戦い三
久しぶりの更新です。
火多岐は襲い掛かってきた竹早命の攻撃をとっさに張った結界により防いだ。由津彦と麻那斯も鞘から剣を抜いた。
「…二人とも気をつけて!竹早命様は力が強いわ」
「わかった。由津彦、火多岐の言うことをよく聞いておけよ」
麻那斯の指摘に頷きながら由津彦は剣を構える。竹早命は悪鬼のような形相で由津彦にも飛びかかってきた。
『おのれぇ!小童共めが!』
そう叫びながら空に掌を向ける。ゴロゴロと雲が唸りをあげた。雷を起こす気らしい。火多岐は手をぱんと叩きながら祝詞を詠みあげた。
「今、我は請い願う。土を司りし誘美神よ。力を貸し与え給え!」
火多岐が唱え終わると彼女の周りが燐光に包まれた。白と黄色の混じったそれは美しくもあった。
すると、三人の立っている辺りが地揺れを起こした。地面にひびが入り、穴が出現する。そこから、蔦が伸びて竹早命を捕らえた。
『くうっ。何事だ?』
蔦はぎりぎりと竹早命を締め上げる。
『…わらわを呼び出すとはな。娘、何用じゃ?』
闇をまといながら現れたのは長い黒髪と白い肌の美しい女人だった。白い衣を身にまとい、首には勾玉の首飾りをかけている。
一昔前の巫女の格好だ。
「誘美神様。静かに眠っておられるところをごめんなさい。私、どうしても竹早神様が持っておられる白雲剣を取り返したくて。龍神にお返ししたいと申している若者がいるのです」
火多岐が言うと女人こと誘美神はなるほどと頷いた。
『それでわらわを呼んだのかや。あれは少々やり過ぎたようじゃ。お仕置きをしておかねばな』
誘美神はにたりと笑う。蔦をたくさん出して竹早命を宙吊りにさせる。
「す、すごい。あれだけ強い神を蔦だけで押さえこんでしまうとは」
由津彦が歓心していると麻那斯から睨まれた。
「ぼうとしている場合じゃない。火多岐が足止めしてくれている間に攻撃するぞ」
「わかりました。行こう!」
由津彦の呼び声を皮切りに二人は剣を構え直して宙吊りになっている竹早命に飛びかかる。由津彦が足を斬りつけた。右側のふくらはぎが斬られて赤い血が飛び散る。
麻那斯が背中を斬りつけた。斜めに斬られたそこからも血が滴り落ちる。
『くうっ。我に傷をつけるとは』
『竹早。いや、須佐之男。そなたも若気の至りであったな。母であるとはいえ。若き龍の女子に深手の傷を負わせて大事な剣を奪い取ったそなたをわらわも許せぬ。少しは罰を受けると良い』
誘美神は諭すように言うと手を下に動かす。蔦は竹早命を地割れの中に引きずりこんでいく。
『そなたはわらわと一緒に黄泉に来るとよい。永劫の闇の中で眠りにつくがよいわ』
『…い、嫌だ。母神よ。お許しください!』
悲痛に叫ぶ竹早命に無情にも誘美神は首を横に振る。表情は呆れと悲しみを合わせたようなものだった。蔦は完全に竹早命を地割れの中に引き込んだ。
『…娘よ。わらわを呼んだのは東海龍王の娘御の事でじゃな。確か、燐姫とおっしゃったか。あの方の持っておられた白雲の剣だったらこちらの社にある』
「そうなんですか。何から何までありがとうございます。誘美神様!」
火多岐が礼を言うと誘美神はころころと笑いながらこう述べた。
『良いぞえ。では、わらわは帰るからの。そちらの若者たちによろしく言っておいておくれ』
「わかりました!」
ではのと言いながら誘美神は穴の中に戻っていった。火多岐が深々と頭を下げると穴と地割れは無くなり元の状態に戻っていた。地面に着地して事の一部始終を見守っていた由津彦と麻那斯は驚きのあまり、固まっていたのだった。
あれから、社の守人である巫女に頼み込み、由津彦たちは白雲剣を譲ってもらった。由津彦は巫女に代わりにと唐津の宇久姫からもらった剣を代わりに差し出そうとした。が、話を聞いていた麻那斯から止められる。彼は自身の持つ剣も神剣だといってそれを差し出したのだ。
巫女はそれを受け取って検分すると代わりの御神体にすると言ってくれた。白雲の剣を譲ってくれたのだった。社を出ると麻那斯は由津彦に後しなければならない事を言った。
「由津彦。燐姫をお前の体から解放する。そのために海に向かうぞ」
「ああ、そうだった。燐姫を解放しなければならなかった」
由津彦は今思い出したとばかりに言った。麻那斯は呆れたらしく眉を下げながらため息をついた。
由津彦は燐姫との別れがついに来たことを悟った。既に赤と黄を混ぜた色に変わりつつある空を見上げたのだった。
由津彦と麻那斯、火多岐は一晩を野宿で過ごした。そして、社の巫女に教えてもらった海を目指して出発する。途中で寺がないかも聞いたら僧侶が社から北の方角に住んでいると告げた。それを頼りにまずは北の方角にも向かった。
しばらくするとこじんまりとした寺が見えてきた。由津彦は閉じられている門戸を叩いた。そしたら、浄真とよく似た感じの丸刈りの男が出てきた。
「はい。何かわたくしに御用でしょうか?」
「あの。ある巫女殿にこちらに寺があることを聞きまして。それで来たのですが」
「巫女殿に?」
男は不思議そうに聞き返してくる。由津彦が説明をしようとすると麻那斯が一歩前に出た。
「…あの。俺たちは訳あって旅をしている身なんだ。こちらの由津彦は体に龍神を宿している。その龍神の解放の仕方を僧侶の方ならご存知だろうと思ってな。だから、話だけでも聞いてもらえたらありがたい」
「…ああ、なるほど。そういう事でしたか。わかりました、中にひとまずはお入りください」
男は穏やかに笑いながら言った。由津彦たちは寺の中へと入ったのだった。
「ふうむ。裟袈邏龍王の御子の燐姫を体に宿して旅をしておられたとは。剣を取り返したまではいいが姫の送り方がわからないと」
「そうなんです。燐姫を浄土に送るためにはどうしたらいいのでしょうか?」
由津彦が問いかけると男こと僧侶の玄海は顎をなでさすりながら考えこんだ。
「そうですな。一つあげるとすれば、経を読んで御仏に迎えに来ていただく事でしょうか。わかりました、経をあげて御仏をお呼びするのはわたくしがやりましょう」
「ありがとうございます!」
由津彦が勢いよく礼を言って頭を下げた。玄海は笑いながら良いですよといった。
「まあ、今日はお疲れになったでしょう。我が寺で休まれていくといい」
玄海にそう言われて由津彦はまた礼を告げる。笑いながら頭を上げてくださいと言われたのだった。