高山:現場へ…… 徳永:研究室へ……
《登場人物》
徳永 真実(35) 警視庁刑事部捜査第一課警部
高山 朋美(30) 同 巡査部長
瀬戸 宗助(53) 東城大学教授
榊 祥子(32) 同大学准教授
宮崎 俊一(故人) 同大学准教授
6月7日午後3時 ――東城大学――
徳永と高山は東城大学の第2駐車場に車を止めて、瀬戸の研究室がある7号館へと向かう。
高山は徳永の横で携帯電話越しで捜査一課の電話を処理していた。
「はい。そうです……ええ、分かりました」
高山は、携帯電話を切って、鞄の中にしまいこむ。
「被害者の家にはチェスや将棋らしきボードゲームの類は一切、発見されなかったそうです」
徳永はニコニコと笑顔で彼女に向かって告げた。
「やっぱりね。予想は当たったよ」
「えっ?」
「考えてごらん? 遺体が所持していたのは、黒のナイト一つだけだよ。あの東城大学という施設の中で発見されたんだ。遺体が……」
「?」
警部は、巡査部長が理解できていない事をすぐに分かった。ちょっと顔をひきつらせながら説明する。
「遺体が黒のナイトを持っているのは研究室で黒のナイトを触ったという事だよ。その上、彼の自宅にはそのチェスの駒やボードは発見されなかった……つまり最後に宮崎さんは自宅ではなく、大学で死んだ事になる」
彼女は考えた末に警部の言いたい事を理解した。
「大学で死んだとすれば、容疑者は絞り込むことができます!」
「ああ、でもそうは簡単に問屋が卸してはくれないようだよ」
巡査部長は警部の言葉に再度、戸惑う。
「えっ? どういうことですか?」
「どういうことって? 僕達が言っているのは、あくまで、黒のナイトが捜査線上にあがっている状態で考えている。しかし、それは状況的しかないってことだよ」
彼女は徳永の言いたい事がやっと理解できたような気がした。
「じゃ、つまりは今、私達が言っている事は、完全に固まったものではない」
「そう外側は硬いけど中がふにゃふにゃでは意味がないよ」
徳永はそう言って、高山と共に大学の敷地に入って7号館まで目指す。だが、歩いて行く途中で大学別門の警備室に目が止まり、敷地の真ん中で立ち止まる。
高山はそれに気づかずいつの間にか、彼を追い抜かしていた。
「あれっ? どうしたんですか?」
「いや、あれ」
徳永は大学別門の警備室を左手人差し指で指している。
「私達が入ったところは西門ですね。警部が指差しているのが東門。それで東門が正門で私達が入った西門は裏にあたりますね。あの門がどうかしたんですか?」
高山は大学の入口について答えたが、彼が示していたのはどうやら違う事らしい。
徳永は首を横に振って答えた。
「いや、違うよ。あの警備室」
「えっ?」
警部は巡査部長に現場の立地について訊いた。
「そういや、宮崎さんが発見された地下駐車場。入口の近くに警備室は?」
高山は、眉間にしわを寄せ、徳永に向けて首を原始人みたいに前に出す。
「はい? 警備室ですか? 確か、地下駐車場内に一つありましたね」
「高山くん」
徳永は彼女に告げる。
「君、地下駐車場の警備室の方に行って話を聞いてきてくれない?」
高山は、現場に行った時に所轄署の刑事によって聴取済みだった事を徳永に伝えた。
「えっ? でもそれは所轄の方が聞いて、情報を得ていますよ?」
徳永は丸メガネ越しの眼から高山を見つめて、一言放つ。
「うん。だから」
【この変人警部!】
高山の心は徳永に対するイライラが募っていた。しかし、こんな事を口で言えるわけではなく仕方なく行くことにした。
「はいはい! 分かりましたよ。 警部は研究室へ?」
「うん。瀬戸教授に会いにいくよ。何かわかったら連絡してくれ」
「了解です。ああ、そうそう」
何か思い出したかの様に彼女は徳永に警告する。
「警部。くれぐれも相手が怒らないようにしてください。あなたが人と話す時、大抵の人が嫌な顔されるみたいですし……」
警部は高山に一言だけ。
「大丈夫! 慣れてるから」
【慣れてるって……そんな……】
巡査部長は警部の一言に呆れと一緒にちょっとの不安を感じている。
徳永は再び、歩き始めた。
「じゃあ、高山君! そっちは任せたよ」
「ちょっと!? もう!」
彼女は上司の言う事を聞くしかなかった。近くの大学の施設案内看板を見て、8号館の地下駐車場へ直接、行く事にした。
徳永は、直接7号館の研究室へと向かった。
第7話です。
話は続きます。