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流転する運命三

由津彦は麻那斯と今後の相談をした。翠玉は自分達で決めろと言うだけで頼りにはできない。仕方なく、由津彦は麻那斯を頼ることにした。

「…どうしたら良いんでしょうね。麻那斯はどう思いますか?」

「……俺に聞かれてもな。まずはお前の剣術をどうにかしないとな。今の状態では竹早命と戦う域にはまだ、いってないし。燐姫のこともある。とりあえず、しばらくはここに留まったらどうだ?」

「ここにですか。わかりました、その方が良いでしょうね」

由津彦が素直に頷くと麻那斯はにっと笑った。珍しく、笑顔を見せる彼に驚いてしまう。

「…どうした。俺を見ても何にも出ないぞ」

「いや、何でもありません。ただ、珍しいなと思って」

そう言うと、麻那斯はさらに笑みを深めた。

「…ほう、言うじゃないか。わかった。今度から、剣術に加えて弓術と馬術も教えるか」

自分の失言に気付いても後の祭りである。由津彦は後で大いに困ることになった。




風が吹き、空は青く晴れ渡っている。由津彦はそれを仰ぐ暇もなく、今日も麻那斯にしごかれていた。

剣術だけでも大変なのに由津彦は弓矢、馬術も覚えさせられている。弓の持ち方や構え方に始まり、矢のつがえ方などの基礎から教わった。

麻那斯は手取り足とりで由津彦に矢を放つ時の心得も説く。

「…良いか。的に矢を当てさせたいのだったら、肩に力を入れ過ぎるな。楽にした状態で尚且つ、集中するんだ」

「わかりました」

「それとお前は自身の力を過信する所がある。今は燐姫にも翠玉殿にも頼るなよ。自分の力だけでやる事を忘れるな」

痛い所を突かれて由津彦はギクリとした。確かにその通りだからだ。

仕方なく、由津彦は自身の力だけでやる事を意識しながら鍛錬をこなした。




しばらくして、へとへとになりながらも鍛錬を終えた由津彦は自室に戻った。そこには火多岐と尾勢姫が何故かいたのだ。

「…あれ、火多岐さんに尾勢姫?!何故、俺の部屋にいるんですか」

当然ながら、声をあげた由津彦に答えたのは尾勢姫だった。

「あら、由津彦さん。いえね、火多岐があなたを心配していて。だったら、部屋で食事の用意をと思ったの。ことわりも無しで勝手に入ってしまってごめんなさいね」

「ああ、そうだったんですか。だったら、仕方ないですね」

二人が親しげに言葉を交わしていたら、後ろから低い声で注意をされた。

「由津彦。何をしている?」

二人とも振り返ってみたら、そこには腕を組んで厳しい表情をした兄の麻那斯が佇んでいた。

気まずい雰囲気になる。麻那斯は由津彦を睨みつけた。

「…兄様。そんなに睨みつけなくてもいいでしょう。由津彦さんが困っているじゃないの。本当に困った人ね」

尾勢姫が困った顔でやんわりと注意をしてくる。麻那斯はふんと鼻で笑うとそっぽを向いてしまった。

由津彦はどうしたものかと頭が痛くなる。それを火多岐が困った顔で見つめていた。

「…それよりも由津彦さん。あたしから一つ提案があるのだけど」

由津彦は何かと尋ねた。

すると、火多岐はにこりと笑いながらこう言った。

「…剣の修行などの他に巫力(ふりょく)を鍛えてもいいんじゃないかと思うの。由津彦さんの巫力はもともと強いけど。神との戦いではいくら強くても足りないくらいだからね。もし、よければ。あたしと尾勢の姉様で特訓をさせてもらうけど」

「…ええっ。尾勢姫と火多岐さんが?」

「…嫌かしら?」

火多岐に言われて由津彦は大いに弱ったとため息をついた。麻那斯の視線が痛い。

尾勢姫はそれを面白そうに眺めている。

しばし、考えて由津彦は仕方がないと額に手を当てながら答えた。

「…わかった。お願いしてもいいかな?」

「やった。じゃあ、決まりね。由津彦さん、なるべく実践的な特訓をやるから。腹は括っておいて」

火多岐がいい笑顔で言うと由津彦は頭を抱えたくなった。




そして、由津彦の日々の特訓に巫力の向上も加わり、さらに厳しいものとなった。火多岐や尾勢姫は初歩的な練習から始めて、徐々に実戦で使えそうな術も教えてくれた。

麻那斯の武芸の稽古も剣と馬に弓矢、そして、槍や体術など多岐に渡り付いていくだけで由津彦は精一杯だった。日向(ひむか)の地に彼が滞在し始めて、一月半が経過していた。由津彦はこの間に剣術が少しずつだが上達していた。一通りは扱えるようになり、麻那斯にはまだ届いていないが稽古相手になってくれる舎人達と手合わせして引き分けにもっていけるだけの技量になっていた。

たった、一月半の間にこれだけできるようになれば、上々だと麻那斯は言っていたが。それでも、竹早命には及ばないとも告げられていたので由津彦は黙って修行に励む他なかった。

「…由津彦。まず、俺から一本でも剣術で勝てたら次は翠玉様と勝負してみろ。あの方にも稽古をつけてもらえ」

その日も特訓に励む中で麻那斯が由津彦を見つめながらぽつりと告げた。それを聞いた由津彦は驚きのあまり、彼を見つめ返してしまう。何でという思いでいたら表情に出ていたのだろうか、麻那斯は顔を横に背けながら言った。

「お前は人ならぬ方と戦わなければならない。だとすると、人である俺など比べ物にならん。神である翠玉様に稽古をつけてもらう方がよかろう」

「…そうですか。けど、俺一人で戦って勝てる見込みはないのでしょう?」

「…そうだな。今からいくら鍛えても所詮は付け焼き刃だ。すぐにボロが出る。となると、俺と翠玉様も加わるしかないだろうな」

難しい顔で告げられた言葉に由津彦は目を大きく見開いた。まさか、思わぬ形で味方ができるとは思いもよらなかったからだ。

「え。いいんですか?」

「…言っておくが俺は援護するだけだぞ。あくまで竹早命様と戦うのは由津彦、お前だ。翠玉様も加わるとしても勝てる見込みがあるかもわからん。それでも、燐姫のために神を倒すんだな?」

不意にそう聞かれて由津彦は虚を突かれた。しばらく、黙りこんでしまう。なかなか、答える言葉が見つからない。

「…そうですね。燐姫を解放したいのは本当です。ただ、今の俺だと簡単に倒されてしまう事はわかっています。そのために修行に励んでいるわけだし。竹早命様とは戦わなければならないのもわかっていますが」

慎重に言葉を選びながら話した。麻那斯はふうんと言いながら腕を組んだ。

「わかった。それがお前の考えだな。だったら、竹早命様との戦いには俺も参加する。いいか?」

「…協力していただけるとは思っていませんでした。何か、心境の変化でもあったんですか?」

「別に何もない。前から決めていた事だ。お前の答え次第ではこの戦いに加わろうと思っていた。機会を待っていただけに過ぎん」

麻那斯はそう言うと由津彦にゆっくりと近づいた。

そして、肩に手を置いた。

「…由津彦。お前は普通の人よりも重いものを背負っている。神の力は人の領域を越えたものだ。そのせいでどうしてもお前に負担がかかってしまう。燐姫を解放して黄泉路へ行かせるまでは楽はできないぞ。それは覚えておけ」

「…麻那斯」

「じゃあ、俺はこれで行く。部屋に戻っているといい」

麻那斯は背を向けてその場を立ち去っていった。由津彦は見送る事しかできなかった。

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