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流転する運命二

麻那斯が持っている剣が素早い動きで翻る。びゅんと音が鳴り、剣が空を斬る。次には円を描くように目にも止まらぬ速さで回り始めた。

左に右にと回しながら剣を自在に操る技巧はなかなかのものだった。麻那斯は相当な剣の使い手だと由津彦にもわかる。そして、剣を素早くまっすぐ突き出す時に構えを取った。

左手を斜めに構え、片足を軸にしてもう片方は斜めに突き出す姿勢で麻那斯は動きを止めた。

短い間だったが鮮やかな動きに由津彦は感心しきりだった。翠玉も黙って彼を見やる。

「…いかがでしたか?」

額に浮かぶ汗を袖で拭いながら、麻那斯は問いかけた。翠玉はしばし考え込むようなうなり声をあげる。

そして、仕方がないという風にため息をついた。

『…ううむ。難しいところだが。まあ、剣の腕は由津彦よりは良いな。こいつを鍛えてやってくれるなら付いて行ってもいいぞ』

最後にはにんまりとした笑みを浮かべたらしく、鋭い歯が開けた口からのぞく。

「そうですか。わかりました。この阿呆を鍛えるんですね?」

『そうだ。確か、名は麻那斯だったな。あの娘は火多岐といったか。どういう間柄になるんだ?』

唐突に問われたが麻那斯は意味がわかったらしく、軽く頷きながら答える。

「…火多岐は妹ですよ。母は違いますが。妹で尾勢姫もいます。二人ともこちらの社で巫女として修行をしていましてね。私は男ではありますが霊力があるので父である長から許可はいただいています」

『ふうん。尾勢姫も妹にあたるか。では、燐を解放する手だてを知っていたら教えてもらいたいな』

翠玉の要望に麻那斯は言葉に詰まってしまう。まさか、由津彦の中にいる龍神の姫の解放の事まで尋ねられるとは思わなかったからだ。

「そう言われましても。妹君の解放については火多岐の方が詳しいですね」

『なるほど。火多岐殿に頼むしかないな』

「…そうしてください。火多岐は魂や木霊などが尾勢姫より見えますから。巫女としての力は強いですよ」

なるほどとまた頷きながら翠玉は麻那斯と話を続けたのであった。



しばらくして、話を終えた二人は意気投合したらしかった。疲れた由津彦はげんなりとしながら、荷物を取りに中に入ろうとした。

だが、すぐに気づいた麻那斯により、引き留められる。

「…おい、由津彦。何、勝手に戻ろうとしてる」

腕を掴まれたので由津彦は後ろにつんのめりそうになった。

「…荷物を取りに戻ろうとしただけですよ。何で、麻那斯殿が怒るんです」

「生意気な奴だな。まあいい。それより、私の事は麻那斯と呼べ。殿はいらない」

いきなり言われて由津彦は唖然となる。

「…呼び捨てで良いということですか?」

きょとんとしながら尋ねると麻那斯はそっぽを向いた。

「良いと言っているんだ。素直に聞いとけばそれで十分だ」

由津彦は少しの間、逡巡したが。仕方なく、頷いた。

「わかりました。これからは麻那斯と呼ばせてもらいます」

すると、麻那斯はこちらを向いてにやりと笑う。

「それでいい。じゃあ、由津彦。少し休んだら、剣の稽古をつけてやる。覚悟しておけよ」

「…え。俺が剣の稽古ですか?」

由津彦が目を丸くしていると麻那斯は上機嫌に笑い、彼の背中をばしと叩いた。

「そうだぞ。私がつけてやる」

はあと言いながら由津彦は渋々、頷いた。




少しして、由津彦は稽古の前に軽く朝食をとらせてもらった。火多岐が気を利かせて強飯(こわいい)や野草の汁、にらぎなどを出してくれた。

「…兄様があなたに剣の稽古をつけてくれるんですってね。良かったわ」

食膳を由津彦の前に置きながら、火多気が話しかけてくる。

「早速、聞いたんだな。俺は今から気が重いよ」

「まあ、そう落ち込まないで。由津彦さんを鍛える気満々だったけどね。兄様は」

火多岐はそういいながら苦笑いをする。

「…俺は君の兄御とはいえ、どうも麻那斯が苦手だよ。翠玉様とは気が合いそうだけど。うまくやっていける自信がない」

「…そう。けど、兄様を呼び捨てできるのはあなたくらいだと思うわ。もう、親しくなれたのね」

「いや。彼に呼び捨てでいいと言われたからな。だから、そうしているだけだよ」

ため息をつきながら言うと火多岐はおかしそうに笑った。それを意外な気持ちで由津彦は見つめた。

「あら、苦手とはいうけど。由津彦さんの口調からするとそんなに感じられないわ」

「そうだろうか。麻那斯にはむしろ、嫌われているような」

「そんなことないわよ。普通、兄様は滅多な事では自分の名を呼ばせたりしないわ。きっと、由津彦さんの本当の気持ちを聞いて力を貸そうと思ったんじゃないかしら」

火多岐の言葉に由津彦は軽く衝撃を受けた。

麻那斯が自分に力を貸す気でいるとは。

「…なるほど。そうでなかったら、俺に剣の稽古をつけようだなんて思わないよな。君の言う通りかもしれない」

「そうだと思うわ。とりあえず、朝餉を食べてしまってね。兄様も待っているだろうから」

わかったと言って箸を手に取り、朝餉を食べ始めたのであった。




それから、朝餉を終えて由津彦は迎えに訪れた麻那斯と共に社の前にある開けた野原に出た。

麻那斯は剣を握る前に体術を教えると言ってきた。手で突きなどを繰り出したり、足で蹴りや払う仕草をやってみせる。

「まずはこれらの動きをやってみろ。大陸の体術の動きも入っているがな」

「わかりました。まずは手の突きからでしたね?」

「そうだ」

麻那斯に確認をとってから由津彦はゆっくりと先ほどの動きをまねてみた。だが、違うとすぐに叱られる。

麻那斯はこうだと言ってもう一度、手本を見せた。

由津彦は必死に真似をしながら突きを覚える。この厳しい稽古は夕暮れになるまで続いた。



あれから、五日が過ぎたが。由津彦はまだ、剣を握らせてもらえてない。

ひたすら、麻那斯に体術の基礎をたたき込まれていた。

麻那斯の稽古は思ったよりも厳しく過酷なものだった。朝早くから始まり、夕暮れ時に終わる。

竹早命に立ち向かうにはまだまだだと麻那斯に言われて由津彦は愕然としたものだ。それでも、羽立の里に戻りたいのと燐姫を解放したいという気持ちが彼を支えていた。

そして、今日も過酷な稽古は続くのである。




「由津彦。神に立ち向かうにはこれくらいでは足りぬぞ!」

そういいながら、麻那斯は容赦なく蹴りを繰り出してきた。由津彦はそれを体を斜めにそらす事で素早くよける。田舎でのんびりと過ごしてきた分、麻那斯のしごきは身に堪えた。だが、火多岐の励ましもあってあきらめている暇はないと麻那斯のしごきに負けるつもりはなかった。

だから、由津彦は麻那斯が繰り出してくる次を予想する。神経を研ぎ澄ませろと最初に言われた通りにした。

麻那斯は拳を繰り出してきた。腕でとっさに顔をかばい、防いだ。

押される一方だが麻那斯の強さは尋常ではないことを由津彦はひしひしと感じさせられていた。彼は体術も剣術も優れている。おまけに霊力も強いのだから、一族の長が妹達の護衛にと社の出入りを許したのもわかろうというものだ。

性格は生真面目だが懐は大きく、面倒見もよい。

由津彦はそんなことを思い出しながら、麻那斯が出してくる攻撃をよけるのであった。



稽古を終えて由津彦は部屋に戻り、翠玉を呼んだ。

彼はすぐにやってきた。

龍の姿ではなく、人の姿ではあったが。

「…何だ、わざわざお前から呼び寄せるとは。珍しいな」

「いえ、少し話したい事があって」

由津彦はそういうと翠玉は黙って次を促した。

「翠玉様。麻那斯が俺に協力すると言ってくれました。燐姫を身に宿していても大丈夫なように術をかけてもくれまして。それを報告しようと思ったんです」

「そうか。燐は今、どうしている?」

由津彦はすぐに目を閉じて呼びかけた。

「姫、起きてください。翠玉様がおいでになっています」

すると、澄んだ声が翠玉の耳に届いた。

『…兄上ですか?』

翠玉はすぐに感極まったように表情を緩ませた。

「…燐。良かった、由津彦の中で寝ていたんだな」

『はい。麻那斯さんが由津彦さんの体をわたくしが完全に乗っ取ってしまわないように一時的に眠る術をかけたんです。そうすることで由津彦さんが疲れてしまわないようにできるそうです』

「なるほど。そなたを眠らせるとは。考えたな、麻那斯も」

翡翠の瞳を見開きながら翠玉は皮肉げに笑った。

「…わかった、燐。もういい。由津彦、妹を眠らせてやってくれ」

しばらく、何も話さないでいた由津彦は頷き、燐姫を眠らせる祝詞を唱えた。すると、燐姫の声はしなくなった。

翠玉はそのまま、由津彦の部屋から音もなく姿を消した。

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