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五話

 


「君がトールさんか、すまない、ギルド内の会議が長引いてしまった。随分と待たせてしまったようだ、謝罪させて欲しい」


 そう言って頭を下げ、俺に声をかけてきたのは、銀の髪をした美丈夫(びじょうふ)だった。

 絵に出てくるような聖騎士のような格好。

 その髪によく映える銀の鎧に、腰には長剣を装備している。


 その容姿を見て、おそらくあまり造形をいじっていない天然物だと俺は思った。元々ゲーム内には美男美女が多いが、設定かどうかは結構分かるものだ。


 ――――こんな所でそんな能力が役に立つとは思わなかったが……


 ちょっとした行動の立ち居振る舞いも堂に入っている。

 男の俺から見てもそう思うのだから、さぞかしおモテになることだろう。


 そんな羨む外見で、態度が傲慢であれば即座に敵認定している所だが、その低姿勢には好感を持てる。

 

「いや、問題ないさ、近頃ずっと動いていたから、この時間のコーヒータイムも悪くない。後、『トール』でいいから。()()付けされるとむず痒いんだ」


 謝罪の言葉にそう首を振り、俺は対面の席を促しマスターを呼んだ。


「……いや、私は」


「いいから、ここのコーヒーは格別うまいんだ。謝罪に免じて、奢りにしとくから飲んでみてくれよ。実は、先日あんたらに買い取ってもらった情報のお陰で裕福なんだ」


 そう遠慮しようとする男に、俺はニヤッと笑いかけ、コーヒーを自分の分も含め二杯頼む。


 このプレイヤーの名は俺でも知っている。

 あのアナウンスの後、混乱しているユーザー達をまとめ、MMO経験の豊富なユーザーに声をかけ、情報を共有する互助ギルドを立ち上げた男だ。

 

 その容姿と類まれなるキャプテンシーであっという間に【Babylon】一大ギルドの長となったこの銀麗の剣士を知らないものはいないだろう。


 一言で言うなれば…………言いたくはないが、俺とは真逆のタイプの人間だ。

 現実(リアル)でも仮想現実(ヴァーチャル)でも、人をまとめてしまうような。

 きっと性質の一つには『主役』とか書いてあるに違いない。


 そんな俺の内心には気づかず、目の前の男は対面の椅子に腰掛け、口を開いた。


「ご厚意に甘えてありがたくいただくことにする。……改めて自己紹介をさせて頂こう、私の名は『フェイル』。ギルド『銀の騎士団』のギルドマスターをやらせていただいている」


「知ってるよ、あんたは有名だからね。で? そんなギルドマスターさんが、ソロ狩りをやっているような()()()中級プレイヤーの俺なんかに何の用だい?」


「……ただの、とはご謙遜だな。端的に言おう、君の情報収集能力が欲しい。君が開示したモンスターの情報、ダンジョンの情報は非常に精確だったよ、うちの補佐も驚いていた。銀の騎士団(うち)に入ってくれないか、トール」

 

 俺の疑問に、少しの逡巡の後そう言ったフェイルの言葉に、俺は首を振る。


「随分と過剰評価をしていただいてすまないが、生憎(あいにく)と、どこにも所属する気はない。これは別に銀の騎士団(おたくら)がどうこうの問題じゃない」


「何故だ? 理由を、聞かせてはもらえるか?」


「そんなに大げさな理由じゃないさ。昔、もちろんこことは違うMMOでだけれど、アイテム関係でよく揉めてな、それ以来、ソロ活動が多いんだ……今更、集団行動が出来るとは思えないしソロのほうが効率がいい。おかげで情報収集も得意になったしね」


 誰であれMMORPGの経験があるものならば、手に入れたアイテムの分配等で揉めた経験は少なり大なりあるだろう。だからといって極端にソロプレイに走る人間は多くはないが、決して少なくもないのだ。


「しかし……」


 ただ、今の状況ではそれだけでは断る理由には弱いのだろう、その俺の言葉に何かを言いかけるフェイル。

 確かに、この状況では情報共有は必須だと俺も思っている。

 なので俺は先手を打つことにする。


「もちろん、何もしないって言うわけじゃないぜ。必要と有らばボス戦には協力するし、俺が確認したモンスターの情報やダンジョンの情報は即座に公開するつもりだ。先日みたいに『言霊』関係の情報があれば、知らせるさ。人の命をかけてまで、情報を独占する気もそれを商売にする気もないよ。――今回情報料を頂いたのは、あんたのところの綺麗なお姉さんに借りを作りたくないと言われたからさ」

 

 俺がそう言うと、フェイルは少し難しそうな顔をして、黙った。

 

 本当にギルドに属さない理由はそれだけでも無いが、嘘は言っていない。

 

 それに元々、こういう状況でなくともソロ経験が俺は多い。

 先ほどのような理由もあるが、一番は仕事柄時間が不定期だからだ、いつ入れるかも落ちるかもわからないのならば、一人のほうがいい。 

 大々的なイベントがある場合には、臨時パーティを組めばいいだけの話だ。


 ……決して、大人数での人付き合いが苦手だからなわけじゃないぞ?


「……後二週間だが、それでもか?」


 少しの沈黙の後、カップを傾けてコーヒーを一口飲み、フェイルはそう呟いた。

 


 俺はそれを聞いて、あぁ、良いやつなんだなと思う。

 てっきり、俺が情報を独占することについて考えているのかと思ったが、違ったらしい。

 


 二週間後、その時何があるかなんていうことは言うまでもない。

 チュートリアル期間の終わりが示すもの。

 それは、塔の最上部に到達し、この世界が攻略されるまで終わらない、死の遊戯(デスゲーム)の始まり。


 フェイルが、俺に真っ直ぐな視線を向けてくる。そこには迷いも打算も感じられなかった。


 この眼の前にいる男は、おそらく本当に善人なのだろう。

 今日初めて出会っただけにすぎない俺のことまで気にかけようとしている。

 ある意味何でもありになってしまったこの状況で、他人の心配が出来るのは皮肉などではなく、尊敬に値する。

 

 それが分かったからこそ、俺ははっきりと否定する意味で、頷いた。


 多分、その場所に俺はいないほうがいい。

 俺が、いられない。

 

 今はまだ、死人が出ていないからいいだろう。

 しかし、現実問題、今この世界に生きている15000人が誰一人欠けずにクリアできる可能性など、限りなくゼロに近い。何せ、1000人で行ったクローズドβテストの時でさえ、どれだけ『死亡』数があったかなどわからないのだから。


 これは、プレイヤーの質の問題ではない。当たり前のことではあるのだ。

 何度も死に、そのたびに学習する。

 それが本来のゲームのあり方なのだから。

 

 しかし始まってしまった現在の【Babylon】はそうではなくなった。

 そして、実際その時を迎えてしまった時、きっと運営への文句は出るはずだ。

 『アル』への呪詛が、出るはずだ。

 …………俺が、時には嬉々として作ったモンスターへの言葉が出るのだろう。

 むしろ、毒づかない奴なんていないと言える。


 この世界を創り上げることに携わり、『アル』と面識のある俺でさえそうなのだから。


 例えばそれを間近で聞いた時、もしくは所属しているギルドのメンバーが死んだ時。


 俺は、それに耐えられる自信がない。

 現実世界における、運用メンバーの一人であったものとして、ここの創作者の一員としての覚悟が、俺には足りていない。


 この二週間。俺はひたすらモンスターの情報と自分の知識のすり合わせを行なっていた。

 出来るだけ正確に、先入観の混ざらないように。

 AIの行動パターン、出現率、注意すべきことを知識の限り。


 効率を求めて一人で出現パターンの合間を縫い、必死に自分の作ったアルゴリズムを思い出し、短期間で調べられるだけ調べた後で公開した。

 もちろん他のプレイヤーが既に公開しているものは省き、俺でしか気づかないようなことであったり、レアなモンスターであったりの情報を少しずつ公開していった。



 正直、二週間はあっという間だった。

 ソロである上に、それこそ寝る間も惜しんでいたから、結果的にレベルも上がっていった。


 ……そして、二回死んだ。

 自分で作ったものながら、モンスターは本当にリアルだ、攻撃されることの恐怖もあるし、始めはたとえ相手が雑魚であるとわかっていたとしても、体の反応は逃げろと叫んでいた。


 しかし、無理出来る期間が限られているからには無理するしか無い。

 この期間が終わっても、命がかかってもなお、俺がその恐怖に打ち勝てるかどうか等、正直自信がないからだ。

  

 俺には、批判や罵声を受ける覚悟もなく、開発メンバーであることを明かす勇気はない。

 俺の持つ情報は、雑魚モンスターの基本パラメータと行動パターン、他のメンバーが担当していた部分のうろ覚えの知識。

 ダンジョンや『言霊』の配置や出現はランダム関数を用いているから正直わからないし、自分がゲームの時に楽しむために、必要最小限な情報以外からは敢えて離れていたことが悔やまれるが、知りうる情報はすべて公開していくつもりだ。


 そんな俺の内心がわかるはずもないが、表情を見て誘いが無理なことは察したのだろう、フェイルは諦めたように笑った。


 

 こんな時だが、苦笑ってイケメンがやると確かに似合うな……、等とらちもないことを考える。



「困ったら、いつでも言ってくれ。我が銀の騎士団(ナイツ・オブ・シルバー)はどんな時であろうと入団希望者を歓迎するし、この状況だ、ギルド団員であろうとなかろうと、助け合わなければと思っている。

 ――――後、ここのコーヒーは確かにうまいな、右も左も分からない中でギルドを立ち上げて、重圧もあったが、久しぶりにそんな事を思った気がするよ。トール、礼を言わせてもらう。よければ、友人として、これからもよろしく頼む」

 

 そう言って、本当に美味そうにコーヒーを飲み干すと、爽やかに笑い、立ち上がり手を差し出してくる。

 

 去り際の握手か……本当に、主人公らしい男だ。

 しかし、話してみてわかる、この銀色の剣士なら、皆の先頭に立って、この閉じられた世界で人を導くことが出来るかもしれない。


 眩しいけれど、主役としての責任と戦おうとしているこの男のようにはいかないだろうが、裏方らしく俺もがんばろうと思える。


「あぁ、こちらこそ。お互いに、無事を祈って」


 俺はそう言い、その手を握った。

 これからは少しだけ心の焦りに向き合える、そんな気が、していた。




 

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 【Babylon】チュートリアル15日目  現プレイヤー数:15000人

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