第1発見者との対面
《登場人物》
徳永 真実(35) 警視庁刑事部捜査第一課警部
高山 朋美(30) 同 巡査部長
瀬戸 宗助(53) 東城大学教授
榊 祥子(32) 同大学准教授
宮崎 俊一(34) 同大学准教授
――東城大学――
瀬戸研究室は、8号館に隣接する7号館4階の左端にある。
エレベーターの中は8人ほど入れるスペースで、左の壁に大学内の見取り図があった。徳永は丸メガネを外し、灰色のハンカチでメガネを拭きかけ直しながら図を見てつぶやいた。
【懐かしいな~】
高山は、徳永のつぶやいた事によく聞き取ることができなかったので質問してみた。
「どうしたんですか? 警部?」
軽く背伸びをした警部があたりざわりなく答える。
「い~や、なんでもないよ」
「教えてくださいよ!」
話しているうちに2人を乗せた鋼鉄の箱が4階に止まり、ピンポーンと鳴ると同時に女性のアナウンスが徳永と高山に到達地点を知らせた。
《4階です》
女性のアナウンスと同時にエレベーターのドアが開いた。
2人は箱から降り、8号館と7号館を繋ぐ渡り廊下に向けて歩いていく。瀬戸研究室は8号館からは結構な距離で、徳永は腕時計を見ながら少し足を急いだ。
瀬戸研究室では、榊は自分のデスクに座り、顔を下にして泣いている。
1人の警官が榊を落ち着かせようと奮闘しているその間に、もう1人の警官は、研究室の宮崎のデスクを探っていた。
彼女は、憔悴しきっており、顔を上げず、ずっと泣き続けていた。警官は榊を落ち着かせる。
「分かります。知っている人が亡くなってしまった事。さぞ辛かったでしょう」
「うっ、ううっ、どうして、どうして宮崎先生が、宮崎先生がこんなことに……」
警官が、榊を落ち着かせている時に、丁度、徳永と高山が研究室にたどり着き、徳永がドアをノックする。
もう一人の警官はそれに気づき、「はい」と言ってからドアが開き徳永が入って来たのを見て、椅子から立ち上がり、徳永に敬礼する。
「警部、御苦労様です」
「あ、ご苦労さん。ここは僕達がするから、君達は、現場の手伝いをよろしく!」
「はっ! 了解しました」
2人の警官は敬礼し、研究室を出た。
徳永は、榊に警察手帳を見せ、自己紹介を始めた。
「榊祥子さんですね。私、警視庁捜査一課の徳永と申します」
「同じく高山です」警察手帳をしまって徳永は、本題へと入る。
「お察しします。宮崎さんとは同僚だったそうですね?」
榊は、自分を落ち着かせ、ゆっくりと口を開いた。
「はい、とてもよい先生でした。私が困った時に、すぐ相談に乗ってくれていました」
「なるほどねぇ。瀬戸教授と宮崎教授の仲はどうでしたか?」
「対して、何もありませんでした。ただ……」
「ただ……?」
「この前、ある学会で瀬戸先生の発表した論文は、実は宮崎准教授が書かれていたものではないかと噂になっていたことがありまして」
徳永は榊の話を研究室の色々なところに視点を移して聞いていた。高山は、榊の話している事を、メモしている。徳永はある研究棚に目をとめてから榊との話に戻る。
「そうですか。少し事件とは違うことを聞きたいのですが、よろしいですか?」
高山は、メモをしているペンを止めて溜め息をついた。
そう。いつもの徳永警部の日常話が始まったのを示しているのである。
【また始まったよ。丸メガネ警部の要らない話が……】
榊もこれを聞いたとき、少し、キョトンとなりかけた。とりあえず榊は、「えぇ……どうぞ」と対応する。
徳永は少しにこやかに研究棚に指をさす。
「この研究室に、どうしてチェス盤がおいてあるのでしょうか?」
榊は徳永の質問にびっくりしていた。高山は頭を抱えて、首を2、3回振っていた。
【やれやれ、本当に事件関係なしの話だな……】
一応、榊は訊かれた通り徳永の質問に答えた。
「そのチェス盤は、瀬戸教授の物です。教授曰く、ビンテージもので、相当高かったそうですよ」
「へぇ~そうなんですか。そういえば、瀬戸教授はいつここに来られるでしょうか?」
「教授なら今日は、別の大学で講演会があって、教授なら、午後からならここに来るかと……」
「あ、そうですか。それと、もう一つだけよろしいですかね?」
「どうぞ」
「ありがとうございます。一応、形式的な質問なので、落ち着いて答えてもらって結構ですから」
「はい」
「昨夜、午後7時から9時の間、何処にいましたか?」
刑事ドラマでは、お馴染みの質問である。
榊は、徳永の質問に対して、少し考えながらありのまま昨日過ごした事について話した。
「7時から9時の間は、自分の家で心理研究のレポートを作成していました」
「なるほど……参考になりました。ご協力感謝します。あ、それと一度本部に戻りますが、もう一度ここをお伺いするかもしれませんので、瀬戸教授に一応、伝えといてもらえませんかね?」
「はぁ、分かりました」
榊は徳永のお願いに了解した。
徳永は、にこやかな表情で高山に向かって、「んじゃ、そろそろ行こうか」と言ってきびすを返し研究室を出ようとした。
「あ、あの……」と榊の声が徳永の足を止めさせた。
徳永は後ろを振り向き、榊に、「なんでしょうか?」と訊いた。
榊は、徳永に向かって1つ質問をした。
「宮崎先生は、どうして、亡くなったのでしょうか。もしかして、殺されたのでしょうか?」
徳永は、淡々と冷静に榊に向かって答えた。
「いえ、自殺の可能性が一番高いですが、まだ分かりませんが、もしかすると他殺の可能性も否ではありません」
「そうですか。いえ、すいません。止めてしまって」
榊は、徳永に謝った。徳永は榊に向かい、
「いえいえ構いませんから安心してください。もし、他殺だった場合、宮崎さんを殺した犯人を私の手で捕まえて見せます。それが私《刑事》の職務ってやつですから」
徳永は、榊にそう言ってから一礼し、研究室から出た。高山も「では、これで失礼します」と一礼し徳永の後を追うように研究室を出ていった。
榊は、1人になった後、自分のデスクに置いてあった写真立てを手に取って見つめていた。
【俊一さん。どうしてこんなことに……?】
榊はそう思い、1人静かに涙をこぼしていた。
2人は研究室を出て、隣のエレベーターに乗った時に高山は、徳永を注意した。
「何度、言ったら分かるのですか。事件の事を口外しないようにと……そういう事するから《警視庁の情報漏洩》だのなんだのってバッシングされちゃうのですよ?」
徳永は、高山の怒りをなんとかそらせようと努力した。
「まあまあ、いいじゃない。情報の1つぐらい」
高山は徳永を怒った。
「1つぐらいじゃありませんよ! 情報漏洩なんてこと起きたら、《警部のくび》で済むどころではないのですから。」
「えっ? そうなの!? 知らなかったよ」
「知らないじゃありませんよ。あんた、何年刑事やっているのだ!?」
「すいません。以後、気を付けます」
立場が変わったように、徳永は高山に腰低く謝った。
エレベーターが停まって2人は7号館の出入口を出た。そこからは地下駐車場入口の様子が見えた。さすがに事件発生し、我々、警察が登場してから時間が1時間は過ぎていたから野次馬の姿はない。
徳永はそれを見た後でパトカーの助手席に乗った。徳永乗ってシートベルトを付けた事を確認してから高山はエンジンをかけて車を発進させ、東城大学を後にした。
第4話です。
話は続きます。