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海龍王三

翠玉の独白を聞いて、由津彦は何ともいえない気持ちになった。

百年という長い年月は人の身では、想像できない。

燐姫を封印した祖先の椎奈の事も許せないと言っていた。

確かに、神を封じ込める事は禁術といわれているらしい。

「…翠玉様は燐姫を役目から、解放したいのですか?」

そう問うと、翠玉は複雑そうな色を顔に浮かべる。

「…私は燐を解放したい。白雲の剣は父上が持っていたら、良い話だ。まあ、私が竹早神と戦わなければならぬが」

「竹早神様は手強いのでしょうか?」

由津彦がそう問いかけると、翠玉はうつむいて、頷いた。

「…燐が龍の姿で立ち向かっても、勝てなかった相手だ。わたしがおまえと戦っても勝てるか、わからんが」

拳をぎゅっと、握りしめた。

翠玉の言葉は実感がこもっているだけに、由津彦は神との戦いの過酷さに、今から、臆しそうになった。

竹早神はたぶん、「白雲の剣」を使って、攻撃してくるかもしれない。

お社に行く前に、翠玉と同じくらいの実力を持つ神を味方に付けておいた方がいいかもしれないと思った。

「燐姫は女の方ですから、仕方ないかもしれません。龍であっても、女神は戦いを好まないと聞きます。そんな方に戦いを仕掛けたのですから、かなり巧妙な罠を思いつける神なのでしょうね」

「そうだな。わたしであれば、手出しをしてこなかっただろう。女龍だというので、剣を奪いやすかったろうな」

皮肉げに翠玉はいった。

由津彦は中にいる燐姫が気がかりであった。

小さく、ため息をつくと、味方になってくれそうな人を見つけるために奔走するしかないと決めた。


翠玉には龍の姿になってもらい、身支度をして、由津彦は朝早くから、旅を再開した。

中の燐姫も目覚めており、兄と由津彦の新しい味方を見つけるという提案をこころよく、聞いてくれた。

まずは、林を出て、近くの村を探した。乙紀や田津留のような巫女がいるかどうかを確かめるためもあった。

『なかなか、見つかりませんね。田津留さんや乙紀さんのような力の強い巫女は少なくなってきているようですから』

「そうですね。旅をして、四日は経つけど。まだまだ、剣を取り戻せるのは先のようです」

二人して、頷きあっていると、頭上にいる翠玉が話しかけてきた。

『…上から見ると、小さくはあるが。村が見えたぞ』

「え、本当ですか?」

由津彦が声をあげると、翠玉は視線を下に向けて、小さく頷いてみせた。

自然と足取りも軽くなる。

村にいくつか寄ってみたが、大した手がかりは見つからなかった。

乙紀が示してくれた手がかりと浄真が考えてくれた方法でここまで、進んだが。 翠玉が仲間になってくれたりもした。

それでも、竹早命の実力がわからない以上、お社には迂闊に近づけない。

由津彦はまた、ため息をついた。



翠玉と燐姫の案内で村にたどり着いた由津彦はまた、聞き込みを開始した。

まずは、龍や昔の伝承に詳しい人について尋ねてみたりした。

「この村で水神(みなかみ)様や他のことで詳しい方はいないかな?もし、よかったら、話を聞かせてもらいたい」

道を歩いていた老婆に話しかけたが、眉を寄せて、訝しげにするだけであった。 「…兄さん、水神様の何を知りたいんだい?」

「私は訳あって旅をしているんだ。その、水神様のことについて調べていて。水龍(みずち)と呼ばれる神様のことを知りたいんだ」

老婆は知らないねと首を横に振る。

やはり、駄目か。

そう思いながら、由津彦は踵を返して歩き出そうとした。

「…兄さん、ただ、聞いたことはあるよ。宇久(うく)姫という方だったら、占やそういった神様のことについては詳しいと。ただ、あまり、外へ出られることはないんだよ。村の西に宇久姫のお社がある」

由津彦はわざわざ教えてくれた老婆に礼を言いながら、村の西に向かった。

ここは唐津という場所であった。



宇久姫のお社を目指して歩いていた。

由津彦は頭上の翠玉を見やった。

凜姫は疲れたのか、話しかけてこない。 黙々と歩くだけでも疲れる。

誰もいないので、由津彦は翠玉に話しかけてみた。

「…翠玉様。少し、休みましょうか?」

『何だ?もう疲れたのか』

嫌みで返された。

ため息をつきながら、由津彦は仕方ないと思った。

「いえ。ただ、考えを整理したいだけです」

簡潔に答えると、翠玉はふんと鼻で笑った。

馬鹿にされたのがわかって、頭上を睨んでみせた。

『私はかまわないが。竹早命とは戦えないと思い、怖じ気づいたか』

「そんなんじゃありませんよ。ただ、このままで良いのかと思ったんです」

『まあ、いいだろう。休憩をするとしようか』

翠玉は近くに池を見つけたらしく、水浴びに行ってしまった。

一人残された由津彦は仕方ないと思いながら、大きめの石を見つけてそこに座った。

中にいる凜姫も声をかけてこない。どうも、寝ているようだ。

今日で旅に出て、五日が過ぎようとしている。

次はどこへ向かったらいいのか、考えた。

唐津までは来たが、吾妻まではまだ遠い。

燐姫を解放して、剣を取り戻すのは予想していた以上に困難な事であった。

とすると、今は宇久姫に会って、龍についての話を聞かせてもらうしかないか。 手当たり次第にやるばかりでなく、もっと効率の良い方法はないものか。

とすると、寄り道をせずに吾妻を目指した方がよいだろう。 由津彦は旅の連れを見つけるのも一つの方法だということにふと、気がついた。 (そうだ。翠玉様だけでなく、俺と同じような人に同行してもらうのも一つの手だ。一緒に行ってもらえるか頼んでみよう)

由津彦は良い事を思いついたとうれしくなった。

この村では難しいかもしれない。

新しい行き先を決めようと思ったのであった。


唐津を出る前に宇久姫の社を訪ねてみた。

森がその前には立ちはだかっており、中の燐姫も目を覚まして、由津彦に知らせてきた。

『由津彦さん、この森は出ますよ。気をつけてください』

「…何か、危険な物がですね?」

『そうです。私にも伝わってきます。兄上にも人の姿でついてきてもらいましょう』

由津彦は燐姫が言ったすぐ後に翠玉に呼びかけた。

「翠玉様!下りてきてくださいませんか?」

大きな声で言えば、龍の姿の翠玉が由津彦の目の高さまで下りてきた。

『どうした?何かあったのか?』

翡翠色の瞳でこちらを見てくる。

「燐姫が人の姿でついてきていただきたいと。どうも、ここは妖しき物が出るようです」

『…わかった。わたしに護衛になれということか。妹を宿している身で怪我をされても面倒だしな』

小さくため息をつきながら、翠玉は白い燐光を放ち、人の姿にゆっくりと変化した。黒髪に翡翠色の瞳の青年が現れる。 見慣れた由津彦は先に黙って進んだ。

翠玉も両手から水気を出すと、剣にそれは変わった。

両刃の剣で柄の先には朱色の飾り紐がついた異国風のものである。腰帯に身につけると由津彦の後を追った。



森に分け入ると、確かに空気が生ぬるく、心地の悪い風が吹いている。

いかにも出そうな雰囲気だ。

「…嫌なものだな。燐が感じ取ったのは国津神のなれの果てのものだろう」

翠玉が眉を潜めながら言った。

由津彦は息を整えながら、前を見据える。

小さく祝詞を唱えて、目をつむった。

脳裏に黒と赤の混じった模様の鱗を持つ大蛇(おろち)の姿がぼんやりと浮かび上がる。

「いますね。大きな蛇が洞穴の中にとぐろを巻いている」

ゆっくりと瞼を開けてそう告げた。

翠玉は歓心して、口角を上げる。

「わたしたちには見えないな。(かんなぎ)というものは遠くに何があるのかということまでわかるのか」

「…俺は幼い頃から、遠くの物や人が見えたり、木霊などが見えたりしましたから。祖母に占や祝詞を無理矢理、練習させられましたよ」

そう言って、茂みをかき分けて、奥へと進む。

翠玉もついてゆく。 由津彦も荷物の中から長剣を出していて、それを帯刀して、進んでいる。

中の燐姫もはらはらとしながら、二人を心配していた。

『気をつけてください。わたくしには何もできませんし。力がもっとあれば、お役に立てるのですけど』

「気にするな。燐が知らせてくれてこちらもそれなりの気構えはできたのだから。弱気にならなくてもよいのだぞ」

優しく慰める翠玉は由津彦に対する時とは別人のようであった。

それを見て、由津彦は呆れてしまう。

妹姫がそんなに大事なのだったら、椎奈に封印される前に迎えに来たらよかったのにと思う。

せめて、最期を兄が看取ってやれば、燐姫も安らかに眠れたはずだ。

だが、今になっては言ってみても、致し方ないことである。 そこまで考えると由津彦は翠玉を振り返った。

「翠玉様。大蛇と戦う時はよろしく頼みますよ」

真面目に告げれば、翠玉はくっと笑った。

「わかっている。そなたも気を抜くなよ」

それに苦笑いしながら頷いてみた。

翠玉も同じように頷いてくる。

二人は一歩ずつ、土を踏みしめた。



洞穴の近くまで来ると日の光は周りの木々に遮られ、薄暗くなっている。

「ここがあの大蛇の住処だな?」

「…そのようです。禍々しい気が感じられますからね」

小声で話し合っているが、中からはしゅうと絶えず音が聞こえる。

生臭いにおいもして、鼻を覆いたくなる。ここに来て、こんな化け物と出くわすとは考えられなかった。

洞穴の中に一歩踏み入れると蛇特有のしゃあという声が耳に届いた。

辺りは薄暗いため、奥は見えない。

「こうも視界が悪いと進みにくいな。松明が欲しいところですね」

由津彦が呟いたら翠玉がしっと片手で制した。

「…静かにしておいた方がよいぞ。相手に気取られる。それに明かりを灯していたら、こちらに気づいてくれと言っているようなものだ」

由津彦は頷きながら、岩壁に近づいた。ひんやりとした感触が手に伝わる。

壁を伝って慎重に行けば、大丈夫だろうと判断したためだった。

翠玉も由津彦の後ろに立って進んだ。

ゆっくりと暗闇の中、無言で大蛇の元を目指した。


最奥まで進むと、岩に大きな隙間があるためか、一筋の光が射し込んでいた。

その光に照らされて、大蛇がとぐろを巻いて、待ちかまえていた。

赤と黒のまだら模様の大きな蛇である。 体の太さは人の胴体ほどはあり、由津彦は怯みそうになった。

「とうとう、たどり着いたな。由津彦、行くぞ」

翠玉の声を合図に由津彦は大蛇に斬りかかる。

走りながら間合いを詰めて、剣を鞘から抜いた。

上から振りかぶって一気に斬ろうとするが、大蛇の鱗は硬く、鉄で出来ているはずの剣をはじき返した。

がきんと音がするだけで舌打ちをした。 「ちくしょう!剣がきかない」

「…奴の鱗は我ら龍と同じくらいは硬いな。由津彦、急所を狙え!」

翠玉から指示が出されるもその急所がわからない。武術はどちらかというと不得手な由津彦はこういう時の対処法を習っていなかった。

大蛇が噛みつこうとしてきたのを横に飛びすさって、よける。

翠玉も舌打ちをしながら、洞穴の天井近くまで高く飛び上がり、大蛇のしっぽの辺りを斬りつけた。 あの龍の時の巨大さからは考えられない程の身軽さだった。 水気の剣は大蛇のしっぽに確実に傷をつける。

途端に穴の中に人のものとは思えない悲鳴が響きわたった。 由津彦も同じようにしっぽの辺りまで走り寄ったのであった。

大蛇との戦いはこうやって、幕を開けた。


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