1-9:隠者が隠者すぎます
村長の家へと招待されたきゅまぁは、現在の村の状況説明を受けていました。
そして、その課程でいくつか疑問に思いながらも、とりあえずは目の前に出されたネリ菓子をせっせと咀嚼しています。
「ありがとうございました、あのままではこの村は全滅していてもおかしくありませんでした」
「ふぅもふも」
再度お礼を言われ、きゅまぁは口いっぱいにネリ菓子を頬張ったまま手を振りながら返事をします。
その様子に苦笑を浮かべながら、メアリーは傍らにあったネリ菓子をきゅまぁの前の菓子皿へと追加しました。
「と、ところで、きゅまぁ様は騎士団ではどういったお立場で?」
対吸血鬼用の道具がないかと必死で家を家捜ししていた村長は、結局何も見つけることが出来ずに、それでも諦められず家中を引っ繰り返している最中妻がきゅまぁを連れてきたため脱力した様子で椅子に座って妻達の会話を聞いていました。そして、会話が途切れた中、一番気になっていた事を質問しました。
「ん?所属のこと?」
「あ、はい、吸血鬼を倒されるほどの実力をお持ちなのですから、きっと上位の方なのでしょう?」
村長はあくまでも下手に出ながら、なんとか自分の立ち位置を探ろうとします。
ただ、きゅまぁが吸血鬼を倒す所をその目で見ていたメアリーと老婆は首を傾げました。
その時、メアリーの頭の中にあったのは魔獣との戦闘で満身創痍の吸血鬼に対し、回復魔法で止めを刺したきゅまぁの姿でした。
あれは、とても戦闘とは呼べなかったような・・・とても要職にあるようにも見えないし。
そんな思いできゅまぁを見ます。
「ラビットラブリーでの立場は殴りです!」
「「「は?」」」
「どば~~~っと相手に走ってって殴って、で、混乱させるのが役目です」
「「「はぁ」」」
気の抜けた返事を返しながら、3人の頭に浮かんだのはそんなに上の人ではないみたいだな、まぁ当然だけど、っていう思いでした。
まさか目の前の人物が転移者の一人で、しかもラビットラブリーでも唯一の単独行動を許可された実力者とは思ってもいなかったようです。肩書きも遊撃隊隊長ですし、隊員はいませんが。
「あの、お聞きしたい事があるんですけど?」
3人が少し緊張を解いた時、ようやく口の中の物を空っぽにしたきゅまぁが改めて質問を行いました。
「先程の魔物が吸血鬼という事なんですけど、吸血鬼の被害者はまだいなかったんですよね?いると厄介だなぁって思って」
その言葉に村長たちは今までの表情を一変させました。
「そ、それは村民の中にも吸血鬼がいると?」
「う~ん、わかんないです。ただ、吸血鬼っていうと何かそんなイメージ湧かないですか?」
その言葉の後、会話が途切れて沈黙が続きました。
「い、いそいで皆を集めて確認を取ります!」
「あ、それは危険です。もし吸血鬼がいてその場で暴れたら被害は大きくなりますよ?」
「で、ではどうしたら」
慌てる村長の傍らで、メアリーは何か良い案がないかと考えていました。
「一人一人確認をとる方法があれば良いのですよね?」
「う~ん、それがベストかな?もっと楽な方法があるけど、その間に被害者が出るかもだし」
「楽な方法とは?」
「太陽が燦々と輝く中でみんなを集めて、そこに来ない人に対してヒールを掛けるとか?」
きゅまぁの言葉にメアリーは苦しいながらも妥協案を思いつきました。
「そうですね、その方向で考えましょう。貴方、みんなを集会場に集めてくださいな」
「な、今みんなを集めても・・・」
「ええ、ですからみんなを集会所に集めて明日まで被害者を出さないようみんなで監視するんです。名目は撃退祝いでいいと思います」
「おお!それは名案だ!」
「危険な賭けじゃな」
村長と老婆の声が重なります。しかし、内容はまったく反対の内容でした。
「む、なんで危険なんだ?名案じゃないか!」
自分の意見と正反対の意見を言われ不服そうな顔をする村長に向かってメアリーが説明をしました。
「貴方、もう少し考えてください。もし吸血鬼となった者がその集会場で暴れたらどうなさいます?」
「え、いやだって吸血鬼だと知られたくないんだろ?」
「それはこちら側の推測です。そして、もしそれが外れて暴れたら多くのものが死ぬ事もあります」
「む!それは駄目だ!危険だ!」
説明を聞き180度意見を転換した村長を見て、溜息をついた老婆がメアリーに尋ねました。
「メアリー、おまえさんなんでこんな男と結婚したんだい?」
「え?だって可愛いじゃないですか!」
その言葉に照れる村長を尻目に、きゅまぁと老婆は可愛いか?っといった目で村長を観察し、その後蓼食う虫もという諺を思い出しました。
その後特にこれと言った意見が出ない為、このまま時間が過ぎる方が危険と判断したメアリーによって村民みんなを集会場に集めるよう指示が出されました。その際、戦勝会として村長の小遣いにて大量のお酒が用意され、会が始まるときにはすでに村長が目を真っ赤に腫らしていました。
◆◆◆
チロ村にて吸血鬼が撃退されていた頃、王都より派遣されたプードル達はまず部隊を2分してそれぞれ南下する方角を東西へと二分して進行しました。
プードルは、今回の遠征においては生還を重視する為、1PTを斥候に出しその後方より3PTが進むという速度を犠牲にした慎重なな方法を採っていました。この為、村々を少しでも効率的に結ぶ形で線を引いた地図を睨みつけ厳しい表情を浮かべています。
「むぅ、これでは全部の村を廻りきるのにどれほど時間がかかることやら」
「致し方ありません。下手に部隊を分散して全滅でもしたら目も当てられません」
溜息をつくプードルに、今回副官として参加したアイーシャは本人も顔を曇らせながらも慰めます。
「しかし、被害報告がここまで拡大しているとは。一番被害の大きい村へ着いた頃には全滅しててもおかしくはないぞ」
「はい、先程王都には現状の報告と援軍の依頼を出しています。私達もここまでとは想像していませんでしたから」
そうして、二人が覗き込む地図には、現状把握できている病人や死者の発生した数ごとに赤く塗られた村々が表示されていました。そして、南へと行くほどにその赤色が占める範囲が多くなってきています。
「エネミーサーチで判別はつくのだろう?」
「はい、そう聞いています。ただ、相手が転移者であれば不明との事ですが」
「やっかいな事だ」
二人に探索の方法を指示したエリーティアにおいても、転移者と戦った事が無い為エネミーサーチで敵対する転移者がどのように表示されるかは解らない状況でした。この為、今回の探索方法はとりあえずといった部分が否定できないと説明されています。又、二人にはその精度及び新たな探知の仕方を探すようにも指示されていました。
「部隊を2分したのは失敗だったか?敵の強さが読めんのなら全員であたる方が良いのかもしれないのだが」
「ただ、それだと全てが遅くなりすぎると?」
「うむ、今ですら遅いと思っているのだ。ただ、相手が相手だけに慎重に行かねばならん」
「はい」
「コルトバの方は大丈夫だろうか?」
「まぁあの方は良く言えば慎重、悪く言えば生き残る事に最大限の努力をされるかたですから」
「うむ、そこを買われて今回の参加を指示されたのだからな」
二人は顔を見合わせて、微妙な笑い顔を作ります。そして、また一転して厳しい顔をしました。
「しかし魔族か。御伽噺の中でした聞いたことがないのだが、はたしてどれ程の強さなのか」
「私達とて強くなっています。国王のシゴキにも耐え、彼ら転移者を目指して日々努力しているんです。早々負けるつもりはありません」
「そうだな」
副官の言葉に、苦笑を浮かべながらもプードルはまだ見ぬ魔族に思いを馳せました。
◆◆◆
プードルの部隊と分かれ、南西へと進路を取った部隊を指揮しているコルトバは、目の前で息も絶え絶えになっている男に目を落としました。
「すると、お前達の村に吸血鬼が現れたと言うのだな」
コルトバの副官であるカインが再度男に確認をとる中で、コルトバは内心で自分の不幸を呪いたくなりました。
「お前は吸血鬼を見たのか?」
「い、いえ、見たわけでは、ただ村長が」
明らかに不機嫌さを感じさせながらのコルトバの質問に、男は萎縮しながら答えました。
「ふん、ならば吸血鬼が現れたとは断言できんな」
「い、いえ!村長の奥様は長く冒険者をされておりました。それに村の長老も吸血鬼だと!」
「ふむ、カインどう思う」
「それが吸血鬼かどうかは別にして、この者の村で何かが起きているのは確実なのかと」
「で、お前ならどうする」
「この先に村民60名程の小さな村があります。そこはまだ病気などの報告などは上がってきていない為とりあえずその村を拠点にし、まずはチロ村へと偵察を出すべきかと」
この時、コルトバとカインの間で視線による会話が行われていました。しかし、チロ村から来た男はただ床で平伏している為気がつきません。
「よし、まずは拠点確保だ。急ぎ移動を開始するぞ」
「い、急ぎ援軍を!」
「解っておる。しかし、吸血鬼が相手では早急の中にも慎重を求めねばならん。我らとてアンデットの王と戦った事などないのだ」
このコルトバの言葉を切欠として部隊は前進し、名前も無い小さな村へと辿り付きました。
「どうだ、エネミーサーチに反応はあったか?」
「いえ、特に反応はありません。敵性存在はいないと判断されます」
「よし、村に入り次第拠点を設置する。その後は速やかに各PTリーダーは集合してくれ」
「「「は!」」」
部隊を村へと進めると、外に出ていた村の住民達が急いで家の中へと隠れ始めました。
そして、一人の老人が急ぎ足で村から飛び出してきました。そして、斥候の兵士と何か会話を始めます。そして、しばらく会話を行った後に斥候の一人がコルトバの所へと戻ってきました。
「村の村長宅の使用を取り付けました。しかし、収容人数に限りがあるためそれぞれ各家に分散することとなりそうですが」
「ふむ、それならば各PTリーダーは村長宅へと集合してくれ、それ以外は当初予定通りに作業を開始してくれ」
コルトバの指示に従いそれぞれの役割にと分かれた隊員達が作業を始める中、4PTのそれぞれのリーダーは村長宅へと案内されます。そして、応接間とは言い辛い部屋へと通されました。
「村長、勝手に訪問してで申し訳ないが、しばらく我ら4名にしていただけるかな?」
「わ、わかりました」
顔を引き攣らせながら部屋を後にする老人を見ながら、コルトバは急ぎ話を始めました。
「わるいな、みんなも聞いていると思うがこの更に先にあるチロ村より救援依頼が来ておる。あいては確認は取れておらんが吸血鬼だそうだ」
「「「吸血鬼!」」」
揃って驚きの声をあげる3人を見ながら、コルトバは逆に自分が次第に落ち着いていくのを感じます。
「うむ、そこで1PTをこの場に残し退路の確保およびプードル殿への伝令を出す。そして3PTでチロ村の偵察を行う方向で考えておるが何か意見はあるか」
その言葉に各リーダーの中でも痩身でどこか神経質そうな感じを受ける男が真っ先に質問を行いました。
「ふむ、まずこの地に残るのはコルトバ殿の隊ですかな?」
「その予定だ」
「安全な場所で待機という事ですかな?」
明らかに悪意をもつその言葉に、リーダーの中で唯一紅一点のビエラがすかさず反論を行いました。
「いい加減にしな、伝令を出し少なくなったPTでこの村に残りたいならあんたがやっても良いんじゃない?はっきり言ってこの村が安全なんて保障はないんだ、あたしなら3PT固まって吸血鬼と戦う方がまだ良いね」
「そうだな、変わってくれるなら変わるぞ。大筋を説明するが、2名をプードル殿へ伝令として出す。そして、残った我々4名はチル村との往復時間を余裕見て考え5日間この場所で待機する。そして、もし5日経っても誰も戻らなかった場合全滅したと判断して王都へと退却する予定だ」
ビエラの援護により説明するタイミングを得たコルトバは、自分の作戦を説明しました。
そして、今まで沈黙していたユルグが意見を挟みます。
「妥当な作戦だな、だが4名でこの地を守れるか?編成をPTに拘らん方が良くはないか?」
「わからん、だが未知数の相手、ましてやアンデットの王である吸血鬼に対し可能な限りの戦力を送らねばならん。ただ、援軍を待っている余裕など無い」
「そうだな、それでは我々は急ぎ進むとするか。早く行って戻ってこれるに越した事はなかろう。指揮はだれがとる」
「ユルグ、貴殿が取ってくれ。この中で一番実戦経験を持っているのは貴殿だ」
「ただ無駄に年を取っているだけだがな、よしビエラ、クイン出発の準備を急ぐぞ、直ぐに出る」
「わかった」
「わかったわ」
「頼んだぞ」
その後、3PTはチロ村の男を案内人に急いで出発をします。それに合わせて伝令はキルトへと向かいます。
コルトバと残りのメンバーは村の防御を可能な限り高めようと結界石の設置、村を囲う塀の修繕などを開始しました。
「隊長、これって村に残る方がハズレじゃないです?」
「五月蝿い、口より手を動かせ!」
村人総出で塀の修繕や罠の設置など、現状可能な防御体制を構築しながら自らも石を積み上げていきます。
「しかし、これって意味あるんですか?」
「わからん、しかしこの僅かな差で助かる可能性だってある」
黙々と作業をするコルトバを見ながら、副官はこっそりと溜息をつき呟きました。
「さすがは生き残りのコルトバさんですねぇ」
主人公がついに登場しません!
隠者が隠者過ぎます!