的という名の社会人に紛れるしかない。他の生き方が、わからないのだから。

有名なバンドマンになった某先輩と、有名女優の同級生。それらの苦悩を分からないまま、凡人という名の苦悩を私は抱きながら、生き続けていくだろう。

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