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戦い二

由津彦は麻那斯から与えられた剣で懸命に鍛練を積み重ねていた。

火多岐や尾勢姫の助けもあって彼は麻那斯や他の男たちと肩を並べるくらいには強くなっていった。中にいる燐姫を火多岐が一時的に封印したのでしゃべることは無くなったが。それでも、由津彦は剣術や他の武術の鍛練を重ねた。

あれから、さらに三月が過ぎ、秋から冬に変わろうとしていた。




由津彦は寒くなってきたある日の昼間に弓矢の鍛練をしていた。ぎりぎりまで弓の弦を引き、的に焦点を当てる。弦と矢から手を離した。びゅんと音がして矢は吸い込まれるように的の中心に目にも止まらぬ速さで近づいた。たんと矢が突き刺さり、由津彦は弓をつがえる姿勢を解いて体から力を抜いた。

横で見ていた舎人や麻那斯達は満足そうに笑みを浮かべた。

「…おう、すげえじゃねえか。この間までは弓矢のつがえ方すらわからなかったのにな。たった、四月ほどでここまで上達するとは」

尾勢姫の館を警護している舎人の内の一人が弓矢を片付けていた由津彦に声をかけてくる。この男は名を岩盾(いわたて)といい、年は三十を二つ過ぎたくらいである。髭をたっぷりと生やしていかつい顔をしているが真面目で気の良い人柄だ。

よそ者である由津彦に何かと話しかけてきたり、麻那斯がいない時に武芸の基本を代わりに教えてくれたりした事も何度かある。面倒見のよい性格もしているらしい。

「ああ、岩盾さん。俺を褒めても何にも出ませんよ」

「はは。一丁前の事を言うじゃねえか。でも、お前は本当によく頑張ってるよ。何でも、親を亡くして村にいられなくなったんだって聞いたぜ。それで旅をしていたんだろ?」

「…まあ、そんなところですね。岩盾さん、詳しいですね」

「…そりゃあ、麻那斯様から聞いたんだよ。けどな。好きなのはわかるが。火多岐様はやめとけ」

「いきなり、何ですか。火多岐さんはやめとけって」

岩盾はふうと大きくため息をついた。

「…火多岐様はな。将来は大巫女になられる尾勢姫様に次ぐ立場になる。という事は妹背の仲にはなれん相手だ。確かに可愛らしいし気立ても良い方だが。婚姻するという事になれば、ここの国造の葛城宿儺(かつらぎのすくな)様が黙っとらんだろうな」

そうですかと言うと岩盾はすまんなと謝ってきた。

「まあ、火多岐様以外にも可愛い娘はいる。村娘でも良かったら、わしの知り合いの子なんてどうだ?」

「はあ。でも、俺はまだ、婚姻する気はないんで」

「そうかよ。じゃあ、自分で見つけるんだな」

岩盾は残念そうにしながらも由津彦の肩を軽く叩いて去っていった。





ついに、由津彦は神との戦いに行く日が来た。朝早くから、尾勢姫に呼び出されて祈祷を行われた。自身の仕える神の加護を由津彦に与えるためらしい。由津彦も夜も明けぬうちから起こされて(みそぎ)をやらされた。それは慣れているからよかったが。

麻那斯が叩き起こしに来たのが気分的に堪えた。何せ、彼の起こし方は並大抵ではない。(ふすま)を剥ぎ取られて床に転がされるくらいだったらよいが。枕を投げつけられた時は地味に痛かった。

麻那斯ではなく、火多岐に起こしに来てほしかった。正直、そう思ったのであった。




「…由津彦さん。わたしも一緒に行くわ。姉様にも言っておいたから」

祈祷を終えて由津彦が麻那斯からもらった剣や最低限の荷物をまとめていた時に火多岐が部屋に入って声をかけてきた。由津彦は驚きながらもこう言った。

「…火多岐さん。俺や麻那斯殿と行くとはね。君が思っている以上に危険だということは言っておくよ」

「…それはわかってる。けど、心配だから付いて行きたいの」

「…火多岐さん」

由津彦が黙ると火多岐は静かに近寄ってきた。手を取って以前のように握ってくる。

「…由津彦さん。わたし、これでも癒しの力があるし、短剣や剣も一通りは扱えるの。兄様程じゃないけど足手まといにはならないようにするから」

「…そうか。だったらいいよ。何にも俺からは言わないでおく」

ありがとうと言って火多岐は由津彦に抱きついた。いきなりの事に由津彦はさらに驚いた。

温かくて柔らかな火多岐の体の感触と良い香りに頭はくらくらする。だが、由津彦はすぐに火多岐の体を引き離した。不満そうにする彼女を見て由津彦は申し訳なく思う。

「…火多岐さん。俺に抱きついたら麻那斯殿にどやされる。後が怖いから気をつけてくれ」

由津彦がそう言うと火多岐はむうと口を尖らせた。

「別にいいじゃないの。わたしが抱きついたって兄様には関係ないわ」

「そういうわけにもいかないんだよ。麻那斯殿に世話になっている以上は妹である君には手を出せない」

そこまで言うと火多岐はため息をついた。由津彦は気まずくなる。

「…ふうん。そんなに兄様にばれるのが嫌なのね。わかった、由津彦さんには近づかない。意気地無し!」

火多岐は悪態をつきながら、部屋を出ていってしまう。唖然としながら、見送る由津彦だった。




そうして、竹早命の祭られているお社に麻那斯と由津彦、火多岐に翠玉の四名が向かう。尾勢姫の館からは馬で半日ほど行った所にある。翠玉は龍の姿で同行していた。

他の三名は馬だ。が、火多岐は馬術を習っていないために由津彦の後ろに乗っていた。麻那斯は最初こそ反対していたが火多岐が押しきったので渋々、了承せざるを得なかった。由津彦は馬を進めるにつれて強力な力の気配を感じていた。麻那斯や火多岐も同様らしい。

翠玉も眉間にしわを寄せている。既に館を出てから一刻が過ぎようとしていた。そして、朝早くに出てからかなりの時が経った。日は傾き、半日近くが過ぎていた。

既に竹早命のお社にたどり着いている。辺りは濃い霧に覆われていて視界がはっきりしない。

だが、強い霊気を皆、はっきりと感じていた。警戒されているのがわかる。木で作られた鳥居をくぐると大きな社が見えた。

由津彦たちはお社のある境内に踏み込むと歩き始めた。入ってから少し歩いた所で後ろを向いた人影が見える。

髪を結わず、後ろで一つに束ねた由津彦や麻那斯、翠玉と違い、その人影は髪を結っていた。少し前まで男の髪型だった角髪(みずら)に結っているのだ。服装も袖や足首の裾を紐で結わえたもので腰には剣を()いていた。いわゆる古代の格好だ。

男であってもああいった格好はあまりしないだろうか。それが由津彦たちの違和感を大きくさせる。

後ろを向いていた人影がこちらをゆっくりと振り返った。由津彦の中の燐姫の声が響いた。

『気をつけて!由津彦さん、あの方は』

燐姫がそう言った瞬間、突風が吹き、由津彦たちの進路を塞いだ。ものすごい風圧に腕で顔を庇い、目を閉じた。そうでもしないと耐えられなかった。

『…何をしにきた、小わっぱ共』

地を揺るがすような低い声がして由津彦は閉じていた瞼を開ける。そこには怒りに顔を歪ませた一人の男性が佇んでいた。

翠玉が龍の姿をとって皆の前に立ち塞がった。がきいんと音がして気がつくと男性が腰に佩いていた剣を抜いて斬りかかっていた。翠玉はそれを自身の鋭い爪で防いでいた。

由津彦と麻奈斯は頷き合うと互いに剣を鞘から抜いた。まっすぐ構えて竹早命と思われる男性に切っ先を向けた。

『ほう。我とやる気か?』

「…ええ。燐姫の仇は取らせていただきます、竹早命様」

由津彦が言うと麻奈斯が竹早命に走って近づき、無言で斬りかかった。きぃんと高い鋼がかち合う音が辺りに響いた。

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