人と人間
人と人間
「……俺は、人じゃないんだ──」
ある日、学校の屋上で、不意に迴が言った──
*
「えー、今日は、転校生を紹介する──入ってこい」
教卓の前で、先生が廊下に向かって声をかけた。
すると、1人の男子が入ってきて、教卓の隣に来て止まった。
「じゃ、自己紹介して」
「はい──えっと、隣町から引っ越してきました。安城迴です。わからないことばかりなので、よろしくお願いします」
そう言って、お辞儀をした。
周りから、かっこよくない? 好きなスポーツは? 彼女いるの──? などの質問が飛び交っていたが、彼はただ微笑んでいるだけだった。
それが、迴との出会いだった──
席は、先生が決めた。
僕の隣だった。
それから仲良くなって、一緒に行動するようになった──
時々、迴はどこか達観しているところがあって、本当に同じ高一なのかと思ったことが、何回もあった。
そして決定的だったのは、作文だった。
内容は、よく覚えてないが、『人と人間の違い』だった気がする。
僕はそれを聞いた時、なぜか心がざわついたのを覚えている──
*
「──聞いてる?」
「え……ああ、うん。聞いてる──」
そして、半年経った今日、そんなことを忘れていた時だった。
「まあ、そんなこと言っても分からないと思うけど」
迴は赤く染まった空を眺める。
「……じゃあ、迴は何なの?」
横顔に問いかける。
迴は前を向いたまま
「俺は、人間。捷は、人」
と答えた。
「違いは?」
「“にんげん”って字を思い出してみ」
……思い出す。“人”と“間”
「“人”に“間”で“人間”。人の間なんだ。見た目は人と変わらない。でも、心臓のつくりが違う」
そう言うと、ポケットからナイフを取り出した。
「っ?!」
「ああ、大丈夫。護身用だから……って言っても、そうそう使うことはないんだけどね」
と苦笑いをした。
「……で、つくりが違うっていうのは……まあ、見てれば分かると思うけど──」
そう言うと、ナイフを自分の心臓に突き刺した。
「なっ……?!!」
「はは。大丈夫大丈夫。ほらね?」
とナイフを抜いて、しまった。
「な、何で……?」
「言ったろ? つくりが違うって──俺たち人間の心臓は、一回刺しただけじゃ死なないんだ。刺したら、抜いてもう一回刺さないと死なない──」
そう言って、傷口を見せてくれた。
血が出ていなかった。ぽっかりと穴が空いているだけ……
「っ……!?!」
「あはは。ビックリした? ……人は、もろい」
とシャツをおろす。
「心臓一刺しで、死んでしまう。捷、お前もだ──」
そう言って、僕を見た迴の目はどこか寂しげで、不安が宿っているようだった。
「迴、君は……」
(どれだけ人を見届けてきたんだ?)
そう言おうとして、口を閉じた。それを言ったら、まずいと思ったから。
「……さ、帰ろう。もう暗い──」
空を見ると、さっきまで赤かった空は、紫と黒が混ざった色になっていた──
*
ある日、僕と迴は午後、コンビニに来ていた。
「動くなあ!!」
男の叫ぶ声が店内に響いた。
振り返ると、手にナイフを持って、レジの人を人質にとっていた。
「両手を上げろ!! さもないと殺すぞ!!」
男は本気のようだった。
僕は恐る恐る両手を上げ、チラリと迴を見た。
迴もめんどくさそうに両手を上げた。
「こっち来い!!」
渋々向かう。
レジの前に、母親とおぼしき人が震えながら座っていた。
目がキョロキョロと何かを探している。
「ママぁ〜? ママぁー!!」
と小さい男の子が母親のもとに走ってきているところだった。
しかし、その前には男が立っている。
「ゆき!!」
母親が叫んだ。
「死ねええぇぇ!!」
男がナイフを男の子に向かって振り落とされる──
──グサッ……
刺されたのは、迴だった。
迴は、間一髪で男の子を護ったのだ。
「ママぁ〜!!」
と男の子が泣いて駆けていく。
「大丈夫?」
「うんっ!!」
「迴!!」
「な、なんだお前!!」
男の声が僕の声と重なった。
「あ……」
血が出ないのだ。
「お前っ……!!」
「出ていけ──」
迴は護身用のナイフを男の首につき当て、低い声で言った。
「ひぃぃぃ!!」
男は悲鳴をあげて、出ていった──
そして、母親と男の子も手をつないで出ていった。
レジの人は、奥の部屋に入っていく。
僕は迴に近づいて声をかけた。
「迴──」
「気持ち悪いだろ?」
と刺されたナイフを抜く。
「そんなこと──」
「わかってる……不安なんだ。いつお前が……」
迴は続きを言わなかった。
なんとなく、言いたいことはわかった。
──居なくなるのか……
「……僕は、ずっと友達だよ。迴が、僕を信じてくれるなら」
「……」
「迴?」
「だな……行くか──」
迴は、破けた服を見ながら、お気に入りだったのに、と呟いた──
コンビニを出ると、空はあの時みたいに赤く染まっていた。
でも、心がざわつくことはなかった──
あなたは“人”? それとも“人間”?




