チェス盤のすり替え
《登場人物》
徳永 真実(35) 警視庁刑事部捜査第一課警部
高山 朋美(30) 同 巡査部長
瀬戸 宗助(53) 東城大学教授
榊 祥子(32) 同大学准教授
宮崎 俊一(34) 同大学准教授
向島 重幸(42) 向島ボード 店主
同日 ――東城大学―― 瀬戸と徳永が初めて会う2時間半前
向島ボードの店主である向島 重幸は、瀬戸に携帯電話で研究室に来る様呼ばれていた。その際、向島は瀬戸と話した内容に不可解に感じながらも研究室へと向かっていた。
内容としては、研究室にオーダメイドで頼んだ新しいチェス盤を持ってきて欲しいのと今研究室にあるチェス盤の手入れをやって欲しいとの事。
向島は腕時計で時間を確認した。
【瀬戸さん。何だろうな? 普通はこんな形で出向く事なんてなかったのにな】
そう感じながらもチェス盤が入ったダンボールを特別製のカートで運び、7号館のエレベーターで瀬戸の研究室のある8階に向かう。
エレベーターはゆっくりと動き、4階へと到着した。
向島は、エレベーターを降りてカートを運びながら瀬戸の研究室へとすぐ辿り着き、研究室のドアをノックした。
ドアの奥で「はい」と男性の声が聞こえた。
「どうも。向島です」
「ああ、入ってくれ」
向島はドアを開いて、チェス盤の入ったダンボールを置いたカートを持って研究室に入った。向島は瀬戸の顔を見て挨拶をした。
「どうも、ご無沙汰しております」
「ああ、持ってきてくれたかね。すまないね。早速だけど、チェス盤を見てほしいんだ」
向島は瀬戸にどこかしらか違和感を感じた。向島はカートに載せていたダンボールを応接用のテーブルに置き、中身を取り出した。そこには研究室のチェス盤とそっくりの新しいチェス盤が入っていた。
瀬戸は研究棚のチェス盤を取り出し、テーブルに置き、新しいチェス盤と使っていたチェス盤を比較する。
「見てもらいたいのは、このチェス盤なんだ。最近表面が傷んでしまってね」
向島は、瀬戸の話を聞きながら、持ってきた仕事道具で研究棚のチェス盤を見た。
「ありゃりゃ、さては強く使いましたね? ところ所、傷がついてるみたいですし、チェス盤の駒もよろしいですか?」
瀬戸は、長方形の箱を研究棚から取出し、テーブルの所に置いた。
向島はその長方形の箱を開けて中身を確認する。箱の中身は、チェスの駒だった。何個か無作為に手に取り出して確認する。向島は瀬戸に訊いた。
「最近はいつ頃にこのチェス盤を?」
瀬戸は、研究室の天井を見ながら答える。
「そうだな。使ったのは、2週間前かな」
向島は仕事道具をしまい、一つの考えを瀬戸に言った。
「恐らく使い過ぎによるものでしょう。駒を含め、盤の手入れなら最低で5日ぐらいですが、構いませんか?」
瀬戸は、天井を見るのをやめて向島に告げた。
「ああ、それは構わない。やってくれ」
「かしこまりました」
向島はメモに、瀬戸のチェス盤の手入れの事を自分のメモ帳に記録する。
《6月7日 瀬戸 宗助 チェス盤及び駒の手入れ》
向島はメモ帳をしまい、瀬戸に新しいチェス盤の事を言う。
「一応、ご希望に沿った通りのチェス盤を作り上げました。お気にいらなかった場合はいつでも……」
瀬戸は、向島の仕事の出来ぶりを誉める。
「いや、君の仕事はとても素晴らしい! 毎回、私の無理難題に付き合ってくれるのでね。助かるよ。早速、それと取り替えてくれ。もう一個のチェス盤はまた後で取りに行くよ」
瀬戸は新しいチェス盤を研究棚に置いて、棚の戸を閉めた。
向島はダンボールの中に入れていた受け渡し用紙を取り出し、瀬戸に渡す。
「分かりました。いつぐらいに取られに来ますかね?」
瀬戸は、用紙にサインしながら向島の問いに答えた。
「そうだな。時間は夜9時ぐらいでどうかな? いつもそれぐらいには終わっているはずなんだが」
「かしこまりました。最低5日はかかりますので手入れが終了したら連絡します」
「頼むよ」と瀬戸は言って、サインをした用紙を向島に手渡した。手渡す直前に向島に一言告げた。
「ああ、そうそう。くれぐれもこれは内密にしてくれ。バレたら色々とうるさく言われるのでね」
「それは分かってます。ですからご安心を……」
向島はサインを確認し「確かに」と言って、サインを先ほどの段ボールの中に入れて、封をする。
「では、失礼します」
「ああ、ご苦労さん」
向島は、瀬戸に一礼して、カートを運びながら研究室のドアへと近づいたが、一度、立ち止まり瀬戸の方に振り向いた。
瀬戸は、向島に向けて軽く眉間にしわを寄せて言った。
「ん? どうしたんだね?」
「いえ、普段、こういう事がなかったので何かあったのかと」
瀬戸は、向島の視線をそらしながら、答えた。
「別に何もないさ。ただ聞いているかどうかは知らんが、大学で事件があったらしい」
向島はその事件について口にしない方がいいなと判断し、それ以上、触れない方が良いという事を理解した。
「そうだったんですか……あっ、では、これで失礼します」
向島は、再度、一礼した。それに対して瀬戸は薄らと微笑を浮かべて向島に軽く答えた。
「うん。ご苦労さん」
向島は、カートを運びながら研究室を出て行き、そのままエレベーターへと向かう。向かう中でさっきの事を考えた。
【やっぱり、何かあったんだろうか? どうも瀬戸先生の様子がおかしいんだよな。それに大学で事件が起きただって? 一体この大学で何があったのだろうか? もしかして、まさか先生がその事件に関係があったりとか? ないない。そんな馬鹿な。あの人が事件を起こすわけがないじゃないか! 気のせい!気のせい!】
向島は、軽く首を振って、自分の思っていた事を全てなかった事にし、本来の仕事意識へと戻っていく。向島は「さぁ、仕事仕事!」と独り言を言って、エレベーターにカートを運びながら乗った。
瀬戸は一人、椅子に座り、研究棚のチェス盤を見て不敵な微笑みを浮かべながらも向島の言動にちょっと気になった。
だが、今はそんな事を気にしている暇はなかった。
【これから恐らく警察が来るだろう。今は私を逮捕しにくるのではなく、話を聞きに……今はそれを乗り切るしかないな】
この2時間半後に瀬戸自身は恐れる事になる。徳永真実という刑事の存在に……
第12話です。
今回の話は、瀬戸教授のチェス盤にまつわる話になります。で、今回は、12話から新キャラが登場します。
向島 重幸(42) 向島ボードの店主です。
話は続きます。
お詫び:若干時間の変動とかで読みづらい可能性がございます。それにつきましてここでお詫びします。
申し訳ございません。




