八章終わりの物語
由津彦はその日の昼頃には羽立の村へ向けて出発した。火多岐も一緒である。翠玉や麻那斯はいない。
玄海に見送られながら歩き出すと火多岐は嬉しそうにしている。
「由津彦さん。良いお天気ね」
「そうだな」渋々、返事をするが火多岐はどこ吹く風である。由津彦は何故にこんな事になったのだろうと空を仰いでしまう。麻那斯はさっさと自分の里に帰ってしまった。
火多岐は付いてくる気が満々のようだ。が、お婆様にどう説明したものかと頭を悩ませる。
「…火多岐さん。本当に俺の村まで来たらだ。元いた里には戻りにくくなるぞ。なんといっても遠いし」
「それはわかってるわ。だから、付いて行くのよ」
「はあ。わかったよ。俺の村に来たいなら来ると良い。けど、お婆様には紹介しないといけないから。そこの辺りはわかってほしい」
「お婆様?」
火多岐が不思議そうに問いかけてきたので由津彦は説明をした。
「お婆様は俺の育ての親で祖母にあたるんだ。村の大巫女をやっている。姉の壱夷と俺に巫術を教えた人でもある。田津留のお婆様の事だよ」
名を言うと火多岐はすぐにぴんときたらしかった。ああと声を出して思い出すような仕草をした。
「ああ。あの田津留様の事だったのね。由津彦さんがお婆様としか言わないからわからなかったわ」
「すまない。言葉が足りなかったみたいだな」
「そんな事は気にしなくていいわ。けど、急いだ方が良さそうね。行きましょう、由津彦さん」
火多岐はふいに由津彦の袖を引っ張って話を終わらせようとした。言われた通りに足を進めた由津彦だった。
あれから、一月近くが経って由津彦と火多岐は羽立の村に戻る事ができた。掟を破ったとはいえ、燐姫の解放を成し遂げた由津彦にお婆様こと田津留は何も言わずに村に出迎えてくれた。
すぐに火多岐は田津留の社に通されて由津彦と共に歓迎された。
『よく、帰ってきたな。燐姫が夢枕に立たれてな。由津彦と火多岐が二人で帰って来るから出迎えてやってほしいと言われた』
そう言いながら田津留はよくやったと褒め称えてもくれたのだ。これには驚きを禁じえない由津彦だった。
その後、火多岐と由津彦はすったもんだはあったが無事に結婚をした。この時、二人は共に十八歳になっていた。火多岐は羽立の村に溶け込み、姉の壱夷とも仲良くやっている。そんな二人が二十歳の年の秋に一人の元気な女の子が生まれた。火多岐は生まれて間もない娘を抱き抱えながら不思議な事を言った。
「…またお会いできましたね。姫様」
お産に付き添ってくれていた産婆や村の女たちはしきりに首を傾げていたが。祈りを外で捧げてお産に使った道具を火で燃やしていた田津留だけは意味をわかっていた。やっと、燐姫の願いは叶ったのだ。田津留は一人微笑みながら浄土にいるという御仏の力と機転に感服したのだった。
後に由津彦と火多岐は祖父母の跡を継いで国造になった。由津彦の娘は名を宇津女といって不思議な力を両親から受け継いでいた。弟も生まれていて火稚といった。二人とも元気で利発な子達であったという。
羽立の村に残った伝承では哀れな龍神を解き放った由津彦と火多岐の夫婦は仲睦まじく生涯を共にしたらしい。二人の子供達の内、娘の宇津女は海辺で見つけた不可思議な青年を助けて恋に落ちたとか。
そう、語り伝えられている。
―完―
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