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始まりの物語三

耳を引っ張られながら、由津彦は田津留と洞穴の入り口へと向かう。

外の光がまぶしくて、一瞬、顔をしかめる。

「…お前は燐姫様の本性を知らないから、お顔を拝したいなどと言えるのだ。あの方はもともと、言い伝えによると、海龍王の子だと聞いたことがある。つまりは、龍神なのだ」

それを聞いて、由津彦はがっくりとうなだれた。

「…燐姫は龍神だったのか。て、ことはだ。俺、ずっと、勘違いをしてたことになりますよね?」

由津彦がため息混じりに言うと、田津留は呆れたような表情になった。

「人の話をろくに聞かないでいるからだ。私とて、お前に全てを話す暇がないのでな。気になるのだったら、修行に来い。そしたら、少しずつ、教えてやろう」

厳しくいってみても、由津彦は(かんなぎ)の修行は嫌みたいで、良い顔をしない。

「巫としての修行なんて、俺には合わないよ。お婆様、教えるんだったら、女の子にしとけばいいのに。俺みたいな男に教えたって、ろくなことにならないと思う」

渋る由津彦に田津留は、よけいに頭に来たらしく、彼の頬をつねる。

これは痛いらしく、由津彦は情けない声を出した。

「…痛!」

頬をさすりながら、由津彦は後ろに下がった。

手を放しているが、田津留はきっと、孫を睨みつける。

「お前には素質がある。亡くなったお前の母親が巫としての力を持っているからといってきてな。だから、私は教える気になったというのに。それを逃げ回って、どういうつもりだ?」

田津留は腕を組んで、孫を見据えた。

由津彦は昔から、この祖母が苦手だった。

巫女としての力は今までの歴代の方々の中でも抜きんでて、強い。

だが、田津留は姉の壱夷には教えず、弟の由津彦に無理矢理、修行をさせたのだ。

当時、若干五歳だった由津彦にとっては、苦痛以外の何物でもなかった。

それからは毎年、逃げ回り、田津留に捕まって、連れ戻されるのが日課になっていた。

「…お婆様、わかったよ。修行はやるから。だから、耳を引っ張ったりしないでください。あれやられると、本当に痛いんだよ」

情けない顔をしながら、頼むと、祖母は仕方ないと言いながら、先を歩いていった。

それに走って、追いかけたのであった。


田津留の暮らす高床式の巫女の(やしろ)に着いた。

簾をあげて、中に入ると、囲炉裏や生活に必要な細々とした物をしまい込む棚、円座(わろうだ)などが薄暗い中でも浮かび上がる。

人が五、六人ほどは入れる広さがあった。

田津留は由津彦の方を向いて、座るように促した。

言われた通りにすると、田津留は囲炉裏の近くに座り込む。 「さて、由津彦。燐姫様についての話を聞きたいとのことだったな。まずは息を整えて、目を閉じろ。そして、心を無にするのだ」

仕方なく、言われた通りにしてみる。

「…由津彦。燐姫様は龍だということを話したな。そして、カヌチヒコ様のお作りになった『白雲の剣』を守っていられた。海を統べる龍王の為にきたえられ、贈られたものだった。だが、龍王は海を統べるのがお役目であられたから、使われることはなかったのだ」

由津彦はそれを黙って、聞いていた。

祖母の話は難しい上、長い。

少しは、何かを答えた方がいいのだろうが。

答えは浮かばない。 「…だから、娘である燐姫様に授けて、守らせたのだ。燐姫の御身を守る意味合いもあったのだろうな」田津留は一端、言葉を切った。

彼女の前にある囲炉裏の火はぱちぱちとはぜながら、燃え続ける。

「姫様は人でいう巫女としての役目を与えられた。それから、長い間、剣を守られていたのだ。龍王は、安心なさっていた。だが、ある時に、竹早命という男神が水底の宮がある海辺へと()りてきた。そして、白雲の剣を持つ燐姫を呼び出し、剣をまんまと奪い取った。燐姫は戦ったが、勝てず、自分の守っていた剣で斬られて、大けがを負われてしまった。 そして、傷を癒すために、浅瀬へと行かれ、海龍王と話をした。燐姫はその時に、剣を自分で見つけてみせると決意され、この国の海や各地を回って、旅をなさったのだ」

長い話に、由津彦はうんざりとした。

そして、田津留を睨みながら、続けて、こう言った。

「…その後は俺も知ってる。各地を回られたけど、剣は見つからずじまいで、姫様は人の姿に変化して、人里にも降りられた。そこで、倒れられて、この村の巫女ー俺らのご先祖に助けられた。けど、衰弱なさっていて、まもなく、羽立、この村で亡くなられたんだ」

「その通りだ。わたしが言いたいのは、何故、燐姫の御霊(みたま)を先祖の椎奈が亡くなってすぐに、祠に封じたのかだ。お前にはわかるか?」

それには、由津彦は答えられない。

田津留は口の両端を上げて、にやりと笑ってみせた。

「…剣を燐姫の代わりに見つけて、返す目的もある。椎奈は海龍王に会い、直接、話をしたのだ。まあ、遠い昔の話だから、本当かわからぬがな」

田津留は答えを言ってくれなかった。

自力で考えろということだろうか。

「…もしかして、燐姫の御霊を封じたのは、消滅を防ぐためだったのか?それとも、この地に縛り付けておくためか?」

由津彦の出した答えに、田津留は正しいとも間違いだとも教えてはくれない。

「消滅を防いだのはいうまでもない。縛り付けておくために、封じ込めたのは間違いだな。椎奈は燐姫を静かに眠らせて差し上げたかっただけだろうがな」

だが、それのおかげで、後世の人々に押しつけたのには違いない。

田津留は皮肉を言ってみせる。

その後、由津彦は田津留に言われるがまま、巫としての修行を続行したのであった。



夜になり、皆が寝静まった頃に、松明を持って、進む人影が一つあった。

燐姫の祠が目的の場所である。

(…俺は何としてでも、封印を解いてみせる。お婆様を怒らせることになるけど)

その人影は由津彦であった。

白雲の剣を探すために、各地を彷徨った(さまよった)燐姫は、大けがを負った身であった。

それでも、竹早命を探しだそうとした彼女には心を打たれる。

由津彦は洞穴へと向かった。

中に入ると、奥の祠まで、慎重に進んでいく。

松明の明かりだけが頼りである。

そして、上から、水滴がぽたり、ぽたりと落ちて、頭や肩などに当たる。

由津彦はそれを物ともせずに、奥へと入っていった。

しばらくして、少し、広い場所に出る。 「着いた、祠だ」

一人で呟いたが、その声も暗闇に吸い込まれていく。

由津彦は見上げて、祠を確かめる。

朱塗りの小さな祠は、松明の明かりを受けて、ぼんやりと浮かび上がった。

そして、信じられないことを由津彦は実行した。

祠は彼の肩の高さの岩の上にある。

手の届く所にそれはあった。

松明を足下の石の隙間に差し込むと、祠に近づいた。

扉をおもむろに開けてみせる。

中をのぞき込むと、金とも銀ともつかぬ宝玉が収められていた。

それは自ら、光を放っている。

由津彦は封印破りの祝詞を唱え始めた。 「…かけまくも、申し上げむ…」

そして、小さな声で続けていった。

すると、宝玉の輝きが強まる。

ぴしりと音を立てて、ひびが入った。

少しずつ、宝玉は(ひな)がかえろうとする卵のように、表面がはがれていった。 祝詞を唱え終わる頃には、目を開けていられないほどの光が洞穴に満ちていた。 由津彦はとっさに、目を閉じる。

そして、光が治まった頃に、目をおそるおそる開けてみた。 祠の前には、金色の光を身にまとった一人の若い娘が目を閉じた状態で佇んでいた。

金とも銀ともつかない美しいまっすぐな髪を足下まで伸ばし、前を紐で結ぶ異国風の衣は白いものである。

だが、娘は白磁のような白い肌をしていて、あまりの美しさに驚きを隠せない。 目は閉じられたままで、体は半透明に透き通っていたが、すぐにこの娘こそが燐姫だとわかった。

「…燐姫様」

思わず、名を呼んでしまった。

消えてしまうかと思ったが、燐姫はその場に佇み続けている。

額の辺りがぴくりと動き、ゆっくりと瞼が開かれる。

黄金の瞳はぼんやりとしていたが、由津彦はその場に縫い止められたように動けなかった。

燐姫の瞳に吸い込まれるようで、見とれてしまったのだ。

だが、由津彦を捉えた彼女は訝しげに、眉を寄せる。

「あなたは誰?わたくしはどうして、こんな所に…」

自分を指しているのだとわかるが、由津彦はうまく、答えられない。

「…白雲の剣を探して、人里に降りて。そして、巫女の椎奈殿に助けられたのだったかしら?」

思いだそうと顔をしかめている。

由津彦はありったけの勇気を振り絞って、声をかけた。

「…燐姫様、椎奈はもう、この村にはいません。あなたは長い年月を眠って、過ごしておられましたから」

どうやら、聞こえていたらしく、燐姫は由津彦の方に視線を向ける。

怪しい人物を見る時の表情ではあったが。

「椎奈殿はおられないのですか?この村を出て行かれたのでしょうか」

「いえ、違います。椎奈はその、既に根の国へ旅立ちました。亡くなったんです。あなたは、その椎奈によって、百年前にこの洞穴の祠に封じられていたんです。そして、俺が封印を解いた」

そこまで、説明をされても、燐姫は混乱しているらしく、戸惑うような不安げな顔になる。

由津彦はいきなり、いろいろと説明をされても、燐姫には理解しにくいということはわかった。

もう一度、彼女に祠に戻ってもらおうと思って、言おうとした時だった。

「椎奈殿が亡くなったのならば、白雲の剣はまだ、見つかっていないのですね。探しに行かなくては!」燐姫は透けた状態であっても、洞穴を出ようとしたのだ。

由津彦は燐姫の祠の周りに田津留が結界を張っていることは、知っていた。

その中だから、燐姫は消滅せずにいるのだ。

もし、外に出てしまえば、燐姫の魂は儚く、消え去ってしまう。

それだけは、避けないといけない。

由津彦はとっさに、こう叫んでいた。

「姫様!俺の体でよかったら、入ってください。このまま、外に出たら、あなたは消滅してしまいます!」

「…あなたの体に、ですか。わたくしは元は龍です。体を借りれば、あなたに負荷がかかります」

「いいですから。早く!」

腕を上にあげて、燐姫に呼びかける。

仕方ないとばかりに、燐姫はため息をつくと、由津彦の方まで近づいた。

そして、彼の体の中にとけ込むように入ってしまった。

『…あなたは名を何と、おっしゃるのですか?』

松明の明かりだけの暗闇の中、燐姫の透き通った声が由津彦に聞こえてくる。

「俺は椎奈の子孫で名を由津彦といいます。お婆様は椎奈の孫に当たるんです」

『由津彦殿というのですね。わたくしの封印を解いてよかったのですか?』

「あの、由津彦と呼んでください。まあ、白雲の剣を探さなければいけないし、燐姫様のお顔を拝したかったのもあります。封印を解いたことについては、後悔していませんよ。むしろ、もっと、早くすべきでした」

そう言うと、燐姫は黙り込んでしまった。

由津彦は祠の扉を閉めると、松明を抜いて、入り口へと歩き出した。



翌朝、由津彦は田津留に呼び出された。横には、姉の壱夷もいる。

二人とも恐い表情をしていた。

こうなるだろうとはわかっていた。

由津彦はおとなしく、怒られようと腹をくくった。

「…お前、燐姫様の封印を解いたな?あれほど、やってはいけないと注意したものを」

田津留の言葉にも、反論をしなかったのであった。


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