第十話 寛子
寛子を連れて青山のマンションに帰った。昨日出会ったばかりの女を連れ込むなんてどうかしてる。そう思いながらも僕は単純な話、寛子と寝たかったのだ。
この夜を乗り切るにはもう少しアルコールが要る。僕はグレープフルーツとオレンジを搾ってジンで割り、二種類のロックグラスに氷を4つづつ落として注いだ。
「・・・おいしい。もっと飲みたくなっちゃう」
「おかわりは幾らでもある。遠慮しないで飲んでくれ。紀伊国屋は高いけどいい果物を何時も用意してる。それに野菜も。僕みたいに鮮度をこの目で確かめられない人間にとってはありがたいことだ。だからここからなかなか引っ越せない」
「いいじゃない、ずっとここで。アキラさんに似合ってる」
「そうかな。でもありがとう。僕もこの街が好きなんだよ。そうだ、僕は昼過ぎにここを出てからずっと外に居たから、いい加減汗まみれだ。悪いけどシャワーを浴びさせてくれ。つまみは冷蔵庫の中にブルーチーズやナッツがあるから好きにしてくれ」
熱いシャワーを浴びると様々なことが甦ったが、鬱陶しいことを考えるのはやめにした。どうにもならないしどうなっても構わなかった。紗代のことを考えると気がおかしくなりそうだったからだ。
ボディシャンプーで汗を洗い流している時、扉を開けて寛子が入ってきた。僕は心臓が止まるぐらいびっくりした。
「おいおい、まだ終わってないぜ、もうちょっと待ってくれ」
「いいじゃない、一緒に入りたいの。背中流してあげる」寛子は僕から海綿を取り上げて首から背中を優しく洗い始めた。手のひらを取り、手首から肘、二の腕から腋を丁寧に洗い上げた。狭い浴槽の中で何時しか互いに向き合い、寛子の気持ちが嬉しかった僕も寛子の身体を優しく洗った。寛子の肌は滑らかで艶やかだった。鎖骨から胸へと海綿を移すと、柔らかく形のいい胸が若さと情熱を表すように熱を帯びていた。小さく吐息を漏らす寛子が愛しくなり、優しく唇を合わせて舌を絡ませた。僕のペニスは熱く、硬くなり、寛子はそれを手のひらで優しく包み、それを上下させた。キスは激しさを増して互いに貪るように唇を合わせた。
「ねえ、ベッドに行こうよ。このままだとふやけちゃう」僕は頷いた。シャワーで全身の泡を流し、バスローブをまとった。寛子も一緒にあがって僕のバスローブを取り上げ、身体を拭きあげた。僕達は残っていたジンで渇いた喉を潤し、一緒にベッドに入った。
寛子に魅了されるのに大した時間はかからなかった。寛子は僕を気遣って細かい心配りをし、どうしたら僕が嬉しいか、という事を面倒がらず、焦らずに一つ一つ尋ねた。
「キスは好き?私の唇が何処にあるか解る?」「次は瞼と耳にキスして欲しい」「髪を優しく弄られるのが好き」僕は時間を忘れて寛子の身体の隅々までキスした。寛子も僕の身体を唇で確かめるようにキスし、最後に僕のペニスをそっと握って、好きにさせて欲しい、と言った。僕はいいよ、後で僕も好きにさせてもらう、というと寛子はくすっと笑った。
寛子は長い爪で僕のペニスの一番敏感な部分をなぞり、睾丸を指の腹で弄んだ。細かく吸い付くようなキスをし、優しく口に含んで、舌を這わせて震わせた。僕は右手で寛子のこめかみから髪を掻き揚げ、スタンドの明かりで仄かに映る寛子の横顔を眺め、歪んだ視界の先に在るであろう、官能的な表情と視線を想像して興奮した。
「そろそろ俺にも好きにさせてくれ」僕は寛子の右手にペニスを握らせ、もう一度唇から耳、首筋から鎖骨、そして胸へと舌を這わせた。乳首は驚くほど硬く強張り、軽く歯をたてると寛子は小さく呻いた。わき腹から背中へ、そして内腿へ移ると寛子の淫らな匂いが僕の欲望を一層掻き立て、「痛かったら言って欲しい」といってそっと指をヴァギナにあてた。
僕らは向かい合って座り、互いの性器を弄んだ。寛子が目を見て欲しい、と甘えるようにいうので、僕はその息遣いが解るほどの近さで寛子の目を見つめた。そして人差し指をゆっくり挿し入れた。「…凄く…素敵。愛してる」「…ああ、愛してるよ」寛子は次第に我を忘れ、何度か昇りつめた後、中に入ってきて欲しい、と懇願した。僕は頬に優しくキスし、淫らに熱を帯びて潤った寛子の中へ入った。
僕らは朝が来るまで何度も交わった。その合間に、まるで足りないものを急いで掻き集めるように自分のこれまでの事を話した。そして互いの共通点を見出そうと努力した。どのカップルでもそうであるように。たとえ僕が盲人であっても変わらない。
窓辺から昨日と同じ暁を眺め、昨日もこうして眺めていたんだよ、最悪の気分で、と話した。今はどうですか?と僕の胸に頭をのせた寛子が茶化すように訊くので、僕は「最高だよ」といった。新しい朝が始まろうとしていたが、僕達は抱き合って深い眠りに堕ちた。