夢から覚めたら幻実(げんじつ)の始まり
目が覚めれば、いつもの部屋…
微睡みながらそう思ったのは突きつけられた現実への逃避だったのかもしれないな…
小鳥の囀ずる音。窓からのまばゆい光。
いい加減起きろと世界が私を呼ぶ。
…まだ、寝てたいんだけど……
低血圧で寝起きの悪い私はゆっくりと目蓋を持ち上げた。
寝すぎただろうか?
ベッドの中で軽く伸びをする。
「…寝る前のストレッチとボイトレ忘れた…」
どうも気がつかないうちに相当飲んでたようだ。
エルダーテイルの世界に自分がアバターになっていたとか、かなり酩酊してないと出来ない発想だよなー
そう考えながら手を髪に突っ込んでわしゃっとかきみだす。
これは考え事とかする時の癖。
…この癖、エルダーテイルをやってるという、担当の美容師さんによく怒られたなーとわしゃわしゃ続けてるとぽふっと柔らかい感触に触れた。
「あれ?」
この感じ、昨日も有ったよね…?
この柔らかいものは狼の耳…?
思わずガバッと上半身を起こす。
着ているのは昨日と同じバッスルドレス。
寝ていたベッドも木製で私の部屋の物とは違う。
パソコンデスクも無ければパソコンもない。
「流石にまだ夢とは言い切れない…か…も」
ふにっと頬をつねって痛みを感じながら、ようやく口から出た言葉。
…ここはエルダーテイルの世界、セルデシア…なの?
まだ寝ぼけているのかとも思いつつ窓の外を見る。
明るい日差し。活気のあるお店。
それと相反するようある者はうつむきさまよい、ある者は頭を抱え街中でうずくまっている。
他にも大声で不安を叫ぶ者や悲しみに濡れた泣き声まで聞こえる。
その異様さにどうしていいのかわからず、何かにすがるように手を前に伸ばす。
するとふっと目前が揺れてゲーム時代に見知った画面がでんと現れた。
それはまるでホログラムのようで、奥は変わらず私の見ていた風景である。
一番最初に目がいったのは個人情報。
名前:ストレリチア
種族:狼牙族
職業:吟遊詩人
Lv:75
他にもいくつか情報があったが割愛するとしてもこれは明らかに私がプレイしていたアバターと同じものである。
どうやら今の私は見た目やその他いろいろな点で『高瀬優希』ではなく『ストレリチア』らしい。
そういや、昨日と言って良いのかすでにわからないが一番最初になんとなくバランスが取りにくいと思った理由が少しつかめた。
私のアバターは若干(8センチ)程、実身長より高い設定をした。
それ故の距離感の不安定さからくるものだろう。
そこから少し視線を下げ、フレンドリストを見つける。
指を当てるとまるでタッチパネルのように開いた。
仕事の関係上ギルドにも入らず固定パーティも持たなかったので、そこにある名前はけして数は多くないが眺めると何人か光っている名前がある。
…彼らもこの世界に居るのだろうか?
どうしてるのだろう?会えるなら会いたいな…
そんなに親しい訳ではないと思うけれど、やはりどうしてるのだろうか気になる。
しかし、この世界で彼らとどうやって連絡を取る…?
「…それがわかれば苦労しない、か」
思わず声が漏れる。
本当に一人なんだな、今の私は。
そして…ログアウト機能。
この状況でログアウトするということはどういうことなんだろうか?
恐る恐る触れてみる。
…が、そこは反応はなくそのまま表示だけが映っているだけだった。
…急に現実を突きつけられた気がした。
コレは夢なんかではない。
そして私以外に同じ境遇に巻き込まれた人達が数はわからないが居るのだ。
シブヤでこの状況ならばアキバやミナミといった人の多い主要ホームタウンはどうなっているのか?
普段出会う人すべてに『君はのんきだ』といわれる私でも流石に事の重大さは痛いぐらいにわかる。
夢から覚めたそこは今までとは違う新たなる現実の始まりだった。