警部登場
《登場人物》
徳永 真実(35) 警視庁刑事部捜査第一課警部
高山 朋美(30) 同 巡査部長
瀬戸 宗助(53) 東城大学教授
榊 祥子(32) 同大学准教授
宮崎 俊一(34) 同大学准教授
午前7時半 ――東城大学――
警察の応援要請から何十分か経った時、大学に2台の覆面パトカーと2台の警察車両がサイレンを流しながら大学の正門から入って来た。
大学8号館の駐車場目の前で停めて続々と制服の警官達が降り、地下駐車場に入っていく。
地下駐車場入口前では、黄色の《KEEP OUT 立ち入り禁止》のテープが巻かれ、警官2人が立って野次馬から現場を守っていた。
その15分遅れで、警視庁の覆面パトカー1台が大学8号館で停まる。既に地下駐車場の入口前では、警官と野次馬による混乱状態が発生していた。
1人の警官は、写メや動画を取ろうとしている野次馬を注意している。
「はい! 押さないで! ここは立ち入り禁止です。写メを撮らないの!」
しかし、野次馬達は警官の注意を全く聞こうとせず、目の前の状況は満員電車のおしくら饅頭状態になりつつあった。
車内でその状況を見て、徳永は高山に話しかける。
「いやだね~ここから入らないといけないのかい。高山君? 他の入口はないのかい?」
「何を言っているんですか! 行きますよ」
高山は徳永のやる気のなさに呆れながらも先陣切って、シートベルトを外して運転席からドアを開けて降り、入口へと向かった。
「分かったよ。待ってくれって!」
徳永もため息をついてから、高山の後を追ってシートベルトを外して車から降り、野次馬の波をかいくぐっていく。
高山は現場に釘付けの野次馬に向けて声を荒げる。
「はい、とおしてくださ~い! 警視庁で~す! はい、とおして~」
彼女はゆっくり野次馬の波をかいくぐり、やっとこすっとこで警官の前まで来ることができ、高山と徳永は黄色いテープの前に立つ警官に警察手帳を見せた。
「ご苦労様です」
警官はテープを触り徳永の頭に当たらないように配慮する。2人の刑事はテープをくぐり、死体の乗った車……いや、現場へ向かう。
そこには鑑識の人や所轄署の刑事が先に現場を調べていた。
高山は、目の前に死体があるのを気付き、目をそらした。徳永は、しゃがんで死体を見つめる。
「唇が紫だな、死後硬直、角膜の乾燥を見たところ10時間のところかな?」
所轄署の刑事に被害者の情報について訊いた。
「害者について調べは?」
それに応じて、部下は徳永に被害者の事を答える。
「害者の名前は、宮崎俊一、34歳。この東城大学の准教授のようですね。死因は、青酸カリによるものとみて間違いないでしょう。自殺の可能性が今のところ考えていいと思います。死体にも特に他人と争った形跡は見てとれないですし……」
「そうだね。遺留品は無かったのかい?」
「財布、車の鍵、携帯電話は見つかっています。あ、あと、こんな物が、ズボンの左ポケットから……」
と刑事が見せたのは、チェスで使う《黒のナイト》。警部はかけていた銀色の丸メガネを外してよく見てみる。
【なかなかの高級そうな駒だな。だが、かなりの年代ものらしい。ところどころ傷があるようだ】
丸メガネを再度掛けて、目を凝らして駒を見た。
《黒のナイト》は若干であるが油を塗られた様な光沢が分かる。
刑事は、遺留品を見ている徳永の顔が【中国皇帝の溥儀】とよく似ている事に内心、笑いこらえていた。
徳永は、部下に《黒のナイト》を手渡してから立ち上がって腕組みしながら言った。
「一応、これを鑑識にまわしといてね。あ、そうそう死亡時刻はどうだい?」
「死亡時刻は午後7時半から9時の間だと思われます」
「なるほどねぇ」
徳永はうなずいた。
「あ、ついでに死体も検視の方に渡しといて。そういえば、発見者は?」
「大学の研究室にいますよ。場所は確か、7号館4階の瀬戸教授研究室だったと。一応、部下2人に就いてもらっていますが……?」
「ふ~ん。そう、ありがとう」
警部は軽く刑事に礼を言って、死体に怯える高山の肩を左手で軽く叩いた。
「ほら、何をやってるんだい? 第一発見者に話を聞きに行くよ!」
徳永は彼女の肩を叩いた後で大学のエレベーターに向かって歩き出した。その後で高山は、徳永の後を慌てて追いかけていく。
「ちょっ……待ってくださいよ。警部~」
徳永は、高山に軽く首を向けて答えた。
「待たないよ。Time is money. (時は金なり)って知らないの?」
「そんな、偉人みたいな事を言わないで下さいよ。それにその言葉、使わないでしょ~」
そんなやりとりをしながら2人ともエレベーターに乗り、研究室へと向かった。
第3話です。
とうとう徳永警部が登場します。
話は続きます。