1-16:治癒
プードル出奔の報にイグリアが慌てている頃、ドワーフ領のある村の酒場では大勢のドワーフ達によって酒盛りが盛大に行われていました。
机の上には飲み干され、空になった酒瓶がこれでもかという程転がっています。
「お~~い、こっちに酒がないぞ!追加だ追加!」
「は~~い、ちょっとまってね」
注文に対し、愛想よく返事をした小柄な、それでいてある部分は十二分に育ったドワーフの少女が笑顔を浮かべながら両手に酒瓶を持って所狭しと走り回っていました。
そして、そのドワーフの少女を熱い眼差しでベアル達獣人達が見つめ、うんうんと頷きながら手に持った酒を飲み干していきます。中には涙を流している者さえいます。
「どう?客人たち飲んでる?」
そんなベアルのテーブルに一人のこれも小柄な女性のドワーフが酒瓶片手にやってきました。
「お、おう!これでもかってくらい飲んでるぞ」
「うむ、飲んでるぞ!」
獣人はそれぞれ声を上げます。そして、その様子を目を細めてながめながら手にしたお酒をベアルの杯になみなみと注ぎます。
「そっか!よかった、まさか獣人が尋ねてくるとは思わなかったからびっくりしたわ」
自分も酒瓶から直接お酒を飲みながら楽しそうに話をしてきます。
「我々も逆にこんなに歓待して頂けるとは思わなかった」
「そう?このドワーフ領以外からのお客なんているとは思わなかったから歓迎するのは当たり前?」
「ふむ、処でモモ殿は転移者ですか?」
ベアルは何気なくといった雰囲気を維持しながらも探りを入れました。
「もちろん!っていいたいけど私の両親が転移者なんだよね。こっちでは超越者って言われてるけど」
「なんと!失礼ですがお幾つですか?」
「今年22歳になります」
おお~~といったどよめきが獣人達から響き渡ります。
そのどよめきの意味が判らずキョトンとした顔付きで獣人達を眺めるモモに、再度獣人達の中から歓声が上がりました。
「えっと、何事でしょう?」
「まぁただの酔っ払いですよ」
戸惑うモモに苦笑を浮かべてベアルは気にしないで欲しいと手を振りました。
そんな獣人達はそっちのけでドワーフ達はどんどんお酒を飲み干して行きます。そして、あちら此方から歌が聞こえ始めました。
「ほう、聞いた事のない感じの歌ですね」
「あ、この歌は両親もよく歌うんですよ、なんでもあっちの世界にいる正義の味方の歌だそうです」
「ほう、確かに元気が出そうな歌ですな。ただ、アンパンとはなんですか?」
「あ、お菓子のようなパンです。似たような物は村のパン屋で買えますからぜひ」
「おお、ぜひとも食べてみたいですな」
そんな事を話しながらベアルが回りを見回しています。そこかしこにドワーフ達が酒をのみ陽気に歌を歌っています。そして、どのドワーフもベアル達をまったく警戒した様子は感じられません。その様子に嬉しいながらも不思議に思っていると、モモが逆にベアルへと質問をしてきました。
「処で、ベアルさん達と一緒に来られたのはエルフさんですよね?」
「ああ、キュアリーさんの事ですね。はい彼女はエルフで、あと転移者のお一人です」
その言葉に、モモは更に身を乗り出すようにしてベアルに質問を浴びせ始めました。
「わたし、エルフって始めて見たんです。あんなに華奢なんですね。色も白いしびっくりです」
「はぁ」
「転移者ってことはお強いのですか?」
「え、ええ、魔法が得意と聞いています」
「え?そうすると物語のような精霊魔法ですか?風とか炎とか!」
「あ~どうでしょう?彼女はヒーラーと聞いてますから」
「ヒーラー!!」
モモが驚きの声を上げます。そして、いつの間にかモモとベアルの周りでこっそりと聞き耳を立てていた一部のドワーフ達も驚きの声を上げます。
「彼女はヒーラーなんですか!それだったら解毒とかも得意なんですか?!」
「いや、そこら辺は・・・」
「おい、ヒーラーだそうだ!」
「解毒で治るかもしれんよな!」
「試してみる価値はあるよな!」
ベアルの返答は、周りのドワーフ達のそのような声で埋もれてしまいました。そして、先ほどまで騒いでいたのが嘘のようにドワーフ達は真剣な顔付きで話し始めます。
「あ~~、なんというか誰か病気なのか?」
ベアルのその言葉に、ドワーフ達が一斉に頷きます。そして、モモが代表して話し始めようとした時、酒場の扉が開きました。そして、扉からはキュアリーと2名の年配のドワーフが入ってきました。
「お父さん!」
「キュアリーさん」
モモとベアルがそれぞれ声を掛けます。そして、ベアル達に気がついたキュアリーは小さく手を振りました。
その足元にいたルンは、酒場に漂う強烈なアルコールの匂いに小さく鼻を鳴らし、入り口横で蹲ります。
「やっほ~、ベアルさん一応話は終わったよ」
そう声を掛けながら、キュアリーも若干お酒の匂いに顔を顰めながらベアル達の席へと歩いていきました。
「モモ、まだ酒を飲んでたのか、いい加減に帰らんとまたサクラの拳骨が落ちてもしらんぞ」
並んできたドワーフの一人がモモを見て呆れた顔をします。すると、モモはそんな意見そっちのけでそのドワーフへと駆け寄りました。
「お父さん!そんな事よりヒーラーさんがいるの!」
その言葉に後から来たドワーフ2名が怪訝な顔をします。そして、その後すぐに思い当たりました。
「もしかしてキュアリーさんはヒーラーですか?」
「あ、はい。一応ヒーラーです。最近自分でも忘れがちになるんですけど」
苦笑交じりに答えるキュアリーに対してそのドワーフは思いも寄らぬ幸運に顔を輝かせます。
「それではリカバリーやキュアポイズンなどのスキルは?」
「ドズルさん、もちろん持ってますけど?誰か毒に罹ってるんですか?」
何となく話の展開が見えたキュアリーがドワーフの一人ドズルに尋ねました。
「ええ、毒消しなどのポーション系では治せない病気がありまして、ただ私達は薬の生産は出来てもヒーラーはいないので」
どうしてもそれぞれの職業に特化した種族を選ぶ為、ヒーラー適正の低いドワーフにおいては治癒士系統の転移者は皆無だったのです。この為、今まではなんとか生産スキルで製作するポーションで凌いできたのが現実でした。そして、現在一部のドワーフにおいてはそのポーションでは回復出来ない病気が発生していました。
「それはどんな病気なのですか?」
キュアリーの問いかけに、ドズルが説明を始めました。
ドワーフ達にこの病気が広まり始めたのはここ10年くらいの事だそうです。始めはからだが重い、気だるい、といった症状から始まって、やがては手足が上手く動かせない、痙攣するといった症状が現れ始めました。そして、更に進むと起き上がることができなくなり寝たきりの状態になっていく者が現れたそうです。
当初、さまざまな要因を考え、調査したそうですが残念ながら特に医療の知識があるわけでもない彼らでは治療方法を生み出すことは出来なかったそうです。辛うじて上位の毒消しポーションによって進行が遅らせる事ができるので何らかの毒が作用しているのではと推測出来るだけだそうです。
「う~ん、他に何か思いつくことはありますか?」
「いえ、もしかしたら鉱物の粉などを吸いそれが体に蓄積されたのではっといった意見が今のところ主流ではあります。ただこれも鉱石堀でない者にも発症している事からそうだと言い切れる訳ではなく」
「俺は水じゃないかと思うんだが」
「俺は未知の毒が!」
周りにいる男達からも意見が飛び交います。その様子を見てこれ以上聞いていても原因が判りそうもないのでキュアリーは取りあえず病人のいる処へと案内してもらう事にしました。
そして、ドズルの案内の元、キュアリーは一軒の大きな建物へと案内されます。その建物の扉には大きく赤色で
十字のマークが書かれていました。
「あ、病院ですか」
「はい、病人をここに集めてそれぞれの症状を確認しながら一番効果のある薬を探しているんです。ですので病院兼研究所のような物ですね」
そんなドズルの言葉に、よく考えたらイグリアでは病院を見たことがなかったなぁっと思い当たりました。
「ねぇベアルさん、そういえばイグリアに病院ってあったっけ?」
「ああ、病人は教会の管轄だからな、教会に併設されているが一応病院はあるぞ」
その言葉に、教会を思い出そうとしますが今ひとつ思い出せないキュアリーでした。
「ゲーム内で病院ってなかったから気にしたことなかったかな?でも病人の人を治癒して欲しいって依頼すら来た事なかったような?」
「ふ~~ん、じゃぁ別に腕の良い治癒士とかが別にいたんじゃねぇ?」
その言葉にキュアリーはエリーティアさんを思い浮かべました。
「ああ、うん、居たね。見るからにヒーラーです、聖女さまですって感じの人が」
「ほう、イグリアに?」
「うん、王都」
キュアリーのその言葉に、なぜかベアルが非常に興味を持ったようでした。でも、特にそれ以上尋ねてくる事もなかったのでキュアリーはドズルに続いて病院の扉を潜りました。
「うみゃ!」
病院に入った途端、キュアリーの鼻にやたらと刺激のある匂いが漂ってきます。そして、これ以上の立ち入りを辞めたくなりました。しかし、ドズルやモモがそのまま中へと進んでいく為ハンカチを取り出して鼻と口を覆いながら進んでいきます。
「ここ、すっごいクチャイです」
思わず変な言葉使いになったキュアリーに苦笑しながらも、ドズルはこの匂いは薬草を煎じた匂いだと教えてくれました。
「普通にポーションを作るより、時間を掛けて薬草を煎じて、それを元に製作したほうが効果が高いことが判っています。この為、病院では毎日薬草を煎じ続けているんです。ただ、この匂いは慣れないときついですね」
「わたしは今でも薬は嫌い!すっごく臭いし苦いんだから!」
モモの表情を見ながら、キュアリーも絶対にそんな薬を飲みたくないなって思いました。そして、ふと疑問が湧き上がりました。
「あの、上位回復ポーションとかでは駄目なんですか?あれはそんなに不味くないですけど、匂いもないですし」
「ええ、どういう原理なのかは良く判りませんが、傷などは上位ポーションで治ります。それこそ死んでもおかしくない切り傷も治ります。それなのに病気は一時的に持ち直すのですが場合によっては症状が更に悪化するんです。この為、我々もこの世界の薬を元に試行錯誤し続けています。それこそヒーラーでもいれば違ったのかもしれませんが」
「病気と切り傷は違うですか、考えたこともなかったです」
会話を交わしながら、その会話のなかで色々と思いもしなかった事を聞かされてキュアリーは実際に治癒とは何なのかを考え始めました。スキルによっては部位欠損すら回復してしまう、そして、それを今までゲームと同様なのだから当たり前だと思っていたのです。
「ここが重傷者達の病室です」
考え事をしていたキュアリーはドズルの言葉でその病室を覗き込みます。すると、その病室には8個ものベットが置かれ、そのベットには明らかに生気の乏しいドワーフとは思えないくらい青白くやせ細った人達が寝ていました。
「この人達が・・・」
生命力溢れるドワーフの、あまりにも厳しい姿にキュアリーは思わず絶句しました。
そして、急いですぐ目の前に横たわっているドワーフの状態を治癒士特有のスキルで確認します。
「サーチ・コンディション」
そして、目の前に表示された情報に呆然としました。
魔径脈不全 : 重クリスタル障害
見たことの無い症状にキュアリーは唖然とします。そして症状の横には特に治療法も何も表示されません。
「どうですか?」
縋るような眼差しを受け、キュアリーは症状の名前を告げました。
「魔径脈不全と重クリスタル障害って出てます」
その言葉に、この場に駆けつけていたドワーフの薬士や看護士たちも途方に暮れた顔をしました。
「聞いたことの無い病気ですね。重クリスタル障害ですか、あちらの世界で言う重金属中毒のようなものでしょうか?」
「判りません。ただ、とりあえず治癒魔法をかたっぱしからかけて見ます。とりあえずヒールで一時的には改善するのですよね?」
「スキルLv30までのヒールしか試せてませんが、それでも一応一時的には改善しました」
そのみんなに告げ、キュアリーはスキルを発動させました。
「ヒール!」
すると、今まで青白かった顔色に目に見えて赤みが差しました。それを確認したキュアリーは続けてスキルを発動します。
「キュアポイズン!」
「リカバリー!」
「サーチ・コンディション!」
スキルを掛け、すかさず状態を確認します。すると、状態表示に若干の改善らしい兆候が現れていました。
魔径脈不全 : 中度クリスタル障害
「重クリスタル障害が中度クリスタル障害になりました。魔径脈不全はまだそのままですが、とりあえず続けてみます」
そして、スキルをそれぞれ10回ほど繰り返した時、更に改善の兆候が現れました。
魔径脈障害 : 軽度クリスタル障害
「少しずつですが回数を行えば改善されていくようです」
その言葉に回りに歓喜の声があがりました。キュアリーも何とかなりそうな為に内心でホッとしながら答えました。
「あたしは、とりあえず今日可能な限りスキルを使ってみます」
そして、夜になるまで治療を続けた時には、その部屋に居た8名中3名の治癒に成功していました。
書き始めたときには思いもしなかったくらい重いお話になってきてしまいました。
あぅ、なぜでしょう・・・
ほのぼのは何処にいったの!
最近殺伐としたお話が続いていますね・・・反省