1-18:セーフ?アウト?
キュアリーがドワーフの治療行為を行っていた時、普段はキュアリーから離れることなく付き従っていたルンが、時々ソワソワとするようになりました。
今も、頭を大きく突き出し、何かを探る様にスンスンと周りの匂いを嗅いではジッと村の外を見つめています。
一日中病院へと詰めているキュアリーは、ルンの運動不足を気にしていた為、病院へと入る時にルンへは夕方まで自由にしているようにと指示を出していました。
スンスン、スンスン
周囲の匂いを嗅ぎながら、ルンはしきりに村をあちらこちらと歩き回り回りました。
大型犬を更に一回り大きくしたようなルンですが、すでにキュアリーの使役獣といった噂が流れている為、ルンが街中を歩いていてもみんな特に気にした様子はありません。どちらかというとルンに対し餌付けをして、なんとか触ってみたい、モフッてみたいっという人が現れるくらいです。
ルンにとっては餌を貰うのはご主人様であるキュアリー以外は考えられません。それ以外の人からもらう場合はそのまま咥えてキュアリーへと渡しにいきます。それに精霊にも近いルーンウルフは生き物の感情の色が見えます。
この為、多くの人が集まっている場所はどちらかというと苦手です。その為、一人?で村の中を散策するときは村の中心ではなく外周を歩くことが多いのです。
スンスン、スンスン
ルンはこの村へ来る途中から時々漂ってくる匂いが気になっていました。
特に、この村で滞在するようになって、匂いがより強くなって来ました。そして、その匂いの元を探しているうちに今日も村の囲いの傍へとやってきます。
「キュゥン」
ルンは、首をコクンと傾けて目の前の柵を見つめます。匂いは明らかに柵の向こう側から漂って来ていました。
スンスン、スンスン
より確かめようと更に匂いを嗅ごうとした時、村の中心からお肉の焼ける強烈で、それでいて馨しい匂いが漂ってきました。
その瞬間、頭の中はお肉のことで一杯になりました。
「ヴォン!」
小さく鳴くとルンは急いでキュアリーの元へと走り始めました。なぜなら、お肉はキュアリーがいないと貰えないと学習していたのです。
キュアリーのいる病院へ走ってきたルンは、病院の前にぶら提げられた鈴を前足でポコポコと蹴ります。
チリン!チリン!
鈴の音がなってしばらくすると病院の扉が開かれ、一人のドワーフが顔を出しました。
「あ、ルン!どうしたの?」
何度かキュアリーとの遣り取りを仲介してくれていたドワーフなので、ルンはそのままキュアリーを呼んで貰う事にしました。
「ヴォンヴォン!」
「えっと、キュアリーさんを呼んで欲しいのかな?」
「ヴォン!」
「なのかな?ちょっとキュアリーさんが空いてるか見てくるね」
そう言うと、そのドワーフは扉の中に入っていきました。ルンは、待っている間にしだいに頭の中をお肉が占めていきます。
「クゥゥ~~ン」
涎が口の中から溢れ、零れはじめた頃にようやく扉からキュアリーが出てきました。
「ルン、待たせてごめんね」
「キュゥゥン」
少し疲れた感じのキュアリーの声に、ルンが心配そうに首を傾げてキュアリーを覗き込みます。
キュアリーは涎を垂らしているルンの顔を覗き込みます。
お互いにしばらく見詰め合ったあと、キュアリーは辺りに漂うお肉の焼ける匂いに気がつきました。
「あ、そろそろお昼かな?お肉食べに行こうか」
「ヴォン!」
キュアリーの言葉のお肉という響きにルンは元気よく答えました。
そして、キュアリーと一緒にお肉を食べ、満足したルンは病院の扉の横で丸くなって居眠りを始めました。
翌日、ルンは前の日と同じく病院へとキュアリーを見送りました。そして、また風に乗って漂う匂いに気がつきました。
スンスン、スンスン
今日も昨日と同様に匂いを辿って街中を歩き回ります。匂いの強くなって行くにつれて尻尾がファッサファッサと大きく振られ始めます。
そして、昨日と同じ柵の前で立ち止まりました。今日も、その柵の向こう側から匂いが漂ってくるのが判ります。
ルンは前足で柵を軽く引っかいて見ますが、もともと外敵や魔物から守る為の頑丈な柵です。その程度でびくともしません。でもこの匂いを嗅いでいると、何か心の奥が暖かくなる気がするのです。その為、できればもっと匂いの元へと向かいたいっという衝動が沸いてきます。
そして、ルンは先ほどより強く柵を引っかいてみました。それでも、柵はビクともしませんでした。
ルンは更に数回柵を引っかいた後、これ以上匂いを辿るのは無理と諦めてキュアリーのいる病院の方へと戻り始めました。その後ろ姿は尻尾が先ほどとは違って垂れ下がり、しょんぼりと肩を落としている様に見えたかもしれません。
病院の前には昨日よりも早い時間に戻ってきました。そして、する事もなく体を丸めて伏せて目を閉じます。
すると、また先ほどの匂いが風に乗って運ばれてきました。
「クゥゥン」
思わず、そんな鳴き声をあげて匂いが漂ってくる方向をジッと見つめます。その時、丁度扉が開き、中からキュアリーが出てきました。
「ん?ルンどうしたの?」
何とか治療がすぐに必要な人を中心に処理を終えたキュアリーが、後の事はドワーフ達に任せて休憩を取ろうと気分転換も兼ねて病院を出たとき、足元に蹲るルンに気がつきました。
そして、なんだかちょっと元気を感じられません。
「ヴォン?」
先ほどの落ち込んだ気持ちが、キュアリーの顔を見た途端消えてしまったルンは、キュアリーが心配そうに覗き込むのを不思議そうに眺めました。そして、顔を近づけてきたキュアリーの顔をべろんっと舐めます。
「あぅ」
キュアリーは咄嗟に顔を離して慌てて顔の唾液を拭いました。
「う~ん、気のせいかな?ルン、何か気になる事があるの?」
「ヴォン?」
「ルン、何か気になる?何か起きてる?」
重ねてキュアリーが問いかけたとき、再度ルンの鼻に匂いが漂ってきました。
スンスン、スンスン
「クゥン」
ルンは匂いを嗅ぎ、そしてキュアリーに問いかけました。
「ん?何か気になるのかな?よし!ルン行こう!」
キュアリーの”行こう”という言葉に反応して、ルンは足早に動き始めました。そして、キュアリーもその後を追いかけます。
ルンは今日も柵のところへ来て止まりました。
スンスン、スンスン
今までと同様に柵の向こう側から漂ってくる匂いを感じます。そして、昨日と同じように柵を引っかいてからキュアリーを見ました。
「えっと、この柵が問題なの?」
「ヴォン!」
「う~~ん、わかんない!」
「クォン?」
キュアリーの途方に暮れた声に、ルンは再度柵を引っかいたあと、大きく息を吸い込みました。
「ウォ~~~ン!」
ルンが滅多にない遠吠えをするのを、唖然として見ていたキュアリーは、次の瞬間更に驚きの声をあげます。
ウォ~~ン
柵の更に奥のほうから同じように遠吠えの声が聞こえてきたのです。
「え?え?」
慌てるキュアリーを余所に、ルンはフッサフッサと大きく尻尾を振りはじめました。
「うわ~~、もしかしてこの柵の向こうにルーンウルフがいるの?ルン、急ぐよ!」
そう言うと、キュアリーは急いで村の出入り口へと走り始めました。
そして、ルンもキュアリーと一緒に駆け始めます。
ドワーフの村の門まで来ると、門番をしていた二人のドワーフが慌てた様子のキュアリーを見て声を掛けてきました。
「これは治癒士殿、そんなに慌てていかがされました?」
「ごめん、急いでるの!」
「ヴォン!」
キュアリーとルンはその問いかけを一言で流し、門を回り込んで先ほどの柵の反対側へとやって来ました。そして、柵の前に広がる荒地の方向へと視線を向けます。
「どこ~~~」
「アオ~~~ン」
キュアリーとルンの声に反応するかのように、遠くで何かが動く姿が見えました。
「あ!いた!」
二人?の視線の先には、一頭のルーンウルフが現れました。
「うわ~~~」
キュアリーは感歎の声をあげます。そして、ルンも嬉しそうに尻尾を激しく振りました。
そのルーンウルフは若干警戒しながらも、ゆっくりとキュアリー達の方へと近づいてきました。そして、10メートルほど手前まで近づくと、キュアリーとルンを交互に見ます。
「うわ~~ルーンコウルフ?」
「クゥン?」
「ヴォフ!」
そこにいたのはルンの半分くらいの大きさの、中型犬くらいの大きさのルーンウルフでした。思わずコウルフと言ったキュアリーに対し、明らかに抗議の声をあげたのは声の響きにそれを感じたからでしょうか?
「あ、ごめんね~」
そう言ってキュアリーが近づこうとすると、子ルーンウルフはジリジリと後ろに下がります。
「あちゃ、警戒されてるなぁ」
そんなキュアリーの傍らから、ルンが静かに前に出ます。そして、子ルーンウルフの前に進み出て、お互いにくるくる回ってお尻の匂いを嗅ぎ始めました。
「あ、こんな所は犬と一緒なのか」
思わず呟いたキュアリーに対し、ルンと子ウルフは意味が判ったのか、キュアリーをジッと見つめます。
「あ、えっと、悪気はないよ?犬って馬鹿にしたんじゃないよ?」
その視線に耐え切れず、思わず弁解をするキュアリーに対し、ルンが子ウルフを鼻先で小突きました。
「ヴォン」
「クゥゥ」
「あぅ、カメラはどこ~~~」
思わずしゃがみ込んで訳のわからない叫びをするキュアリーに対し、ルンが近づいてきてその顔を舐めました。
そして、続いて恐る恐る近づいてきた子ウルフが同じようにキュアリーの鼻先をペロっと舐めます。
「うわ~~かわいい!」
キュアリーは思わず目の前にいる子ウルフを抱きしめます。
「ギャウン!」ガブッ、ガブッ、ガブッ、「キャイン!」
驚いた子ウルフが咄嗟にキュアリーを咬みました。しかし、子ウルフに咬まれながらもまったく意に介さずキュアリーはそのまま頬ずりをしました。そして、咬み付いても一向に開放されない為、子ウルフがついに悲鳴を上げます。
「ヴォン!」
その様子にルンが吠えました。そして、漸くキュアリーが正気に戻ります。
「あ、ごめんね、ごめんね!」
キュアリーが慌てて子ウルフを開放した途端、子ウルフはルンのお腹の下へと逃げ込みます。ルンのお腹の下に頭を突っ込んで、お尻が飛び出している姿にキュアリーは両頬を押さえ身悶えました。
「うわ~~~ん、可愛すぎる!フリフリしてる!」
そんなキュアリーを他所に、ルンはお腹の下に潜った子ウルフを優しく咥えて引っ張り出しました。
「あれ?この子男の子?」
「ヴォン!」
その様子を見ていたキュアリーが聞くと、ルンが嬉しそうに尻尾をフリフリ答えました。
「もしかしてルンの未来の旦那様?」
「ヴォン!」
「おお!逆光源氏計画ね?」
「ヴォン!」
「えっと、意味わかってる?」
「ヴォン!」
そんな遣り取りを続けていると、門のほうからベアルやドズル達が走ってきました。
「キュアリーさん、何かあったのか!」
「無事か!」
そんな切羽詰まった様子の一団を見て、キュアリーはあちゃって感じに顔を歪めます。
「ごめん、事件じゃないです。ちょっとルンのお仲間がいたの」
そう言うと、ルンの前でチョコンっと座った子ウルフを指差します。子ウルフは、突然こっちに多くの人がやってきた為、耳をペタンと寝かせてまたルンのお腹の中へと隠れようとしました。
「大丈夫だよ、怖くないよ~」
「キュウ~~ン」
キュアリーはそう言いながら子ウルフを両手で抱え上げます。
「おお!ルーンウルフの子供か!」
みんなが子ウルフを眺める中、キュアリーは子ウルフを抱きかかえたまま立ち上がりました。
「とりあえず村に戻りましょう、いつまでも外に居ると危険ですし」
「ヴォン!」
「キャン!」
ルンと子ウルフの同意を得て?キュアリーは村の門へと戻っていきました。
その後、宿泊している宿屋の中でルンに優しく舐められながら子ウルフが眠るまで、ドワーフ達もひっきりなしに子ウルフを見にきました。
「うわ~~~可愛い!」
「く、こんな生き物飼いたい!」
「駄目ですよ、ルンの将来のお婿さんなんですから!」
「ヴォン!」
「それって犯罪じゃね?」
「ヴォン!」
みんなの問いかけにルンが胸を張って吼えました。
おかしいです、はじめはルンの伴侶でルンより一回り大きいルーンウルフが出てくる予定でした。そして、キュアリーと伴侶のどちらを取るか悩むルンを書くはずだったのです。
それなのに・・・なんでこうなったのでしょう・・・
それにしてもルーンウルフの可愛さが半分も表現できてないですね・・・
とにかく、ルンのパートナー登場です!