指紋照合の間
《登場人物》
徳永 真実(35) 警視庁刑事部捜査第一課警部
高山 朋美(30) 同 巡査部長
瀬戸 宗助(53) 東城大学教授
榊 祥子(32) 同大学准教授
宮崎 俊一(故人) 同大学准教授
向島 重幸(42) 向島ボード 店主
加藤 啓太(35) 警視庁刑事部鑑識課係長
―― 警視庁刑事部鑑識課 同日 午後4時半過ぎ――
徳永と高山が持ってきた証拠の一つであるチェス盤が入ったダンボール箱を持って鑑識課の職場に入った。
加藤は、鑑識の資料をずっと見つめパソコンの画面と比較している。彼は、二人が職場に入ってきたのを反応して、資料を置いて、二人に手を軽くあげる。
「お~。またきたな。……また、でかいお荷物をこんな狭い職場によく持ってこれたな」
徳永は、加藤の注目を無視して、段ボール箱を職場の空いた机のスペースに置いた。
「これを調べてほしい。できたら、今日、もしくは明日でも構わない」
そう言われるがまま、加藤は段ボール箱の中身を確認した。
「こりゃ、チェス盤か。懐かしいな。そういやなぁ、新人。ちょっと聞いてくれよ」と高山に視線を向けた。
「?」
彼女は、《新人》という言葉に反応して、それを言った1人の鑑識課の男を見た。
「俺と徳永は大学時代にチェスクラブを立ち上げてな。徳永がまた強いんだよ。それでな、何度かステイルメイトは出したんだが、どうしても勝てなくてさ……」
「その話はもういいだろ!」と徳永は言うが、加藤の口は閉じることができない。
「しかも、全国のアマチュア大会で話題だったよな。どうだ? あんときは格好良かったろ?」
「あ、ああ」と徳永は加藤の視線をそらした。
高山は、黙って話を聞いていたが、幼馴染しか知らない話をずーっと聞く事自体が、時間の無駄と感じていた。彼女は、二人の懐かしい思い出話をきった。
「もういいです。その話は!」
徳永もそれに反応して、加藤との話を切り上げて、チェス盤をダンボール箱から取り出して、机に置いた。
「加藤。今からそれに付着してある指紋と黒のナイトの指紋を照合して欲しいんだ」
「それを早く言ってくれ」と言いながら加藤は、白い手袋をはめて、照合へと移る。
徳永は高山に言った。
「もう一度、榊さんの所に行こう」
「榊さんの所ですか?」と高山は徳永に訊ねた。徳永は眼鏡を外して、専用のハンカチでレンズの汚れを拭きながら答えた。
「うん。榊さんに伝えないといけないからね。この《事件を解決する》って」と眼鏡をかけて腕時計で時間を確認する。
既に4時半を過ぎていた。
徳永は、作業中の加藤に言った。
「僕たちは、今から事件関係者の所に行くよ。何かあったら、連絡を頼む」
加藤は、左手で二人に見えるようにサムズアップをして言った。
「ここは俺たちの領域だ! 指紋が出たら教えてやるよ。だから早く行ってこい!」
徳永は威勢のいい加藤に、微笑み、右手で軽くサムズアップをした。
「じゃあ、行こうか」と高山に言った。
「はい」
徳永は先に鑑識課を出る。高山も徳永の後ろを追って、鑑識課の職場から出ようとした時に、加藤が高山を呼び止める。
「おい、高山!」
「はい!」
高山は名前を呼ばれた事に気づき、加藤の方に視線を振り向けた。
彼はずっとチェス盤の方に目を向けていた。
「せいぜい、頑張んな!」
高山は、いきなりの応援みたいな一言に何とも言えなかったが、加藤に向けて笑顔で返した。
「はい」
「ああ、そうそう。またあいつの番号聞き忘れたから、多分お前の携帯にかけるからそれでよろしく~~」
【あ、聞いてなかったな。警部の携帯電話の番号を。このふたりはほんとにもう!】
と心の中で言いながら、高山は加藤に軽く対応する。
「はいはい、了解です。でも次は聞いといてくださいね」
彼女は鑑識課の職場をあとにした。
鑑識課の前の廊下で徳永は、高山が出てくるのを待っていた。
「すいません。お待たせしました」
「じゃ、行くよ。榊さんのところへ」
「はい」
二人はエレベーターへと向かって行った。
第22話です。
話は続きます。
お知らせ:この7月~8月の間は、作者の都合でお休みさせていただきます。
楽しみにしていた方は申し訳ありません。