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旅立ち三

由津彦はろくに、寝ていない中で歩いていたので、足下はふらついていた。

中の燐姫は自分に実体があったら、と悔しく、思った。

何故、透けた状態でいなければならないのだろうか。

(由津彦さん。わたくしは常世に行きたくない。むしろ、この人の世にいたい…)

そんな強い想いがあふれ出そうになる。由津彦の体を借りていることへの申し訳なさや実体がないことの悔しさがこみ上げてくる。

燐姫は歯を噛みしめながら、由津彦の為にも早く、剣を見つけなければと決意を新たにした。



由津彦はふらふらになりながらも、土を踏みしめる。

しばらく、歩いていると、村が見えてきた。

剣の伝承についての話や寺や巫女について、聞けるかもしれない。

村には、粗末な小屋と呼べそうな建物が並んでいた。

鍬や(すき)を肩に担いだ村人が田畑を耕していたり、子供が走り回ったりしている。

村人たちは麻らしき素材のものなど、染めたりしないで、質素な衣を着ている。 由津彦は自分が今まで、どれだけ、恵まれた暮らしをしていたか、思い知らされる気持ちだった。

立派な建物に染められた見事な衣。

きちんとした寝床や食事などが脳裏によみがえる。

母が国造の息子に情けをかけられていたことで、日々の暮らしに困ることはなかった。

だが、いつ、息子ー父の厚意が無くなるか、わからない。

巫女である田津留の娘だったから、母はぞんざいな扱いを受けずにすんだ。

由津彦は国造の孫だったから、いずれは祖父が引き取って、楽な暮らしを送れるはずだった。

だが、母は国造の両親をおそれて、由津彦と姉の壱夷を田津留に預けた。

壱夷がまだ三歳で、由津彦は一歳の時であった。

それから、二年後に父はふいに、病を得て、亡くなった。

父はまだ若く、二十八歳であった。

母は義父母の元で侍女として仕えながら、時々は由津彦たちに会いにくるという暮らしをしていた。父が亡くなったのは、母のせいだと村ではそう、噂されていた。

だが、田津留と母だけはよけいなことをしでかしてしまったから、国造の夫婦は息子でもあった父を始末したのだと言っていたが。

真相はわからない。 今は自分も粗末な衣を着ている。

回想に浸りながらも、由津彦は村の中へと入っていった。



村人に、巫女のことについて、尋ねてみた。

応対してくれたのは、昨日、厄介になった来津彦よりもさらに、年上らしい老人であった。

「…この村は、今野というてな。あちらに山があるだろう。その中腹に確か、まだ若い巫女の娘さんが四人いてな。それと、お師匠の巫女様と。女ばかりのお社がある。それと、村のはずれに小さな寺もあって。何やら、頭を丸刈りにした男が一人いたな」

髭は生やさずに剃っていて、肌も浅黒い、元気そうな老人はすらすらと教えてくれた。

腰が痛いとさすりながらも、かくしゃくとしている。

「…そうですか。村のはずれに寺が。何年か前に、亡くなられたえらい太子様が広めたという御仏の教えですね」

「そんな、難しいことはわからんがな。けど、その男、魚や肉は食わんのよ。野草や米なんかしか、食わないらしくて。変わったお人だと、村では言われておる」

へえと頷きながら、由津彦は老人に礼を述べて、まずは寺へと行ってみた。


村のはずれの寺の場所がなかなか、わからなかった。

仕方なく、もう一度、村人に尋ねてみた。

「あの、少し、お伺いしたいことがあるのですが。村のはずれの寺というのは、どこにあるのでしょうか?」

丁寧な口調で訊いてみると、振り向いたのは中年の女性だった。

髪を一束ねにして、衣も麻で出来ているものを身にまとっている。

「…なんか、用かい?」

「村のはずれの寺はどこでしょうか?」

どうしてもわからなくて、と言うと、女性は眉をひそめながらも、答えてくれた。

「寺だったら、ここから、西に行った所にあるよ。確か、大陸で御仏の教えを習った方の弟子になった男がいてね。自分は僧侶だ、なんて、言ってたよ」

ぷいとそっぽを向いて、女性は家の中へと入ってしまった。由津彦は僧侶と名乗る男の寺を目指して、西へと歩き始めた。



日が高くなってから、瓦葺きの珍しい建物が目に入った。

こじんまりとはしているが、造りはしっかりとしている。

門があって、そこから、じっと、眺めてみた。

(ひのき)だろうか、柱などからは独特の香りがする。

建てられてから、まだ、新しいようだ。 このまま、通り過ぎようとした。

だが、門に付いている寺の者用の小さな扉が開く音がして、由津彦は声をかけられた。

「…おや、門の前で人の気配がすると思ったら。見かけぬ顔だな」

かけられた声はまだ、若い男のものだった。

振り向いてみたら、頭を丸刈りにして、黒い衣を着た男が上半身だけを扉の間から、のぞかせていた。

「そこの若いの。こちらまで来るとはな。物好きもいたものだ」

うっすらと笑いながら、男は由津彦に話しかけてきた。

「…あなたがこちらの寺の僧侶殿ですか?」

丁寧な言葉遣いで尋ねてみる。

男は笑みを深めながら、答えた。

「ああ、確かに、わたしはこちらの寺の者だ。まあ、僧侶は実の名ではないがな」

「実の名はなんと、おっしゃるのですか?」

さらに、質問をしてみると、男は扉から、出てくる。

悪戯っぽい目で由津彦を見てきた。

すぐ側にやってくると、由津彦よりも少し、背が高く、体格もがっちりとした男であった。

「…わたしは名を浄真(じょうしん)といってな。剃髪をした時に、師から、いただいた名だ」

浄真と名乗った男は、由津彦を面白そうにじろじろと見てきた。

「ふむ。若いの、そなた、変わった気をまとっているな。これは、人ではないものが混じっている。悪いものではない。むしろ、良いものだな。清浄でしかも、神聖な気ときた」

由津彦は訳がわからないながらも、浄真の言葉を聞いていた。

「もしや、これは龍の気か?位の高い方特有のもののようだ」

龍という言葉に由津彦はどきりとした。なかなか、この浄真は鋭い。

「あなたにはわかるのですか?」

浄真はにやりと笑ってみせた。

初夏の日差しが当たる中で、風が吹き抜ける。

少し、汗ばむくらいの空気だが、その吹き抜けた風はひんやりとしていた。

「ああ、わかるとも。これでも、君くらいの年には僧としての修行をしていたんでな」

「そうだったんですか。では、お聞きしたいことがあるんです。その、先ほど、おっしゃっていた龍のことについてなのですが」

ふむと浄真はいいながら、由津彦に入るように勧めてくれたのであった。



由津彦は羽立の村に昔から伝わる言い伝えや燐姫の話を順を追って、説明した。 そして、失われた剣を探すために旅をしていることも話した。

浄真は興味津々で、相づちを打ちながら、由津彦の説明を聞いていた。

「…なるほど。海龍王といったら、御仏の教えにある八大龍王のお一方だな。御仏を守護する神だ。んで、本来の名を娑迦羅龍王とおっしゃってな。梵語では、サーガラと呼ぶ。確か、竜宮の王だとも聞いたな」

浄真はすらすらと、説明してくれたが。耳慣れない言葉ばかりなので、由津彦は混乱する。

「ぼんご?竜、宮?」

「…梵語を知らんのか?まあ、御仏の教えが伝わってから、そんなに年月が経っていないからな。梵語というのは、天竺という大陸にある国の言葉だ。異国の言葉だから、わかりにくいだろうが。元々、御仏の教えは天竺で生まれたといわれている」

浄真は立ち上がると、貴重な紙で作った絵を奥に入って、持ってきてくれた。

それには、髭を生やして、ふくよかな体型の人物が花や宝玉を持った姿で描かれていた。

「…これは?」

由津彦が問うと、浄真はこの絵を指さしながら、答えた。

曼荼羅(まんだら)という。これには、御仏や菩薩様などが描かれている。教えについて、わかりやすく描かれたものだ」

とても、色鮮やかな絵で由津彦は驚いた。

そして、ふくよかな人物は御仏だと教えてくれた。

「釈迦がお生まれになった時に、龍も甘茶をお体にかけて、祝福をしたといわれていてな。本題に戻るがな。善女龍王と呼んでもふさわしい方がおまえさんには、乗り移っている。わたしに言わせれば、常世に送り出すのは賛成できない。御仏のおられる浄土にお送りした方がよかろう」

浄真の言うことは由津彦には、難しいことだらけでついて行くのに精一杯だった。

「浄土に、ね。燐姫は御仏のおられる所にお送りしたほうがいいのか?」

「…その方がよかろうな。もし、よかったら、中の龍の姫さんと話してもよいだろうか?」

由津彦はわかったといって、燐姫に呼びかけてみた。

「…姫様。出てきてくださいませんか?」

すると、澄んだ声が響いた。

『何でしょうか?由津彦さん、浄真殿のお話はわたくしも聞いていましたよ』

燐姫の声や姿は浄真にはわかるらしく、目を見開いて、驚いていた。

「なんと、お話をする事ができるとは。ただ、封じ込められていた訳ではなかったのですね」

『ええ。昨日は巫女の方とお話をしました。なかなか、活発なお嬢さんでしたよ。浄真殿でしたね?』

燐姫は一拍おいて、浄真にこう言った。 『わたくしは常世に行きたくない。むしろ、人の世にいたいと思っています。でも、御仏の元に行くのはまだ、先になりそうですね』

すると、浄真は考え込むと、こう言った。

「…それは剣のことがあるからですな?あなたがそれを長い間、守っていられたことは聞きました。そして、竹早命という神に奪われて、探し続けておられたことも。最後に、人にも確かめようとなさった所で力つきてしまわれたとか。竹早命が祭られているお社を探されたらよいのではと思います」

浄真の提案に由津彦は驚きを隠せなかった。

燐姫もあらといって、驚いているらしかった。

『…そうでしたね。そういう方法がありました。お社に行って、訊いたりもしたのですけど。竹早命様の御名を出すだけで、他の神々は逃げ出される有様でしたから』

ため息をつきながら、燐姫は二人にそう告げた。

確かに、竹早命の住まわれるお社に行った方が剣の在処もわかる可能性が高い。 簡単には教えてはもらえないだろうが。 「燐姫さんのお話を聞いていると、竹早命と言う方、相当の暴れん坊のようですな。わかりました、今日はこちらにお泊まりなさい。今はゆっくりと休んで、英気を養いなされ」

由津彦は戸惑いながらも、それには頷いてみせた。



浄真は夕刻になって、食事を用意してくれた。

強飯やにらぎ、汁物がお膳に乗せられていた。

昨日の来津彦の邸で出された豪勢なものより、こちらの寺で用意してもらったものの方がいくらかは落ち着いて、食べられた。

「…龍は意外と、肉や(らく)()などは食べません。野草や果物、海草を主に食べるそうで。由津彦殿はわたしたちの食事では物足りないでしょうが」

浄真が苦笑いしながら、説明をしてくれた。

本当に不思議な男である。

「いえ、俺も普段は肉や魚は食べません。(かんなぎ)としての修行をしていたから、かえって、こういった物の方が良いですね」

そうかと浄真は頷いてきた。

食事をしながら、浄真は由津彦に御仏の教えや龍についてのことをわかりやすく、説明してくれたのであった。


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