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堕ちる夢  作者: 白戸黒
1/2

前編

タグにもありますが、一部残酷な描写と思われるモノがあります。

気にされる方は、うーん、気をつけて読んでください?

 自殺。

 もし、高層ビルの屋上から下へと落下したら、死ぬだろうか。おそらく頭から落ちたなら、地面に頭をぶつけた瞬間に意識が無くなって、或いは落ちている間に気を失い、気が付いたころには自分の体は死体になっている。頭は割れ、体は複雑骨折を起こし見るも無残な形になり、原型を留めていない自分の体は地面を赤くに染め上げていくに違いない。

 俺はそこまで考えて、思考を止める。既に結果は出ていた。

「自殺する勇気なんて、やっぱり俺にはねぇな」

 自殺する勇気とは、そもそも勇気ではないのだろう。勇気などという前向きなものではなく、これは人生の逃避、むしろ放棄と言ってもいい。

 しかし、死ぬことだって一つの決心だ。その決断だけは勇気に変わりないはずだ。

「寒い。帰ろう」


 このご時勢で自殺願望者というのは物珍しいものでもない。世の中に愛想を尽かし、自分から行動を起こすこともなく、ただ逃げたい一心での現実逃避。まさにこれは逃げ以外のなにものでもない。

 俺の場合は少し違う。つらつらと格好の良い言葉を並べているだけで、アルバイトはことごとくクビ。まともで安定した収入源もなく、早いこと三年。夢を追って都会に出てきた俺は、結局何もできなかった。働かなければ生きていくことは難しいが就職活動すらも失敗を繰り返している。たまに受かるバイトと博打で生計を立てて、今を生きてきたがそろそろ限界が近いのかもしれない。そう感じた俺が自殺を考え始めたのは一年前、二十三歳の時だ。

 俺は毎週土曜日の夜にコンビニのアルバイトを終え、俺の住んでいるアパートの近くにある、少し大きなマンションの屋上に忍び込み、そこから景色を見るのが習慣になっていた。

 理由は自殺をするため。しかし、自殺する勇気などというものは湧かずに、いつも景色を楽しんで家に帰るのも習慣になっている。


 ある日、アルバイトを終え帰宅する道中、訝しげな看板を立てた奇妙な露店を発見した。

「昨日までこんな店あったかな」

 青のペンキで塗りたくられた木の板にとても綺麗な文字で書かれたその看板は、都会の空気に馴染みつつも異様でただならぬ空気を出している。

「あなたの夢を、叶えます…?」

 看板には、そう書かれていた。

 夢を叶えるなどバカらしい。そんなことが出来るわけがない。いやしかし、そうは言っても、もしこれが本当ならばとても魅力的な話には違いない。

 看板にはまだ文面があった。いかにも書き足されたかのようなその黄色い文字には、今なら体験版が五百円です、と書かれている。

 俺は思わず財布の中身を確認していた。二千円札と小銭が六百円程入っている。生活費すらままならない現状で五百円はむしろ高い。この五百円を握り締めて近所のスーパーに行けば何が買えるのだろうか、などと考えてはしまうが、目の前の不思議という興味に俺の理性は勝てなかったようだ。

「少し高いが、まあ面白そうだし、買ってみるかな」

 もはや考えても仕方がない。俺はとりあえず店内に入っていった。


 露店と言っても、それは外見だけだった。テントのような外見だと思っていたが、中に入ってみればどこかの病院のような建物に繋がっており、一本道の廊下を進むと真っ赤な扉がお客を待っていた。心霊スポットのようで気味が悪い。

 俺は恐る恐るその扉を押し開けた。最初は重く、錆びた扉特有の音を出しながらも、途中からは滑るような扉が開き、始めに力を入れすぎたためにとても勢い良く扉を開けてしまった。

 部屋の中はブルーライトが使用されており、薄暗い。部屋の中に物があることは確認できるが、それがなんなのかは近づかないと判別することができないぐらいには、暗い。

「………しゃい」

 何かが何かを発した音がした。聞き取ることができず、俺はその音の聞こえた場所を凝視した。するとそこには色白い小さな女の子が座っていた。肌の色は形容しているわけではなく白く、それとは真逆の黒のワンピースはよりいっそう肌の白さを強調させている。さらに、真っ黒で長く綺麗に整った髪は怪しくも美しい。整った顔立ちはまさに美少女と言って過言ではないが、無表情の顔とその姿は幽霊ではないかと思ってしまう。

 いま俺の目の前にいる女の子は幽霊なのか、それとも生きている人間なのかを判別しなければならない。そこで、俺は挨拶をすることにした。

「こんばんは。とても変わったお店ですね」

 返事は無かった。さらに、彼女の眼は俺を見ているが、おそらくそれは違い、常に正面を見ているだけで、その視線上に俺が立っているだけで、俺を見ているわけではないのだろう。その証拠に、彼女の視線の行く先は俺の後ろにある扉のドアノブだ。まるで俺が見えていないかのよう。本当にこの女の子は幽霊なのではないだろうか。

 沈黙が続く。耐えられなくなった俺は、店の前に立っていた看板のことを訊いてみた。

「お店の前に立っていた看板を見て来たんですけど、ホントに夢を叶えてくれるんですか?どうやって?」

 彼女の目線が少しの間俺の目になる。また沈黙が流れたが、今度は俺ではなく彼女がこの沈黙を打ち破った。

「これ」

 それだけを言って俺の前に、小瓶を突きつけてきた。その小瓶には何のラベルも貼られておらず、白く小ぶりな錠剤が数錠入っているだけ。麻薬なのではないだろうか。

「えーと、これをどうすればいいんですか?」

 その質問の回答は、極めて単純だった。

「この薬を寝る前に飲む」

「それだけ?」

「そう。それで、あなたの見たい願望や欲望、夢を見ることができる」

 先ほどからの彼女を見ていると考えられないぐらいにはっきりと喋った。その声はとても透き通っており、だれもいないこの廃病院跡のような部屋に響き渡った。

「三回分の体験版は五百円。七回分は千五百円。どっちを買う?」

 そう言って彼女は目の前にある机の上に紙を置いた。おそらく請求書だろう。

 自分の思いどおりの夢を見ることができる。夢とはいえ、自分の見たいことしたいことが思いのままできるようになる。たしかにこれは夢を叶えていると言えるだろう。屁理屈ではあるが、嘘は言っていない。

 物は試し。

「じゃあ体験版を貰うよ」

「あげない。お金は払って」

 なんてツッコミを入れる女だ。

 女に五百円を支払い、謎の錠剤を三錠貰った。


 家に帰り、俺は試してみることにした。

 水を一口飲んで、潤した口の中に薬を一錠、そしてまた水を飲む。

 飲んだ瞬間、俺は目眩に襲われ何の抵抗もできないまま不格好にも無様にもその場に伏してしまった。


「…な、なんだ、ここは」

 どれだけの時間が過ぎたのか俺には理解できなかったが、眼を覚ましたこの場所は明らかに自室ではないことだけは理解することができた。

 辺り一面緑一色。草原を指し示すかのような比喩ではなく、どこまでも緑色でしかない地面。見上げれば、そこは快晴。しかし太陽が見当たらない。青一色。緑と青しか存在しない不思議で不気味な世界。

「とりあえず、歩くことはできる・・・よな。うん。進めるってことだよな」

 少し歩いてみるが、歩を進めても見えている背景になんの変化もないため、本当に歩けているのか怪しくなってくる。地面ですら変化はない。歩いても歩いても、足あとがつかなければ何の跡も残らない。歩いているが歩けていない気がする。まるでルームランナーの上を歩いているかのようだ。

 このまま歩いても埒が明かないと判断した俺は、状況を整理するために目を瞑って考えることにした。

 まず、俺は怪しい女から薬を購入した。その薬を家に持ち帰り飲んだ俺は、気を失った。目を覚ますとこの世界にいた。

 まるでファンタジーだ。話に整合性がない。

 俺は考えるのを諦め、目を開けた。すると、そこはさっきまでいた場所とは違う空間になっていた。

 見知らぬ街。夜の繁華街のようにも見える。ネオンの光がさっきまでの非現実的な空間よりも俺を現実的にさせてくれるが、見上げれば今にも落ちてきそうなぐらいに大きな満月が俺を覗いているため、やはり俺の感覚が非現実になる。

 見たことも来たことないはずのこの場所に、何故か懐かしい感覚。懐かしいは適切じゃないのかもしれない。既視感のあるような、そんな街。

 また目を瞑って考え事をすると違う世界に飛ばされるかもしれない。そう思った俺は考えることは止め、辺りを散策してみることにした。ここがどこなのかが分かる何かがあるかもしれない。

 

 少し歩くと学校を見つけた。

 正確な時間は分からないが、とりあえず夜だと判断していいはずだ。外が暗い昼なんて有り得ない。

 見上げればやはり大きな月。さらに明かり一つ無い夜の学校。恐怖を感じないわけがないが、俺の足は学校へと向かっていた。

 校門は閉まっていたが、鍵が開いていた為簡単に入れることができた。生徒玄関も何故か鍵が開いていた為入ることが出来た。

 校内を見てみると、外から見たとおり真っ暗だ。しかし、好奇心から俺は校内をもっと散策したくなった。

 この学校もまたどこか既視感のある学校だ。過去に俺が通っていた小学校に似ているようで似ていない。ところどころのパーツが似ているくせに全体としてみればそれはまるで違う。

 思い返してみれば、さっきまでいた繁華街もいつもアルバイトの帰りに通る繁華街に似ているようで似ていなかった。街灯の雰囲気や道路標識の位置、店の配置などはいつも見てきた繁華街とそっくりだ。しかし、店は俺の知っている店とは違うし、そもそもいつも歩いているような雰囲気を感じるだけであって俺の知っているものではないのだ。

 自分でも何を言っているのかよくわからなくなる。

 俺は何気なく教室を見てみた。するとそこは音楽室だった。

 夜の音楽室といえばヴェートーベンの『運命』が聴こえてくるのが定番だろう。などと思った瞬間、本当に目の前の音楽室から『運命』が聴こえてきた。

「お、おいおい。冗談だろ?」

 タイミングが良すぎて面食らった俺だが、中を覗きたくなった。いつか好奇心は人を殺すと思う。

 俺はゆっくりとドアを開けて中を覗いてみた。ピアノが見える。

「マジかよ、誰もいない」

 しかし、ピアノの音色が聴こえるだけで人はいない。気配もない。きっとここは暗いから見えないだけだ。そう思った俺は音楽室に入り、ピアノに近づいてみた。

 するとピアノの音が止まった。それと同時に、開けたままだったドアが突然凄い勢いで閉まった。バタン、凄い音がしたため、俺は身を震わせて驚きドアの方に目をやる。しかしそこには誰もいない。やはり、人の気配すら感じない。

「おいおい……誰が閉めたんだよ…」

 まさか血まみれの用務員のおっさんじゃないよな。

 などとわけの分からない想像をしながら、俺は音楽室を出ようとドアに近づいた。どうやらドアは閉まっただけで鍵などはかかっておらず、簡単に開けることができた。


 ガラガラガラ。

 バタン。

 ガラガラガラ。

 バタン。


 廊下に出てみると、誰かがドアを開けたり閉めたりしている音がどこからともなく聞こえてくる。

「どうなってんだよ、この学校。本当に血まみれのおっさんとか首無しのロリ娘とかいるんじゃないのか?」

 思ってしまったからかもしれない。それとも偶然かもしれない。

 俺の目の前に、ゆっくりと近づいてくる人影が見えた。それれは、俺を見て笑っている。

 片方は血まみれの用務員の格好をしたおっさん。片手にはノコギリを持っている。

 片方は白いYシャツを着ていて赤いスカートを履いた、こちらもまた血まみれの女の子が立っていた。片手にはカッターを持っている。

「ははは」

 血まみれ用務員のおっさんが笑っている。

「うふふ」

 血まみれロリ女が満面の笑みを浮かべている。

「うそだろ…なんだこれ…」

 窓から入ってくる月の光りが彼らの持っている刃物を光らせる。それが、とてつもない殺意が込められているような気がする。まるで俺を殺すためにあるかのような。

「や、やべぇって!」

 俺が走って逃げ始めた。それと同時に、まるで分かっていたかのように、両者も俺に向かって走ってくる。

 速い。

「ははははははははははははははははははははははははははははははははは」

 永遠と笑いながら俺を追いかけてくる。

「階段は…階段はどこだよ!」

 走っても走っても階段が見当たらない。この先は廊下しかないのか。そう思えるほどに階段が見当たらない。

 気が付くと笑い声はもう聞こえてこなかった。振り返るともうあのおっさんは姿を消えていた。

「逃げ切れたのか・・・?」

 来た道を戻ればまたあの不気味な二人に遭ってしまうかもしれない。まずは出口を探すことにする。しかし、彼らと遭遇せずにここを出られるのだろうか。あの二人は間違いなく俺を殺しに来ている。


 しばらく校内を歩いたが、全く生徒玄関が見つからなかった。最初に見た、緑の世界のように、ここもまた自分自身が歩けているのかわからなくなるぐらい、ずっと同じ廊下が続いている。

 歩き疲れた俺はその場に座り込んでしまった。どれだけの間、この廊下を歩き続けたのかわからない。

「どうなってんだよこの学校。出口見当たらなくなるし、不気味なおっさんたちに追いかけまされるし」

 口に出したせいでさっきの光景を思い出してしまった。血まみれのおっさんに謎の女の子。二人とも俺を殺そうとしていたに違いない。なぜ俺は追われているのか。

 考えたのが先だったか、また遠くから笑い声が聞こえてきた。

 その笑い声を聞いた俺は自然と身を構え、咄嗟に走り出そうとした。しかし、立ち上がり、進もうとした先におっさんがいた。殺されると思った俺は振り返った。しかし、そこには女の子が立っていた。囲まれた。逃げ道がない。窓から、と考えて、左右を見たけれど、さっきまで確かにあったはずの窓はなくなり、そこは壁しか見当たらない。

 間違いない。殺される。

 そう思った瞬間、おっさんのノコギリが俺の首に向かって突進し、ロリ娘のカッターが俺の背中に刺さったのを感じ取った。

 ノコギリは、そのまま俺の首に引っ掛かり、おっさんがそれを引いていくにつれ血が吹き出していく。痛みを感じない。

 カッターが、思いきり背中に刺さる。こちらも痛みは感じない。ただ、体内に異物が入ってきたことだけが分かる。

 不思議な感覚だった。斬られるとは、殺されるとは、死んでしまうとは、こういうことなのか。なんとも呆気のない。斬られて刺された瞬間から、俺は何も感じなくなっていた。ひどく冷静に、斬られて刺されたことを確認し、意識がなくなった。死ぬとは、これほどまでに何も無いことなのか。

 意識が薄れていく。

 俺はきっと死んでいた。



短編なんですけど、前編後編に分けました。

後編は近々公開します。


これも以前別サイトで投稿したことのあるものを少し書き換えたものです。

テーマというか、書こうと思った理由が、私自身が当時「幽体離脱」に興味を持っていまして、いろいろ調べて実践していた頃に思いついた作品です。

それと同時期に幽体離脱っぽいことをテーマにしたゲームとか本とかも読んでいたので、それが影響されている部分も一部あります。


実はこの内容、僕が実際に見たことある夢が元だったりー。



いつものように誤字・脱字・不明な点や感想などがありましたらコメントをよろしくお願いします。

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