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八話


 本当に、嫌な予感ばかりが当たることだ。

 走り抜けた先では、ある意味ではPK以上に忌避されるような事が起ころうとしていた。


 その目の前の光景を見て、即座に意味を悟った俺は、すっと頭が冷えるのを感じた。


 正直、内心ではわかっていたのだ。

 『アル』は、この世界を、()()()()()()()と呼んだ。

 ここは、仮想ではあるが、現実だと。


 元々、今回が初の試みとなるVRMMOには、大きな懸念もあった。

 それは、これまでは画面内の話であった暴力やハラスメント行為が、実際に行動としてできてしまうということ。

 だからこそ、それを行ったことに対する黄色マーカー等があるし、様々な倫理コードでの対処等が存在する。

 ただ、それは運営が機能していることが前提の対策であったりもする。

 『アル』という、この世界での神とも呼べる能力が前提である、対応策。


 しかし、『アル』はあのアナウンス以来、姿を見せていない。

 そして、()は、この世界を現実とするための、()()アナウンスだとも言っていた。

 

 それは、現在、運営という名の絶対的立場からの監督が存在しないことを意味する。

 『アル』にとっては、犯罪者も、被害者も、等しくプレイヤーに過ぎないのだ。

 システム上不都合となる場合には別だろうが、仕様上影響を及ぼさないものに対しては、何も行動は起こさない。


 そして、この世界には、法律というものは存在しない。


 『死亡』に気を取られて、それ以外にも、どれだけ薄氷を踏むバランスのもとに成り立っているものがあるかということにまで、考えが及んでいなかった。

 …………いや、それは嘘だ。


 考えることを放棄していたのだ。

 

 ここは、この世界は、現実だ。

 ただ、『死』だけがそうなるわけではない。

 生活するということ全てが、現実なのだ。


 俺の索敵にかかっていた人数は三人。

 だが、ここには四人いた。

 男性プレイヤーが三人、女性プレイヤーが一人。


 男のうちの一人が呪術師らしく、女性プレイヤーに麻痺の呪文をかけて動けなくした上で、残りの二人が押さえつけている。

 その座標がかぶっていたからこそ、三人だと思ったのだ。

 一人の頭上に黄色のフラグが出てはいるが、気にした様子は見られない。


 男達が突然の闖入者(ちんにゅうしゃ)である俺の方に顔を向ける。

 その顔に浮かんでいるのは、醜悪で下卑た笑み。

 

 そして、その背後で麻痺の呪文をかけ続けている呪術師の男と目が合う。


 ――――っ!


 ()()を見た時、俺の中で何かが弾けた。

 

 瞬間、俺は投げナイフのカードをオブジェクト化し、その呪術師に向けて投擲(とうてき)。そのまま女性プレイヤーを組み伏せている男達に向かってその双剣からの一撃を放った。

 三対一だということも、後から来るローザたちの事も、頭から消し飛んでいた。


 虚しくナイフは避けられ、俺の双剣もまた、(くう)を切る。

 しかし、その行動によって組み伏せられていた彼女は解放された。

 即座に、俺はその女性を背後にかばうようにして双剣を構える。


 飛び退いて避けた二人は、片方は戦士のようだった、背中に担いだ剣を抜き、威嚇するように構えてくる。


 そして、もう一人が何事かを呟いた瞬間、俺の動きを絡めようと地面から(いばら)が伸びてくる。


 束縛の薔薇(ローズ・バインド)


 咄嗟にそこから飛び退くも、俺はその攻撃により判明した相手の職種に驚愕する。


(なっ! ……もう一人も呪術師だと!)

 

 呪術師は、相手の行動を阻害したり、パラメーターを低下させたりすることの専門家だ。その効果は多彩なものがある代わりに、攻撃力は低い。しかも、モンスターによっては妨害が効きにくい相手も存在する。

 壁役の戦士と攻撃力の低い呪術師二人などというパーティは、歪もいい所だ。

 

 明らかに、モンスターを狩る面子ではない。


 ……一人のプレイヤーを、(なぶ)りながら狩るための、三人だ。

 

 おそらく、交互に麻痺をかけ続けるつもりだったのか。

 

 その考えに行き付き、吐き気がする。

 思考が、得体のしれない憎悪と嫌悪感に飲み込まれる。

 

「…………う」


 しかし、その感情に身を任せて斬りかかろうとしたその時、背後の、麻痺から解放され起き上がろうとしている女性から漏れた声に、沸騰しかけていた俺の頭が少し冷える。

 そうだ、今は守らねばならない。この背後の女性を。


 「……すまない。あんたを、助けるから」


 そう小声で告げ、さらに攻撃を加えてこようと身構える眼前の男達を見据え、片手を上げて口を開いた。


「待てよ……お前ら、正気か? 三対一で女を襲うとか……状況、わかってんのか」


 そして、背後の女性の手をとって何とか立ち上がらせ、後退(あとずさ)りする。


「へっ、何だよお前。正義の味方気取りで飛び込んできたわりにはもうビビッてんのかよ、あぁ? わかってねーのはお前のほうだ。こんな訳の解らん状態で、一度も死なずにクリアだ? 出来るわけがねぇじゃねーか、俺たちは死ぬんだよ! なら、それまで楽しませてもらって何が悪い」


 そんな弱腰な俺を見て、戦士の男が構えたまま、俺を嘲笑(あざわら)うかのように笑みを浮かべ言ってくる。


「……なんなら、お前もどうだよ。俺らの後で良ければ混ぜてやるぜ? 見ろよ、そいつはきっと極上だぞ」


 そして、それに追従したかのように、一緒になって取り押さえていた呪術師の男が、詠唱を中断し、嘲笑った。

 その言葉に、掴んだ腕ごしに女性がビクッと強張るのが解る。 

 


 うちの先輩達は本当に優秀だ。

 ……綺麗なものだけでなく、こんな醜悪な表情まで完全に表現しきれているのだから。


 

 せめて少しでも安心させられるように、掴んだ女性の腕に少しだけ力を込めて、そして嘲笑する男にむけて俺は憎々しげに本心を吐き捨てる。


「クソ食らえ、って言葉を初めて自然に使うよ。下種(げす)が」


 挑発するような言葉に、二人が激昂する中、たった一人無言でいた残りの呪術師が、急に背後を振り向く。


 チッ、バレたか。


「……ん?……三人、仲間か? 分が悪いね」


 目を細めそう言い、すっ、と手を地に広げ、転移の呪文を用意しようとする。

 こいつだけは他の二人とは違う。挑発にも乗らずに決断が早い、このまま逃げるつもりのようだ。


 少し頭が冷えた結果、俺の後を追って近づいて来ているローザ達の気配に気づき、何とか時間を稼ごうとしていた俺だったが、仕方がない。こちらもやられてしまうかもしれないが、誰か一人でも倒せば、その相手の情報は得られる。


 今は、名もわからぬまま逃がす訳にはいかない。

 【Babylon】は広く、運営はいない。

 ここで逃すと捕らえるのは難しくなるだろう。

 

 後は、ローザ達が何とかしてくれるだろうと考え、相打ち覚悟ででも二人は道連れにしてやると決める。


「下がってて、もうすぐ助けが来るから」


 そして、そう言って掴んでいた手を放すと、その空いた手を改めて掴む感触があった。


「…………待って……待って下さい。10秒だけ、三人を同時に足止めって、できますか?」


 その後に続く思いも寄らない言葉に、俺は咄嗟に振り向く。

 

 …………初めてきちんと顔を見たが、息を呑むほど綺麗な、意思の強い目をしている。

 何がそうさせるのだろう、今も、まだ恐怖に震えているだろうに、そんな彼女の肩を震わせながらも俺を見る目線はまっすぐだった。その手を振りほどけない程に。


 俺は、余裕が無い中で考える。


 三人同時では長くは()たないが、倒すことを考えず時間を稼ぐだけなら出来なくもない。それに今ならば、一番注意が必要そうな呪術師の一人は、どこかに転移する準備に追われているはず……

 そう判断した俺は、しかし、一応最後の確認を取る。


「……できたら逃げて欲しいんだけど」


 その言葉には、案の定首を振られた。

 怖くないわけがないだろう。本当の心の中などわからないし、事情も知らない。

 それでも、彼女が逃げることも守られることもよしとせず、戦おうとしていることは分かった。

 だから、頷く。

 

「わかった、任せる」


 それだけ言うと、俺は行動を開始した。

 コートのポケットからアイテムカードを取り出し、転移の陣を構成する呪術師とそこに集まる二人の頭上に投げ上げる。

 最も、これはただのフェイクだ。

 しかしその意味ありげな行動に三人の目線が集まった所で、持ちうる技能(スキル)のうち、最速の攻撃を俺は発動させた。

 

『時雨の舞い』


 DEX(器用)とAGI(敏捷)が一定の値に達したプレイヤーが、あるイベントをこなすことで習得できる。

 先日、仕様通り取得できたことを確認し、技能イベントを公開したばかりの、おそらく現段階では俺にしか使えない特殊技能。


 俺の発した言葉がシステムの流れに乗る。この流れに逆らってはいけない、逆らえば、脳と行動の差異に、行動が中止してしまう。

 そして、無事双剣が攻撃の初期動作に入り攻撃を開始した。攻撃によるHPはほとんど減らないが、三人はただ防ぐしか無い。この技は攻撃力は無いに等しいが、複数の相手に攻撃できる上、防御に時間をとらせられる、後衛が詠唱することを見越した時間稼ぎの技能(スキル)だ。


 そんな双剣の乱舞に身を任せる俺の耳に、歌が聞こえる。

 攻撃の中でも不思議と響く、透き通った綺麗な声。  



『――――彼方(かなた)(ささ)ぐ、風の(うた)』 



『――――想念(おも)いのままに、(かな)でましょう』



『――――虚空(そら)揺蕩(たゆた)う、言霊(ことばたち)



 そんな歌が流れる中、俺の技能(スキル)が終わり、その反動である硬直時間が俺を襲う。

 それを見て、憤怒に顔を歪めた戦士の男が防御の体勢を解きその剣を振りかぶるが、俺には不思議と恐怖はない。


(綺麗な声だ……そうか、吟遊詩人だったんだな)


 そんな場違いなことすら考える余裕が、何故かあった。


 そして、振りかぶった剣が振り下ろされる前に、歌が終わりを告げる。

 戦士の背後で転移準備をしていた呪術師が顔をゆがめるが、もう遅い。



『――――永遠(とわ)の終わりを、()げましょう』



『――――終焉の蒼風(シルフ・ディマイス)

 

 

 最後の詠唱と共に、その技が発動する。

 


 吟遊詩人は、基本的に支援系に優れた職種である。

 フィールド等にある言霊を使い、(うた)い、パーティ全体の防御力を上げたり、仲間に攻撃している相手の動きを止めたりといったことが専門だ。


 ただ、この【Babylon】ではそれだけではない。

 その詠唱に時間がかかるものの、自分の属性に関する歌では、後方からの攻撃系である魔術師よりも威力を発揮できる場合がある。

 

 彼女の歌は、開発者の俺ですら初めて聞くほど、綺麗なものだった。

 そして、その効果も――――。



「……これは、何?」


 ようやく追いついてきたローザが呆然と呟き、それに少し遅れて現れるリュウとネイルも絶句する。


 その様子も無理は無い。


 何せ、未だ先ほどの三人を取り巻いている竜巻は、その終わりを告げる事なく、目の前でその威力をまざまざと発揮してくれているのだから。中に取り込まれれば、抜け出すことは不可能だろう。

 

 そして、俺の様子で声をかけてきたのが味方だと悟ったのか、糸が切れたように隣でふらりとよろめく()()を引き起こした女性。

 俺は慌ててその身を支える。

 

 フワッ、と顔にかかった髪から、柔らかい良い香りが漂う。

 

「ご、ごめんなさい」


 そう慌てていう彼女を何とか支えて、体勢を立て直すと、風が止んでいるのに気づく。


 後には、気絶状態(スタン)に陥っている三人の男。

 おそらく男達とはそこそこにレベル差があったはずだが、それでも恐ろしいことにHPを瀕死状態まで追いやり、その上気絶状態まで追加されたらしい。

 

 さすがにこんな犯罪に走ったプレイヤーを野放しにするわけにもいかない。

 当分三人が起きそうにないのを見て、俺は、とりあえず状況を把握していないローザ達に事情を話すのだった。


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