向島ボードへの移動中……
《登場人物》
徳永 真実(35) 警視庁刑事部捜査第一課警部
高山 朋美(30) 同 巡査部長
瀬戸 宗助(53) 東城大学教授
榊 祥子(32) 同大学准教授
宮崎 俊一(34) 同大学准教授
向島 重幸(42) 向島ボード 店主
同日 ――午後4時――
徳永、高山の両名は、この事件の手がかりではないかと思われる向島ボード店という店に向かっていた。
徳永の愛車内では、高山が電話経由で誰かと話している。
高山の腰の低さと話の内容から考えて、警視庁の管理官である事が徳永は分かった。
「ええ、そうです。はい」
高山は助手席で、手帳にメモを取りながら、報告と同時に管理官からの連絡をしている。徳永は、高山を横目で見ながら、目的地である向島ボード店を目指し、ハンドルを握っている。
「はい。了解しました。はい」
高山はメモを膝において携帯を切り、足元の鞄に入れて、メモを手にとって徳永に管理官との話を言う。
「管理官からです。状況を報告しました」
「うん。なんて言ってた?」
「『そのまま捜査を続けてください』って」
管理官の一言を高山の口から聞いた時、徳永はため息を吐く。
「そう」
高山は、徳永に訊いた。
「どうしたんですか? 元気ないですけど」
「うん。最近、嫌われてるような気がするんだ」
【えっ? いきなり?】
高山の驚き様は隠せなかった。高山は、自分の目に徳永の顔が映らないようにそらして車窓から見えるビル群を見渡した。
「何をいきなり、そんな、どうしたんですか? 何か不満でも?」
徳永は高山に言った。
「だって、何故、僕に状況を訊いてこないのかな? いつもそうだよ。普通にさっきまで君が話してたのは事件の話だもの。直接、聞けばいいのに……」
高山は事件の話に戻そうとした。
「あっあああああ、それより警部は瀬戸教授とうまく行けましたか?」
徳永はハンドルを操作しながら言う。
「えっ? ああ、まぁね。色々と聞くことができたよ。それにチェス盤の事も」
「被害者が持っていた。黒のナイトですか?」
「うん。おそらくだけど、関係者の中で一番、怪しいのは瀬戸教授だね。チェス盤があったけど何故か近くに置いてあるはずの駒が別の研究棚に置かれているのが気になったんだ」
「そんな、気になることですか? たまたま置いてあっただけでしょう?」
徳永は首を横に振って高山の意見を否定した。
「教授の研究室を見たら分かるけど彼はそれなり几帳面だと分かったよ。彼の机、書類や資料の本や辞書、全部ちゃんと同じ位置に置かれていた。なのに、チェスの駒が入った木箱だけ別の研究棚に置かれていた。普通ならチェス盤の横に置いておくものだよ。ゲームする時に取りやすいようにする為にね」
高山は徳永の答えた理由に多少、理解できなかった。
「でも、それはあくまで推測に過ぎないでしょ?」
徳永は「うん……」と頷いた。確かに徳永のはあくまで推測であり、確実なものではなかった。徳永は高山に言った。
「だからこそ、今、向島ボードに向かっているのさ。もしかしたらあのチェス盤はすり替えられた後かもしれないからね。確認ってやつさ」
「なるほど」と高山は言った。
二人の乗った車は渋滞につかまり、ゆっくりと動いたり、止まったりしている。徳永が窓を開けて確認すると、どうやら奥で事故があったらしくそのせいで渋滞が起きていたみたいである。
「渋滞か……あ、そうだ。これこれ」
徳永は一つのメモを高山に手渡した。そのメモには向島ボードの電話番号と住所が書かれていた。
「これ、向島ボードの電話番号なんだが、掛けてくれないかな?」
「えっ? は、はい。分かりました」
高山は再び鞄から携帯を取り出して、電話番号を打ち込み、向島ボードに掛ける。しかし、高山の耳元にはよく聞く文章だった。
『お電話ありがとうございます。向島ボードです。お掛けになった電話は現在、店主が留守の為電話を取る事ができません。大変申し訳ございませんが、電話の後にピーっと鳴った後にご用件の内容を申してください。ピーっ』
【留守電?】
高山は、徳永に向島ボードに電話を掛けた結果を述べた。
「留守電みたいです」
「留守電か。電話、貸してもらえる?」
「えっ? ええ、はい」
高山は電話を徳永に手渡した。徳永はちょっとした独特な口調で留守電にメッセージを残す。
『あっ、すいません。新しいチェスボードを探してまして、チラシを見て、こちらの方にお電話をしました。申し遅れました。徳永です。そちらに伺いたいと思いますのでよろしくお願いします。では失礼します』
徳永は電話を切って、高山に手渡した。
「ありがとうね」
「いえいえ」
携帯の画面には通話時間が流れていた。
第13話でございます。
今回は、徳永と高山の会話シーンです。
話は続きます。